第四十六話【夢見て弓射る妄想少女の暴走!!】
やっとたどり着いた南中等部戦弓部の合宿所。
見張りを惹き付けいよいよ突入。
しかしここでまたしても若汐の欠点が表れて…。
美鈴と若汐の二人は林を抜けて一番奥側に建っている棟の陰に隠れた。
暫く彼女らのその行動を見守っていた月夜と依然の二人も美鈴達の姿が奥の建物の陰で見えなくなった事を確認すると、自分達も行動を開始した。
この二人は合宿場所の敷地入り口から見て側面へとたどり着いた。
反対側には最初に美鈴達が辿り着いた崖があるが、その近くには林道があった。
美鈴と若汐はその林道からこっそり敷地に降りたのだ。
つまりそこから陽動を仕掛ければその反対側にある裏口からの侵入を試みる美鈴達は動き易くなる。
監禁されていた生徒らが脱出するとすれば当然心理的に合宿所と敷地の同じ方向を向いている出入り口から出ていくと普通考えるからだ。
「行きますよ、依然。」
「かしこまりました。」
月夜は召喚魔法を駆使するのだが、その魔法には二つのやり方がある。
一つは空間や地面に魔力で描いた魔法陣、または異空間に空けた穴を用いてそこから異界のモンスターを呼び寄せる方法。
そしてもう一つは予め体内で飼っているモンスターを外へと抜け出させて使役する方法。
今回はより安全性の高い体内にいるモンスターを使役する事にした。
だがそのモンスターをわざわざ魔方陣から出現させる事で二つのメリットを享受できる。
一つは魔方陣のパワーを使役するモンスターに与える事によるモンスターのパワーアップ。
そしてもう一つは、
………派手な出現を見せることで優越感に浸れる事!
月夜は魔力の光で天空に魔方陣を描くと、そこからワイバーンを解き放った。
『ギェェェェ~ッ!!』
ワイバーンにわざと禍々しそうな鳴き声を咆哮させる。
だが、残念な事にその時はたまたま外にいた見張り達が中に引っ込んでしまっていた。
「ええ?せっかく人が華麗な出現シーンを演出して差し上げたのに…!」
月夜は憂さ晴らしに上空から玄関先の庭の側へと火球を発射させた。
ズドオオオン!
地面が轟いた。
「な、何事だっ?!」
敵の兵士らしき姿が数名、外へと出て来た。
「な、モンスター?!」
その敵兵士の慌てる様子を見て怪しく微笑んだ月夜。
「貴女達、少し私と遊んでくれないかしら?」
月夜が振り翳した手をその兵士らへと向けて伸ばすと、ワイバーンは兵士らに向かって襲いかかった。
『シャギャアアアッ!』
ワイバーンが咆哮をあげながら兵士らに襲いかかかる。
「ヒイイ?!」
数名は逃げ回り、数名はすんでの所で何とかワイバーンの攻撃をかわした。
ワイバーンの後ろ姿を見送った一人が叫ぶ。
「モンスターの術士は彼処だ、アイツを討てえ!」
その声に月夜の方を睨んだ兵士らが槍を彼女に向かって投擲する。
ヒュン、ヒュンヒュン!
数本の槍が月夜目掛けて放たれた。
それを涼しい顔で見ていた月夜。
「…依然?」
「はい、お嬢様。」
依然の瞳の奥が燃えていた。
闘志の炎で轟々と燃え盛っていた。
「数時間前のような無様な失態などしない。」
「ここであの時の雪辱を果たします!」
依然の構えた槍の矛先がスラリと天に掲げられた。
その槍の矛先はオレンジ色の夕陽の輝きを反射してギラリと輝いた。
四方八方から投げつけられた槍の雨。
槍は飛んでくる方向こそバラバラなものの、
その投げられたタイミングは順番があり、速度や距離はどれもほとんど同じだった。
つまり。
「捌くのは…容易い!」
槍の矛先が無数の弧を描く。
ビュンビュン!
ガカカカッ!!
