第3話 エクソシスト
街には、所狭しと建物が立ち並び、広場の中央では黒いタキシード姿の人々が整然と列をなしていた。
彼らは規律正しく処刑場を取り囲み、沈黙の中、ただ一点を見つめている。
その中心にいるのは、支柱に縛りつけられた金髪の女性。
足元には、今にも燃え上がりそうな薪が積まれていた。
近くには、松明を手にした軍服の男と、隣で控える頼りなげな青年。
松明を掲げるその男は、ミントグリーンのボブヘアが印象的で、左目には眼帯が巻かれていた。
彼は広場に響き渡る声で宣言する。
「この悪しき魔女ジャンヌ・ダルクを、神の名のもとに処刑する!
罪状は魂食いによる殺人。エクソシスト・シャルルの判決として、火あぶりの刑を執行する!」
だがその瞬間、別の声が広場に響き渡った。
「判決に異議あり!」
人々がざわめき、声の主を探す。
……聞き覚えのある声だ。
三年前、前線で何度か耳にしたその声――
罪深き赤い瞳、闇を使役する異端の天使。
堕天使・紅 聖明。
「我ら闇魔法医療科 《カゴノトリ》の権限により、彼女を“患者”とし、引き渡しを要請する!」
建物の屋上に、漆黒の髪を風に靡かせて立つその姿。
……俺は、あいつが嫌いだ。
「魔女が患者だと?ふざけるな!何人死んだと思ってる!?」
俺が怒鳴る横で、後方に控えていた聖明が誰かに話しかける。
「風真、あの人怖いから代わりに彼女を助けてきて。」
「ここから突き落とすぞ、ヤブ医者!」
ピンク髪と翡翠色の瞳をした少年が隣に立っていた。
堕天使に怒鳴っているが、まるで聞いていない様子にさらに苛立ちが募る。
「話を聞けよ!」
「まったく……仕事しろよな、人使いが荒いんだから!」
突如、背後から声が聞こえた。
「いつの間に……!?」
さっきまで屋上にいたはずの少年が、支柱から魔女を抱えていた。
「ふーまー!かっこいい〜!」
建物の上からは、あの堕天使のふざけた声。
なんなんだ、こいつらは……!
「彼女はこちらで引き取らせてもらいますね。
風真、そこから動かないでね」
「ああ」
二人の足元に浮かび上がる魔法陣が、淡い光を放ち始める。
――転移魔法!?
「待てっ!!」
「……東の丘でお待ちしております」
手を伸ばすが間に合わず、少年と魔女は光に包まれ、姿を消した。
そして気づけば、堕天使の姿もまた消えていた。
残されたのは、俺と――
「クソッ……!」
思わず舌打ちを漏らす。
「シャルル先輩……あの人たちは?」
不安げに尋ねる後輩に、俺は振り返らずに答える。
「心身の闇を治療する堕天使のみで構成された医療機関。
闇魔法医療科 《カゴノトリ》。
奴はその元トップだった男だ」
久しく表舞台から姿を消していたが……まさか、こんな形で再会するとはな。
俺は足を踏み出す。
あの“カゴノトリ”を追って――
「待ってください、先輩!」
ーーー
広い丘に、白い花が風に揺れていた。
その中に、全身黒ずくめの男――聖明殿が、場違いなほど鮮やかに立っている。
「風真……どうしよう。エクソシストに喧嘩売っちゃった……」
青ざめた顔で涙ぐみながら訴える姿に、隣の少年が呆れたようにため息をつく。
「どれだけ怖いんだよ……」
この二人が、“私”が助けを求めた医療機関――《カゴノトリ》から派遣された救援者だという。
「す、すまない、聖明殿……私が助けを求めたばかりに……」
まさか本当に応えてくださるとは思っていなかった。
ましてや、あの“紅 聖明”が自ら現れるなど、想像すらしていなかった。
「まさか、貴殿のようなお方が現場に来られるとは……
三年前から姿を見ていないと、そう聞いておりましたが……」
彼は、三年前を境に突如として姿を消した。
真相は分からず、失踪したとか、特殊任務に就いているとか――様々な噂が囁かれていた人物だった。
「三年間の無断欠勤です!」
「……?!」
思わず絶句する。
なんと……無断欠勤……!?
