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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
第一章『地上編』
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第一話『今宵、地上のどこか』

「今日は随分と夜空が綺麗だなぁ、おい」


 だがあいにく俺、ギュスターヴの耳に聞こえるのは、風情のない魔術機関の作動音だ。

 ごぅん、ごぅん、ごぅん……下腹に重低音が響く。

 もう夜も深く、空にはいつものように星空と月、そして細かなリングがきらきらと星空に撒いた宝石のように強く煌いていた。

 とはいえ、美しい星空に見惚れている暇はない。俺一人であるなら命を幾ら粗末に扱おうと文句を言われる筋合いはないが、今日は姪っ子を乗せているんだ。多少慎重にもなる。

 俺は操縦桿を慎重に傾けながら飛翔船(バードシップ)をゆっくりと旋回させた。積荷を満載した飛翔船(バードシップ)は、倉庫を空にしている時とは操縦の感覚がやはり大きく違う。だから俺は――積載量(ペイロード)に余裕のある船の状態に随分満足していた。

 俺こと、ギュスターヴは運び屋だ。それもこの実質的な停戦から数十年睨み合いを続ける『帝国』と『連合』の二つの敵対国家の隙間を縫って、品物を密輸している。

『帝国』と『連合』は、正式な国交をしていない。大陸南部に位置する『群島諸国』を経由しての商売しか行えず、国の認めた正規のルートでは余計なコストや税金が掛かって仕方ない。

 だからこそ俺たちのような密輸業者の出番がくる。


 帝国は初代皇帝陛下の趣味が蚕の養育だった影響なのか、品質の良い絹糸を作るし、連合は高性能の魔術機関を次々生み出している。

 一応連合に所属していた俺は、行く時は魔術機関のパーツを倉庫に満杯に積み込み、そして帰りの時は絹糸をたんまりと詰め込んで飛ぶんだ。関税の掛からない俺の荷物はどこよりも安いから、いつも売れ残りがない。

 品物の性質上、やはり帝国で絹糸を積み込んだ時は荷物が軽い。だが、今日は格別に船が軽い!!

 

「なんつったって、あんな大箱たった一つに馬鹿みたいな金額を出したんだからな!」


 いつもなら身軽な船……つまり荷物を積んでいない船を操るのは俺の財布にとっては厳しいが、俺の心にとっては実に優しい!!

 そして今日は財布に優しく心にも優しい最良の日だ!!

 気も緩めば自然とぴーぴー口笛だって吹きたくなる。こんなに軽い船を操るのは『連合』の軍で、帝国の魔女騎士(ヘクセリッター)ども相手に逃げ回っていた頃だろう。あの頃は楽しむ暇なんかなかったからなぁ。


「……なぁなぁ、ギュス叔父さん、ほんまに今回の仕事、大丈夫なんかなぁ?」

「んー? ああ、メーコ。まだ心配なのか? 心配するなよ、採算は取れてるぜ?」

 

 姉の娘のメーコがなんだか心配そうに俺に言うが、それに心配するこたない、と笑って答えてやった。


「ああ、うん。ギュス叔父さんのどんぶり勘定のことに関する相談はまた後でしよな? めっちゃ厳しく行くで?」

「て……手加減してくれると叔父さんうれしいなー」

「あかんよー? ギュス叔父さんが国境付近随一の飛翔船(バードシップ)乗り、一流の密輸業者って事は知ってるけど、そやかて魔術機関も離陸用と逃げるための加速用の魔石燃料が必要や。昔の帳簿見たら、輸送量と燃料費でカツカツやったやん」


 それを言われると、叔父さん凹みそうになっちゃう。

 メーコは数字に強い。将来は義兄さんみてぇな商人になるのが夢だと言ってるが、現場も知らないといけないと言って、俺の事務所の清掃と帳簿を一気に改善してくれた。

 まぁ……ありがとうと言ったら『せやろせやろー、叔父さんも綺麗なおうちで仕事するほうが気持ちええやろー。……はい、ちりとり、はい、ほうき』と言って俺にまで掃除をやらせかねない。

 いや、やったほうがいいとは分かっている。でもいいじゃん、稼いでるんだから!!

