第八十四話【お祝いの言葉は優勝と、そして…。】
美鈴の優勝で幕を閉じた大会。
彼女の祝賀会が明花の発案で企画されるのですが、その裏では【X】ちゃんと彼女の見舞いをしてる多彩蜂との間で一つのドラマ(?)が…。
学院代表四大部門決勝戦が終了しそのまま授賞式が執り行われた。
【X】はこの時気絶してたのですぐ医務室に運ばれてしまい不在となったが、大した怪我をしてるワケでも無かったので雰囲気が暗くなる程では無かった。
準優勝となった彼女には後で賞状と準優勝の盾が贈られる事になる。
そしてこの時、初めて彼女の本名が明かされた。
以前彼女の本名を知っていたハズの生徒らも催眠術の類いなのかすっかり忘れていた名前が学院長代理の口から今、呼ばれた。
「中央貴族学院高等部・学院代表戦槍部門優勝、並びに四大部門決勝準優勝者…」
「陰潜さん。」
ザワ…
「【X】の本名って陰潜ていう名前だったのね…。」
「『名は体を表す』って言われるけど…確かに名前通り、なんか陰キャだったよね。」
「その意味なら偽名の【X】と、意味はそんな変わんないじゃね?」
そんな感想が口々に観戦していた生徒達から聴こえた。
「でも、あの子はこうして表舞台に躍り出て目立ちまくってましたわよ?」
美鈴が彼女の良く通る声でそう口を挟むと、周りの雑音は急に途絶えた。
「あの子、泣いたり喚いたり怒ったり…結構、喜怒哀楽の激しい子でしたわ。」
「私には演技だと言ってごまかしてましたけど、目標の為には直ぐ気持ちを切り替えられる…そんな芯の強さがある子だと私は感じましたわ。」
生徒らは顔を見合わせた。
そして美鈴の言葉にちょっとだけ頷く生徒も数名見られた。
それをみて満足そうに微笑む美鈴。
(ま、ちょっとだけ小憎らしい子でもありましたけどね。)
と、心の中で舌を出す美鈴だった。
「…コホン、その陰潜さんは現在気を失っておられ、安静のため保健室に…」
学院長代理の言葉が続けられる。
(かなり加減したのですけど速度が乗っていた分、少し想定よりダメージが大きかったのかも知れませんわね…。)
後で明花を連れて様子を見に行こう、そう思った美鈴であった。
そこへ白百合のプリンセスから生徒としての姿に戻った闘姫が美鈴弐話し掛けてきた。
「今回の件ですけど、問題なのは彼女の性格より新血脈同盟なる連中との関連性ですね。」
「…多分ですけど、それは無いと思いますわ。」
「そうなのですか?」
「あの子は悪ぶっていましたけど根は結構真っ直ぐだと感じましたの。」
「でも念の為もう少し彼女の事を調べた方が…。」
「それは学院長代理か范先生に直接聞いた方が早いと思いますわ。」
「………さん。」
「………リンさん…。」
「………黎美鈴さん、聞こえませんでしたか?黎美鈴さん?!」
「欠席されたのなら表彰は取り止めとさせていただきますがヨロシイのですか?!」
何度呼ばれたらしく、学院長代理の声が少しきつく大き目に響いた。
「はっ?!私呼ばれてましたのね?!」
クスクス笑いながら明花が美鈴に話し掛けた。
「はい、ずっと呼ばれてましたよ…早く行ってらしてくださいな。」
「は、はーい?!私はここにおりますわーっ!」
小さな笑い声に包まれながら美鈴は真っ赤な顔をして表彰台へとやや早歩きで向かって行った…。
「お嬢様…注意力散漫ですよお…。」
「そう言わないで愛麗、美鈴様と言えど戦いを終えて安心されてたのですよ。」
「そうね芽友、美鈴さんも彼女なりに気が張ってらしたのよ。」
「…そうだ、せっかくだから皆んなで美鈴さんの優勝祝いをやりましょう?」
明花の何気ない一言に近くにいたクラスメイト達が一気に沸いた。
「いいね、それ!」
「やろうやろう!」
「でも午後から普通に授業だよ〜?」
「放課後ならいいじゃん?」
「でも準備とかあるし次の日か休みの日とかにしない?」
ガヤガヤ…。
「…コホン、皆さん静粛に!」
范先生から一喝され再び静かになるクラスメイト達。
「…と、言う事ですがどう致します学院長代理?」
表彰式途中でイキナリ突拍子もない提案を振られた学院長代理。
「…え、えーとお…。」
公的には「そんなん後で考えなさい!」だが…。
「いいですね!午後からは授業やめてパーティーしましょうか!?」
ワアーッ!!!
