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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第8話 殺人少女の願い(前編)

ここからちょっとずつ物語が進んでいきます。

小さな町の喫茶店で、私はひとり待ち合わせをしていた。

カップの中でコーヒーが揺れている。けれど、まったく落ち着かない。

正直、気持ちは重い。

この日が来てほしくなかった。そう思うほどには、一週間前から眠りも浅くなっていた。


「聖明、三年半ぶりだな!」


懐かしい男の声が耳に飛び込んでくる。

内心ビクッとしつつ、ゆっくりと顔を上げた。

そこには、見慣れた笑顔の男が立っていた。


「……君は相変わらず元気そうだな、龍」


黒髪の短髪、左耳に付いた赤色のタッセルピアスが目に付く。

龍・C・ミカエル──私の幼馴染であり、大天使ミカエルの養子。

仕事復帰を申し出た私の連絡を、ミカエルに伝えてくれたのも彼だ。


通信魔法では何度かやりとりをしていたが、こうして直接会うのは三年ぶり。

突然姿を消した私にとって、この再会は少し気まずさも伴っていた。


「ったく、いきなり連絡よこすなよ。マジでビビったんだからな!」

「……すまないと思ってる」


龍は遠慮なく目の前の席に腰を下ろす。


「聖明。お前の希望どおり、お前が地方で復帰していることは誰にも言ってない。セレスにもな」


彼の名前が出た瞬間、私は思わず身体を強張らせた。


「旅先からの報告書は、ミカエル様にだけは通してあるが……カゴノトリにはまだ未提出だ。

人員を送り込んできた件も、お前の名前を伏せるのに結構苦労したんだからな。

しかも――ロウマン、だっけ? 首にお前の“誓約印”がしっかり浮いてたぞ。あれじゃ隠しようがねえ。

仕方ないから、今は一時的に俺のラボで預かってる」


誓約印──。

堕天使が交わす血の誓約は、契約の深さによって印の形が異なる。

私の印は、赤黒く浮かぶ薔薇の紋様。

……すっかり、その存在を忘れていた。



「………ごめん」

「まあまあ、そういう堅い話はここまでにして──」


龍は相変わらずの軽い笑みを浮かべ、書類を一式私へと差し出す。

中身を見た私は思わず苦笑した。……これはまた、なかなか酷い依頼だ。


「……私の手綱を掴めたことに喜んでる者もいそうだな」

「お互い様ってことで」


そんな龍の笑顔は、三年前と何も変わっていなかった。


「……そうだな」


本当なら、話したいことはいくらでもあるはずなのに、言葉は喉に詰まるばかり。

そんな私の様子を察したように、喫茶店のドアが開き、元気な声が響いた。


「せーめー!お待たせ!買い物済ませてきたよ!

