第六話『孤攻(ここう)』
きゅらきゅらきゅらきゅら、とガラス張りの操縦席の上、スヴェルナ商会の開発用倉庫の天井が開いていく。
向かって右斜め方向、カルサさんが念話の魔術を用いて話しかけてきた。
『おう、ギュス、それと若旦那。……ダーリンが言うには完璧な仕事をしたつもりやけど、まだ試験飛行も済ませていない事を詫びとったで』
「それに関してはわたしから謝罪を。申し訳ありません、カルサさん」
エクエスが念話で答える中、ギュスターヴは計器をチェック。ここ数週間の実践で体に染み付いた通り縦横無尽号を起動へと持っていく。
操縦桿の握りは彼の腕の大きさに合わせておいた。
最初こそ、前世の世界のデザインである操縦桿とスロットルレバーの配置に困惑していたが、慣れると『使い勝手が良すぎてもう前の奴には戻れねぇな』という回答を貰った。よしよし。
『ほんじゃ、幸運をな。ギュス、娘と若旦那を頼んだで?』
「義兄さんが手がけたエンジンだ、誰よりも信頼できるさ。ありがとよ、姉貴」
ギュスターヴが手で敬礼を行い、姉であるカルサさんは頷くと、発進に伴う熱と衝撃を避けるため、野外へと退避していく。
「よし、サブエンジン一番から四番まで点火だ。メインエンジンは暖気段階に。可動式噴射口の噴射角度は90度、垂直を維持。発進準備完了だ」
「全員、ベルトの装着を確認。多少キツイぐらいにしておいて」
「ええ、大丈夫。問題ありません」
「わたしも、問題ない」
「この締め付けで感じるうしろのおっぱいの感触で、ウチの心には問題あるけども、体には問題ないんよぉ……」
「ぜ、全員のベルト装着を確認」
僕の言葉に全員がベルトが締まっているかを確かめる。メーコちゃんが背中に受ける柔らなクッションの存在に心が痛めつけられているが今回はもう無視するしかない。
ギュスターヴはなんとも言えない姪への哀れみの表情のまま操縦桿を握った。
「推力40パーセントへ。上昇を開始」
視界の端に移るエンジンの四機が推進炎を吐き出す姿が視界に移る。
下方向へと推進炎を吐き出す船体はゆっくりと上昇を初め、倉庫の天井を抜けて空へと舞い上がった。
「可動式噴射口の推進ベクトルを後方へ統一。よし……」
「ギュス。待った。……倉庫上空を八の字飛行で旋回して」
「ん? ……ああ」
メインエンジンの点火を行おうとしたギュスターヴは、僕の意図に頷くと、船体を軽く傾け、空中で一定の範囲を旋回し続ける。
視線を地上へと降ろせば……スヴェルナ商会の職人たちが皆両手を上げて、新しくつくりあげた新型飛行機械の順調な飛行を喜んでいる様子が見える。
ギュスターヴはそんな仲間達に答えるように船を左右に揺らして振ってみせた。
あの人たちのおかげだ。僕の夢の実現に自分の夢も乗せてくれたあの人たちのおかげで、僕はこの世界で新たに満足のいく飛行機械を作ることに成功した。
「……よし、挨拶は済んだ。行こう」
「了解。メインエンジン点火、推力を60パーセントへ上昇。縦横無尽号、発進……!」
ゴッ、と一際激しい騒音と衝撃が船体を奮わせた。
グラナダ湖を背に、森の中、山頂方面へと舵を切って空を飛ぶ。
その加速力は、ガランシューに来る際乗せてもらった御座船とは比べ物にならないだろう。
「早い船とは聞いていましたが、これはまた……相当なものですね」
「う、わぁ……! 凄いんよぉ、シオンくん!」
「半日掛けて歩いた道のりが、あっと言う間!」
皆が感嘆の声を抑えきれず、きらきらと目を輝かせながら移り変わっていく景色に驚く。
どうだ、みたか。技術者としての喜悦はここにある。
できない事をできるようになり、これは凄いと唸らせる。これこそ技術者の本懐だ。ゾクゾクと背中を走る喜びの震えと緩む頬を引き締めるのに、僕は自制心を総動員する必要があった。
地上の大都市を離れ、ゆっくりと山奥のほうへと飛び行く我らが縦横無尽号。ギュスターヴは操縦桿を握り締めながら、ふぅと満足げな声を溢す。
「……いいな、だいぶ良い。宙返りでも出来そうな手ごたえだ」
「できるだろうね。その程度のスペックはあるさ」
「マジか」
「ただしコイツはあくまで輸送用だ。……がちがちに荷物を固定しているならともかく、倉庫の中が上下左右にひっくり返ったなんて御免だろ?」
空戦機動を行う能力はある――だが、それだけだ。
それにこの世界には、もっと小さく、もっと火力を持つ魔女騎士という存在がいる。推力自体は縦横無尽号が圧倒的に上回っているから逃げ切ることは難しくないだろうが、格闘戦などは演じるべきではない。
僕はただ黙って窓の外から写る景色を見つめていた。