 とは思ったが、口に出した途端、怒涛の正論でメーコに論破されるので叔父さんは何も言わない。

 そんな馬鹿なことを考えている俺に気づいた様子もなく、メーコは少し心配そうな声を出す。

 計器と前方に集中している今は、メーコの可愛い顔を拝む余裕はないのだ。

  

「ウチが言うてるのは安全の事やよぉ。……たった一個の荷物で、何であんなに沢山お金くれはるの? あやしぃない?」

「ああ、そっちのほうか……」


 言いたい事は分かる。

 今回の仕事は確かにいつもと違っていた。荷物は一抱えの大箱一個。これに貨物を満載して飛ぶ時の報酬の二倍近くを提示してきたのだ。


「今日は……冬の衣(ウィンターコート)が濃い。下手をすると渓谷を通るルートが遮断されて、しばらく運べなくなるかもしれん。そうなる前に急ぎで運ぶ必要のある荷物だったんじゃないか?」

「う~ん。ギュス叔父さんの言葉にも珍しく説得力あるなぁ~」

「おい」


 俺の言葉にメーコはうんうんと唸る声。

 意識をそろそろ前方に集中させる。目の前には切り立った細い断崖絶壁。

 そして渓谷の上を覆い隠すように――冬の衣(ウィンターコート)がその白い靄を見せていた。


 冬の衣(ウィンターコート)

 かつて大陸を支配していた古代王国を滅亡させた謎の現象だ。

 あの白い靄に包まれたが最後、あらゆる魔術や魔術機関が力を失い、動作不良を起こしてしまう。人間が包み込まれた場合、一日か二日の間あらゆる魔力が使えなくなる恐ろしい現象だ。

 俺の船も、あの中に包まれてしまえば推力全てを失って……あっさりと地面に衝突(キス)する事になるだろう。


 だから……あの切り立った渓谷を抜ける必要があった。

 

「メーコ、座席にしっかり座ってベルトを締めろ。叔父さん今からお仕事モードに入るからな」

「は~い」


 俺の声に緊張したものを感じ取ったのだろう。俺とメーコの関係が叔父と姪御から、船長と船員に切り替わる。

 ゴーグルを降ろし各種計器をチェック。これから危険な渓谷を飛ぶ。

 


 ……この通称『針穴回廊』はその名の通りむちゃくちゃ狭い。蟻の巣穴のような複雑な形の渓谷で飛行できる隙間はわずかだ。

 飛翔船(バードシップ)の船体は全長15メートル、高さ7メートルほどの中型サイズの船で……技量の拙い飛翔船(バードシップ)乗りでは無事に飛びぬけることなどできないだろう。

 その上、この渓谷の上には冬の衣(ウィンターコート)が発生するため安全な渓谷上空を飛ぶことも不可能だ。

 一応冬の衣(ウィンターコート)が発生しない時期もあるが……そういう時は『帝国』と『連合』の両国の監視も厳しい。

 

 しかし、だ。俺のように狭い渓谷を飛ぶ技量の持ち主にとっては、冬の衣(ウィンターコート)の発生時期は監視の目もなくなり密輸が行いやすくなる。

 もちろん、簡単な事ではない。

 ただでさえ飛行困難な渓谷を、視界の効かない夜間に飛ぶ事がどれほど難しいか、飛翔船(バードシップ)乗りならば誰もが頷くだろう。


「よし、渓谷に突入するぜ。酔い止めの薬は飲んだな?」

「もちろんやよぉ。叔父さんは帳簿付けるのも、お掃除も下手やけど、喧嘩と船の操縦だけは天下一やもんなぁー」

「台詞が後半だけだったらメーコに叔父さんお小遣いあげたのになー」


 軽口を飛ばすのは、内心にある緊張の類のせいか。

 いつもなら、連合製の魔術機関を満載して飛ぶが、今日は大箱たった一つで採算が十分取れる金を貰っている。

 船の挙動が軽い。舵を切った時の特有の重さがなくなり実に素直に動いてくれる。

 渓谷の切り立った崖をすべるようにギリギリで飛びぬける。

 この渓谷は何度も飛んだ。大丈夫、今日も問題はない。なにせ今日は積荷と俺の命のみならず可愛いメーコまで乗せている。

 いつもに比べて操縦桿が軽いが、感覚の差異で操縦をしくじることはねぇ。なにせ今日はメーコの命の重みで十分釣り合いが取れていた。

 指先が脳みそになったみたいにとにかく繊細で慎重、かつ大胆だ。なんかこの針穴渓谷での最速記録を打ちたてそうな勢いじゃねぇか?

