第三十一話『死を引き金とする発現(上)』
最近転職して仕事疲れのせいか、更新が不定期です。
ご意見ご感想ありがとうございます。ただまとまって時間が取りにくい状態で、修正や返信が遅れている状態です。申し訳ありません。
火蜥蜴の氏族。
その正式な成立は不明のままだ。彼らが記録を遺すことにそれほど拘らなかったためである。逆に言えば……記録に残すほどの大変な経験や困難に遭遇しなかったという幸福の証明であるかもしれない。
記録や文献に登場するのはデュナンナータ=サンシメオンの命により、当時僻地であったこの地方に赴任してきた初代バルアミー公爵によるものだ。調査のために使わした騎士たちとの接触が最初となる。
当時の騎士たちは彼らの一族と接触した。火蜥蜴の氏族は魔獣相手であろうとも類稀な身体能力を騎士に見せ付けたため、騎士が驚嘆したと記録にある。
ただ、不思議な事がいくつかある。
一つは彼らの住居。古代王国でも滅多に見られない遺失技術でできており、この村がかなり重要度のある施設であったのではないか? ということだ。
もう一つは彼らの肌の色。
色がチョコレートのような褐色なのだが……彼らの住まう場所はそこまで日当たりも激しくない。
元々は肌の色が褐色に近くなる南方から、何かの事情で流れついたのか、それとも何者かに連れてこられた人種ではないか? とも言われている。
この意見には信憑性があった。
彼ら自身の伝承では『蜥蜴爺』と呼ばれる人物に導かれてこの山で生活をしたとある。
何者かに導かれたというのは確実だろう。
では、なぜ……一目を避けるように山奥に移り住んだのか?
彼らは、一体何から逃れようとしていたのか?
ルコッチャは走る。
メーコを誘拐したと思しき連中の乗る馬車を見失う気遣いはない。どこかに大急ぎで向かっているらしい馬車は盛大に土煙を上げている。
ひた走る。
彼女にとっては地面に根が生えておらず、道も平坦な市街地など余りにも走り易くて、むしろ困惑さえ覚えるほどだった。
ルコッチャは黙っていると怜悧とさえ言っていい容姿の美女であったが、おつむの出来はひどかったので狩りでは常に腕力と体力に訴えてばかりであり――事実、腕力と体力で、里一番の狩人になったのだ。
「……あ? おい。後ろからなんか来てるぞ! 射殺せ!」
仰天したのはメーコを浚った誘拐犯たちだ。彼らはバルギス男爵に金で雇われたならず者たちであり、馬車を轢いているとはいえ……馬の疾走についてこれる生身の人間がいるなど想像もしなかった。
それでもどうにかしようと馬車の天井を開いて身を乗り出し、弓を構える。
それに対してルコッチャは――何もしなかった。射手はひどい腕前で、放たれた矢は命中などせず明後日の方向に外れるだけ。それが分かっていたからこそただ走ることに専念する。
「おい、何はずしてやがる、へたくそがっ!」
「うるせぇ! 激しく揺れる馬車から弓を当てるのがどんだけ大変かお前分かって……!」
「どけっ!」
ドライゼンは仲間の無能を罵ると、手下から弓を奪って身を乗り出す。
ルコッチャは直感的に、こいつは『当ててくる』という事を悟った。馬上からの騎射は命中が困難のはずなのに、顔には酒の気配を漂わせているのに――確かに弓の技量は水準を上回っている事がわかった。爪先に力を込め、ここでようやく俊敏の魔術をかけた。
「こ、こいつ、今まで素の脚力で馬に追いついてきたってのかぁ?!」
ドライゼンの驚愕の叫び。相手が馬車に生身で追いかけられたのは、よほど強力な身体能力の強化魔術を使っていたと思っただけに
高地人にのみ許された爆発的な身体能力は、まるで弩から放たれた矢の如き勢いでルコッチャの体を宙へと撃射する。
矢を避けつつ、彼女は魔術を掛けられて速度を増した馬車の全力疾走にさえ追いついた。その指は馬車の天井を掴む。腰から抜いた剣鉈を突きたてて、身を支え、一気に馬車の上に乗り出した。
「落としてや……!」
「邪魔」
ドライゼンは剣を抜くと、ルコッチャの頭を狙って振り下ろそうとする。
だが――ルコッチャはドライゼンなど、他の雑魚より少し出来る雑魚程度の認識でしかない。
剣を振り下ろすより早く、彼女の裏拳が顎を射抜き、意識を刈り取った。ドライゼンはそのまま気絶し、再び馬車の中へと即座に落下。
ルコッチャは馬車の天井を蹴って閉じると――目指すべき相手を見つけた。
前方を走っている馬車の中、こっちを見て驚きで目を見開くメーコの姿。
「メーコォォォォォ!!」
口をパクパクさせて何か喋っているだろうけど、メーコの声は聞こえない。
ルコッチャは馬車を引く馬を見た。この馬を解放して前の馬車を追いかけよう――そう判断した時だった。
ぎゃおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
それは永遠に満ち足りる事のない餓鬼の不平不満の絶叫のようでもあった。
それは人間が捕食されていた時代を思い出させるような、獰悪な捕食者の遠吠えのようでもあった。
凶暴で残忍な魔獣の叫び声に大勢の人々が不安に顔を見合わせる中――そいつが現れる。
四つんばいで地面を疾走する、蜥蜴めいた怪物。
頭を兜で覆い、口蓋から牙を剥き出しにした、殺戮しか知らないおぞましい魔獣。
それが何であるか知らずとも、伝え聞く特徴だけで大勢の人々が理解した。
「魔兵だぁあぁぁ!!」
生命あるものを殺害する以外を知らない、古代王国時代の負の遺産。
それがなぜこんな街中に姿を現すのか――そんな疑問は脇へと投げ捨てて人々は一斉に散を乱して逃げ惑う。
ルコッチャも突如として現れる魔兵を見て思わず身を竦ませる。
「……と、蜥蜴おじさん? ……いや、違……!!」
だが一瞬身だけ身を竦ませたのは恐怖や怯えが理由ではない。
忘れるはずもない、自分の人生を大きく変えた出来事。あの人かと、一瞬思ってしまった。
死ぬはずだった自分の命を繋ぎとめる代わりに、ルコッチャを怪物へと変えてしまったあの優しい声の化け物と、目の前の魔兵は瓜二つの外見をしており……だが、やはり違うと即断した。あの時の蜥蜴おじさんの優しい声に比べると、魔兵の眼差しはあまりにも温かみに欠けていた。
ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!
魔兵はルコッチャ目掛けて跳躍する。
本来の彼女の身体能力であれば、避ける事も簡単だった。しかし自分の命の恩人と瓜二つに動揺し、獲物をしとめようと踊りかかる怪物に組み伏せられ馬車の上から落下して地面に激しく叩き付けられた。
体の重要な骨が砕ける感覚。まるで幼い頃に事故で受けた致命傷のような激痛。
「うぐぅ?!」
メーコを浚った馬車が凄い勢いで遠ざかる。
追いかけないと……そう思ったルコッチャだが、肉体に受けた衝撃は事の他大きかった。口内に鮮血の味が広がる。
全力疾走する馬車から振り落とされ、首都ガランシューの舗装された地面から叩き付けられる。常人であれば死亡したであろう激しい衝撃。
一度味わった、幼い頃の瀕死の重傷。それと同じ衝撃が肉体を貫き。
その死を塗りつぶそうと――彼女の体に隠された機構が目を覚ます。