……って、あれ?知り合い?」


両手に日用品の袋を抱えた風真が、私の席に駆け寄ってくる。

その足元には、私の使い魔である黒猫・リリーの姿があった。


「おかえり、風真。リリーも」


龍は彼らを見ると、自然な口調で挨拶を交わす。


「邪魔してるぜ、聖明の連れ!」


「あ、はい。こんにちは?」

「主、お客様がいらしていたのですね」


リリーは器用にジャンプして、私の肩にちょこんと乗る。

私は彼女の頭を指で軽く撫で、二人に龍を紹介した。


「ああ。こちらは、エクソシスト所属の魔導機構学責任者で博士。

それと、大天使ミカエルの養子でもあり、私の同級生でもある、龍・C・ミカエルだ」


「どうもー……って、あれ?」


龍が腕を組み、じっと私の肩に乗ったリリーを見つめて首を傾げる。


「その猫、使い魔? お前、魔獣を使役してたっけ?」

「ん?あれ?知らなかったっけ?」


私も思わず首を傾げる。どうやら、龍には話していなかったらしい。


「聖明、同級生って遊びに来たの?」


「違う違う。今日はエクソシスト本部から、直接の依頼を届けに来たそうだ」


「……なるほど」


風真の言葉に、龍がなぜかじろじろと彼を値踏みするように見始めた。

この空気……嫌な予感がする。


「お前が、今の聖明のパートナーか。ふーん」


「……龍」


私が静かに名を呼ぶと、龍はこちらを一瞥しつつ風真を睨むような目つきで言い放った。


「妹とそっくりな顔で、何をしでかすやら」


「なっ……!?」

「おい、龍!」


私はとっさに風真の前へ出て、彼を庇う。

そんな私の姿を見て、龍は――昔と変わらぬイタズラな笑顔を浮かべた。


「ははは、冗談だよ」

「冗談で済むか!」


不安そうな顔を浮かべた風真が、私を見上げていた。

龍が悪いわけじゃない……そもそも、原因は私にある。


龍はひょうひょうとした口調のまま、立ち上がりながら手を差し出してきた。


「急で悪いが、この町の北部支部まで同行願います」


……それは、幼馴染としての頼みではなかった。

これは、エクソシストとしての正式な命令。


私に拒否権は――ない。


「……ご指名とあらば」


私は胸の奥に芽生える不安を押し殺し、彼の手を取った。


ーーー



白い壁、白い床。

窓ひとつない、無機質な空間。


部屋に置かれているのは、白い一人掛けのソファが二脚だけ。

私はその片方に腰を下ろし、目の前に座る少女を見つめる。


「あなたが……次の先生なの?」


白銀の髪に、薄紫の瞳を持つ少女が、首を傾げて問いかけてきた。


「こんにちは、レイナ。今日から貴女の担当医になる、紅 聖明と申します」


私は片手にカルテを抱えたまま、柔らかな笑みを浮かべて挨拶する。

彼女はその笑みに応じるように、ゆっくりと微笑んで両手を組み合わせた。


「お若い先生なのね。……あなたなら、私を救えるのかしら?」


それは、どこか試すような、挑むような響きを孕んだ問い。

私は一瞬だけ視線を伏せ、静かに返す。


「……私は、救うことはできません。

できるのは、ほんの少しの手助けだけです」


そう。

心を救うのは、いつだって――

その人自身にしかできないのだから。


私の胸の内を見透かしたように、彼女は目を細めて、再び微笑んだ。


ーーー


三人掛けほどの白いソファに、龍と風真は左右に分かれて座っていた。

部屋の壁面には魔法陣が四方に展開されており、その中央には、聖明とレイナが対面する様子が映し出されている。


