第十六話『守られる気のない護衛対象ども』
ファンタジー。
おおファンタジーよ。物語や歌で慣れ親しんだ武勲と栄光、無駄死にと挫折渦巻く冒険の世界へと、僕は足を踏み入れた。
西部劇を思い起こさせる扉を開ければ中には武装した男性達。少なくはあるが何名か女性もいる。
共通しているのは……彼ら全員が使いこんだ武器で武装しているということ。
彼らは思い思いに歓談し、儲け話がないか話し合い、時折口論から険悪な雰囲気になっていたりする。
僕が冒険者ギルドの扉の中に足を踏み入れ、ギュスターヴもそれに続いた。メーコちゃんは今回お留守番だ。
視線が僕に集中する。彼らはちらりと値踏みするような視線を向けてきて……興味を失って……ない。
「あれ? ……あの餓鬼、確か決闘騒ぎで戦った奴じゃねぇか」
「ほんとだ。冒険者になりに来たのか?」
じろじろと視線が僕に向けられる中、それらを無視しながら僕は受付のカウンターに足を運んだ。
金髪碧眼の綺麗なお姉さんがカウンターで応対してくれる。
「うわぁ……遠目で見ても綺麗だったけど、近くだとなおさら綺麗な顔よね……。
ええっと。初めまして、冒険者ギルドへ。ご用件をどうぞ」
お姉さんの前半の呟きは無視だ、無視。
「ダンジョンへ入りたいので、護衛として人を雇いたいんですが」
「かしこまりました、ご要望はございますか?」
「僕、後ろのギュスターヴ、それと少し遅れてもう一人来ます。その三名を護衛できる腕利きで、かつ秘密を厳守できる口の堅い人を」
受付のお姉さんはその言葉に――少し考え込んだ様子。
「……ご希望に添えるパーティーはあります。ですが、戦闘能力を持たない三人も護衛するとなると、2チームで挑んだほうが良いかもしれません」
僕も、ギュスターヴもそれなりに使える。そしてバルロフ卿が送り込んでくるであろう部下の人も戦闘能力はあるはず。
けれども、連携の取れない僕ら3名よりここは専門家のお姉さんの意見を聞いたほうがいいかもしれない。お姉さんの視線がちらりと僕の後ろを見た。
「見たところ、後ろの方は剣を相当に使える御様子」
「おう」
ギュスが頷いた。
「1チームでも恐らくは問題ありません。ですが、確実を期すなら2チームでの行動をお勧めします。
……ただ、その場合ですと依頼料も跳ね上がります。失礼ですが……その……ご予算はいかほどで?」
「はい」
ぼすん、と布袋の中に詰まった大金を放り投げる。
受付のお姉さん、中身を確認し声を引きつらせながら僕と金に視線を上下させた。
「……し、失礼いたしました。十分すぎます。これなら5チームは雇えるでしょう。
……す、すみません、チーム『傷だらけの鎧』と『猛攻』の方々を呼んで来て!
