幕間『そのころのお姉ちゃん』
帝国首都近郊。
山々のふもと、森を切り開き、人間の手が入れられたその広場は、本来は飛翔甲冑の試験評価を下す試験場であった。
とはいえ、常に本来の目的で使われることは少ない。ここ数十年では新型の飛翔甲冑は製作されておらず……現在は、クラウディア=サンシメオン皇女殿下と、その配下の愛人騎士団が主に使用している。
彼女の抱える非合法部隊、『髑髏を取り扱うもの』の使用する新型飛翔甲冑であるジルマークもここで設計されたのだ。
試験場を借り受けるクラウディアは難しい顔を浮かべている。これから行われる実験は、新型の飛翔甲冑などよりも遙かに重要な実験だった。
分厚い雲に太陽の覆われた曇天の中……クラウディアは上空をじっと見つめる。
空中からこちらへと落下するもの。梱包された箱と、その上から紐のようなものをゆらゆらと垂らしながらこちらへと落下してくる。
そのまま落下すれば地面へと激突し、箱はその衝撃で粉々に砕けるだろう。
だがそれを拒むように、ゆらゆらと揺れる紐が花開くように広がった。
「開いたっ」
「やりましたな、姫様」
彼女の言葉に副官であるヴァレン老は、うむ、と頷きを返した。
二人の視線の先、白い雲を背景に、ゆっくりとした降下を始めるのは――まるで空中で花開くかのように降下を始める布。
……シオンが見れば感動したであろう。それはパラシュートと呼ばれるものだった。
それは風に吹かれ、落下しながらも……確かに減速しながら地上へと降下し、まるで羽毛が地面に舞い降りるかのようにゆっくりと着陸したのである。
「素晴らしい」
クラウディアは満足げに頷くと、近くの椅子にどっかと腰を下ろした。すぐさま傍にひかえている侍女のセルーカが、氷を浮かべた柑橘のジュースを差し出す。
「おめでとうございますぅ。……でもアレってどういう役に立つんですかぁ?」
「利用するべき事は多いぞ、セルーカよ」
クラウディアは上機嫌に頷き、指を折って利点を数える。
「一つは人命の保護。二つ目は物資の空中投下。三つ目は降下制御もつかえぬ一般兵力の空中降下による強襲」
「素晴らしい発明です。……ま、これを作った博士殿は、悔しさで七転八倒しておいででしたが」
「……うむ、そこはまぁ仕方あるまい」
眉間をもみながら、クラウディアは言う。
そう……様々な利用が可能なパラシュートだが……その基礎となるアイデアは、彼女のものでも、彼女の抱える職能集団『愛人騎士団』のものでもない。
今や半年ほど前にあった、衝撃的な出来事。馬を走らせ、ザンクトの放った魔兵を追いかけた時、はるか彼方に見えた奇怪なもの。
本来ならあらゆる魔術機関の作動を停止する冬の衣を貫きながらも、なんら問題もなく減速して地面へと降下したという装置。あの光景を遠方から見た時は心臓が止まるほど驚いたものだ。
それは、魔術機関なしで地面に着陸するという、常識を覆す光景だった。
……半年ほど前に出会った、あのシオン=クーカイという少年が、目の前で披露した現物をクラウディアが図面に起こし、それを元に配下の技術者がようやく実用にこぎつけたのである。
「余も、知らなかった。馬上にて受ける風を硬いと感じる……それと同じことが、こんな形で何かの役に立つとは」
「魔術機関を用いずとも、こんなことができるとは。……姫殿下お抱えの彼らも、目から鱗がこぼれる思いでしょうな」
この意味は大きい、クラウディアはそう考えている。
魔術機関を用いても解決できなかった問題が、発想の転換一つで解決できる。
「ただ、以前からせっつかれておりますが。そのシオンという少年に教えを請いたいというものは日増しに増えております」
「気持ちはわかるが、難しいな」
クラウディアは呟く。
あれほどの才能。バルアミー公爵や、エクエスが外に出ることを許すとは思えない。幽閉されている可能性もあるかも。
別れの際に渡したブローチを持って、自分に頼ってくれれば助けてやるのだが、うむむ、と考え込むクラウディアの陣幕に……亜麻色の髪の少女が入ってくる。
髑髏を取り扱うものの一員、モニカだ。
