第十話『決闘』
朝の食事を済ませた後、スヴェルナ商会に赴くはずだった予定は完全におかしな方向に崩れていった。
もっともその理由が『ご夫人に絡んでいた悪漢を成敗するため』となるとカルサ女史も夫のダナンさんも親指を立てて『よくやった、それでこそ男だ!』という快諾を頂いた。
メーコちゃんのみはちょっとだけムッとした様子だったが、すぐ機嫌を直して『でも、仕方あらへんよねぇ。シオンくんはそういう男の子やからこそ、ウチらを助けてくれたんやし』と納得してくれるのであった。
バルアミー公爵家に仕える騎士団は、急な騒ぎにも関わらず快く場所を貸してくれた。
「おう坊主。我らが『凍光』エクエス様に近づく不埒者を懲らしめてくれよ」と通りがかるたびに激励されるのを見ると彼女が慕われるのも良く分かる。
実戦で、強力な航空支援を行う魔女騎士は地上の兵士にとって守護天使に等しく頼もしいのだろう。
控え室で武具の具合を確かめつつ、僕は対面に座ったエクエスに目を向ける。話したい事があるらしい。彼女は僕の掌にテーピングしながら口を開いた。
「……ドライゼンが、わたしの婚約者だったというのは全く根拠がない話でもないのです」
「公爵があんなのとの結婚を認めたのか?」
「いいえ。……婚約は、前の父親が相手の親と、子供の頃に交わしたんです」
「前の……父親?」
首を傾げる僕に、エクエスは自分の髪を摘み上げて見せた。
帝国初代皇帝の血をより色濃く受け継ぐ証である、銀色の髪のひとふさ。
「これが原因ですよ。……わたしの実の両親は……バルアミー公爵家に仕える地方の陪臣の一族で。数代前に駆け落ちした皇帝の娘か息子かが、ご先祖にいたそうなんです。その血が、わたしの代で先祖帰りを起こしたそうでして」
「ああ……」
僕は納得の声をあげる。
フェズン公が父親だとすれば、相当若いと思っていたが。養子として貰われて来たのなら様々な事に納得ができる。
「神君の血を引く証である銀色の髪を持つものを、公爵家の旗印として使う事で前線の兵の士気を上げる。先代のバルアミー公爵はそのようにお考えで、実の両親からお金で購ったそうなんです。
いえ、恨みには思っていないんですよ? 実家は幼心にも貧しくて。大人になってからどこかの家に奉公に出されるよりも、遙かに良縁の養子先だったと思います。魔女としての訓練は厳しかったですが、今のフェズン公爵もああ見えて優しい人でしたから辛いとは思いませんでした」
ふぅ、とエクエスは息を吐く。
「ドライゼンは、産みの親たちが関係を結ぼうと取り決めていた相手でした。当然ながらその話は、わたしが公爵家に引き取られたと同時に立ち消えになったのですけども。
あの男、剣の腕は確かに悪くはないのです。ただ性根が良くなくて、都会に来た時に自分を破った相手を闇討ちしたとも言われて。周囲には煙たがられ。
次男坊で家を継ぐ事も出来ず。そこで元々わたしと彼が婚約者同士の関係だったという話を聞きつけたらしく……実家からも何とか穏便に済ませてやってくれと言われていて、警吏に突き出すのもどうかと思っていたところだったのです」
「つまり、困ってたんだね。勝つ理由がもう一つできた」
ぐ、とテーピングされた手を握り締める。
腰に下げたダガーを閃電の抜き手で抜刀し、横薙ぎに振るう。銀光のひらめきと共に鞘に収めれば、エクエスが感心したような目を僕に向けていた。
「貴方がドライゼンに負けるとも思ってはいません。ただ……魔術抜きでの純粋な体術なら彼が勝つと思っていましたが、認識を改めました。体術でも貴方が上でしょうね。ほんと、義父上が貴方の出自を質問しないと約束した事がもどかしい」
「悪いね」
「……もっと深い関係になったら、いつか出自の全てを明かしてくれるかしら?」
エクエスが何か小さな声で呟くがよく聞こえない。
僕は傍に立てかけてあったロッドを手に取る。
最初の初陣の時、僕はクラウディア皇女貴下の髑髏を取り扱うものとの交戦の際、性能では勝っていたにも関わらず苦戦した。
アレは僕が自分の力を十全に発揮できなかったからだ。
今度は初陣の際の恐怖と怯えはない。順当に能力を出し切って勝つ。
「それでは――ドライゼンとシオン=クーカイの決闘を執り行う!! 両者、前へ!」
地面に敷き詰められた砂地の上で、目の前の男は怒りと……幾分かの冷静さを取り戻した目で僕をねめつけてくる。
体格や体重は圧倒的に相手が上。恐らくは大抵の荒事を、生まれ持った資質で圧倒してこれただろう。
「よく来たな、餓鬼ぃ! 土下座して謝るなら許してやってもいいぞ!!」
「…………」
ドライゼンは大声を張り上げるが、僕は一言も発さない。
言葉をむやみやたらと発すれば力が抜ける――前世で読んだ時代小説の一文を思い出しながら僕はロッドを構える。
だがドライゼンは剣を抜きながら訝しげな表情。
決闘では訓練用の刃を潰した武具ではなく、真剣を用いることが認められている。なのにわざわざ非殺武器であるロッドを使うのか分からないのだろう。
答えは簡単だ。
棒術ほど武装した相手を殺さず無力化する事に向いたものは存在しない。
「てめぇ何で剣も槍も使わねぇ! それとも今から負けた時の言い訳の準備かぁ? ぎゃはははは!!」
「…………」
「おいこら。なんか返事しろよてめぇ!!」
「…………」
「いい加減にしろ! なんだってんだ……な、なんだってんだおめぇは!」
僕は答えない。
そんな会話を断ち切るように審判役を買って出てくれた騎士が言う。
「双方とも準備はどうか?」
「お? ……おお、おうっ!」
僕は無言で首を縦に振る。
審判は頷いて一歩下がった。
「はじめっ!!」