龍は映像を横目に、手元の資料に目を落とした。


「レイナ・シュバルツ、17歳。天使と人間のハーフ。見た目はただの可憐な少女……だが」


そう前置きして、淡々と読み上げていく。


「実際は、両親と実の兄を殺害。被害者はいずれも生きたまま腹を裂かれ、解剖されて……死因は痛みによるショック死。

家族を見かけないのを不審に思った近隣住民がエクソシストに通報、事件が発覚。

そのとき彼女は、ホルマリン漬けにした家族の遺体を飾り、何食わぬ顔で"日常"を送っていた……とさ」


「うっそ……凶悪犯じゃん。なんでそんな相手に医者が駆り出されるんだよ……」


思わず口を挟むと、龍は資料を渡しながら肩をすくめる。


「闇魔法医療には、精神鑑定も含まれてんのよ。まあ……判決が出た後だから、通常の鑑定とは意味合いが違うけどな」


資料を受け取りながらページをめくる。

そこには、気になる一文が記載されていた。


「……あれ……“死亡確認済み”……?」


「そう。表向きには、すでに死刑執行済みになってる。だけど、そこにいるのは生きてるレイナ本人」


「なんでそんなことに?」


「この手の異常犯罪者ってのは、だいたい“闇”に蝕まれてんのよ。心の闇が心身を侵して、やがて刻印が出る。つまり、“闇墜ち人”の兆候ってやつだな」


「闇墜ち人……?」


「悪魔や魔人、魔物に転化する一歩手前の状態。心の中にそれだけの闇を秘めてるからこそ、常人にはできない犯罪に走る」


龍は肘をソファに掛けながら続けた。


「でもな、中には一定数、例外がいる。

レイナみたいに、一切の闇を持たないのに、人を殺す奴が」


「……それ、可能なの?」


「国としても原因不明のままだ。心が蝕まれていないのに、人を殺す……“常軌を逸している”のに、“異常”とは判断できない。

それってつまり、人間の範疇で、平然と殺してるってことだ」


「……怖」


「で、司法取引だ。

異常例として捜査と研究の対象になれば、死刑を回避できる。生存権の代わりに、実験体になる」


「それはそれで怖い話だよ……」


「まあな。けど、平和ってのは綺麗事だけじゃ成り立たない。

死刑囚に人権なんてねぇし、何かあれば即処分。使えるうちに使う、それだけ」


……その“相手”と、今、聖明は二人きりで対面している。

たとえ不死の堕天使とはいえ、不安にならざるを得ない。


「……それで“実験”って、何をするの?」


「今回は精神鑑定だ。聖明は堕天使の中でも“心の深層”まで覗ける特別な存在だ。それに――」


そのとき、部屋のドアが開いた。


聖明が、静かに戻ってきていた。


「今日の面談は……一通り終わったよ」


少しだけ疲れたような表情。

軽くため息をついて、龍の前に立つ。


「お疲れさーん!で、どうだった?」


龍は両手を広げて近寄ると、聖明の首に腕を回して重たげに体を預ける。


「どうだったって……今日は挨拶と軽い世間話だけ。本格的なのは明日からだよ」


聖明は慣れた様子で、腕を払うでもなく応じた。


「そっかそっか!

ま、とりあえず今回の仕事が終わるまでは、俺もこの支部に詰めるからな!今までのあれこれ、話そうぜ!部屋も案内したいしさ!」


「……ん?部屋?もしかして、ここに泊まるの?」


聞き返すと、聖明は少し疲れた声で答えた。


「……うん。今回の仕事中は、支部に泊まり込みになるらしい」


「安心しろって!設備はバッチリ整ってる!