矛先と矛先が火花を散らす。
ボトボトと地面に散らばり落ちる数本の槍。
依然と月夜はその場から一歩も動かず、無傷で立っていた。
「…擊散完了。」
チャキッ。
再び槍を構え直す依然。
「さあ、相手をするからかかってきなさいな?」
ニヤリと笑いながら不敵に敵兵士達を挑発する月夜。
彼女の頭上には先ほどのワイバーンが羽ばたいていた。
そのワイバーンの口元から火の粉が舞う。
モンスターと術士、そして槍術士が戦弓部の合宿所を占拠した謎の集団の前に立ちはだかる。
「お嬢様には、指一本足りとも触れさせない!」
依然から気迫が敵兵士達に伝わる。
続々と合宿所から出てくる敵兵士達は呆然と立ち尽くしている仲間を見て最初怪訝そうな表情をしていた。
が、目の前の敵を見て全てを悟った。
そして彼女らもまた、同じように立ち尽くしてしまった。
このたった二人の相手に対して何も出来ず手をこまねいてしまう敵兵士達。
玄関近くで行われた戦闘は膠着状態となってしまった。
(お嬢様、このままこの場所にいては作戦に支障をきたします…。)
(では、少し誘導するといたしましょうか。)
月夜はワイバーンを反対側に飛ばしてそこから火球で攻撃させた。
月夜は依然の槍術で敵を防ぎながら玄関側へと回り込むと、そこから合宿棟の横へと押し込んでいく。
(そう、そのままそっちに行きなさい。)
あとは美鈴達の救出劇の成功を待つのみとなった。
……………………。
「あちらで戦闘が始まったようですわね。」
「はい、美鈴さん。」
「…そろそろ私達も参りましょうか。」
「はい、行きましょう。」
「…あの、若汐さん?」
「はい、何でしょう?」
「その、このままだと歩き辛いと言いますか…、その…。」
困惑の表情をしている美鈴。
「大丈夫ですよ、恥ずかしがる事なんてありませんから!」
ニコニコしている若汐。
彼女は美鈴にベッタリくっついていた。
(その、色々と…当たってるじゃないですか!)
美鈴は若汐の身体を感じて顔が真っ赤になっていた。
「クスッ。」
「…何が可笑しいんですの?」
「いえ、美鈴さんて恥ずかしがり屋さんなんですね?」
「からかわないで下さいな!」
若汐が人差し指を唇に当てる仕草をする。
(シーッ。まだ見張りがそこらにいるかも知れませんよ?)
(そ、そうでしたわ。)
その顔が可愛かった。
そして妙に唇が色っぽい。
本当にこの子はまだ中等部二年生なのか?と疑いたくなる美鈴だった。
(あー、入り口までの距離が長いですわ…。)
そして漸く入り口の扉の前に立つと、若汐は少し残念そうに息を吐いて美鈴から離れた。
「では、先ずは私から入ります。」
若汐は背中から弓を掴んで手に持つ。
先程の戦闘で使用した弓と比べて短い。
「それは私と戦闘した時の弓ではありませんね?」
「はい、あの時使用したのは暗殺用に手渡された中長距離用の長弓です。」
「これこそが本来の戦弓部で使用する戦弓。」
「どう違いますの?」
「短くて軽量なだけでなく、深く大きく引き絞らなくても強い威力の弓を連射しやすいんです。」
腕力に頼らなくとも強い威力で矢を速射、連射出来るよう工夫を凝らした作りとなっているらしい。
矢の方も長弓の時と違ってやや短めだった。
「なるほど。隙となる時間の少ない近接戦闘用なのですね?」
「はい。私のは中距離も使用出来るやや大きめの物ですけど。」
「何故私との戦いではそちらの方を使用しなかったのですの?」
「近接戦闘では勝てる気がしなかったですから。」
「近接戦闘は剣の使い手である美鈴さんの間合いなので逆に私の間合いとなる中長距離での戦いに徹したんです。」
「なるほど…だから常に私との距離を一定に保ってらっしゃったのですね。」
「はい。それで美鈴さん?」
「敵がいたら先ず私が射撃して注意を引きますので貴女は生徒の救出を最優先してください。」
「一人だけでは危険では?」
「いえ、仲間を盾に降伏を迫られたらお仕舞いですから美鈴さんに仲間の確保をしていただきたいんです。」
「了解しましたわ。」
「入って直ぐにこの扉の向こう側にある物置きのドアへと繋がる通路があります。」
「そこから出たら物陰に隠れて仲間達の拘束を解いて下さい、それと。」
「ついでに途中の物置きから戦弓と矢を運んで何人かに手渡してくれませんか?」
「ええ。でも先ずは中の様子を探りませんとね?」
「そうですね。」
「あ、あちらに窓がありますわね?」
「覗いてみましょう。」
二人は窓から少しだけ中を覗く。
すると確かに生徒数名が床に体育座りで固まって座らされていた。
それを見張りらしき兵士らが数名で囲んでいた。
「拘束はされてませんわね。」
