第五話『こちらを見なさい』
それは、一見すると甲冑めいた形をしていた。
身を守るという点では確かに甲冑であろう。胴体を覆う金属のパーツには物理魔術の一つ、魔術障壁を恒常的に発生させ続ける『式』が刻み込まれている。だが全身鎧とするには心臓のある胸は装甲に覆われていないし、部分鎧とするには手足の装甲がいびつなまでに巨大だった。
そして何より、それは、鎧には無い機関を備えていた。
羽だ。金属で形成された翼とその中に内臓された六角形型の柱。
僕の世界でいうところのロケットエンジンに該当する部分になる。
「……おおぉ」
魔術の練習を始めて数ヶ月が経過し、魔力調整にも合格を得て、初めてモモに連れられた格納庫の中。
僕は間抜けのように口を開いていた。分かりにくいかもしれないが、感動していたのだ。
パワードスーツ。
それも驚くべきことに、人間が着用し、飛行するための空を飛ぶ鎧。
まさに完璧なるイカロスの翼。
「『飛翔甲冑』と呼ばれています。これを纏う人を、総称して魔女騎士と呼びます」
そんな僕から一歩離れた位置に佇むモモが、疑問に答えてくれる。
けれども僕は自分の知的好奇心を満たすので忙しい。
「背中を守るような脊椎ユニットから着用者の魔力を吸い上げて、それを動力とするんだね。ふんふん。
動力が人間であるから出力系に積載量を食わせる必要もないし、全体的な軽量化に役立ってる。
中枢の脊椎ユニットから四肢の末端へとユニットが伸びているんだな。センサーの集めた情報はバイザー、内側に画像表示されるのか。バイザーのこの端っこのガラス球……なるほど、カメラだな? このカメラで眼球の動きをモニターして操縦の補助にしているのか。
となると攻撃目標の選定は目で見た奴を狙うタイプね。
腕は随分ごついな。操縦系は腕の中身が操縦桿になってる。四肢の動きは直感的に行えるように追従方式だなぁ?
脚部もむちゃくちゃ大きい。推力機関がある。……なるほど。自由に動かせる足に推力器を備えているということは場合に応じて推力の噴射確度を変えるための推力偏向ノズルの役割を持っていると。
おお、足の外側が開く! なんだこれ!! 大砲を搭載してる?! ……ああいや、これは『飛翔甲冑』のミサイルに相当する攻撃魔術の増幅機関を納めるための武装格納庫なんだな!! うわぁ面白い!!」
「……あの」
「なに?! 僕今超忙しいんだけど!!」
モモの台詞が聞こえるけど気にしない。
僕は今この飛行用パワードスーツのあちこちを調べるのに忙しいんだい!!
根幹の技術が魔術であるけども、それらもまた理詰めで作られている。ならば、航空機技術者であった僕には、その装置が何の役割を持っているのかあらかた推測がついた。
と……そんな風に、玩具を貰ってはしゃぐ小学生のような僕に、かつかつかつ、と靴音が近づいてくる。
正面から回り込んできたモモの手が伸びて……いたいた痛い!! ほっぺた抓られてる!!
「いひゃい!!」
「講義の途中で、勝手に夢中にならないでください。ちゃんとモモを見てください」
「毎日見てるからたまには違うものを見てもいいじゃ……痛い!」
反論しようとしたらひどい体罰が待っていた。
手を離される頃には頬がひりひりしていたので、頬をさすりながらモモを睨む。
「ひどいじゃないか。せっかく学習意欲がこの上なく燃え上がっていたのに」
「教師に関心を持たない学習意欲は感心しません。モモのように意識や知性も持つ超高度な自動人形より、そんな自意識さえ持たない下等な機械のほうに興味を持つのは不愉快です。シオンはそのような下等な機械よりもはるかに高等なわたしを見るべきです」
「なんだ、僕は君の事を好きになればいいのか」
モモはちょっと黙って、「その手があったか」みたいにぽんと手を打った。……どういうことなの?