──ほら、案内してやる!」


龍は聖明の肩を抱いたまま、ずかずかと歩き出す。

僕もその後を慌てて追いかけた。


支部の中は静かだったが、廊下を歩くたびに、こちらを見てヒソヒソと囁く声が耳に入ってくる。

……あきらかに“視られている”。


だが、龍はまるで気にする様子もなく、どんどん奥へと進んでいく。

やがて、やや区画が分けられた一室の前で立ち止まった。


「よーし、ここが今日からの部屋な!」


元気よくドアを開けると、白を基調とした広めの部屋が広がっていた。

ベッドが二つ、ソファとテーブル、キッチンまでついている。

奥には浴室とトイレ。アメニティも揃っていた。


「……しっかりしてるね」

「うわぁ……久しぶりだな、こういう部屋……」


聖明の顔は、どこか引きつっていた。


「エクソシストは国の中枢だからな。設備はそれなりに整ってるのさ。ちなみに、俺の部屋はお隣!」


そう言って、龍は外に出て、隣の部屋を指差した。


……その背後で、数人のエクソシストがこちらをジロジロと見ていた。

視線は冷たく、噂話のような囁き声が遠巻きに聞こえてくる。


「……空気、悪くない?」


僕が言うと、聖明は肩をすくめて苦笑した。


「……聖明は有名人だからな。あんなん、気にしてたら身がもたんて。

さ、他も案内してやる!行くぞ、連れ!」


龍は唐突に僕の手を掴み、ぐいっと引っ張った。


「ちょっ、待てよ!」


「聖明は明日もあるから、今日は休ませてやんな!」


「……ああ、うん。ありがとう」


聖明の顔が、ほんの一瞬だけ強張ったのを見逃さなかった。

──離れたくなかったのに。


ドアが静かに閉められる。

僕は、興味もない支部内を案内されながら、心のどこかでモヤモヤを抱え続けていた。


……何なんだ、この人。



ーーー


──エクソシスト支部 二日目


無機質な部屋で、聖明とレイナが向き合っている。


「昨日はよく眠れたかな?」


聖明は穏やかな笑顔で問いかける。


「もちろんよ。こんなに素敵な先生とお話できる機会だもの。寝不足で会うなんて、もったいないわ!」


少女も、昨日と変わらぬ様子で両手を組み、嬉しそうに笑ってみせた。


「それは光栄だ。さて、今日は何を話そうか」


淡々と進む会話。その様子を、僕は別室の魔法映像越しに眺めていた。

ふと素朴な疑問が浮かび、隣に座る龍に声をかける。


「……こんな世間話で、何か進展するの?」


龍はソファーに腰をかけたまま、映像から目を離さずに答えた。


「穏やかな会話なんて、長くはもたないさ。普通の医者ならともかく──聖明だからな」


何やら含みのある言い方に、苛立ちが募る。


「どういう意味?」


「見てろって」


軽くいなされ、僕は仕方なく視線を映像の中の二人に戻す。


レイナはにこやかに話していた。


「事件のことは、聞かないのね?

今までは、殺人の動機を聞いたり、罪の重さを責められたりすることばかりだったのに!」


「そうだね。私は事件の真相を追うために、君の鑑定をしているわけじゃない。

どちらかというと、君自身に興味がある。

何が好きで、どんなことに心惹かれるのか――そんな話をしてみたい」


「まあ、私に興味を持ってくれるなんて、嬉しい!

私、先生のこと好きよ。特にその真っ赤な瞳……。

鮮やかな血のような色が、私の一番好きな色なの。

許されるなら、あなたの血の色も見てみたいわ!」


聖明は、その言葉に微笑みながら、まるで当たり前のように応じた。


「ああ、私の血が見たいのか。いいよ。好きなだけ見てごらん」


そう言って、右手に闇で構成されたナイフを出現させる。


そして――

彼は何のためらいもなく、その刃で自分の首を切り裂いた。


「聖明!?」


僕は驚きで立ち上がる。

首から勢いよく噴き出した鮮血が、白い部屋を一瞬で赤に染めた。


あまりの光景に、僕の思考は止まる。

だが、そんな僕とは対照的に、レイナは目を輝かせながらその惨劇を見つめていた。


「まぁまぁまぁ!いきなり自殺!?しかも、こんなに躊躇なく!」


血を流しながらも、聖明は淡く笑ってナイフを床に落とす。


「……けほ……喜んでもらえたなら、何よりだよ」


あまりに異様な状況に、さすがのレイナも驚いたのか、口元に手を当てて目を見開く。


「!? あんなに激しく切ったのに……なんで平気で話してるの?」


「触ってみれば、わかるよ」


そう言って聖明は、彼女の手を取り、自身の首元へと誘導した。


「……っ! 傷が、ない……?」


「私は特殊な体質でね。たとえ君が私を殺そうとしても、私は死なない」


その言葉に、レイナは恍惚とした表情を浮かべ、歓喜の声を上げた。


「あ、ああああ! 素敵! 本当に素敵よ!

ママも、パパも、お兄ちゃんも……誰も私を理解してくれなかった。

でも、あなたは違う!

もっと話したい! もっと深く、もっといろいろ!」


何だ、このやり取りは……!

異常だ。どう考えても普通じゃない!


「っ……あいつ、本当に何してんだよ!いくら不死でも!」


「……相変わらず無茶をするなあ、あいつは」


龍は苦笑交じりに呟いた。

その直後、聖明はカウンセリング室を出て、僕たちの部屋に戻ってきた。


「……はぁ……」


血の気の引いた顔で、聖明がふらふらと中に入ってくる。


「聖明!!!」


怒鳴り声と共に、僕は勢いよく駆け寄る。

止めなきゃ、そう思って近づいた瞬間――

聖明は僕に雪崩れ込むように倒れかかってきた。


「せ、聖明!?」


慌てて支えると、彼の顔色は真っ青だった。


「……さすがに、血を流しすぎて貧血気味……」


本当に、何を考えてるんだよ!


