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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
第三章『陰謀編』
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第三十九話『最初の気持ち』

 僕は、馬から下りた。

 最初は、魔兵を倒す只中でルコッチャの姿を見つけ、それを追いかけているだけだった。

 だがその最中、スヴェルナ商会の周囲をドローンで見張っていたカルサさんからの連絡を受けて、今メーコちゃんを助ける仕事の真っ最中だと教えられたのである。


「前に会ったな、ドライゼン」

「……ああ。姑息な手を使ってお前を決闘でぶちのめそうとした男さ」


 僕は特に返答もせず、ただ静かな目で目の前の男を見つめた。

 以前の酒に酔い、ただ怒鳴り散らしていただけの粗暴な男の眼は、今や狂おしいほどの熱情に支配されている。僕を殺そうと必殺の気構えを見せていた。

 危うく僕を殺しかけたあのダガー使いの暗殺者よりも、本気だ。


「なんだか一皮剥けたな。……一応聞く。お前に出来ることはもう自首するだけと思うんだが」

「そうだな」


 僕は、やはり目の前の粗暴だった男が何か大きく変わったことを悟る。

 今までならプライドを傷つけられたと叫ぶだろう男はすらりと剣を構えた。これまでにあった、傲慢で乱暴な気質がなりを潜め、剣を曇らせていた心的要素が消え去り、本来の冴えを見せる。


「だがすまんが、俺ぁ少し考え方が変わった。今日は気分がいいんでよ。死ぬ前に一太刀、馳走してやる」


 何より、僕の掌、未だに包帯を巻かれて上手く動かせない片手を見て、まるで顔色を変えなかった。

 

(……いかんね、ドライゼンの奴、出来ている)


 普通、怪我をした相手に対して人間は『好機』とか『勝てる』とかそんな気持ちを顔に浮かべるものだ。

 なのに、相手が負傷していることに対する慢心が毛ほどもない。


「シオン!」

「大丈夫だ。エクエス」


 後ろから響くエクエスの声に僕は頷き。


「ドライゼン。今度は殺す。文句はないな」

「さぁ、殺されるのはどっちかね」

 

 腰に下げたダガーを引き抜き構える僕を見て……ドライゼンの顔が、どうしようもなく狂おしげに歪んだ。






『あの方の騎士として恥ずかしくないようにな』


 ドライゼンは――シオン=クーカイを見つめるエクエスの、愛しさと心配が絡み合った情愛深い視線を盗み見て悟った。

 エクエスの、自分の妻になったかもしれない女性の心はシオンに向けられている。

 この時、彼の心を満たしたのは愛しの女を奪われたことに対する嫉妬ではない。

 一番最初の人生の目標地点に別の人間が入り込んでいて、自分がもう割り込む余地などどこにもないと悟った寂しさだった。自分は憧れていた存在にはなれない、そんな悲しみだった。

 あのふわふわ綿毛の少女は、曾祖父の感じた後悔をしないように、自分に忠告をしてくれたのだろう。ドライゼンは、こんなどうしようもない自分に暖かい言葉をかけてくれた少女の気持ちが、本当にありがたかったけど……悪党に落ちた自分が、いまさら懺悔や後悔をして生き延びるのもまた醜いと感じた。

 そうだ。

 自分は悪党だ。悪党は悪党らしく下品に笑いながら清廉な英雄に討ち果たされるのがお似合いの最後なのだ。

 もうシオン=クーカイのように誰からも敬意を持たれ、尊敬を受けるような人生は送れない。

 だが……最後の悪あがきで、奴の人生に僅かにでも傷跡を付けることができるなら、自分の人生も少しは意義があるのかもしれない。

 

(俺の人生は、もう取り返しは付かねぇなぁ。だが――シオン=クーカイ。お前を斬れば……俺ァ何かが変わるかもしれねぇ)