とりあえず沈黙を破って口を開く。
「仕方ないじゃないか、パワードスーツだよ? ロボだよ? 男の子だよ?」
「……意味が分かりません」
分かってもらえませんでしたか。拗ねたようにモモはぷーい、とあさっての方向を向く。
男の子はみんなメカが大好きなのは異世界でも通じる法則だと思ってたんだけどなー……。
しかし、モモは何で怒っているのだろうか……いつもの無表情のはずなのに、なんだか険がある。それでも仕事だからか、ちゃんと説明を続けてくれる。
「さて。ではどうして飛翔甲冑が女性にしか扱えないと言われ……あの……なんで死にそうな顔をしているのですか」
……仕方ないじゃないか……。
生身で空を飛べる凄い機械が僕に使えないならがっかりして当たり前だろう……。
そんな風に一気に天国から地獄へ突き落とされた僕に、モモはなぜか慌てた様子を見せた。
「し、シオンには稼働可能です」
「それを早く言ってよ!!」
一秒で復活した僕にモモが珍しく表情を崩して呆れてる。
「……見ての通り、飛翔甲冑は戦争用の兵器として開発されました。
強大な攻撃力。飛行という優位性。『王国』に置いては魔女騎士は戦争の趨勢を決める重要な決戦戦力でした。
ですが、これにはどうしても避けえぬ欠点がありました」
「戦闘できる時間に限界があったんだね」
モモは、かすかに目を見開く。驚いてる?
「気づいていましたか」
「大体は見れば見当が付くさ」
僕は指で飛翔甲冑を叩く。
「飛行と攻撃の両方に魔力を使う。燃費が悪いんだ。おまけに敵性勢力だって同じ魔女騎士を使うだろうから……機動はより激しくなり、魔力の消耗だって多くなるだろう。空気中からマナを吸収できるといっても、人によって限界があるし」
つまりこれは前世での戦闘機で言うならば、ミサイルや機銃などの攻撃武器と飛行するための燃料が全て同じものを使用しているのだ。
攻撃をすればするほど魔力を消耗する。で、それをやりすぎると拠点に帰還するための魔力さえ使い果たして、途中で墜落してしまうのだ。まぁ……ミサイルや機銃弾など重量がある武装を沢山積んだせいで機動力が下がるということもないから、利点と欠点が表裏一体ということだろう。
「その通りです。
付け加えて言うならば、男性は生命属性の魔術……怪力や、再生因子、俊敏など身体能力を強化する、自分の肉体の内側に効果を及ぼす魔術に適性が、女性は体外に魔力を放出する攻撃魔術に適性を持つのです。もちろんあくまで適性であり、才能次第ではそれらに当てはまらぬ例外も存在します。
故に魔力を外に放出して飛ぶ魔女騎士は、適正に恵まれた女性である事が必須条件でした」
「だから、魔女騎士か」
僕はフムン、と呟く。
天上人であるこの体は魔力が大量にある。けれども、資質が無いと使えない使えない兵器か。
微妙だよなぁ。
と……そこまで考えてから、僕は頭に浮かんだ疑問を口にする。
「ところで。もし撃墜された場合、どうやって地上に軟着陸するの?」
「大気属性の魔術には落下制御が存在します」
ああ、なるほど……いや、ちょっと待て。
「……でも魔女騎士は魔力で飛ぶんだろう? 敵との戦いで魔力を枯渇させ、最低限の自衛手段さえ失った場合はどうするのさ」
「その程度の事も出来ない魔女騎士はおりません。できない魔術師など不要……そう教本にはあったと記録されております」
「……パラシュートはないの?」
「なんですか、それは」
僕は、言葉を失った。
モモの台詞から魔女騎士が一流のエリート集団であった事はおおむね推測できる。
けども……全てを魔力で解決してきたかつての王国に、どこか嫌なものを感じ取ったのも事実だ。
戦闘である以上、冷静さを保てずに魔力の残量を確認し忘れてしまうことはあり得る話なのに、たった一度のミスでさえ許されないのか。
レオナルド・ダ・ヴィンチがパラシュートの原型の一つを図面に描いたのは1485年頃だったはず。
こんな航空母艦を生み出すほどのテクノロジーを持っていたにも関わらずパラシュートが無いということが、僕にはショックだった。
過剰なまでに魔術を重んじたせいなのか、落下制御の魔術一つしか落下より身を守る手段がないという人命軽視の姿勢が恐ろしく……そして忌まわしい。
「……いや、待てよ?」
胸の中に広がる嫌悪、怒りと共に……僕は一つの事に思い至る。
魔術によって大抵の問題は解決するこの世界で、元の世界の『技術』で改善できる問題は――意外と、沢山あるんじゃないか?
魔力がなくとも生存を約束するパラシュート。
空圧を受け流す流線型の機体構造。
空気流入口の構造の工夫による推力系魔術機関の更なる効率化。
前世の記憶と、この世界のテクノロジーを融合させた先にあるもの。
それは技術者だけが感じることのできるワクワクとした高揚感。
きっと凄いものができるぞ、という……たかが一度死んだ程度では絶対に忘れられない胸の高鳴りだった。




