第三十八話『意図せぬ連携』
メーコは目を覚ました。
もう時間が過ぎて陽は陰り、うっすらと夜の帳が下りようとしている。
ドライゼンの手下に誘拐され、来る途中に妙な薬品で気絶させられて。周囲を見ると、そこは大きなソファがありそこに寝かされていた。
対面ではドライゼンが、酒気の気配全てを冷たい水で拭い去った後、剣を抜いて念入りに手入れを行っていた。
酒で酔いつぶれていた男の眼ではない。確かに今のドライゼンは、雪辱に燃える剣士の眼をしていた。
「ここは?」
「あん? 目ぇ醒めたか、小娘。お前ん家だよ」
粗暴な雰囲気は変わりないが……しかし声には陰鬱な熱情が燃えている。
「安心しろ、お前を殺す気はねぇ。そうだ、そうすりゃ俺は……俺は凄い奴に、子供の頃夢見た……」
ドライゼンはそう呟き。不意に愕然とした面持ちになる。
幼い頃、自分は遠目に見たエクエスの騎士になろうと剣を磨いていた。それは今でも変わらないはずなのに……どうして俺は女子供を人質にとっているのだろう。幼い頃と現実の落差に、不意に目が眩んだ。
その目を見ていたメーコは、不意に口を開く。
「おじさん、後悔してるん?」
「あ?」
何を余計な事を、と思ったドライゼンであったが――ああ、なるほど、その言葉は今の自分の心境にぴったりと当てはまった。
なぜそう思ったのか、知りたくなり尋ねる。
「どうしてそう思ったんだ、てめぇ」
「……うちのお爺ちゃんと同じ目をしてはるねん」
「……てめぇのジジイ? どういうことだ」
メーコは頷いた。
あのシオンという餓鬼もいずれココに来るだろう。待つまでの間、時間を潰すのもいい。
「おじさん。……50年前の戦争は知ってはる?」
「あ? 知らん訳がねぇだろう」
50年前の連合と帝国の大戦争から半世紀は過ぎたが、当時を生きていた人間はまだまだ沢山残っている。
どの家庭も祖父母から戦時下の話を聞かされることが多い。メーコは言う。
「うちの母方のひぃお爺ちゃん……カルサお母はんと、ギュス叔父さんのお爺さんは――50年前の戦争時、帝国の物資集積場への特殊攻撃を任務とした、特攻兵団の生き残りやねん」
「なに……?!」
ドライゼンが驚くのも無理はない。
連合の特攻兵団は飛翔船に大量の爆薬を満載して、帝国に打撃を与えることを目的とした生きては帰れぬ自爆部隊である。
だが、死を目的とした兵士が生存するなど矛盾している。メーコは言葉を続ける。
「いうても普通の話や。ひぃお爺ちゃんは付き合ってた恋人がおったけど……出撃直前になってから妊娠していたことがわかって……『お前は彼女を後家にするつもりか。父親のいない可哀想な子を作るつもりか』と仲間に椅子に縛り付けられて――それで出撃せずに済んでん」
「なるほど……」
「せやけど、ひぃお爺ちゃんはずっとその事を負い目に思ってはった。
一緒に訓練した仲間の人らはみぃんな、あんなに若かったのに、生きたかったやろうに、自分だけ生き残ってしまった。それでもそんな気持ちを隠して、ギュス叔父さんに空を飛ぶ事の楽しさを教えたり、カルサお母はんに勉強を教えてたって。
けども、体が思うように効かなくなって、苦しくなって、歩くことさえ上手くいかなくて。……そんでウチにとっての母方のおばあちゃん、カルサお母はんとギュス叔父さんの母に『お前が生まれてこなければ、俺はこんな生き恥を晒さずに済んだのに』て言うたんや。
……カルサお母はんはガチ切れしたんや。それで、おばあちゃんを連れてひぃ爺ちゃんと絶縁したんやわ」
ドライゼンはしばらくの沈黙の後、言う。
「テメェの家族が想像よりキツイ人生を送ったこたぁわかった。だが俺となんの関係があるってんだ」
「……ウチが、よちよち歩きの子供の頃、時々会ってくれる優しいおじいちゃんがおったんや。ギュス叔父さんは、ひぃお爺ちゃんに憧れて飛翔船乗りになったから、お母はんに隠れてこっそりと会わせてくれた」
メーコは断言する。
「そのひぃお爺ちゃんと、あんたは同じ目をしてはる」
「…………」
「取り返しの付かない事をしてしもうた。もう一度孫と和解したいけど、その一歩を踏み出すことができない。
その事を悔いながら……一生を終えてしまったひぃ爺ちゃんの顔と……そっくりや」
ドライゼンは口を閉じた。
そうか。そうなのか。俺は騎士ではなく外道になった事を後悔していたのか? あの日、俺を叩きのめした奴が闇討ちされたと聞いた時、しかるべき裁きを欲しがっていたのか。
あの時に――何か行動すれば、俺の心は……もっと晴れやかな光に包まれていたのか?
