第十三話『金のきらめきに惑うな』
カルサ=スヴェルナとダナン=スヴェルナのお二人は既に商会の貴賓室の中で僕を待っていたらしかった。
ノックの後、許可を得て軽く会釈し中に入れば……二人の対面には白くてまっすぐなヒゲを生やした、かくしゃくとした老人が座っていた。背後に秘書らしき女性を控えさせている。
老人の目には意志力が満ち溢れ、弱弱しい印象は一切与えない。大地の猛禽というべき眼光の鋭さ。彼の正面に座りでもすれば、思わず襟元を正してしまうような厳しさがある。
「……はじめまして。シオン=クーカイです」
「商人ギルド総帥、バルロフ=オーフェスティンと申す」
その老人は椅子から立ち上がるとこちらに頭を下げる。ふむ、少なくとも僕を若造と侮って礼を失する人じゃなさそうだ。
ただアポは取ってない突然の飛び入り会見である。僕は首を傾げつつ言う。
「ご高名は伺っています、バルロフ卿。本日は何の御用で?」
ここに来るまでメーコちゃんにざっと相手の事を教えてもらった。
この人は帝国側を中心に動く商人の中でも頂点に立つ人であり、爵位は持つが領地は持たない法衣貴族でもある。
商人出身ゆえ、『貴族のみしか空を飛ぶべきではない』という意味不明の特権意識とも無縁で、既に何件か飛翔船を受注した、いいお得意様という奴だ。
彼は僕の言葉にくい、と眉を吊り上げる。
「ふふ。……お若いながらもわしの前でようも平気で話せる。性根が豪胆なのか、無知ゆえの勇敢さなのか……。
失礼。歳若く才幹溢れる若者にお会いできて光栄だ。……本題に写ろう」
ぐい、と前に身を乗り出し、バルロフ卿は言う。
「シオン=クーカイ殿。
貴殿の編み出した『より軽く、より頑丈な金属の精製法』を売っていただきたい」
やっぱりそれかー。
僕は予想通りのバルロフ卿の言葉に、まず話を聞くことにした。
さて。
少し理解を深めるために余話を挟もうと思う。
以前も思ったが、戦闘機開発には三つの障害がある。
一つ目は音の壁。
ジェット戦闘機の黎明期、航空業界はこの壁にぶつかった。
音の壁……衝撃波の存在が実証されていなかった時期、ジェット機が一定の速度領域に突入した際、機体が謎の四散を遂げるという不可解な事態に何度もぶつかった。
人々は『ある一定の速度領域には悪魔が住んでいるに違いない』と思い、四散の寸前には謎の怪音……要するに衝撃波が空を叩く異音を悪魔の声だと考えた。彼らはそれを音魔と呼んだ。
……マク○ス7に出てくるあいつらじゃないけどね。
まぁ航空力学の発展によって衝撃波の存在は実証され、材質の強化で第一の壁は突破されたわけだが。
第二の壁。現在の戦闘機業界で前世の僕が難儀していたもの。
それがマッハ3に潜む熱の壁だ。
マッハ3に到達すると、断熱圧縮により装甲材質の表面が焼け焦げて、溶け始めてしまう。
例えば、大気圏に突入するスペースシャトルが高熱を発するが、あれはシャトルと空気との摩擦で高温を発しているのではない。シャトルによってすごい勢いで押しつぶされた空気の分子同士が激しくぶつかり合って高熱を発する。
それと同じ事が戦闘機でも発生する。
アメリカやロシアの戦闘機、F-22やSu-47などの最新鋭戦闘機の最高速度がマッハ3以下なのはこれが理由だ。装甲溶解が始まる寸前までしか速度を出せないのだ。
とはいえ、マッハ3を突破可能な飛行機は存在する。
戦略偵察機であるSR-71や、悲運の超音速爆撃機XB-70だ。
技術的にやろうと思えばマッハ3を突破する事は可能。しかしこれらはコスト度外視のシロモノであり、普通の戦闘機と一緒にはできない。
