05 よい案だ
「おかしい」
盗賊は眉根を寄せた。
「そりゃ、びゃーびゃー泣かれても、困る。だが何であんなにへらへらしてるんだあいつは」
頭が少し足りないのか、とも思った。十八にしては幼い外見、言動、締まっているべきねじが緩んでいるせいではないか、などと酷いことを。
「話を聞いたんだがな。あいつ、父親に手紙を書きたいそうだ」
ジョードは少年の要望を伝えた。
「どうする」
「どう、と言われても」
女は困惑した。
「そんなことは、許されていない」
「禁止されてるか?」
「いや、特にはされていないが」
少し考えてミヴェルは答えた。
「何を書くと?」
「探さないでほしいと書くんだと」
ジョードは肩をすくめた。
「あの戦士野郎に、自分を助けたのと同じ扱いで報酬を渡してほしいと父親に書いて、タイオスとか言うあいつに託したいと」
ふう、とジョードは息を吐いて首を振った。
「おかしいだろ? 何でわざわざ、助け手を追い払うような真似を?……そりゃ、それであいつが追い払われるなら、俺たちゃ万々歳だが」
「少年のことは、エククシア様が説得なさったのだ。彼は、ソディ一族のためにに身を捧げることを喜ばしく思っているのに違いない」
「あのな」
盗賊はじろりと女を見て、何か言おうとして、諦めた。
(エククシア様万歳、ライサイ様万歳なのは、あんただけだって)
そんな指摘をしても、どうせ睨まれるだけだ。
「紙と筆を用意してやれ」
次にはミヴェルはそう言った。ジョードは片眉を上げる。
「いいのかよ」
「戦士に渡せば、戦士を追い返せるだろう? タイオスと言ったか、彼にとっては都合のいい話だ」
「いや、だがな」
ジョードは説明を試みた。
「キルヴン伯爵が納得するはずもないだろ? 喧嘩して家出とか、自立とかってんじゃないんだぞ。あれだ。十の子供が『探さないでください』と手紙を残して、じゃあ探すまいと考える親がいるか?」
「彼は十八だろう」
「そうは見えんだろが」
十歳は言い過ぎとしても――いや、どうだろうか。
「たとえ話だよ。十八なら十八で、立派な跡継ぎ息子だ。父親がハイそうですかとうなずく話じゃないのは判るだろう?」
判ってくれ、とジョードは願った。幸い、ミヴェルはうなずいた。
「戦士野郎も同じことを考える。つまり、ガキを残して素直にカル・ディアに戻るとは思えん。それどころか、手紙ごとリダールを連れて行く」
「ふむ」
ミヴェルはあごに指を当てた。
「有り得ることだな」
「『有り得る』どころじゃないだろ」
力だけの馬鹿戦士なら、或いは判らない。だが、タイオスとかいう男はもう少し頭がありそうだ、とジョードは感じていた。
「少なくとも、ガキと戦士を会わせるのは愚策もいいとこだ」
「それなら、どうして子供の要望を私に話す」
ミヴェルは渋面を作った。
「お前は、それを叶えてやろうとしたんじゃないのか」
「書かせてやればいいさ。それで今後もおとなしくなるんならな。だが戦士には会わせない」
「お前が会うか?」
「殺されるわ!」
ジョードは大げさに悲鳴を上げた。
「俺じゃなくて。もちろん、あんたでもなくて。仮面にやらせりゃいい」
盗賊はにやりとした。
「リダールからの手紙だと言われたら、戦士も油断すんだろ。仮面はその隙を狙って」
彼はのどを掻き切る仕草をした。
「名案だろ」
ジョードは鼻をぴくりとさせた。ミヴェルは少し考え、そうだなと言った。
「お前が手紙を運ぶなら、な」
ミヴェルは両腕を組んで言った。
「ん?」
「仮面殿では、警戒されるだろう。お前なら、既に情けなくも敗北しているのだし、彼も油断する。そこで仮面殿が」
うん、とミヴェルはうなずいた。
「よい案だ。頼んだぞ、ジョード」
「……蜂の巣の下だったか」
ジョードは、〈蜂の巣の下で踊る〉真似――余計なことをしてよくないことを招く結果になったようだ、と天を仰いだ。
「では、お前が仮面殿にお話しするようにな」
「そこまで、俺がやるのかよ!?」
これはミヴェルの冗談なのか、だが彼女の冗談など聞いたことはない。ジョードは頭痛に悩まされているようにうなる。実際、頭が痛いような気がしてきた。
「リダールは何も食べたくないと言っているようだが、何か口にしなければ保たない。好みそうな食べ物も買ってくるように」
「へえへえ」
何でもしましょ、とジョードはひらひらと手を振った。
「紙と筆、飲みもん食いもん、瓏草も仕入れるか? それから俺は仮面様とご歓談、危ない戦士にご面会、ときたもんだ」
「仮面殿はあの男と確執があるようだ」
ミヴェルは声を潜めた。
「次こそ殺すと」
「何となく、小耳に挟んじゃいたが」
曖昧にジョードは応じた。
「まあ、そのことは俺には関係ない。戦士のおっさんにはそれほど恨みもないが、義理もないからな」
殺すの何のは物騒だと感じるが、盗賊稼業は裏ごと世界、まさか「法に触れるようなことはすべきでない」と思う訳ではない。自分自身が刺したり刺されたりはなかったものの、殺し自体は目にしてきた。やれと命じられれば、やらざるを得ないこともあるだろうと思っている。
それに比べたら今回は自分が殺すのではない。例の魔術で身体が木っ端みじんなどというのは見たくないが、町のなかならそれほど派手な真似もするまい。ジョードは気楽に「仮面が戦士を殺るならそれでいいか」と思った。
「少年は、私が見張っている。あの子ならば、私でも押さえられるだろう。逃げそうな様子はないが、念のためだ」
「ああ」
ジョードはうなずいた。リダールのことは放っておいても大丈夫だろうとは思うが、ここでミヴェルを誘っても、応じてもらえないだろうと判った。
「ところで、ミヴェル」
「うん?」
「あんた、何か欲しいもんないか」
「何?」
女は目をしばたたいた。
「飯の話じゃないぞ。たとえば、何か、宝飾品とか」
「……いったい、何を言ってる?」
「だよな」
うんうん、とジョードは答えにならない答えを返して、首をひねるミヴェルをあとに、リゼンの町なかへ歩いていった。