その盛り上がりの歓声を聞いてやっと我に帰る学院長代理。
「…あ、しまった…。」
無理も無い、彼女も年齢的には美鈴と同い年の一年生。
欠席日数等の関係から授業にはあまり出てないものの、彼女は列記としたこの学院の生徒でもあるのだから。
やや落ち込みかける彼女の肩をポンポンと叩いて范先生が慰める。
それを優しい笑みで見ている表彰台の美鈴。
「皆様、今日はお疲れ様でしたわーっ!!」
そして勝手に表彰式を締めるのであった。
…………………。
一方、気絶したまま保健室に運ばれた【X】こと陰潜。
スー…スー…スー…。
「…良く寝てるなあ。」
「やっぱコレ、気絶から熟睡に入ってるよね?」
多彩蜂はベッドで寝てる陰潜を見ながら呆れてた。
(でも…これはチャンスかも?)
(いやいや、誰か見舞いに来るかも知れないし…。)
(し、しかし…ちょっとくらいなら…?)
多彩蜂が陰潜にイタズラしようかと迷っている。
コレが普通のイタズラならここまで彼女は迷ったりしないだろう、て事は…アレ、か?
………美鈴の方は暫く放おっておいてもいいかと思い気になるこっちの方を覗いてみたが…これはお邪魔だったかな?
…でもこの後の展開も見てみたい…(笑)。
仮面の聖霊こと名尾君、つまり俺は多彩蜂の事を言えないくらいこの続きが気になってしょうが無かった!
いくら異世界転生して聖霊と呼ばれる立場になったからといっても所詮俺は雇われ的な仮の聖霊、つまりバイトみたいなもんであって中身は俗人のまんまだ。
思春期の男の子の意識そのままだから、そりゃ女の子同士のイチャイチャも当然気になるワケで…。
そうこう考え事してる間に多彩蜂の手が【X】こと陰潜の身体にかけてあるシーツをゆっくり剥いでいった。
でもまだ彼女には躊躇が見え…あれ?
もしかして多彩蜂はまだそういう経験が無いのかも?
わかるぞ、ウン。
俺も結局女の子とそうはならずじまいだったからわかるけど、本当いい感じになってからの一押しって凄く緊張するし色々考えて先に進めなくなる…。
??
今、陰潜の瞼がピクッて…。
お、僅かに瞼が開いてるぞ。
彼女は今何を考えてるのかな…。
(…もう…せっかく寝たふりしてるのに…)
(…来るんなら、早く…してよ…(恥))
………て、コレもしかして、陰潜は多彩蜂を…?
ゆっくり、ホンの少しずつゆっくりと多彩蜂の顔が陰潜の顔に近付いて行く。
………だ、ダメだ!
これ以上はさすがに見てたらいけない気がして来た…!
俺は二人の顔がピタリと重なるのを横目に保健室から意識を離脱させた。
…………再び聖霊の仮面へと意識を戻した俺は「ふう…」と安堵した。
うむ、やっぱりここは大変居心地が良ろしい♪
ほのかな温もりと、そしてちょっとだけふくよかな
柔らかみ………。
…待てよ。
ここって確か、まだ美鈴のポケットの中…?
…………エヘンエヘン!
俺は余計な事は考えず周りの方に意識を集中する事にしたのだった。
……………。
「お疲れ様ー、美鈴さん!」
「ホラホラ、主役なんだからもっと楽しそうな顔してよ?」
「え、ええ…。」
どうやら美鈴は少しだけ浮かない表情をしてるらしい。
千里眼で視界を変更すると、確かに美鈴の表情に若干ながら影が差していた。
賑やかなその場所は見慣れた学院寮の食堂。
どうやら午後の授業は取り止めて生徒らに憩いの時間を過ごしてもらおうという学院側からの配慮だろうな。
「疲れが出ましたか?美鈴さん。」
明花が気遣って声をかけた。
彼女は各テーブルにサンドウィッチを配膳して回ってるようだ。
「い、いえ大丈夫ですわ明花さん。」
「お嬢様食欲無いなら私がいただきますねー♪」
バクバクと美鈴のテーブルのお菓子や簡単な料理を食べている愛麗。
「愛麗、あまり食べ過ぎると夕食前にお腹壊しますよ?」
芽友はにこやかに生徒達のグラスに冷たい飲み物を注いで回ってる。
「…美鈴さん、もしかして【X】…いえ、陰潜さんの身体が心配なのでは…?」
「え、ええ…。」
白百合のプリンセスこと今は一生徒である闘姫の言葉に対して素直に答えた。
そんな美鈴に対しニコッと笑った闘姫は彼女にこう言うのだった。
「では、今から皆でお見舞いに行きましょうか?」
闘姫は美鈴の腕に自分の腕を絡めた。
「あっ…」
それを見ていた明花は二人に近寄ろうとするも手に持っているトレーに気が付き逡巡する。
それを見兼ねた芽友は飲み物のサーバーを持っていない空いてる方の手で明花から無理矢理トレーを奪い取った。
「さ、お嬢様も。」
「え?」
「う…うん。」
意図を察した明花が美鈴に駆け寄る。
「あの、私もお見舞いに…。」
「ええ、行きましょうか明花さん。」
美鈴はにこやかに答えた。
かくして、両手に花状態の美鈴が保健室で寝ている【X】…もとい、陰潜と見舞い(?)に来てる多彩蜂の前に現れ…。
現れ………。
…………。
………マズイ。
アイツら、今変な事してないだろな?!