戦略偵察機は戦争に重要な情報を獲得するためのものであり、超音速爆撃機は冷戦時代、敵国首都に殴りこんで爆撃するために開発されている。戦争の行く末を左右する兵器のため採算度外視で、熱の壁によって装甲が劣化しても即座に取替え作業が許されているのだ。
第三の壁である金の壁は……まぁ別に説明しなくても、なんとなく『最強の障害』というのが分かるに違いない。
いつの世も金の悩みは尽きないのだ。
『より軽く、より耐熱性に優れ、より頑丈で、かつ量産可能な金属』の恐ろしさが良く分かるだろう。
前世で言うなら、マッハ3で頭打ちだった戦闘機業界の限界を覆す、革新的な基幹テクノロジーなのだ。
この世界でマッハ3に到達する飛行機械はないが、軽く頑丈という金属は極めて便利だ。
商売人が、根幹となる技術に目をつけないはずがない。
その目端の効く一番手が商人ギルドの総帥、バルロフ卿なのだろう。
僕は口を開く。
「どの程度、値をつけるおつもりで?」
「白金貨10枚を用意した」
横でカルサ女史と、壁の向こう側にいたと思しきメーコちゃんが、『ぶふぅ?!』と吹く音が聞こえた。
なんか知らんが大金であることはわかった。
「し、白金貨10枚……す。スヴェルナ商会の年収が一枚で賄えるもんが……じゅう……あかん、ダーリン、なんかウチらと次元の違う話をしてはる……うちらの10年分の稼ぎが目の前にぃぃ……」
「しっかりしろ、カルサ」
横でショックを受けているカルサ女史とそれを抱きかかえるダナン氏の会話を横で聞きながら僕は答える。
……しっかり考えろ、シオン。
相手は僕の技術を買いたい。僕はなるべくそれを高値で売りたい。
別に金の亡者になりたいわけじゃないが……お金とは僕にできる事を沢山増やせるアイテムだ。いつか天蓋領域に至ることを目的とする僕にはなるべく大量に確保しておきたい。
そんな風に考えていると……バルロフ卿の後ろに控えていた秘書さんがトランクを持ってきて――それを真ん中のテーブルに置いて、中身を開いた。バルロフ卿はにこやかに笑いながら言う。
「……受けていただければ、ここに加えて更に五枚上乗せしてお支払いする準備がある」
「ご、ごごご5枚……うひいいぃ……ダーリンあかん、ウチこの場にいると金の俗気で変になりそうやわぁ」
「カルサ、しっかりするんだ」
「うん、ウチ落ち着くでー……冷静さを取り戻す魔法の呪文、ダーリン愛してるダーリン愛してるダーリン愛してる……」
「俺もだ。カルサ、愛しているぞ」
隣で夫婦が仲良く惚気ているが意識からはシャットダウンである。
だが……バルロフ卿の行動に僕はかえって冷静さを取り戻すことができた。
……僕の前世、心臓の弱い技術者だった頃、何度か大陸の工作員が札束でぎっしり詰まったトランクを見せて『さぁ、機密を漏らせばこのトランクが貴方のものになるのですよ』と誘惑するのと一緒だ。
普段目にする事のない、トランクにぎっしり詰まった大金は相手の判断能力を奪うための視覚的な爆弾。理性的に物事を考えさせまいとする思惑がある。
つまり……バルロフ卿は僕から何とかして――技術を安く買い叩こうとしている。少なくとも白金貨15枚を『必要経費』として計上しても、十分採算が取れるものと判断しているのだ。
なら、答えは一つ。
「話になりません」
なお。うろ覚えや捏造等もある程度混ざっているので温かい目でお願いします。
また白金貨一枚が日本円に換算するとどれほどの金額か気になると思われますが、その辺をがちがちに固めるとややこしそうなので、あえて明確には定めていません。一枚で相当の価値とだけ考えてくだされば。
ご了承ください。
またご指摘を受け、修正しました。




