第四十四話【新血脈同盟】
刺客となって立ちはだかった弓使い。
実は彼女も被害者でした。
美鈴は彼女を味方に寝返らせ、共に彼女の仲間を救出する事に。
李若汐は語る。
「皆さんは血脈同盟という名前を聞いた事がありますか?」
「ええ、昔からありますね。四大名家が四聖獣になぞらえて見なされ、それを陰陽や裏表の二つに分けて八とした八大武家の血脈全てを総括する同盟で四大名家も含めます。」
「私の家もそうですわね。」
「と、いう事よ。貴女の黎家は表の四聖獣、そして安家の配下の家系。」
「まさかそこのご息女とこうして個人的に懇意になれるなんて世の中狭いものね。」
クスリと笑う安月夜。
その熱い眼差しを受けてドキッとしてしまう美鈴。
「血脈同盟とは各武家と名家が王家に対して反乱するのを牽制して抑える為のモノで不可侵条約の役割だと聞いておりますわ…しかし、何処かの家系一つが悪さをしたとでも言う事なのでしょうか?」
「いえ、皆さんご存知の通り、確かに四大名家も八大武家もそれぞれの血脈同盟自体は昔から存在する普通の血族の集まりで、精々年に一回顔を合わせる会合があるだけと聞いてます。」
「ええ、新年に王宮へ挨拶に出向いたついでに顔合わせするくらいのモノでほぼ形骸化してたわね。」
「なので血脈同盟それ自体は本来、特に国や世界に影響力を与えるような事は今で無かったハズなんです。」
「それがある日、新血脈同盟なる組織を立ち上げた人物が南貴族学院に現れたんです。」
「新…血脈同盟?」
「その方は高等部の生徒でした。最初はただの歴史研究同好会だったと聞きます。」
「それが徐々に南学院内で影響力を強めていき、更にその影響は中等部にまで及んで参りました。」
「そのような話、聞いた事が無いわね…。」
月夜生徒会長は首を捻った。
「他の学院に知られていないのも無理はありません、まだ一ヶ月以内に進行した出来事ですから。」
この世界では近代的に進歩した部分とそこまで進んでない部分がある。
カメラや写真は存在する。
これは進歩している部分だ。
しかも個人で携帯カメラを用いて撮影が出来る。
ただ、オートフォーカスやインスタントカメラまではいかない。
現像も写真屋さんにフィルムの現像を頼まなければならない。
だから余談となるが以前美鈴の捲れたスカートから見えていた下着をカメラに収めた愛黎だったが、写真はどれもボンヤリとした白と肌色が写っているだけ。
全てピンぼけの写真ばかりだった。
…脱線したが、他はほとんど進歩が見られない。
通信は一部の念話が使える者同士が瞬時に遠方への意志疎通が出来るくらいで電話や電信機器はまだ存在し無い。
ごく一部で通信用に魔道具を開発した者がいるがまだまだ実用化された品物がポピュラーに出回っているワケでもない。
一品一品がまだまだ手作りのこの時代、どんな優れモノでも庶民全体に行き渡るにはその個数も値段もまだまだ高嶺の花となるのだった。
新聞社はあるものの、労働者階級が読む物では無くて、一部王宮務めの上流階級向けに発行されているだけのお金持ちの道楽として存在する。
そして交通はいまだに馬や牛がポピュラーだ。
蒸気機関の研究が進み国家間での高速移動用に鉄道列車の建設が計画中との事だが、燃料となる石炭の発掘が進んでおらず高価が故に、とても庶民の日常の足としては程遠い。
むしろ魔力を用いた魔力機関の研究や実用化を目指す人間が多く、これが当たれば庶民の気楽な日常の足として大活躍する事が期待される。
が、安全に安定して使えるようになるまでに後10年はかかるというのが大方の見通しだ。
つまり、まだまだ歩きか馬車での移動が主力となる。
つまり、通信も交通も満足でないこの世界では意見を遠方に伝えるには何日間も要する事もあり、余程重要な事で無ければそもそも発信すらされない。
だから同学院の建物内での事なら口コミで広まるハズだが広大な国土の隅々ともなると中々情報が行き届かない事も多い。
(このお話、確か血脈同盟編へと繋がるルートでは?)
【気が付いたか美鈴】
(ええ、思い出した…と言うよりふと頭に蘇ってまいりましたわ。)
【学院代表に選ばれた後の高等部対抗戦、注意してかかれよ。】
(まさか、その選手の中に?)