俺は千里眼を保健室に飛ばし、もしヤバイ状況なら美鈴を引き返させようと………。
ガラッ…。
あ、戸が開いちまったか…。
と、美鈴達の目の前には顔を火照らせ少し汗をかいてる多彩蜂がベッドの横の椅子に腰掛けている姿があった。
として陰潜も目の下までシーツを被って寝ていた。
だが彼女は潤んだ目を爛々と輝かせていた。
そしてもの言いたげに時々多彩蜂の方をチラ見してるのだった。
「あ、貴女は確か…多彩蜂さん………でしたかしら?」
美鈴が多彩蜂に声をかけた。
「え?…あ、ああ、ちょっとこのコのお見舞いに来てたとこなんだ。」
「そうでしたか、実は私達も気絶した後の陰潜さんの様態が気になってお見舞いに伺った次第です。」
闘姫が笑顔で挨拶する。
「どれ、どんなご様子ですか?」
明花が陰潜の具合を診ようと近寄ると。
「こ、来ないで!触らないで?!」
突然、陰潜が慌ててシーツを頭から被ってしまった。
「ここ、このコまだ試合の興奮が続いてるみたいでね、落ち着きが無いんだ!」
アハハと乾いた笑いをする多彩蜂。
「あ、それなら大丈夫です、少し手を翳してみるだけですから。」
言葉通りに明花が掌を陰潜の方へ翳した。
「…………、特に問題は無さそうですね。」
「大丈夫そうでなによりです、ちょっと精神的に興奮状態なようなので軽く精神安定の『気』を送っておきましょうか?」
「け、結構よ!」
「アンタ達がいなくなれば直ぐ落ち着くから!」
「陰潜さん、対戦してばかりの私ならともかくせっかくお見舞いに来てくれた闘姫さんや診断までしてくださった明花さんにそのような物言いは…。」
美鈴が苦言を呈した。
と、彼女の目がふと多彩蜂と陰潜を交互に見た。
(ふ〜ん…。)
何やら一人納得したような表情になる美鈴。
「そうですわね…こちらもそちらの気持ちを考えずいきなり押しかけてご迷惑をおかけしたようですし、ここらで退散すると致しますわ。」
「そうですね、また陰潜さんの機嫌の良い時にしましょうか。」
「あの、闘姫さん?その時はもう保健室に陰潜さんはいらっしゃらないと思いますが…。」
闘姫の言葉に苦笑する明花だった。
すると少しそっぽを向いて舌を出す闘姫だった。
…へえ…。
彼女、こんな表情も出来るんだな。
高貴そうなのに普通の女の子らしく茶目っ気を見せた闘姫に俺は親近感が湧いた。
「では、ご機嫌よう。」
そういって保健室を出て行く美鈴、そして闘姫と明花もそれに続いた。
…と、美鈴が突然引き戸の前出立ち止まる。
「あ、お二方に言い忘れておりましたわ。」
クルッと振り向く美鈴の表情、それはもう爽やかな笑顔だった。
「本っ当に、…『お邪魔しましたわ』♪」
それだけ言うと彼女はスキップしながら部屋を出て行った。
はて?と言わんばかりの表情で首を傾げる闘姫。
そして何かに勘づいたように含み笑いをする明花。
…………あとに残された二人は。
「やばーっ?!バレちゃってたかもー?!」
頭を抱える多彩蜂。
そして。
「もうーっ、多彩蜂先輩の馬鹿ーっ!!」
シーツの中で暴れまくる陰潜だった。
(お二方、どうぞお幸せに〜♡)
パーティー会場の食堂に戻る美鈴は優勝以上の幸福感に充たされていたのだった。
かなり急速に距離が縮まった多彩蜂と陰潜。
試合前の朝、多彩蜂がイタズラで言った言葉は本当だったのも知れません。
そして陰潜もかなりチョロかったようです。