少年が苛立ったように言葉を続ける。
「処分として、危険レベルSクラスの任務を押しつけられてる。
国の指示で各地を回って訪問医療中さ。……よくクビにならなかったよな」
その言葉を背に、聖明殿は胸を刺されたような表情で落ち込んでいる。
あの反応を見るに、本当なのだろうか……。
「こう見えても名医だからね! 下手にクビにできないの!」
と、反論するも、少年に軽口で返される。
「無断欠勤してる奴なんて、ヤブ医者で十分だろ?」
それを受け、聖明殿は小さく肩をすくめて笑っていた。
文句を言いつつも、本気で怒ってはいない様子。むしろ微笑ましい関係だ。
……それにしても、この少年、聖明殿が何者か本当に理解しているのだろうか?
《カゴノトリ》――堕天使を閉じ込め、監視し、時には利用するために作られた、皮肉な名を持つ組織。
その中でも、聖明殿は……
――そのときだった。
冷気にも似た視線を、私は彼から感じた。
凍てつくような、突き刺す視線。
その表情は、恐ろしいほどに冷たく、冷淡だった。
思考が一瞬で凍りつき、動けなくなる。
まるで、心の奥を覗き込まれたような――そんな悪寒が背を走る。
……しかし、それも束の間。
彼はすぐに、柔らかな笑顔へと戻る。
……その落差が、逆に恐ろしかった。
「どうしたの?ジャンヌ。私の顔に、何か付いてる?」
「い、いえ……」
思わず声が詰まる。
だが彼は、さらに距離を詰めてくる。
そっと腰に手を回され、顔が近づいた。
思わず視線を逸らす。
(……近い!)
眼鏡越しでは分からなかったが、近くで見ると驚くほど整った顔立ちをしている。
胸の鼓動が早まり、別の意味で心臓に悪い。
「もしかして、具合でも悪くなった?」
「ち、違います!何でもありません!」
ああ、この方は距離感というものを理解していない!
そんなやり取りに、後ろの少年が声を上げる。
「おい!ヤブ医者!近いだろ!」
それでも聖明殿は、まるで疑問符を浮かべたような顔で首を傾げていた。
そんな中、丘に怒鳴り声が響き渡る。
「そこの色魔!何をしている!
女好きの噂は本当だったのか、このヤブ医者!」
……声の主は、先ほどまで私を捉えていた――あのエクソシスト。
聖明殿はため息をつきながら振り返る。
「……否定はしないけど……君、なんで息切れしてんの?
それと、“ヤブ医者”って呼ぶのやめてくれない?」
シャルルの肩は大きく上下し、全身から汗を滴らせていた。
明らかに走ってきたようで、「ぜぇ、ぜぇ」と肩で息をしている。
「貴様がこんなところまで転移魔法を使うからだ!
こっちは貴様みたいにホイホイ上級魔法なんて使えん!
……この丘がどれだけ広いと思ってるんだ!」
確かに、転移魔法は大量の魔力を消費する。
一度使えば、しばらくは魔法が使えなくなるほどだ。
だが、聖明殿はまるで何ともないような顔をしている。
「せんぱ〜い……待ってくださいよぉ……」
遅れてもう一人、ふらつきながら青年が到着する。
「遅いぞ、新人!」
怒りを露わにするシャルル。
その様子を見た聖明殿が、ふと意味ありげな声でつぶやいた。
「……“新しいパートナー”かな?」
だが、シャルルはそれに眉一つ動かさず、断言する。
「三年の間に記憶喪失にでもなったのか?
今も昔も、パートナーは変わっていない」
その言葉に、聖明殿がぽつりと呟いた。
「……これは、面倒だね」
その意味を、私は知っている。
心が、ズキリと痛んだ。
「……そんなことはどうでもいい!