割の良い仕事って言えばきっと飛んでくるから!」
『傷だらけの鎧』と『猛攻』の面々が、やってくる。
傷だらけの鎧は、2名ほどの金属甲冑姿の重装騎士らしき男性と、罠や斥候、飛び道具を担当する軽装の探索者、それと魔術と治療を司る女性の魔術師が一人。
リーダーは鎧を着込んだ体格の良い男性のレグルスさん。
猛攻は反対に機動力と火力を重視しているのか、部分鎧と軽鎧を着込んだ男と、リーダーだというはすっぱな印象の女性。腰に短杖を引っさげている。どうも魔術と剣術の双方を使えるらしい。
それと射手の女性と双剣使いの男性が一人。
片や、冒険者ギルドでも『難攻不落』と名高い守勢が有名なチーム。片や、冒険者ギルドでも一番『走れる』と評判のチーム。
「正直2チーム合同の仕事は、我々にとっても渡りに船の依頼だった」
「へぇ? なんか連携を確かめたい事情でもあるのかい?」
僕の後ろのギュスターヴが相手に尋ねた。
傷だらけの鎧のリーダー、レグルスさんは30代半ばの男性で重鎧をまるで普段着のように苦にした様子もなく着込んでいる。彼らの鎧は可動部が音を立てないように精密に計算し尽されて設計されており……なるほど、これはギルドのお姉さんがお勧めするだけのことはありそうだ。
ギュスターヴの言葉に、レグルスさんは頷く。
「活性水の採取ミッションを引き受けようと思っている。そこでそっちの猛攻の面々とも連携の訓練をしていたんだが……今回はそれを生かせる仕事なんでな」
「なるほど。確かに活性水のある場所はワイバーンもいる危険地帯だ。一流どころが手を組んでようやく……だからな。で、連携の仕上がりは? 連携の取れてないチームには仕事を頼みたくないんだが」
「こっちもプロだ。十分実戦に耐えうるレベルさ。任せてもらおう」
ギュスターヴがなんか訳知り顔で頷いているが僕には良く分からない。
「それにしても、口説こうと思ってた相手が依頼主として現れるなんてなぁ、あたいとしては至極残念だよ」
そんな風に考えていると……僕の後ろから手が回されてくる。敵意があれば反応するけど、なんかじゃれついてくるねこさんみたいに邪気がないので僕はされるがままに任せた。
背中に感じるおっぱいが気持ちいいからではない。ないったらない。
「キスカ。あたいの名はキスカ。猛攻のチームリーダーをやっている。そちらのレグルスと一緒に坊やの決闘を観戦していたんだ」
キスカと名乗るはすっぱな印象彼女は、気のいい姉御肌の女性という感じの人である。
ただ……なんだろう? 僕にはどうもこのキスカという女性に引っかかるものを感じていた。
「……質問なんですけど」
「うん? なんだい? 可愛い美少年からの要望には何でも答えてあげよう」
「どこかでお会いしましたっけ?」
そう。……僕は、このキスカという女性の顔を見ていると、謎のデジャウを感じるのだ。
初対面のはずなのに、どこかで顔を合わせたような……そんな感覚だ。
もちろん僕のそんな言葉にはきょとんとした様子を見せて、次に、あはは、と笑い声を上げる。
「やったわよレグルス! いささか古典的な手段だけども、あたい口説かれたよっ!」
「おいキスカ。失礼な口はよせ。雇い主殿なんだからもう少し適当に流せよ。お前の失言で割のいい仕事を台無しにしたくないんだ」
「お構いなく、気にしていません。僕も失礼でした」
頭を丁寧に下げて非礼を詫びれば、レグルスさんは、すまんな、と答えた。
「さて。……チームの面通しはこれで一通り済んだか。あと一人、護衛対象が来るんだったな」
「ええ。人を送ると快諾してもらったんですが」
バルロフ卿はメーコちゃんからの手紙を受け取ると、参加すると答えた。
日時は伝えてあったので、そろそろ来てもおかしくはないけど。そう思ったら……扉を開ける音と共に、腰に剣を一振り下げたおじいさんがやってきた。
というか、商業ギルド総帥のバルロフ=オーフェスティン、まさにその人本人であった。
僕は呆れたような声をあげる。
「なんで『信頼できる人を送ってください』と言ったらバルロフ卿自身がやってくるんですか」
バルロフ卿は面白そうに笑った。
「これは異なことを。誰よりも信頼できる人、それは自分自身を置いて他にはありますまい。
