第一話『不穏』
「薄い」
「ええ。薄いです」
『連合』に巻き起こる異変の証拠は、なんだか塩味の足りない薄いスープから始まった。
先日のドローンのデモンストレーションから数週間後。
新型の飛行機械設計は完成間近。
残念ながらドローンの購入は見合わせるという返答と事情の説明が書面で送られてきたが……これは仕方ないと僕も考え直した。
今月も新しく商業ギルトからお金が振り込まれたので、よーし祝賀会だ――と思ってどこかの食堂でも貸切しようと予定を立てていたのだけど……そこでエクエスと出会って、一緒にお昼ご飯を取ろうという話になったのだ。
だが。
「なんだか味付け薄いよね」
「ええ」
「沢山食べるエクエスには塩味が薄いぐらいでいいかも知れないけど痛い痛いいたい」
「シオンはいつものようにいじわるですね。おしおきです」
僕は頬を抓られた。まぁこればかりは仕方ない。
とりあえず厨房のほうに視線を向ける。
「すみません。なんだか今日のスープ、味が薄くありませんか?」
「ああ。……悪いねお客さん。最近塩の値段が上がり始めてるんだよ」
「塩が?」
「ああ。何でも南方の群島諸国で、輸送船が海蛇みたいなバケモノに壊されたらしいんだ」
海蛇? いや。ここが前世の常識が通じない異世界であることは分かっている。
けれども、船を撃沈するほどの大物が出るとは思わなかった。
目の前でエクエスが真面目な顔をして言葉を続ける。
「最近。父はこれらの調査と対策に大わらわなのです」
「フェズン公爵が?」
「はい。現在は国庫から費用を捻出し、買い付けた塩を市場に流通させているのですが……それでも高騰を押さえ込めないのです。こんな状況が長続きすれば連合も干上がりかねません」
連合の首脳が陣頭指揮を執らねばならない時点で結構大事になってるな。
あれ。……ちょっと不味くないかな。
「……南方の群島諸国からの塩の輸入ルートが断たれようとしている、と。
帝国からの輸入ルートは」
「そちらは健在です。……ですが、家臣からは不審の声が続出しているのですよ。
帝国側からも塩を買い付けていますが、こちらの苦境を理解しているのに塩の値段に足元を見ているのです。
帝国内でも屈指の豪商でありながらも、商人ギルトにさえ加入せず、奴隷密売に手を染めていると、悪い噂の耐えない人物」
僕は……その言葉に思わず目を細める。
数ヶ月前、バルロフ卿から受けた警告を、今まさに思い出していた。
「カマスのラゴン……」
「ご存知でしたか。ええ。帝国の王族に気に入られているらしく、だから、この事態は彼らの破壊工作ではないのか、と」
おいおいおい。
僕は声をあげそうになった。
このやり方だと『帝国』の人間が連合への塩の供給ルートを破壊し、塩を高く売りつける事でこっちの不満を煽っているようにしか見えない。
戦争が起こる大抵の理由は『食べることが出来ない』事への不満なのだから。
「帝国は何考えてるの。クラウディア皇女もなんかリアクションを起こしそうなものだけど」
「その呼び方本採用なんですか?!」
エクエスが驚きの声をあげている。
おっぱいの大きいお姉ちゃんって憧れるよね。そんな僕の内心には気づかず、エクエスは言葉を続ける。
「ええ。彼女からも義父に連絡が来ました。帝国内部の一部が暴走しているらしい、と」
「そこは政治で解決してもらうしかないか」
だが……確かに大事だけど、どうしてそんな雲上人の話を僕に話してどうするのか。
「で。……本題は?」
エクエスはこくりと頷いて、手元から資料を出した。
写真らしきものに写っているのは船の残骸の痕跡らしい。まるで獣の双牙に傷つけられたような破壊跡がある。
「群島諸国から出発した船が、謎の海蛇によって破壊されている。……これはまだいいのです。原因も因果もはっきりしていますから。
問題は別のケースなのです」
「うん?」
差し出されたもの――船体の鋼の部分が醜い熔解跡でぐちゃぐちゃになっている。
「海蛇を避けるなら、飛翔船を使えばいいだけ。そう判断し、塩を満載した船が出撃しました。
高騰する塩の値段を抑えるためですから、今回ばかりは特例として魔女騎士さえ護衛としてつける事が認められました」
虎の子の航空戦力を投入したのか。
だがエクエスの顔は冴えない。
「……ですが、空中に差し掛かった時、突如として船が半壊し、燃え出したのです」
「……燃えた?」
「ええ。敵影はなく、攻撃を受けた形跡もありませんでした」
「護衛の魔女騎士は?」
「……同様に、燃やされました。……ルサロラ、イシル、いい子たちだったのに」
エクエスの顔に苦渋が浮かぶ。
その反応……きっと知り合いだったのだろう。
「……帝国との戦争も終結し、もう僚機が堕ちたという報告も聞かずに済むと思ったのに……。
お願いします。シオン。帝国側のカマスのラゴンからの輸入ルートで塩を購入していては、恐らく連合内部で怒りが爆発し、帝国への不満が増すでしょう。
クラウディアも向こう側で何とかしようとはしていますが……帝国のベサリウス皇帝自身も半ば黙認との報告があります。
どうにかして…… 飛翔船が突如として炎上する現象を突き止めねばならないのです。
知恵を貸してください」
そう言うと、エクエスは頭を下げる。
僕は彼女の肩をとんと叩いた。
「言ったろう。君が困っているなら手助けをするって。
しかし……突如として炎上……炎上……攻撃の光も、敵影もないってことか」
「はい。……地上からその光景を見ていたという人の証言があります。魔女騎士もどうにか回避しようと、即座に降下し加速をかけたそうですが。やはり攻撃が何なのか分からなかったそうです」
回避機動を行おうとした魔女騎士でさえ、逃げ切ることが出来なかった。
と、そこでエクエスは何かを思い出したように言葉を続ける。
「あ、それと……一つだけ。
何機か飛翔船が飛び立ち……突如として船が炎上しましたが、そのうちの一隻は、たまたま運よく雨が降り出し、火が消えたそうです。
破損しながらも何とか群島諸国のほうに帰還したのだとか」
突如として船体が吹き飛び燃え尽きるほどの破壊力、それでいて絶対に避けることが出来ない威力。
そのくせ……船体を破壊するほどの高威力でありながら、雨が降っただけでトドメを刺すことを止めた?