患者とする、正当な理由を答えろ!」
掴みかかるような勢いでシャルルが詰め寄ろうとする。
だが、風真がすっと彼の前に立ちはだかり、冷静な声で遮る。
「さもなくばエク…」 「《カゴノトリ》医療助手として、僕が説明します。」
「最後まで話を……!」 「興味ない。」
「空気読めよ!!!」
バッサリと切り捨て、本を開いたまま、淡々と語り始める風真。
「エクソシストおよびカゴノトリが定める“異端者”の定義と基準は、次の通りです」
「頼むから勝手に進めんなよ!!!」
シャルルの叫びも無視し、風真は続ける。
「生ある者を冒涜する存在、すなわち悪魔・魔物などを“異端者”と定める。
また、生きた者が闇に堕ち、魔の者へと転化した場合も、これを異端者と定義する」
「……そんなことは知っている!」
シャルルが苛立ちをあらわに怒鳴る。
だが、その声を遮るように、今度は聖明殿が静かに口を開いた。
その声は低く、しかし確かな怒りを含んでいた。
「心があるからこそ、絶望する。
闇に堕ちた者は苦しみ、足掻き、やがて死に至る。
そして、死して尚、闇に囚われた魂は歪み、悪魔や魔物へと変わっていく……。
――では問おう。
彼女の、どこが“悪魔”に見える?」
聖明殿は、風真の肩を軽く叩き、代わるように前へ出る。
その赤い瞳が、まっすぐにシャルルを射抜いた。
「《エクソシスト》は、異端者を処刑し、封印するのが役目。
だが《カゴノトリ》は、異端者になる前に救い出す、それが我々の仕事だ」
そして、静かに言い放った。
「いい加減、自分の置かれている“今”を理解しなさい」
沈黙が流れた。
しばらくして、シャルルは拳を強く握りしめ、歯を食いしばって絞り出すように言った。
「……悪魔と契約した魔女だ。人を殺した時点で、人間ではない。
罪には罰を……死をもって、償うしかない……!」
その声は苦しそうで、どこか過去を振り返っているようだった。
私は知っている。
彼が、なぜここまで悪魔を、そして悪魔に関わる者を忌み嫌うのか――
「……シャルル」
思わず、私は彼の名を呼んでいた。
頬を、自然と涙が伝っていた。
シャルルは私を見て、傷ついたように表情を曇らせる。
「……ジャン、ヌ……?」
彼の名前を呼んだ瞬間――その隙をつくように、後ろの青年が割り込んでくる。
「彼女は犯行現場にいつもいた。
血に塗れたその姿は……」
「お前には聞いていない!」
聖明殿の声が、丘に響いた。
「私はシャルルと話をしているんだ」
その声は、冷たく、そして明確な怒りを孕んでいた。
「……私は心底、腹を立てている。
君は、何のためにエクソシストになった?」
静かに、だが激しく問いかける。
「名誉のためか?
悪魔を狩るためか?
世界を守るためか?」
一拍置いて、怒りと情熱を込めて叫ぶ。
「――違うだろ!
“大切な人”を守るためだろ!!!!!」
ーーー
……なぜだろう。
目の前の堕天使の言葉が、やけに胸に突き刺さる。
「大切な人を守るためだろ!」
……そんなの、当たり前じゃないか。
俺は――あの日から、ずっと……
脳裏に過る。
あの、地獄のようだった日々と、救われた瞬間。
そして、あの人の声。
『君が助かって良かった。辛かったでしょ?
悪魔に操られ、蝕まれる恐怖は……想像を絶すると聞く』
あの時の俺は、悪魔に操られ、人に弄ばれ、
すべてに絶望していた。
「……どうでもいい。生きてても意味がない。
なぜ助けた?
俺は悪魔に加担した“異端者”だ。
処分すればいいだろ」
あの頃の俺は、もう全てを諦めていた。
エクソシストなんて、どうせ綺麗事ばかりの組織だと思っていた。
関わってほしくなんてなかった。
『何を言ってるの?
まだ人を殺めていない。
君は、自分で止まることができた』
「うるさいっ!
お前らが来なければ、確実に殺してた!