なに。少しの間ダンジョン探索からは離れておりましたが、剣の腕前はいささかも鈍ってはおりませんぞ」
「そこは心配してませんけどね」
バルロフ卿は強い。
多分剣の間合いでは……僕では勝てないだろう。魔術の、射撃戦の間合いなら負けないとは思うが、接近を許せば勝ち目はない。そう思わせるものがある。
「それより、以前お送りした金ですが。早速新しいものを作るために役立ったようですな」
「ああ。……あの報酬は今回の依頼料と、工具の新調と今回のものの設計と……スヴェルナ商会の社員へのボーナスに使いました」
その返答は予想していなかったのか、バルロフ卿は、くく、と笑みを深くする。
「ほほう。手元に残しておかなくて良かったのですか?」
「僕が個人的に尊敬する社長がいい言葉を残していらっしゃいます。『給料を払いすぎて潰れた会社はない』と」
「……やはり君は面白い」
とりあえず僕へ振り込まれた報酬は、ひとまずスヴェルナ商会社員への基本給の増額とボーナスに使ってもらうようにカルサさんに預けた。
ますます気前のいい未来の『若旦那』という称号を否定し難くなっている気がするが考えないことにする。
「ば、バルロフ卿……? ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください……」
受付のお姉さんがワナワナしている。気持ちは分かるが。
言ってみれば自分の勤める多国籍企業のトップ、雲の上の人が支社の窓口にひょっこりと現れたようなものである。
だが彼が来るなんて僕も知らなかったのだ。悪くない、僕は悪くないのだ。
恐らく……レグルスさんも、キスカさんも、この眼光鋭いお爺さんが誰か気づいたのか……首を傾げて『有名人なのか?』と呟く仲間の質問になんとも答えにくそうにしている。
「と、とにかく全員揃ったので自己紹介をしましょう」
僕はちゅうもーくと手をぱんぱんと叩いた。
「今回は依頼を引き受けてくださってありがとうございます。
僕の名前はシオン=クーカイ。魔術師と技術者をやっています。魔術と杖術をそれなりに扱います。今回は出しゃばらず、強化魔術と治癒魔術で支援させていただこうと思います。よろしくお願いします」
『連携を乱さずに大人しくしてくれるなら助かるよね』
『治療が使える人数が増えるのはありがたい』
『今回は護衛される事に理解のある依頼主でよかった』
『よしよし。楽ができるぞ』
次いでギュスターヴが前に出て頭を下げる。
「俺の名前はギュスターヴ。連合の元騎士だ。剣術と自己強化の魔術をそれなりに使う。今回は荷物持ちも兼ねているんで、出しゃばらず、接近してきた敵を斬ることぐらいしかできない。それでも強いので頭数に入れてもらっても構わない。よろしくお願いします」
『え、元連合の騎士? 凄いエリートじゃないの』
『確かに結構使うなあの兄さん』
『なんだか今回の依頼が訳わかんなくなってきたぞ?』
『なんだかかなり楽そうだ』
そして最後にバルロフ卿が前に出てきた。
「わしの名前はバルロフ=オーフェスティンと申す。商人ギルドの総帥と帝国剣聖をやっております。今回は出しゃばらず、後ろから皆さんのご活躍を応援しております。よろしくお願いします」
『……え? 帝国剣聖? あの伝説の?』
『なんていうか……ためしに抜きつける隙を伺ってるんだが、斬られる光景しか頭に浮かばん』
『おいちょっと? なんで? 俺達全員よりあの爺さんのほうが強い気がするんだが?』
『なぁ、こんな守り甲斐のない人を守る仕事で金貰っていいのか?』
「「「よろしくお願いします」」」
そして最後に僕ら護衛対象三名は、お世話になる冒険者の2チームに丁寧に頭を下げた。
きちんと礼儀を守るのは正しいよね。
僕らの挨拶を受けたレグルスさんとキスカさんは二人してなんとも言えない表情で顔を見合わせる。
「ねぇ。レグルス。なんていうか……こう。あたいら『必要なのかな?』感が凄いんだけど」
「……護衛対象が強いのは悪いことではない。悪いことではないんだが……」
大変釈然としないものを感じているのは良く分かる。
だが金を払っているのは僕なので、その釈然としない気持ちは飲み込んでもらおう。
こうして僕らは彼ら冒険者達の心に、もにょもにょした気持ちを抱かせながらもダンジョン探索へと出発するのだった。