『ドライゼン! おい、どこにおる!!』
「バルギス男爵? 今更なんだってんだ」
ドライゼンは突然の叫び声に剣をしまい、手下にメーコの監視を一任する。
占拠したスヴェルナ商会の中庭に下りると、敗残兵を絵に描いたようなバルギス男爵が馬上から降りた。そして大声で怒鳴る。
「貴様、人質はどうした!」
「三名取ってる。それよりどういう事だ男爵、俺は最初の話だとスヴェルナ商会を滅ぼすのだと聞いていたのに」
「バカモノ! 戦場では臨機応変に対処するのは当然のこと、お前如きにいちいちお伺いを立てる必要がどこにある!」
「へっ、そうかい。……で、負けたのかよ」
「こ、この無礼ものぉ!」
ドライゼンの言葉に矜持を著しく傷つけられたのか、バルギス男爵はのろのろとした動きで剣を抜こうとした。
だが、それよりも数段早く、ドライゼンの拳骨が男爵の顎を殴りつけて吹き飛ばす。
それを見ていたならず者の一人が、仰向けになったバルギス男爵を見ながら尋ねた。
「で、どうしますかね、親分」
「親分か」
騎士と言うより、山賊の頭目に相応しい呼び方だ。自虐の笑みを浮かべながら答える。
「とりあえず人質だ。目の付く場所へ引っ張って来い」
「へい。それじゃ……」
そう頷いた手下の一人が剣を引っさげて、ダナンとカルサの夫婦を連れてくるために物陰に進んでいく。
その背を見送り……数分が経過して、ドライゼンは手下が少し待ってもなかなか連れて戻ってこないことに気づく。
まさか、と胸中に沸いた疑念を確認するため、剣を抜いて商会の中に入り――そこで、先ほど使いにやった手下の脳天に矢が突き刺さっているのを見つけた。
「!! ……?!」
警戒しろ! と叫ぼうとしたドライゼンは、自分の叫び声がしないことに気づいた。
静寂の魔術!? この魔術が弓矢の風切り音も、射殺された手下が地面に崩れ落ちる音もすべて封じ込めてしまっていたために気づけなかった!
ドライゼンは即座に走り出した。
ダナンとカルサの夫婦は既に何者かによって救出されているに違いない。
とすれば残り一人であるメーコもまた何者かによって救出されているかもしれない――そう考え広場に戻れば、更に新手がそこにいた。
噴煙を体に纏い、鋭い爪で地面を引っかきながら進んでくる長身の女に、手下たちががちがちと歯を震わせながら剣を突きつけている。
「メーコ。どこ?」
声には殺気。虚言を弄すれば殺す。そんな剣呑無比の気配を漂わせて長身の女怪物――ルコッチャが言う。
「お前、メーコを浚った奴。メーコはどこ?」
ドライゼンは状況がとんでもなく悪い方向に傾きつつある事を悟った。
目の前の女怪物の顔は、馬車でメーコを浚った時追いかけてきた奴と同じだと気づく。どう考えても友好的な訳がない。
どうすればいいのか、と考えている暇もなく――こちらへと駆けてくる馬の蹄の音に視線を向ければ……当初の望みどおり、エクエスの操る馬の後ろに相乗りするシオン=クーカイがこのスヴェルナ商会へと駆け込んできたのだった。
カルサ=スヴェルナとダナン=スヴェルナの二人の位置をレグルスとキスカ達は掴んでいた。
だが救出作戦を決行するなら、全ての人質の位置を正確に把握しなければならない。この時に役に立ったのは、以前シオンの護衛としてダンジョンを探索した時に見せられ、纏まった金で購入したドローンだった。
光の屈折を行う隠蔽魔術で姿を消し、カメラで連中の位置を確認する。
そして隙を見て救出を決行した。この時幸いだったのは、残る最後の一人、メーコの救出に向かったタイミングで姿を現したルコッチャの威容を見て驚いた悪漢共が、持ち場をあっさり離れたことだ。
『よし、ダナンさんとキスカさん、それとメーコちゃんを助けた! 彼らの事はあたいらに任せて!!』
そうして全ての人質を救出し終えたキスカは、念話を用いてこの場に現れたルコッチャ、そしてエクエスとシオンの全員に、最後の問題はすべて解決したと伝えたのである。