「あ、あのクラウディア様。面会ご希望の方がいらっしゃっております。……商人ギルト総帥の、バルロフ卿だと仰せです」
「は? 早いな。通してくれ」
クラウディアは感心したような声を上げた。
彼女はこの時……バルロフ卿が、実用に耐えうるレベルになったパラシュートを商品として、是非取り扱わせて欲しいと……そう言いに来たのだと思った。部外秘で開発は進めていたが、商人ギルトの長の情報収集力を相手にいつまでも隠しとおせるとも思ってはいない。
ただ、それが思ったより早いというだけの事だった。
「お久しぶりでございます。クラウディア様。急な来訪をお許しください。面白いものを手に入れまして、帰国と共に真っ先にお邪魔させていただきました」
「うむ。バルロフ卿よ、久しいな。バルアミー公爵家のほうに顔を出していたと聞く」
クラウディアは鷹揚に頷いた。
平民を自分の愛人騎士団に編入したとして、本当に彼女の愛人の座を狙っている貴族の坊っちゃんから逆恨みをされたり、能力のある才人を皇女の地位を使って無理やりふさわしい地位に就かせた結果、親の七光りでその地位に就き損ねたものから恨まれていたりと、敵も味方も多い。
そして、バルロフ=オーフェスティン卿は、祖母でもあり、前皇帝でもあるベアトリスに次ぐ有力な味方であった。
「相変わらず遠くのことまで聞こえる耳をお持ちのようですな」
「世間話は良い、我が剣の師よ。不出来な弟子の剣の腕を確認しにきたのでなければ、用件があろう」
「はい。……大変珍しいみやげ物を以って参りました」
「ほぅ」
クラウディア=サンシメオンは万能の天才と言ってよい。
古今の書物を諳んじ、剣術に置いても天凛があり、大抵の物事は水準以上にこなしてみせる。知識が広いゆえにこそ、見知らぬものには心惹かれる性質であり……だから、そんな自分を前に、『大変珍しい』と言ってみせるバルロフ卿の言葉に興味が沸いた。
「卿がそういうのだ。余も見たことのない代物であろう」
「はい。……これを」
後ろに控えさせていた秘書の女性が、恭しく捧げ持つ箱。
それを変わりに受け取ったセルーカの手によって、箱の中身が開帳される。
「……ふぬ? 確かに……初めて見るが……」
クラウディアは首を傾げる。
竹と呼ばれる、木の変わった奴を使った細工物。
細長い棒の上に、一風変わった板がついている。斜めに薄く削りだされた小さな板。クラウディアはそれが何かわからず、手に持って試すように見つめる。だが幾度考えても、この竹細工の用途がわからず、クラウディアは降参と言うように両手を挙げてバンザイした。その姿勢は元々豊かな胸がより強烈に強調されるが本人は気にしてない。
「お手上げである! バルロフ卿、これは何か!」
「ええ。無理はありません。私も、これをくれたものに説明を受けねばどういうものか判らなかったでしょう」
そういい、バルロフ卿は天幕の外に進み出て、その竹細工を手に持つ。
「これは、竹トンボと呼ばれる玩具だそうでして。……ご覧ください。姫殿下。これは――空を飛ぶのです」
そして竹細工の棒の部分を両の手でこすり合わせるように回転させていき――空中に投げ放てば、驚くべきことにその竹細工は空中へと舞い上がり、言葉通り空を飛んでみせたのだ。
何の変哲もないただの細工物が、何の魔術の力も用いない代物が……空を飛んだ。
「これ……は、いや、これも……そうか」
だからこそ、クラウディア=サンシメオンはその道具が持つ可能性に身震いする。
彼女の総身を貫くのはなんともいえぬ高揚と感動だった。
自分が理解できていない理屈で、簡素な竹とんぼが空を飛ぶ事を直感で理解した。そして、クラウディアは視線を……今しがた完成したパラシュートに向ける。
双方に共通するもの。それは『当たり前の知識を積み重ねた結果としておきる、空を飛ぶという奇跡の現象』であり――彼女は、直感で答えを導き出した。
「そうか。……バルロフ卿。そなた、シオン=クーカイと出会ったな?」
「ッ?! 驚きましたな……お知り合いでしたか」
まさに図星そのものの指摘にバルロフ卿は驚きを浮かべたものの、否定する事なく頷いたのであった。