 そんな人生の快挙であっても俺はまるでワクワクしなかった。びっくりするほどクール。いいぞいいぞ。さすがだメーコ、俺の幸運の天使。

 

 だが、突如としてレーダーに光点が瞬いた。


「……なんだ、四つ反応?」


 妙だ。

 この渓谷を、夜飛ぶ事ができるのはこの俺、ギュスターヴ様のみ。だが……他に飛ぶ奴がいるなど聞いちゃいない。

 そもそも反応がかなり小さい――だが、戦場から離れて久しい俺の脳みそとは違い、俺の全身の細胞はそれがなんであるのかをはっきり覚えていた。ぞくり、と背筋を冷たい汗が濡らす。


「畜生……魔女(ヘクセ)だ!!」

「叔父さんっ?!」


 いきなり罵声を上げた俺に驚いたのだろう。メーコが目を丸くしたような声を溢すが、俺は彼女を慰める余裕を失っていた。

 推力を上昇させれば下腹に響く魔術機関エンジンの震動が激しくなっていく。

 

 平和な日々ですっかり頭が鈍ったのか? 

 空中で鏃の陣形(アローヘッド)を四機で組むのは――あの死神ども、魔女騎士(ヘクセリッター)以外にいるわけがない!


 だが、同時に俺は困惑もしていた。

『帝国』も『連合』も実戦に耐え得る魔女騎士(ヘクセリッター)は精鋭だ。俺みたいなケチな密輸業者の摘発に虎の子の航空戦力を送り込むなど、ありえるはずがなかった。

 ありえるはずがなかった……のだが。


「……いや、俺の想像のほうが甘かったのか?」

「ギュス叔父さん……どうするん?」


 メーコの不安そうな声が俺の心を冷静にさせた。

 ……もし。ここにいるのが俺一人であれば、推力全開で逃げることに賭けたかもしれない。信号弾の中には逃走用のスモーク弾だって装填してある。この狭い渓谷で視界を塞がれれば魔女騎士(ヘクセリッター)共も操縦を誤って、壁と衝突(キス)するかもしれない。

 だが、全て『かもしれない』だ。

 そして俺は、この可愛らしい姪の命を賭けたギャンブルをする気になれなかった。


「……白の信号弾を三発上げる」


 それは古代王国時代から続く『帝国』『連合』共通の全面降伏の証だ。

 かつての軍人だった頃、上官に叩き込まれた教訓を思いだす。飛翔船(バードシップ)は絶対に魔女騎士(ヘクセリッター)に勝てない。できるのはこちらを殺戮し終えた相手が魔力切れで撤退する事を願うのみだ、と。

 

「……ええの、叔父さん」

「いいさいいさ。今から口裏合わせる準備をするぞ。お前は『連合』から『帝国』へと病気のおばあちゃんを見舞いに来た、けなげで可愛い女の子で。俺はそんなお前を捕まえて身代金を要求する悪いオッサンだ。いいな?」

「そんな穴だらけの設定でええんかな?」

「……人情溢れる指揮官を期待しようか」


 俺は……専用のスイッチに指を乗せた。

 そうだ、俺は勇敢な軍人じゃない。俺は姪に小遣いあげることに幸せを感じる、せせこましく汚らしいオッサンでいい。

 闘わずに降伏することに僅かに疼く屈辱も、メーコの笑顔を思えば耐えられた。


 かちり、とスイッチの音と共に、小さな飛翔音。

 ぱんっぱんっぱんっ、真っ暗な渓谷を、白い信号弾の連続的な閃光が照らしていく。同じく推力レバーをゆっくりと降ろし、船の速度を遅くする。


 その瞬間だった。


 船体後方で凄まじい爆発音が炸裂し、操縦席が上下左右に激しくシェイクされる。


「きゃああぁぁっ!!」

「なにっ……?!」


 間違いない……爆炎の蛇(エクスバイパー)!! 魔女騎士(ヘクセリッター)が用いる汎用的な対空攻撃魔術だ……だがなぜ? 俺は降参すると言っているんだぞ?!


「どういう事だ……! 信号が見えていないのか?! ……見えていてもお構いなしか?!」

「叔父さん!」


 切迫したメーコの声に、俺の背筋をどっと冷や汗が冷たくした。

 まさか相手は民間人への攻撃でさえ平気で行う非合法(ウェット)部隊か?