俺は――殺したかったんだ!!」
叫びながら、あふれてくる憎しみ。
親に売られ、ただの大人の玩具にされた日々。
俺を弄んだ奴らは、全員……殺してやりたかった。
悪魔に操られていなくても、
――俺は、殺していた。
それだけ、恨みがあった。
「……でも、殺し損ねた。
もういいだろ。
俺を殺してくれよ。死にたいんだ……!」
疲れた。
すべてが、どうでもよかった。
『――なら。
私が、君に“新たな名”と“生きる意味”を与えよう』
「……は?」
突拍子もない言葉に、思わず顔を上げる。
『その憎しみを、勇気に変えろ。
その怒りを、優しさに変えろ。
君は決して、弱くない。
――私が証明する。君のそばで、証明してみせる』
その瞳は真っ直ぐで、
その言葉は、俺の奥底にまで響いた。
眩しいほどだった。
『エクソシストに来い、“シャルル”!
共に行こう。
私は、君が必要だ。
……それを、生きる意味にしてくれないか?』
気づけば――俺はその手を取っていた。
あの人の、温かい手を。
ジャンヌ……
ーーー
ーー思い出した。
俺は、ジャンヌがいたから、生きてこられたんだ。
なのに……どうして忘れていた……?
その瞬間、心臓が激しく打ち始め、左目に焼けるような熱が走る。
眼帯が弾け飛び、黒い液体のようなものがドロドロと流れ出した。
「!?あ"あ"ッ!!」
膝をつき、耐えきれず倒れ込む。
頭が割れる。
目が……抉られるほど、痛い。
くそ……今度は、俺がジャンヌを守るつもりだったのに……!
「シャルル! しっかりしろ!」
ジャンヌの声が響く。
心配そうな顔が、視界に滲んで見えた。
だめだ……意識が……
「いや〜ん。
そう簡単に記憶、戻らないでよ、シャルルちゃん。
もっともっと、楽しませてくれなきゃ〜?」
エクソシストの青年だったはずのその姿が揺らぎ、
黒い闇に包まれて、醜く歪んだ異形へと変わる。
まるで、人形のような形をした闇の塊――
悪魔、もしくは魔人か。
「やっぱり記憶操作って難しいのねぇ〜!
まあまあ、闇もそこそこ美味しかったし、そろそろ引き時かしら?
それとももう少し頑張って、魔物転化させちゃおうかな?」
ふざけた口調、跳ねるような声。
その姿を見るだけで、私は怒りで身体が震えた。
シャルルを弄んだこいつだけは、絶対に……!
「貴様……っ!」
思わず前へ出ようとした私の前に、
カゴノトリの二人が立ちはだかった。
「風真、"出る"準備を」
「了解。」
少年が本を開き、静かに詠唱を始める。
「――闇より生まれし希望の光。
如何なる闇をも照らし、我が道標となれ」
「え〜なにそれ?攻撃魔法かなんか?」
悪魔は楽しげに声を弾ませたが、
少年は冷ややかに答えた。
「違うし。」
それを聞いた聖明殿が、鼻で笑う。
「……本当に悪魔であれば、真っ先に狙うのはシャルルではない。
堕天使である私を狙うはずだよ。
私は、悪魔から見れば最高の“ご馳走”らしいからね」
言われて、私はハッとする。
……そうだ。あれは、聖明殿を狙っていなかった。
「でも、君は狙わなかった。
よかったよ、本当に。
君が、ただの出来損ないの闇で」
――出来損ないの闇。
「ただの闇なら、私が支配できる。
患者から引き剥がして、私が引き受ければいい。
そうすれば記憶は戻り、すべては元通りになる」
すべてが……元通り?
「聖明殿、それは本当に……?
シャルルは、ずっと忘れていて……!」
私は思わず問いかけた。
でも、聖明殿は静かにこちらを振り返り、
少しだけ悲しそうに、でも優しい笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。すべては、ただの悪い夢。
目が覚めれば、終わるから。だからーー
そろそろ起きよう、ジャンヌ」
……私の、聞き間違いだろうか?
今、聖明殿は私に起きろと言ったのか?