「でもやはりみんな手ぶらで、剣や槍を突き付けられてます。」
「では、さっき話された手筈通りで参りますわよ。」
「ええ。お願いします。」
二人は再び入り口の扉の前に立つ。
互いの目を見て首肯きあうと、扉をユックリと開ける。
入り口の扉は前後の二枚で構成されており、二人は二枚の扉の間の空間にまず入る事に。
慎重に一人ずつ扉の中に入り、外側となる扉を閉める。
そこからは若汐の語った通りに横へと続く通路があった。
「あと百数えてから私が中に入ります。」
「美鈴さんは私が立ち回るまで隠れていて下さい。」
「…ええ。ご武運を。」
「そちらこそ。」
ニッコリ笑って通路を行く美鈴を見送る若汐。
通路の中は暗かったが美鈴には猫の目の付与魔法があるので問題は無かった。
「あー、緊張してきたぁ。」
一方の若汐は一人になったことでこの作戦に対するプレッシャーを感じていた。
「…でも無言でいきなり矢を放ったらみんなが危ないかな?」
「やっぱり適当に何か連中に話しかけながら近付いて皆を背にするべきなのかな…?」
「でもまず何と言って話しかけようかな。」
「ゴメン、失敗しちゃったー。とか言ったら「なら仲間を殺す!」とか言われちゃうよねー。多分。」
「それともやはりいきなり射撃して先に向こうの数を減らしておくべきかな、せめて二、三人程度…。」
初動で敵の反応と立ち回るべき状況が変わってくる。
「だけどどのみち戦いになるのならやはり先制攻撃あるのみかな?」
「でも仲間を盾にされたら私がやられてしまい、いずれは仲間まで………!」
「ああーん、どうしよう?」
(美鈴さん、上手くやって下さいね?お願いですから!)
ここで美鈴の名前が出たことで彼女はふと重大な事に気が付いた。
…あれ?
「…百数えてからと美鈴さんに言ったけど、今幾つくらいになるんだっけ?どこまで数えてたんだっけ?!」
美鈴がここにいたなら「若汐」さんのおバカッ!」とツッコミされていただろう。
今は潜入中だからさすがにハリセンで叩いたりまではしないだろうが。
ともあれ若汐は、考え事をしていたら途中で幾つまで数えていたか分からなくなってしまったのだった。
こんな肝心なところで若汐の悪い癖が出た。
してはいけない場面で考え事にふけってしまう事自体が悪い癖と言える。
彼女は色々と考え過ぎてしまう。
そして悪い想像を頭の中にあれこれ張り巡らせて勝手に絶望してしまう。
だがそんな事より今は美鈴との時間調整が失敗しそうな事が一番の問題だった。
「は、はううう~っ?!」
段々涙目になっていく若汐。
「こ、こんなことになるなら私と美鈴さんの役を逆にするべきだったかしら?!」
暗殺の命令を押し付けられた若汐が任務を終えてここに戻ってくるならまだ相手も話は理解できるだろう。
だがその暗殺対象側の美鈴がいきなり連中の目の前に現れたらその時点で任務失敗とバレてしまう。
事態は益々悪化すると思うのだが、混乱した若汐には言うだけ無駄だろう。
一方の美鈴は。
「ほほう、これはこれは。」
物置きの中には訓練用の武具が沢山置いてあった。
「ここは中々品揃えが良さそうですわ。」
「監禁事件が一件落着したら、明日からはここで訓練するのも悪くありませんわ。」
結構武具を眺めるのを楽しんでいた。
「そう言えばそろそろだと思うのですけど、まだ若汐さんは百を数え終えられないのかしら?」
そしてその若汐は。
「多分、もうすぐ百、そうに違いない!」
「…だから、あと十くらい数えてから突入しましょう。」
(もし違ってたらゴメンなさい!)
「でもこれで失敗したらどう美鈴さんに償いを…?」
だが若汐の家は貧乏な山猟師。
彼女はたまたま魔力持ちで魔法も使え、弓の射的の優秀さから推薦入学させて貰えた身だ。
「とても払える金など無い…なら、」
「美鈴さん、私の身体でお支払いいたします!」
「…て、キャーッ!それってつまり、アレよね、アレ?!」
勝手に変な想像をして勝手に盛り上がってしまう若汐だった。
ま、絶望してヤル気無くされるよりはマシか。
「…よし、十数えたから行くか!」
しゃがみこんで途中腐りかけていた若汐が元気良く立ち上がった。
仲間を救うため悲壮な覚悟を背負っているハズの若汐は、何故かルンルン笑顔になっていた。
「待ってて下さい美鈴さん!?」
…既に目的が違っていた。
「貴女への償いはこの私の身体でお支払いしますからね…キャッ☆」
…しかもこの手段ありき、だった。
何故か失敗からの絶望から都合のいい方に解釈して?強引にプラス思考へと変えた若汐。
そんな事とは露知らない美鈴との人質救出作戦は開始されます。