「当たり前だろ!! 何やってんだよ、バカ!」


僕が怒りをぶつける傍らで、龍はどこかマイペースに紙袋を取り出し、その中から肉まんを取り出す。


「ほれ、とりあえずこれ食っとけ。

いくら堕天使でも、失った血をすぐに補えるわけじゃないだろ」


「ありがとう……」


そう言って、血塗れの手で肉まんを受け取ろうとした聖明に、僕は思わずキレた。


「ダメだ!先にシャワー!!着替えろ!!」


僕は身体強化を使って彼の腕を引っ張り、強制的に部屋へと向かわせる。


「うわっ……あああ、肉まん……」


部屋を出る寸前、僕の耳には背後で交わされていた龍とエクソシストの会話が届いていた。


「龍様、伝言が」

「言われなくてもわかってるさ。……どうせ“早く済ませろ”って話だろ?

急がなくても、そのうち望み通りの結果になるさ」


聖明が“幼馴染”と言っていたあの人……

でも、僕にはとてもそうは思えない。

信じていい相手じゃない。


僕は、血に染まった聖明と一緒に部屋へと戻った。



ーーー



僕は聖明を無理やり浴室に押し込み、シャワーを浴びさせた。


しばらくして、バスローブ姿で濡れた髪のままフラフラと戻ってきた聖明は、疲れた顔でベッドの端に腰を下ろす。


僕はタオルを取り出し、黙ってその髪をガシガシと拭いていく。

聖明も、されるがまま。特に抵抗する様子もない。


「……聖明、今回の仕事、なんか変じゃないか?」

「ん〜〜?」


髪を拭かれながら、気の抜けた返事を返す。

貧血がまだ抜けていないのか、いつも以上にのんびりした反応だ。


「資料も全部読んだし、龍にもいろいろ聞いた。

でもさ、殺人鬼の精神鑑定なんかして、何が得られるっていうんだよ。

確かに、特殊ではあるけど……」


言いながら、胸の奥に引っかかるものが込み上げてくる。

あのレイナって子と関わるほどに、聖明が少しずつおかしくなっている気がしてならない。


「……ああ、うん。まあ、こういうこともある。

私の仕事って、意外と多岐にわたるしね。変なのも多いよ。

たとえば――悪魔をおびき寄せる囮とか〜」


そんなのを「仕事」として語るな!


「それはもう医者じゃないだろおおおお!!」


思わず、手に力が入ってしまう。


「ふ、風真っ、ハゲるっ……!

……医者とは言っても、闇魔法を扱えるのは私たち堕天使だけだからね。仕方ない部分もあるの」


……だからこそ、嫌だった。


なぜ堕天使ってだけで、こんな危険な役割を背負わなきゃいけないんだ。


「それにしたって!なんであんな、あんなふうに……!

聖明は、自分を大事にしなさすぎだろ!」


もっと、自分の体を大事にしてほしい。

そんな簡単に、自分を傷つけないでほしい。


「……私のこと、心配してくれるの?風真は優しいなぁ〜!」


そんな言葉と共に、聖明はふわりと僕に抱きついてきた。

笑顔を浮かべながら、まるで子どもみたいに――。


こ、こいつは……!距離感もおかしいし、全然話聞いてないし!


「茶化すなああああ!!」


怒鳴っても、返ってくるのは撫で回される手のひら。

結局、勢いも空回りして、有耶無耶にされてしまった……。



ーーー



──エクソシスト支部 三日目


カウンセリング室では、今日も淡々と会話が進んでいる。


「今日は何を見せてくれるの? 何を話してくれるのかしら?」


少女は無邪気に笑いながら問いかける。


「そうだね、昨日は私の秘密を一つ見せたんだ。今日は君のことを、もっと知りたいな」


聖明も変わらぬ柔らかな笑顔で彼女に話しかける。


「いいわよ、何でも聞いて頂戴! 犯罪理由でも動機でもスリーサイズでも何でも!」


彼女は立ち上がると、腰と胸を突き出しながらおどけてポーズを取る。


だが、聖明は一切動じることなく、静かに要望を伝える。


「好きな食べ物とかがいいかな。食べ物じゃなくてもいい。君が好きなことなら、何でも話してごらん」


「そんなことでいいの?」


少女は少しつまらなさそうな顔をしつつ、再び席に戻る。


「そうね……赤が好きなの。だから、食べ物もイチゴとかリンゴとかトマトが好きよ。でも……ママが作ってくれたスパゲッティが一番好きだったわ。もう何年も食べてないけど」