「……まさか……ブルーミング現象?」
僕の脳裏に、合致するものが存在している。フッ化水素を用いた光速の兵器。
前世でも実戦配備が間近ではあった。一部のテクノロジーが前世より進んでいたこの世界なら、存在する可能性はあるかも知れない。
「シオン……何かわかったのですか?!」
エクエスが語気も強く声をあげる。当然だろう、彼女にとってこれは仲間の仇討ちでもあるのだから。
もし想像が正しければ、この攻撃は避けることはできない。
僕やエクエスの飛翔甲冑が如何に早かろうと……敵の攻撃は光速なのだから。
「多分だけど、その攻撃は雨、霧など天候が崩れた場合には効果がない」
「それは、どうしてなのですか?」
「雨や霧に光の収縮が阻害され、本来の性能が発揮できないからだ」
僕のザスモーであっても速度で『光速』とは喧嘩できないだろう。
「エクエス。これは多分『攻撃』だ。それも……恐らく、帝国も連合も知らないまったく未知の……だが確かに悪意ある『敵』からの攻撃だ。
実行犯は『古代王国』のテクノロジーを利用している」
「その兵器の名は?」
僕は頷いて、答えた。
「おそらくは、レーザーウェポン」
……しかし、僕も存在するかどうかもレーザー兵器の存在と確信があったわけじゃない。
僕が明かすことのできない前世の知識を元に『雨、霧の中ならば船が燃え尽きたりはしない』と証言したところで信じられるわけもない。
南方、群島諸国からの飛翔船乗りからすれば『攻撃の予兆さえ分からず、逃げることも、避けることもできない』――そんな脅威が待ち構える場所へは行きたがらないだろう。
これはモモに相談しなければならない。
何らかの魔導機械によるものだとして……どの程度のサイズなのか。どれだけのマナを消耗する兵器なのか。まず知らねば対策も立てられない。
「あまり役に立てなくてごめん……」
「いいえ。フェズン公爵もほとんど藁にも縋るつもりで質問したのです。正直はっきりとした返答が来ただけでも恩の字ですよ」
項垂れる僕に、エクエスは慰めるように頭を撫でてくる。
それがくすぐったくて僕は彼女を下から見上げて睨んだ。
「こら。子供扱いするんじゃない」
「シオンの年頃の少年らしい振る舞いなど珍しいので、つい可愛がったり愛でたりしたくなりました」
なぜ僕の子供らしい姿を見るとエクエスが喜ぶのだ。
首を傾げる僕に彼女はくすくすと微笑むのみ。
「どういう事だ。僕は大人だ。成人を迎えた立派な男の子だぞ!」
「うふふ」
なんだかムカッとしたので両手を振り回して抗議するけどもエクエスは僕の頭を撫でるのに余念がなくまるで気にした様子もない。
むむむむ、と不機嫌ゲージが上昇し、どうしてくれようこのハラペコ様、と考えていた……その時だった。
「大変だぁ! ハイランダーが喧嘩をしているぞおおおぉぉぉぉぉーーー!!」
「なにぃ?!」
僕はその言葉の意味を理解し、大声を上げて声のするほうに振り向いた。
馬鹿な。そんな馬鹿な。この世に天上人は僕と帝国初代皇帝しかいないはず。
それともなにか、僕本人にさえ気づかないところで僕に喧嘩を売る高等テクニックの持ち主とかが存在するのか!!
いったいどこの誰だ、僕に気づかれずに僕に喧嘩を売るとは!!
そんなわけないよな!
僕は自分自身の考えにとりあえずツッコミを入れると走り出す。
だがとにかく喧嘩をしている喧騒の音は本物だ。
何がなんだか良く分からないのがとりあえず、その喧騒の中心目指して走り出すことにした。




