第三十六話『せめて最後ぐらいは』
「公爵家令嬢、エクエス=バルアミーが宣言します! 剣を捨てて悔い改めるのであればこれまでの事は不問に処します!!」
このタイミングで放たれたエクエスの声は、まさに適切だ。その宣言に近衛兵達は僅かに攻め手を緩める。
彼女の叫び声でバルギス男爵の私兵たちは降伏勧告を受けて、周りを見回す余裕を得た。そして魔兵たちが僕とエクエスに集中していることに気づくと、たちまち散を乱して逃走する。
「あ?! ま、待たぬかキサマら、戻って戦えぃ! 逃げるな、首を切るぞ!」
だが私兵からさえも見放されたバルギス男爵は、きょろきょろと周囲を見回し自分を守る兵がいなくなったと悟ると――馬首を翻し、逃走に移る。
「ええい、くそ、覚えておれぇぇぇぇ~!!」
「逃げます、シオン」
「放置しよう。……今は魔兵どもを相手にするほうが先だ!」
もはや人間の兵士にさえ見捨てられ、魔術の強制力で従えた怪物しかあの男にはない。
僕は馬首から次々と魔術を繰り出して、バルギス男爵を守るという命令を実行する魔兵を討ち果たしていく。
だが、その最中にこれまでとは違う、より俊敏でより恐ろしい気配を感じる。
黒い煙を全身に纏う魔兵。これまでの相手とは違い、四つんばいではなく人のように二足で疾走し魔兵を一匹、その鋭い爪でぶった斬る。
味方? 一瞬判断に迷う僕。なにせ耳に飛び込んできた声が――魔兵特有の脅迫と恫喝のような咆哮ではなく、泣いているだけの女の子にしか聞こえなかったのである。
「ううあああぁぁ~~~!!」
ぽろぽろ涙を溢しながらもその両腕は殺戮のミキサーと化して魔兵を片っ端から八つ裂きにしていく。
けれども視界が涙で塞がっているのか、その視線と爪が僕のほうを向き……涙でひどい顔をしたその女性型の魔兵と正面から目が合った。
あれ……なんか見たことがあるぞぅ?
「……ルコッチャ?」
「??!!」
その魔兵はびくん、とあからさまに背を震わせると剣を束ねたような爪で顔を隠し、さっきにも増してぽたぽたと涙を溢したまま、相変わらず大きいお尻をこっちに向けて――凄まじい跳躍力で空中へと跳ね上がったのだ。
ルコッチャは最初、シオンと合流しようと思っていた訳ではない。
彼女の頭の中にあるのは八つ当たりだった。醜く鋭い爪。それを使わせ、自分の人生を台無しにした忌々しい魔兵を地上から根絶するかのような勢いで探し、見つけ出し、追いかけて殺すという事を幾度も繰り返していた。
それを繰り返しているうち、バルギス男爵が自分を守らせるために呼び寄せた魔兵を追いかけて、そこでシオンと遭遇してしまったのだ。
新手の魔兵。
戦いの中、ルコッチャの肉体に刻み込まれた戦闘本能が徐々に馴染んでいく。歩き方を知らない赤子が、ヨチヨチ歩きを続けるうちに、肉体の能力を把握する事に似ていた。
「うううっ、ううううっ~~!!」
唸り声と共にルコッチャの髪から吹き出る噴煙めいた煙が幾つも砲弾のように収束、次々に魔兵へと発射されていく。
ただの煙ではない。それらは内部にチラチラと火の粉のきらめきを含んでいた。その黒煙一つ一つは高熱を帯びた微細な粒子。もし触れれば相手を一瞬で火傷を追わせる強烈なものだ。
それらが魔兵の口蓋に命中すれば恐ろしい破壊を実行する。
その灼熱の黒煙は魔兵の呼吸によって引き込まれ一瞬で呼吸器官へと侵入し、まず肺を、胃を、内臓を焼き尽くす。
生命体、特に人体を効率よく殺傷するために考えられた武装。……この場にいない『魔王』が見れば、その性能に拍手ぐらいしたかもしれない。体内を焼き尽くされ、口蓋からぶすぶすと煙を上げる魔兵がゆっくりと崩れ落ちる。
だが、まだいる。
ギエエエェェェェェェェ!!
「ああぁぁぁぁ!!」
相手の咆哮にルコッチャもまた憎悪と殺意で目が眩みながら吼え返した。
新手が来る。速度で撹乱するつもりなのか、ルコッチャに左右から挟み撃ちにする形。
黒煙を放つ。炎を内包した煙は生物のようにルコッチャの周囲でうねり、蠢き、独楽のような回転を見せ――瞬間、青白い雷鳴が魔兵を射抜いた。ばちり、ばちりと雷撃は膨らみ続け、魔兵を一撃で射抜く。
シオンがその現象を目撃すれば驚いただろう。それは活火山などで黒煙の粒子が摩擦によって電撃を発生させる『火山雷』と呼ばれる自然現象の再現だったからだ。
いかに相手が素早かろうとも雷鳴を避けられるわけがない。
そして電気ショックで生じた僅かな硬直でも、今のルコッチャには十分。名剣を五本並べたような鋭い鉤爪が、『刀身延長』の魔術で拡大されれば、半径五メートルの物体全てを6つに分割する斬殺の群れとなって魔兵を切り殺す。
触れ得る全てを斬殺する威嚇的形状の爪。相手を内側から焼き焦がす凄絶な噴煙。まさしく殺戮と破壊のために設計された兵器的存在。
だけれども、目に付く魔兵の全てを殺戮し終えたところで、彼女の心は晴れなかった。
「シオン、わたしに気づいた。気づかれちゃった……」
さっきから泣いてばかりだと思っても、瞳の奥底よりあふれ出る嗚咽の衝動は到底収まらない。
もう今から爪を隠しても間に合わない。幸せな結婚など夢物語になってしまった。……そうと思えば、ルコッチャの心には強烈な諦観が支配し――同時に頭も冷えて、やるべき事も見えてきた。
怒りと憎悪で当たるを幸いに敵をなぎ払ってきた。
ルコッチャは考える。
怪物めいた姿の今の自分は、ただの狩人だった時よりも遙かに強い。
それならせめてこの能力を有効に使うべきだ。
「メーコ。メーコ。わたしもうお嫁さんにはなれないけど、せめてあの子だけは幸せにしてあげないと……!」
そして、自分が変身してしまう前の目的を再び思い出す。
彼女を誘拐した連中を見つけ出し、救い出す。自分の幸せはもうどうやっても手が届かないけども、せめて――彼女を無事に取り戻すことを、心の慰めとするんだ。
ルコッチャはひくひくと鼻を蠢かせる。
怪物と成り果てている彼女の知覚は、これまでよりも、より精密に、より広範囲を探りだすことができる。
打ち倒した魔兵どもには目もくれず、彼女はメーコの救出のために再び跳躍を再会した。
なに?!
煙の能力がどんなのかイメージしにくいだって?
そんなあなたにはデル〇ン・ロウさんがおススメ!!