「聖明殿……お戯れも限度が……」
「一ヶ月前ーー
君たちは任務で悪魔を処刑した。
その際、悪魔の激しい抵抗もありシャルルが左目を負傷。
ジャンヌを庇ったそうですね。
ショックを受けた君は気絶し、そのまま眠り続けてしまった。
罪悪感が切っ掛けで『大切なパートナーを失うかもしれない』という思いから、君は『自身を忘れたシャルル』を生み出してしまい、自身の闇に囚われ夢を見続けた。
そうなると、普通の人では君は救えない。
シャルルの要請もあり、私が来たというわけだ」
あまりの驚きに声が出ない。
「因みに……そこにいるシャルルは本物。
無理やり付いてきてジャンヌの闇に飲み込まれちゃった」
本当に驚きを隠せない!?
思わずシャルルの顔をガッチリ掴んで顔を見る。
「ま、言い方を変えると、君の闇をどうにかしないとシャルルもここから出られない」
何ていう不甲斐なさ……
私のせいでシャルルを巻き込んでいたなんて…。
「さあ、ジャンヌ」
彼の赤い瞳が妖しく輝く。
「悪夢を終わらせる準備はできたかい?」
彼はニヤリと笑う。
私も釣られるように笑みが溢れる。
「…ふ……情けない。
大丈夫、もう覚める」
私は両手に歪な形状のナイフを取り出し、瞬時に"闇"を真っ二つにする。
「さようなら、内なる悪魔よ。
……もう、会うことはないだろう」
闇の断末魔と共に、白い花が激しく舞う。
ああー早く起きよう。
ーーー
「……ジャンヌ」
誰かが、私を呼んでいる。
その声に導かれるように、私は意識を浮上させた。
穏やかで、温かな気持ち。
ゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。
「ここは……」
「君が倒れた、あの町の宿だよ」
声の方を振り向くと、ベッドの傍らに彼が座っていた。
――赤い瞳の彼。
聖明殿。
その顔には、闇に触れた証である“闇の刻印”が浮かび上がっている。
「……聖明殿、その顔……」
咄嗟にシャルルの安否が脳裏をよぎり、跳ね起きようとする。
だが、彼の手がそっと私の肩に触れ、その動きを静かに制した。
「安心して。彼は無事だよ。
それより……今は、自分の体を案じてください」
よく見ると、聖明殿自身も顔色が悪く、呼吸も荒い。
「……まさか、私の闇を……吸収したのですか!?」
「……大丈夫、私は慣れてるから」
その言葉が終わる前に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「離せ!堕天使とジャンヌを二人きりにしてたまるか!!」
「おい、無理すんなって!治療されたばっかりだろ、黙って寝てろ!!」
扉の前では、暴れるシャルルと、それを必死で引き留める助手殿が取っ組み合っていた。
「おい、堕天使!封印してやるからジャンヌから離れろ!!」
「呼んだのはそっちだろ!?なに言ってんだ、クソ河童!!」
「……そ、それは……感謝して……」
「なら黙ってろ!」
次々と繰り出される掛け合いに、私は思わず聖明殿と顔を見合わせた。
ふと、笑みがこぼれる。
――日常に、戻ってきたのだ。
「シャルル、助手殿を困らせないように」
私がそう言うと、シャルルは少ししゅんとしたようにうつむいた。
「……すまない、ジャンヌ。俺……」
「謝るのは、私のほうだ」
私はそっとベッドから立ち、シャルルを優しく抱きしめた。
彼は一瞬固まったが、すぐに慌てて口を開く。
「ど、どうした!?堕天使に何かされたのか!?俺が封印を……!」
「違う」
「体調が悪いんじゃないのか!?」
「違うよ」
あたふたするシャルルの姿に、思わずくすりと笑ってしまう。
そんな私たちの様子を見て、聖明殿と助手殿はそそくさと部屋を出ていった。
ーーー
「風真、行こう」
聖明が人差し指を立て、「しー」と声を潜めるように僕に合図する。
部屋の中では、ジャンヌさんとシャルルが言葉を交わしている最中だった。
僕は頷き、静かにその場をあとにした。
廊下を歩きながら、僕はそっと言葉をかける。
「聖明、お疲れ様。……なんか見直したよ」
「見直したって……私、元々どんな目で見られてたの……?」
少しショックを受けたような聖明の顔に、僕はあわてて言い直す。
「えっと、その……仕事してるときの聖明、ちょっとカッコよかったなって話!」
素直な気持ちでそう言うと、彼は嬉しそうに微笑み、そして……
「風真……可愛いね〜♡」
いきなり抱きついてきた。
「ぎゃあああああ!!」
……最近、聖明には抱きつき癖がある気がしてならない。
でも、まあ、楽しそうだから――いっか!