「南貴族学院は既にその派閥に乗っ取られました。私達中等部は拒否を続けたのですが…。」
「待った。もしやそれは貴族学院の南北対立と何か関係があるのかね?」
范先生が李若汐に聞いた。
「やはり教師ならそれはご存知でしたか。」
「しかし、地理的に考えればむしろ東西の方が争いを起こすのにうってつけでしょう?」
話に置いてきぼりになりそうな明花がここで漸く口を開いた。
「その通りです、いかにこの国が大陸中央に位置するとはいえ国土が広大でもあるし、季節や気候が南と北ではあまりに違いますから。」
「…で、それと私の暗殺がどう結び付くというの?」
「安家、特に月夜さんは四大名家の中でも最も暗殺対象として外部や暗躍者達から狙われやすい立場にあると聞いています。」
「…さあ、どうかしら?」
月夜は何か言いたそうにチラッと美鈴の方に視線をやる。
「…そのような話が事実として、何故貴女のような一生徒が刺客の真似事を?」
「確かに私は暗殺訓練なんて受けてません。」
「しかし遠くから狙い打ちできる弓使いである事が目にかなったらしく、私は仲間達を人質に脅迫されたのです。」
「暗殺の、強要…。」
「私の所属する戦弓部は夏合宿でここら近辺に泊まって訓練していました。」
「そこを新血脈同盟とやらの息のかかった連中にとり囲まれて…というワケですか?」
「その通りです。」
「私達は監禁され、その中から一番実力の高かった私が月夜さんの暗殺を強要された次第です。」
「仲間が人質というワケですか、なら仕方ありませんわね。」
「…でもそのワリには結構ノリノリの暗殺者プレイで私と対戦してませんでしたか?」
「だ、だって!中等部無双と言われたあの美鈴さんとの対決ですよ?イヤでも気分が上がるのはしょうがないじゃありませんか!?」
キャピキャピしながら語る若汐の目がキラキラ輝いている。
少しイヤな予感のした美鈴だったが取り敢えず気のせいだと思う事にした。
「…で、そもそもその人達は何の目的でそんな事を?」
「わかりません…ただ、」
「ただ?」
「新血脈同盟を立ち上げた人物はこう言っていました。」
「進歩なき安穏とした今の世界ではいつまでたっても魔物との戦いは無くならない、ならば世界をもっと強いモノに作り替えて魔物との戦いに終止符を打とうではないか!と。」
「なるほど、意味はわかります。」
「ですが、多少戦力強化したところで元を絶たねば魔物との戦に終わりなど見えないと思いますけど?」
「はい。でも何故か多くの生徒らは魅入られたかのように次々と同盟に加入していったんです。…戦弓部としては、あくまでも中立の立場で静観する構えだったのに…。」
悔しそうに若汐は唇を噛む。
「…どこか動きが性急ね、その創始者は。」
「ああ。それに南と北を争わせてどうするつもりなのだろう?どうにも意図が読めない。」
「あら、そんなの簡単じゃございませんか?」
「美鈴さん、わかるんですか?」
「ええ。平穏を脅かし、人類の結束を綻ばせて弱体化させて得するのは誰か。」
「そ、それは?」
「ふふ。」
ゴクッと唾を飲み込んで美鈴の次の言葉を待つ周りの面々。
「…それは、真の黒幕。」
「そ、その黒幕とは?」
「それは…」
「それは………」
「それは、これから探るのですわ!」
ガクッとずっこける美鈴以外のメンバー達。
「それなら勿体ぶらないでくださる?美鈴さん!」
「はあー、ドキドキしてた私がバカでした!」
月夜と明花がブーブーとクレームを垂れ流す。
「まあまあ、皆さん(笑)。」
イタズラが成功してご機嫌な美鈴。
「まだ真の黒幕まではわかりませんが、おおよその検討なら付くと思うのですけど?」
「…そうか、それなら…人類の敵と言えば、まずは魔物かな。」
范先生は類推してみる。
「も、もしやそれらを統べる事のできる魔王と国?」
若汐も考えてみた。
「可能性は高いですわね。…では、それらと協力関係となる存在も考えられませんこと?」
「ま、待ってくれ美鈴君?」
「もしかして君は人類側にその内通者がいるとでも?」
「まあ、まだあくまでも仮定の推論に過ぎませんけどね?」