 そして、自分に心の変化をもたらしたあの小娘のことを思い出そうとして――そういえば、彼女の事はただの誘拐対象としか見ておらず。

 名前さえ覚えていなかった事を後悔した。




 戦う理由はもうないはずだった。

 人質は助け出した。シオンとエクエスの二人の魔術なら、バルギス男爵の残党など問題なく駆逐できる。

 そうでなくとも、ルコッチャがその爪牙を奮えば残党共は瞬く間に全滅しただろう。

 けれど、シオン=クーカイはそれを良しとしなかった。

 一度自分が破った男の眼にうつる、激烈な望みの色。これを無視する事はどうにも不可能だ。

 周囲の人間も、ドライゼンの手下たちでさえ、両名から発される凄愴の気に押され、生唾を飲む音さえ自粛する。


「ふはははっ、フェズンめ、お前の娘をあの世に送り去ってくれるわぁ!」


 突如として空気の読めない男の下卑た声が響き渡る。

 何事と思って視線を向ければ、今まで気絶させられていたために誰からも忘れ去られていたバルギス男爵が、その指輪に命令をしていた。

 最初、ドライゼンに殴られて気絶していたこの男は、少し前に目を覚ましていたけども気絶したふりをして、ずっと指輪で僅かに残った魔兵を慎重に動かしていたのである。


 ギャアアアアアァァァァア!!


 数体の魔兵がおぞましい叫び声を張り上げながら、スヴェルナ商会の建物の屋上から助走を付けて跳躍し、空中から襲い掛かってくる。


「シオン、下がって!」


 それに反応するルコッチャの声。

 彼女は迫り来る魔兵を一掃できる力が我が手にある事を、この一瞬だけ感謝した。髪を揺らし、相手の臓腑を内側から焼く灼熱の噴煙弾を一斉に射出。それで一匹二匹を焼き殺し、飛び掛ってくる魔兵を迎撃するため鉤爪を振り上げ、文字通り八つ裂きにした。

 その彼女をすり抜け一匹が襲い掛かる。


「迎撃だ、落とすぞ!」

「ええっ!」


 シオンとエクエスは即座に反応。その指先からマナを弾丸として発射するマナバレットを連射して接近を防ぎ、一秒を稼ぐ。

 その稼いだ一秒で、相手を始末し終えたルコッチャが反転。鉤爪を振り上げて一匹を始末し――ルコッチャは、シオンとエクエスの背後から迫る魔兵の存在に気づいた。


「シオン! 後ろッ!!」


 バルギス男爵の本命はこちらだったのだろう。

 二人の背後に回りこませた一匹の魔兵はその鋭い爪を振り上げてエクエスを殺害しようと襲い掛かる。

 

 

 ドライゼンは振り向きながら思った。

 助ける理由などどこにもない。


 独楽のように身をひねる。剣を握る手に力を込める。視線は敵をしっかりと睨みすえる。


 バルギス男爵の反乱に乗った身だが今回は未だに一人も殺してはいない。だから身分の剥奪や領土追放ぐらいはあるかもしれないが、死刑というのも考え難くはあった。だからここで危ない橋を渡る理由などどこにもない。


 助ける理由などどこにもない。


 迫り来る魔兵の猛威に立ちはだかりながら、震える両足を叱咤激励する。


 多分、あのシオンという小僧はエクエスのために決闘さえして見せたから今回も彼女を守ろうとするだろう。

 好きにするがいい、エクエスはもう自分の婚約者でもなんでもない。他人事にまで気にする必要もない。

 



 だが。




『あの方の騎士として、恥ずかしくないようにな』


 一番最初の気持ちが、男の中に蘇った。





「うおあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ドライゼンは剣を奮った。

 シオン=クーカイを切り殺すために念入りに手入れした剣は、凶器特有の冷酷な光を発し魔兵の一撃を跳ね返した。

 そしてたったの一合で、悲しいかな――ドライゼンは自分の剣が魔兵を斬り殺すことには足りないことを悟った。仕方ないか、とも自嘲する。

 悪党に落ちて、自分より弱い相手にしか決闘を吹っかけなかった自分ならこの程度が関の山だろう。

 一番最初の気持ち。幼い頃夢見た、自分の婚約者となるはずだった人を守る騎士となる。

 ドライゼンは人生で最も晴れやかな気持ちのまま剣を奮った。

 

 それでも勝負とは物理的なもの。心では勝てない。

 少なくとも、自分が生き延び、相手のみを殺すことは不可能だと悟る。


 よし、分かった。


 技量の差は、足りない分は、俺の命で埋めてやる。


 シャアアアアアァァァァァァ!


 ドライゼンは続けざまに繰り出される魔兵の爪を――避ける事無く胸板で受け止めた。

 その爪は自分の大胸筋を貫き、胃肺を串刺しにし、心臓の大動脈を切り裂いて背中まで突き破った。


 だが、食い止めた。


 そしてドライゼンは大上段に持ち上げたままの剣を――鮮血と共にあふれ出る生命力全てを注ぎ込むかのような。生涯最高にして最後の一撃で、魔兵の頭蓋を叩き割った。

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