ーーー
翌日。
道中、ジャンヌさんとシャルルと一緒に歩いていたが、やがて分かれ道が現れた。
「不本意ながら世話になったな、カゴノトリ。……少しは、お前を認めてやるよ、聖明」
相変わらず口が悪いシャルルだけど、たぶん素直じゃないだけなんだと思う。
照れ隠しするような仕草に、ジャンヌさんもくすっと笑ってたし。
「シャルル、言い方」
彼女は軽く嗜めてから、こちらへ向き直る。
「我々は本部へ戻るよう指示されています。
聖明殿も本部へ?」
「いえ。私たちは次の患者に会うために、旅を続けます。
本部へ戻るのは、もう少し先になりそうですね」
「それでは、ここでしばしのお別れですね」
みんなが、自然と分かれ道へ視線を送る。
聖明はニッコリと笑い、穏やかに告げた。
「また何かありましたら、お呼びください」
するとシャルルがすかさず噛みつく。
「二度と呼ぶか!今度会ったら封印してやるからな!」
「我がパートナーが不出来ですみません……」
ジャンヌさんがため息混じりにそう呟くと、全員で笑い合った。
そして、僕たちはそれぞれの道を歩き出した。
「風真、行こう」
「うん!」
……でも、僕は足を止められる。
「風真殿」
振り返ると、ジャンヌさんが真剣な顔で立っていた。
「ジャンヌさん……?」
彼女はまっすぐ僕を見つめて言った。
「風真殿。……君にこれだけは伝えておきたい。
――聖明殿から、決して目を離さないで」
その言葉に、僕は思わず息を呑む。
「普通の堕天使でさえ、闇を吸収して治療など……あり得ません。
彼は、それほど危うい行為をしている。
もし、彼が闇に堕ち、暴走するようなことがあれば――
パートナーである君が、彼を封印しなければならない。
……それが、堕天使のパートナーとしての責務です」
ジャンヌさんは、少し間を置いて続けた。
「万が一、君がそれを果たせなかった場合……
我々エクソシストが、彼を封印しなければなりません」
――聖明も、前に言っていた。
『いざという時は、私を止めてほしい』って。
でも――僕は決めてる。
「封印なんてさせないよ。……狂わせてたまるか」
僕はまっすぐ、ジャンヌさんに返す。
「僕は、僕にできることをするって決めたんだ。
聖明が迷わないように、僕がそばにいる」
……そう。
あの名前を貰った時から、僕の道は決まっていたんだ。
名もなかった僕に、生きる意味をくれた人。
だから、僕も今度は――聖明を助けたい。
「ふーまー、早くおいで〜。行っちゃうよ〜!」
遠くから、聖明ののんきな声が聞こえる。
「今、行く!!」
駆け出そうとしたその時、また呼び止められる。
「……おい、チビ」
「今度は何?」
振り返ると、シャルルが目を逸らしながら、ぶっきらぼうに言った。
「……本当にいざってときは、俺たちを頼れ。
……恩くらい、返してやる」
そう言って、彼はくるりと背を向ける。
――まったく、素直じゃないな。
でも、それがシャルルらしい。
「ありがと、シャルル!期待してるからな! またな!」
僕は笑顔で二人に一礼し、聖明のもとへと駆けていく。
待っていてくれた彼に思い切り抱きつくと、聖明はちょっと驚いた顔をした後、やわらかく微笑んだ。
――僕たちの旅は、まだ始まったばかり。
けれど、この続く道のように、僕たちの未来もずっと続いていくと信じてる。
さて、次はどこに行こうか――?
ジャンヌ25歳・シャルル20歳という地味な設定がある。
シャルルは照れ隠しで「ジャンヌは母のように感じている!」と言っちゃう子。