二人は、シオン=クーカイという少年について、お互いに知っている事を話す。
絶世の美貌。魔兵の群れに対して一歩も引くことなく戦い抜いた。空の彼方、天蓋領域を目指すもの。お婿さんにしたい。
絶世の美貌。無重力金属の製法の確立。ドローンの開発。今まで見たことがない素晴らしい技術者。毎月白金貨を支払わねばならない、つらい。
そしてクラウディアはドローンを紹介され、その有用性も理解する。
「これもまた、賞賛に値する便利さだ」
「はい」
コントローラーを動かせば、陣幕の外の様子がモニターに移る。
操縦桿を捻り、配下たちの頭上を旋回して、ぽか~んと口を上げてドローンを見上げる部下たちの顔を見て楽しみながら……しかし、クラウディアは嘆息と共にコントローラーを返した。
「だが……売れぬ。圧力がかかる事は間違いない。これで商売をすることは諦めよ」
「やはり……ですか」
その返答を、バルロフ卿は半ば理解しつつも……それでも残念極まりないと言うように、大きく嘆息を溢した。
「残念です。姫殿下」
「空を飛ぶ事は貴族のみにしか許されない特権。……ましてや人の乗っていない無人の機械に見下ろされるなどもってのほか、そう反対する貴族たちの顔が目に浮かぶわ。
……これを用いることができれば、様々な分野で楽ができそうなのだが」
と、そこまで言ってから……クラウディアは少し思い出したように呟く。
「むむっ? 待てよ。バルロフ卿。そなた最初に『真っ先にここに来た』と言ったな?」
「はい」
「帝国の技術局ではなく、真っ先に余を頼った。……ああ。というより、余子飼いの愛人騎士団をか」
「ご明察です、姫殿下。パラシュートなるものを再現してのけた、あなたの部下の力をお借りしたく」
バルロフ卿の返答にクラウディアは頷き……続けて二人は、仲良く大きな大きなため息を吐いた。
二人とも……帝国の技術局の頑迷固陋さにはほとほとあきれ果てるもの同士だった。
「……うむ。シオンと初めて出会った時に見たパラシュート。余はアレの概念を、最初は技術局へと持っていった。あの仕組みを再現できれば、大いに役立つぞ! とな。そうすればなんと言ったと思う?」
「『姫殿下はどうやら幻覚を見たようですな。魔術機関もないただの布切れが、冬の衣を突きぬけたにも関わらず不時着したなどありえませぬ。はっはっは』……と、そんな具合ですかな?」
「全くその通りであったわ……」
大体言った言葉の意味はその通りだったので、クラウディアは眩暈を覚えながら言葉を続ける。
「……バルロフ卿。あなたが余を頼ったのは……頭でっかちの無能な技術局ではなく、余が愛人騎士団に抱え込んだ技術者達に、解析調査を試みて欲しいわけだな」
「仰せの通りです。姫殿下。魔術機関が悪いとは申しません。ですが、それ以外で技術を発展させるかもしれない可能性に目を背けることが正しいとは思えず。姫殿下のお力をお借りしたいと思い、参上いたした次第です」
うむ、とクラウディアは頷いた。
シオン=クーカイ。絶世の美少年。あの時、エクエスから無理にでも奪っておけばよかったと思う少年。おっぱいに弱そうだったのでもうちょっと強引に行けばよかったかなぁ、と今だに思う。
そんな、異質な物の見方をする少年がつくりあげたこのドローンは、配下への良い刺激になるだろう。
「……それにしても。……新しい技術を手がかりを分析するのが、国家が運営する技術局ではなく、余という一私人が運営する愛人騎士団が行う事になるとは……」
こうも旧弊体質が過ぎるなら、新しい発展がないのなら。
この国は滅びるぞ――帝国の皇女として、不吉な預言は口にせず、思うだけに止めておく。
「ああ、もどかしい」
叶うなら。自分自身、彼の元にいって様々な話をしてみたいのに。
皇女という身分が、この時ばかりは邪魔でしかたない。クラウディアはそう思うのであった。
IFルート
『おっぱいに血迷い、クラウディア皇女の元、帝国で愛人騎士団の一員として技術開発する』
が解放されました。
……いや、実際作者もそのルートを考えなくもなかったのですが、話の不自然さを考えるとやはり無しにしました。