聖明は首を少し傾け、思案するように唸った後、再び微笑んで彼女に提案する。


「君のママには敵わないと思うけど、次に来るとき、私がご飯を作ってこようか」


「え、本当!? 嬉しい! ここの食事、固形の栄養食みたいなのしか出なくて味気ないと思ってたの! 折角だからスパゲッティがいいわ! トマトソースたっぷりの!」


少女は目を輝かせて身を乗り出す。


その様子に、聖明も満足そうに頷き、立ち上がって彼女の頭を優しく撫でた。


「わかった。明日、準備してくるよ」


「約束よ! 絶対よ!」


◇


今日も変わらず、龍と共に魔法映像を眺めていた。


「拍子抜けするぐらい、世間話だな……」


昨日の流血事件は、なんだったんだか。


「まずは信用してもらわないと。そのための手段だろ」


龍がそう答えたとき、ドアが開いた。


聖明が入ってくるとドアを閉め、龍のそばへ寄って声をかける。


「龍、勝手に食事の約束しちゃったけど……問題なかった?」


「お前の好きなようにやればいいよ。今回の監督責任は俺だからさ。気軽にやっとけ」


「ありがと」


……何か、分かり合ってる感じにモヤモヤする。


「聖明、スパゲッティ作るの?」


「そうだね。言うほど自信はないけど、作ろうと思う」


聖明はいつものように微笑む。


「聖明のご飯、僕好きだよ! 美味しい!」


──本当に、聖明のご飯は美味しい。


僕も見様見真似で作ってみたことがあるけど、全然追いつけない。 聖明はあまり料理に自信がない様子だけど、どれも美味しくて、僕はついおかわりしてしまうくらいだった。


「折角だから、俺にも作ってくれよ」


無邪気に手を挙げて便乗する龍。


僕たちの様子に、しょうがないなというような笑みを浮かべながら、聖明は「はいはい」と苦笑してみせた。


今日はこれ以上の仕事はないらしく、聖明は「明日の準備をしてくる」と言って一人で町に買い物へ向かっていった。


僕もついていこうとしたけど、今日は珍しくやんわりと断られてしまった。


──いつもなら、そんなことないのに。

……何か、変だ。



ーーー



──エクソシスト支部 四日目


「で、食べながら見るって……何なの、この状況」


聖明が作ってくれたスパゲッティを、龍と横並びで食べながら、魔法映像を眺めている。


「まあ、レイナ嬢に食べさせる時間を考えたら、こうなるわな。……うめぇ!」


龍もバクバクとスパゲッティを口に放り込み、モグモグと音を立てて食べている。 彼がそうなるのも納得できるほど、美味しい。


……だけど、何か違和感を覚える。


「美味しいけど……なんか、いつもと味付け違う気がする」

「そうなのか?」


以前にも、聖明に同じスパゲッティを作ってもらったことがある。 あのときは、もっと甘みを感じたような気がした。


「何だろう……トマトの酸味が強めっていうか」


そんな話をしていると、魔法映像の中でもスパゲッティが登場する。


「どうぞ、召し上がれ」

「ほんとに作ってきてくれたのね!ありがとう!いただくわね!」


少女は嬉しそうにフォークを取り、クルクルと巻き取って一口。


──その瞬間、彼女の表情が固まった。


「どうして……?」

「口に合わなかったかな?」


彼女はフォークを皿に落とし、急にぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「違う……これ、ママの味だ。……美味しい……もう、食べられないと思ってた。 だって……ママ、私がお兄ちゃんと仲良くなるにつれて、作ってくれなくなったの……」