「皆が疑心暗鬼になっても相手の思うつぼの可能性がありますから、これはここだけの内密な話にしておきますわ。」
「そうね、取り敢えずそれは置いておくとして…。」
月夜が犯人探しを中断する。
「そうだね、まずはこの若汐君とやらの仲間を解放してやらないと今回の件は解決にならないな。」
若汐に露骨に敵意を出していた范先生も彼女の事情を知って当たりが軟らかくなった。
「せっかくの臨海学校なのに、初日から遅刻になりませんかそれ?」
愛麗が場の空気を読まない発言をするが、一学院生徒としては当たり前の意見である。
「いえ、遅刻どころか明日まで不参加になりそうですね。」
芽友がより現実的に指摘する。
「仕方ありません、ここは貴女達だけ先に参加なさいな。」
「では、私は美鈴君達に着いていこう。」
「でも先生は引率者だから…。」
明花の言う通りだ。
ここで先生まで愛麗達に着いて臨海学校に参加すべきところを放棄すると学院側に大問題として今回の襲撃の件が暴露されてしまう。
そうなればせっかく穏便に事を済ませて若汐を仲間に加えるという目論見は崩れ、そればかりか彼女は断罪され処刑されてしまう可能性が高い。
そして彼女の仲間達も新血脈同盟と思われる連中に全員殺されてしまう危険性が高い。
そうなれば無駄に命が失われるばかりで誰も得をしない。
黒幕達がほくそ笑むだけの結果になってしまう。
その辺りを「とくとく」と先生に説明する美鈴。
その弁に皆が感心する。
美鈴が意外にも深く考えていることに感動したのだ。
それって彼女に対してかなり失礼なのだが(笑)。
「…………お分かりですか、先生?」
「…しかし、若汐君と美鈴君の二人だけでは…。」
「なら、私が行くしかありませんね。」
「い?月夜先輩?貴女は狙われて…。」
「向こうもまさか狙われてる私自ら出向いて来るとは想像もつかないでしょう?」
「それに私は依然を殺されかけたのだから、その仕返しをしないとね!」
「では、そんなお嬢様に私もお供いたします。」
横になっていた依然が目を覚まして起き上がって来た。
「先程は咄嗟にお嬢様をお守りするために力を発揮できませんでしたが、今度こそはしっかりとお役目を果たしたく存じます。」
「それに何より私めをこんな目に合わせた張本人達に一矢報いらないと、私の気が収まりませぬ…!」
依然の背中から「怒怒怒…!!」と怒気が沸き上がっている様子が見えた。
怪我が治って起き上がるまで無口だった彼女がこれ程喋りまくるのだから、その怒りたるや推して知るべきだろう。
それを見た若汐がビビりながら一歩下がり、美鈴に小声で呟いた。
ボソボソ…。
(私が後ろから刺されそうになったら守って下さいね?)
ボソボソ…。
(あらあ~?どういたしましょう?)
美鈴はわざとらしくすっとぼけた。
「もう~、美鈴さあ~ん?」
「ホホホ、冗談ですわよ。」
そのやりとりを見た明花は二人がイチャイチャしてるような気がして少しムスッとした。
「安心なさいな、彼女は戦うべき相手を間違えるような愚か者ではありません。」
美鈴はそう言って依然の方を見る。
「そ、そうでしょうか?」
恐る恐る若汐も依然の方を見たが。
「ジーッ。」
明らかに依然は若汐の方を睨んでいた。
幾ら事情は認識できても、やはり矢で射ぬかれた事には腹が立ってるのかも知れない。
「や、やっぱり怒ってませんか、アレ?」
プルプル震えながら美鈴へ向き直る若汐。
「だ、大丈夫ですわよ、………多分。」
少しだけ自信が無くなくった美鈴は誤魔化すようにアハハと笑った。
そして依然が背中から伸縮式の槍を取り出し、シャキーン!と伸ばす。
「くっ、くっ、くっ…。」
不敵な笑みを浮かべる依然。
その表情が怖い。
流石の月夜も頬に冷や汗が伝っていた。
その時の彼女の心情としては
(…大丈夫かしら、この子?)
だった。
その意味は
「ちゃんと味方を識別できるわよね?」
という、そんなヤツを戦いに加えるな!
と、思わずツッコミをいれたくなるモノだった。
新血脈同盟とそれを興した人物。
それは何れ美鈴達との対決を避けては通れないのかも知れません?




