8.
あの二人なら三軒向こう(家と家の間にだだっ広く畑が広がっているので、家だけなら十二、三軒は建ちそうな距離)からでも誰か分かる。
一人は背中に大きな羽が、もう一人は極端に発達した両腕がかなり存在感を示している。
「バートンとゴーラか。こんなとこまで来るなんて珍しいな」
ここはまだ家を出て少しの所で、村の中でも端の方だ。
畑が広がってるだけであいつらが用がありそうなものなんて特には無い。
となると自ずと理由は分かってくる。
どうせ暇でなんだかんだといちゃもんつけて俺に絡みに来たのだろう。
今はいろいろ考えて整理したいし、相手してるのも面倒だな。
かと言って一本道で避けようがないし、畑の中突っ切る訳にも行かない。
仕方ない、何か言われたら適当に流してちゃっちゃと通り過ぎよう。
少し小走り気味で進んでいき、「よう」と一声掛けて二人の横を通り過ぎようとすると案の定、
「おい、ジン。なんだよ、そっけねぇじゃねぇか。そんなに慌ててどこ行くんだよ」
と、引き止められて後ろに回ったゴーラにがっつり腕を掴まれた。
「なんだよ、お前らも俺んとこに尋ねに来たのか?今日はやたらと客が多い日だな。悪いけどちょっと行くとこあるからさ、じゃ」
掴まれた腕を振り払おうとするが、ゴーラの掴む力が少し強まる。
バートンの奴はにやにやしながら話している。
「まあまあちょっと待てよ。聞いたぜイルの事。知ってんだろ?軍隊兎捕まえるってよ」
「あぁ、なんかみたいだな」
ノマ先生が村長さんに話に行った時に聞いたのか。
まさかイルがこいつらに先に話に行ったとは思えないしな。
「あいつの無茶は昔から変わらねぇよな。そんでいっつもお前が付き合わされてよ」
「ははは。だよな」
何度か隙を見て掴まれている腕を振り払おうとするが、がっちり掴んでやがるな。
何しに来たんだこいつらは。
「いや、違うか。イルの奴が覚醒もしてないのに無茶ばっかりするからいつもお優しいお前が助けてやってんのか。今もイルの手助けでもしに行こうとしてたところなんだろ?」
「そんなんじゃねえよ」
「俺はそういうのが嫌いなんだよ。あいつを見てるとまるで昔の……いや、なんでもねぇ。とにかく自分の身の丈に合わない事をする奴もそれを甘やかす奴も見てるとイライラすんだよ」
「何が言いたいんだよ」
「ここらで分からせてやった方があいつの為だと思うぜ。俺たちみたいに特別な力がない無能な奴は大人しくしといた方がいいって事をよ」
「あぁ?今なんつった?」
そういう事か、こいつも本当に暇な奴だな。
自分の夢のために誰よりも一所懸命になってるやつのことを馬鹿にするのがそんなに楽しいかね。
ちょっと頭にきた。
「特別な力って言っても、お前ははガキの時に木登りで落っこちた恐怖で覚醒したんだろ?そんな奴がよく言うよな。」
「なっ、うるせえ!」
あんまり使うのは気が進まないが、腕を振り払うには俺も力を使うしかないな。
ゴーラは覚醒していて軽々と丸太を振り回せる程の怪力を持っている。
そう簡単には解けない。
「お前なんかよりそれに俺なんかよりもな、イルは凄いやつだよ。悪いな、ゴーラ。」
「あぁ?なんだ・・・」
まだ後ろに立っているゴーラの方を振り返りながら、スゥッと息を吸う。
「あ、馬鹿!耳ふさ・・・」
自分の耳を塞ぎながらもゴーラに注意をしようとするバートンの声を遮り、
「ワァッッッッ!!!」
と思いっきりゴーラの耳に目掛けて叫んだ。
「うぉぉぉっ!耳がぁ!」
あまりの声の大きさに力の緩んだ手から擦り抜ける。
今のはただの大声ではあるが声量で言えばただのとは言えないものだ。
産まれたその時、産声で助産師さん達を失神させた過去があるからな。
離れた所に植えられている木に止まって休んでいた鳥達は驚いて飛んでいき、畑を耕す為に飼われている牛達は昼寝から無理矢理起こされて唸り声を上げている。
耳を塞いでいたとはいえ、至近距離にいたバートンも直ぐには追ってこれなそうだ。
「くそ!覚えとけよ!」
如何にもな台詞を吐くバートン達を尻目に、走ってその場から逃げ出した。
ーーーーーーーーーー
学校と俺の家からちょうど同じくらいの距離に位置する森の入り口までやってきた。
「はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫だろ。」
本来の目的は、イルに図鑑の事を覚えているか聞きに行こうと思っていたのだが、走っている最中に懐かしい場所のことを思い出して久々に寄ってみることにしたのだ。
子供の頃イルと二人で作った秘密基地だ。
子供が木登りするのにちょうど良い枝がたくさんある木が生えていて、そこの上になんとか板を持ってきて床と壁を作り、自分達の基地にした。
こんなものを子供ながらに作ったのかと思うと我ながらよくやったなと思う。
今来ても、流石に痛んではいるが形は残っているしまだ使おうと思えば使えそうだ。
ここの壁にはびっしりとなんだかんだと書き込まれているが、子供が書き殴った物なので一見するとただの落書きにしか見えない。
最早何が書かれているかは書いたはずの俺ですら分からないが、一つだけ視覚的に分かるものがある。
でかでかと書かれた村の地図だ。
あの頃、村のどこかに神石が埋まっていると聞いてあたり一面宝探しと言って掘り起こしていたのだ。
その時のどこを掘ったのかを記しておいた記録がまだ残っている。
結局見つかりはしなかったけどな。
「というか…」
感傷に浸りつつ冷静になって考えてみるとバートンの言ってた事も一理あるよな。
イルがやっていることは無駄だとは思いはしないが、俺がやっているのはただのお節介だ。
イルに頼まれた訳でもないし望んでも無いだろう。
そもそも図鑑の事だってきっとイルは覚えているはずだ。
前にあいつの部屋に行った時、壁いっぱいに並べられた図鑑や本の中で、一番ボロボロにはなってたが一番目につく場所で取りやすい所に置いてあったしな。
イルは俺なんかが手を貸さなくてもきっと1人の力でなんとか出来るはずだ。
そもそもノマ先生がイルに出した条件だ。
これをイル一人でなんとか出来なくては、調査員になるには力が足りないって事なんだろう。
今俺がすべき事はこれじゃないだろう。
これから本当に俺がしたい事って何なのか。
「はぁ……。あの時から。一緒に走り回って時から何も変わっちゃいねえんだ。俺の中じゃ」
分かってた。
本当は母さんに言われなくても分かってて、心のどこかでは決めてたんだ。
ただ自分で決断するのに怯えてただけだ。
イルみたいに何でもかんでも自分に正直に真っ直ぐ進んでいけるやつってそうそういないだろ?
「やっと決めた。あれだけ背中叩かれてうだうだやってちゃ男じゃねえな」
俺が本当にしたい事は、あいつがいつまでも目を輝かせているところを見ていたいって事と、何か話したそうにしてたらいくらでも聞いてやりたいって事。
そして、それができる様に俺が今本当にすべき事は……