 船のステータスを見れば二つある推進機関(エンジン)の片方が完全に大破している。事実、推力の不足した船が平行を保てずゆっくりと傾きだしていた。

 俺も元々は『連合』騎士の端くれ、落下制御フォーリングコントロールは使える。メーコを抱えて脱出だけならば可能だ。

 だが……誰もが知っている降伏のサインを確認しながらも、平気で攻撃を仕掛ける冷酷な敵が俺達を見逃す可能性は低い。

 それでも、抱きかかえたメーコの震える肩を感じれば俺は自分の体の震えを抑えることができた。俺は死んでもいい。どうせ妻も子供もいやしない。姉は俺が死んでも『アホやなぁ』と言って終いだろうがそれでいい。気楽だ。

 だがメーコは違う! 

 俺の命など度外視でいい。どうすれば安全確実にこの可愛い子の命を守る事ができる?!


「トドメをさす気か……!」


 だが、俺に残されたものは決断にも行動にも足らない、あまりにも僅かな時間だけ。

 オレンジ色の強烈な推進炎の塊が四つ、風防越しに見える。俺の船を横切るのは3メートルに満たない小さな飛翔甲冑(メイル)とそれを操る魔女騎士(ヘクセリッター)

 奴らは単独でも数倍のサイズを持つ俺の船を容易く粉砕する。例え俺の船が厳重に装甲の施された戦闘用だったところで、『鷹の躯体に竜の息吹を持つ』と称される奴らの攻撃に耐えられるとは思えない。

 美しい魔女どもはこちらが羨ましくなるぐらいに小さな旋回半径で渓谷を飛ぶ。

 俺の船でやっと飛べる狭い渓谷も、3メートル程度のサイズでしかない奴らには自宅の庭程度の感覚だろう。

 こちらに来る。奴らの脚部に内蔵された魔術の増幅装置が展開する様が見えた。あの赤く強烈な光――対地攻撃に用いられる爆砕の弾幕(クラッシュバラージ)か……!


「ギュス叔父さんっ……!」

「メーコ、目をつぶってろ」


 こんなことしかできないのか。俺は。

 無力感に歯噛みしながらも――その時、見た。レーダーに浮かぶ四機とは別の反応。


 それと同時に、こちらを狙う敵の魔女騎士(ヘクセリッター)が攻撃を中止し、突如として四方に散らばったのだ。

 攻撃が中止された?! 俺は反射的に操縦桿を握りしめ、船の制御を取り戻す。降伏のつもりで速度を限りなく低くしていた事、積荷の量がとても軽かった事が、渓谷との衝突を免れさせた。

 

「だが奴ら……なぜ?」

「ギュス叔父さん、アレ!」

 

 同時に、その後を追うように四本の爆炎の蛇(エクスバイパー)が四機の魔女騎士(ヘクセリッター)を目指して飛翔していく。

 敵が攻撃を中断したのは回避行動に移るためか。

 レーダーに映っていた新たなる第三者は、俺の船を追い抜くように飛翔。

 それも、初めて見る次元の速度。とんでもなく太く分厚い推進炎の尾を引きながら飛翔する……恐ろしく速い、神速の魔女(ヘクセ)だった。


「あの人……たった一人で、ウチらを守るつもりなん?」


 メーコは、まるで見惚れたように風防のガラスに顔をくっつけて、あの魔女(ヘクセ)を目で追い続けている。

 四対一。素人のメーコにだって分かるだろう。数的に不利なのは確実。

 それでもメーコは小さな拳を握りしめて呟いていた。


「行け……」


 あの魔女騎士(ヘクセリッター)が何者かは知らない。だがあの大推力があれば俺の船など見捨てて逃げる事など簡単だったはずだ。

 なぜだ……なぜ数的不利な戦場に自ら突入したのだ?!

 メーコの掌がいっそう強く握りしめられる。


「行け……!」


 ……誰かは分からない。

 だが誰かが戦っている……俺達を助けるために、たった……一人で!!

 まるで物語から出てきたかのような……愚かで、そして美しい振る舞いに、俺もまた胸の中に滾る熱情のまま、メーコと共に叫んでいた!!


「「行けぇえぇぇぇぇ!!」」

【後書き】

 なお。

 爆炎の蛇(エクスバイパー)のイメージは空対空ミサイル。

 名前が本来は『エクスブロージョン・バイパー』とそのままだけども、長すぎるので略称が定着したという形で。


 爆砕の弾幕(クラッシュバラージ)のイメージが対地攻撃用のロケットランチャーで考えています。

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