この垂直離着陸機能はとても便利だ。
恐らくは十年辺りで飛翔船のほとんどがこの形態に変わるだろう。そう思いつつ、僕は副操縦席で計器に目を向ける。
「ふぅーむ……エンジンの燃焼効率も良い。機関も正常作動。試験運転なしのぶっつけ本番にしては良い感じだ」
ま、基本的な設計は前世知識から引っ張ってきたからある程度安心はしていたけど。
「それで、ルコッチャ。貴女の村はこっちの方向で良いんだよね?」
「うん。……もう三日目の地点まで来てる。足を棒にして歩いてきたのに……」
それはごめん、と謝ろうとした時であった。
ギュスターヴが、目を細めて向こうを見る。
「何かあった?」
「遠目に……なんかが飛んでたような気が……?」
「わかった。こっちで確認する。……はるけき遠方の彼方より狙う、鷹の目を我に与えよ、遠望視覚」
僕は即座に魔術を用い、自分の視力を伸ばす。
そうしてギュスの示す方向に視線を向ければ……そこには空中を飛翔する巨大な龍が、何体も羽ばたきながら森の中にいると思しき相手に、牙爪を突き立てんとしているようだった。
「飛龍種だ。何と戦っているんだか……?」
僕は呟きながらも観察を続ければ……その龍鱗に突き刺さった矢に気づいた。
人が、襲われている。そう知った時、ぞくりと怖気が背中を突き抜ける。
「誰かが戦ってる! こんなところで?!」
「あり得ない話でもありません。高いところで採取される活性水は、地上に持ち帰れば高値で売れますから」
僕の呟きにエクエスが答える。
「密猟者や不法侵入者ではないんだよな。なら助けに行かないと……!」
「なるほど即断かシオン。俺とメーコを助けてくれた時もそうだったか。……襲われているのが、かつての俺達と同じ立場なら拒否する理由はねぇ。了解だ、メーコ、起重機の巻上げのやり方は覚えてるよな?」
「うん、分かってるんよ、叔父さん。……誰かが怪我してるかもしれへんから、助けるねんね?」
ギュスターヴは操縦席のスイッチを切り替えながら答える。
「ああ。しばらくは戦闘領域外で大人しくしている。シオン! エクエス様! 聞こえているな、制空権の確保を頼むぜ。こいつがホバリングという機能を持っているとしても、飛龍の追いかけ射殺す息吹は十分な脅威だ!」
「了解した、ギュス。いざと言う時の緊急脱出レバーの位置は覚えてるな?」
「お前の奮戦に期待してるぜ、使う機会がないようにな!!」
メーコちゃんとギュスの会話を背中で聞きながら僕は即座にシートベルトをはずして狭い通路を走り始め、格納庫に飛び込む。
船体の下部、ハッチの傍では固定された僕の乗機ザスモーが降着状態で膝を突いていた。
以前の経験から、本来のメタリックシルバーの色の上から黒い塗料を塗りつけているため、僕の偽装魔術で染め上げた黒髪も相まって黒い印象を与えるだろう。そこに両手足を差込めば、脊椎ユニットが僕の背中へと設置され、操縦者である魔女の意に従う恐るべき武装となる。
腰部に設置した魔術銃と円盤盾を腕部に装備。
以前のように……以前のように、相手を殺めることに臆して力を出し切れないなどという無様は犯すなよ、僕は僕自身にそう命じる。
敵は害獣であるワイバーンだ、情けをかける意味はない。狩り殺せ。
「ギュス、発進準備完了した。ハッチを開けろ、ザスモーを出すぞ!!」
「シオンッ!」
走りこんできたのはエクエス。彼女もまた、もしもの時の用心として飛翔甲冑を持ち込んでいた。
自分の白銀嶺へと両手足を差込み起動状態へと進めていく。
「先に行くよ、エクエス」
「ええ、ええ……気を付けて。シオン、すぐに応援に向かいます」
ハッチがゆっくりと開放される。見えるのは高速で流れていく木々。
僕はひらりとそこから身を躍らせる。くるり、くるりと、空よりも大地に近い低高度。一瞬視界に写るのは僕を見送るエクエス。地上の生い茂る深い森の木々。そしてまた青空、そして大地。空中で独楽のような回転を繰り返しながら――僕の意を受けた、ザスモーの操縦インターフェイスであるサイコスレイブ・オートマティックが、計八機の推力ユニットを完璧な制御で噴射。見事な空中静止を見せる。
これをマニュアルでやろうとすれば『気が変になります』とはモモの意見だが――僕の思考を読み取り操縦に再現させるシステムはたやすく難度の高い飛行を実現させる。
空中で制止し、後背のメインブースターが推力を噴出。馬鹿げて巨大な推進炎と共に僕のザスモーが飛ぶ。
圧倒的な推力で爆進しながら魔術銃を構えた。
本日は仕事が遅くなって更新遅れてすみませぬ……。