「そうだったんだね」


聖明は驚く様子も見せず、当然のようにソファに腰を下ろし、彼女の様子を見守る。


「おいしいよぉ……」


止まらない少女の涙。


聖明は立ち上がり、ポケットからハンカチを取り出すと、そっと彼女の目元を拭ってやる。


「美人さんが台無しだ。……ほら」

「……っ! うわああああああん!」


あの少女が……泣いてる。 しかも、あやすように聖明がしゃがみ込み、優しく背中をポンポンと叩いている。


その光景を見ながら、ふと思う。


「……もしかして……味付けが違ったのって、レイナさんのお母さんの味に合わせたから……? でも、なんでレシピ知ってるんだ?」


さすがの聖明でも、亡くなった人のレシピまで知る術はない……はず。


そんな疑問に、龍は妙に自慢げな口調で答えた。


「聖明なら、簡単に知り得るだろうな」

「え? なんで?」


思わず眉がピクリと動く。


「あいつ、人の心を読めるからな」


「………え?」


今、なんて言った?

人の心を……読む?


混乱し始めたそのとき、聖明が部屋に戻ってきた。 安堵したような表情で、ぽつりと呟く。


「……再現、できたみたいでよかったよ」


それに対して、龍はソファに座ったままフォークを聖明に向けた。


「相変わらず、えげつないことすんなぁ」

「人聞きが悪いな。普段からはやらないよ」


……なにを話してるんだ?


「ちょっと待ってよ。……何の会話してるの? “人の心を読める”って、本気で言ってるの?」


自分の声が震えているのがわかった。 そんな僕に、聖明はいつも通りの微笑を浮かべて答える。


「ああ……言ったことなかったっけ。 私はね、闇魔法を使って、人の心と記憶に干渉できるんだ」


その笑顔に、言い知れぬ不安が押し寄せる。 仮に本当に魔法でそれができるとしても、そんなこと――普通はしてはいけない。


「干渉できるって……そんな簡単に、やっていいことじゃ……」


「大丈夫。君たちにはしないよ。……彼女は“ただの患者”だから」

「は……?」


なに言ってるんだ、こいつ。


患者なら、何をしてもいいって言いたいのか?

……それ、人として──


「聖明!」


僕と聖明の間に割って入るように、龍が立ち上がった。


「連れがドン引きしてんぞ! しっかりしろ!」


そして、軽く肩を叩くと──

「また、感情が崩落しかかってんぞ」


その一言で、聖明の表情が凍りつく。


「……っ! あ、ああ……ごめん、風真、ごめん! 変なこと言った! そうだね……普通は、そんなことしていいわけない……。

ちょっと……頭冷やしてくる!」


パタパタと足早に部屋を出ていく聖明。 僕は呆然と、ただその背中を見送ることしかできなかった。


「なに……今の……?」


龍は深いため息をつき、言った。


「……聖明は、元々ああいうやつだよ。 今のうちに慣れとけ。あいつは闇を操る分、感情や価値観が希薄なところがあるんだ。 堕天使は、みんなどこか壊れてる。ぶっ飛んでるのも多い。

……聖明は、まだマシな方だ」


「……闇魔法を常時使ってると、ああなるのか?」


龍は頷きながら言葉を続けた。


「堕天使ってのは、元は天使だ。 不老不死だし耐性もある。けど、影響を受けないわけじゃない。 闇を操れば、心にも身体にも大きな負担がある」


「……それで、あの“発作”も……?」


「そう。軽いのならいいが、ひどくなると……全身の血管が弾けて、再生を繰り返す。 その過程で出血して、血を吐き、高熱で意識を失う」


「そんなの……!」


──僕は、見たことがない。 そんな激しい発作……。


今、一人で苦しんでいるかもしれない──。


「僕、様子見てくる!」


立ち上がろうとしたそのとき、龍が僕の肩を掴んで止めた。


「やめとけ。……ああいうとこ、見られたくないはずだ」

「でも……!」


「今まで、お前にそんな姿、見せたことあったか?」

「──っ!」


ズキッとするほど、図星を突かれた。


「……そういうことだ。少しは察してやれ」


何も言い返せなかった。 自分の無力さが、情けなさが、胸に刺さる。


僕はただ、拳を握り締めたまま……立ち尽くすしかなかった。


「……クソっ」



ーーー

龍はチャイナっぽい服を着ています!

イメージ画像をpixivやXで更新できたらと思います。


因みに身長は聖明が一番大きく181cmあります。

龍は175cm、風真は162cm想定。

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