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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
序幕:天空の彼方の目覚め
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第十一話『巣立ち』

 13歳の誕生日は、この異世界の人間にとって大きな意味を持つ。

 成人し、大人としての権利が認められるのだ。もっとも権利よりも生きるために必要な義務のほうがはるかに重苦しく面倒なものであるらしいけど……一つの区切りであるのは間違いない。

 

 ベッドの上で目を覚ます。


「ふわぁ……」


 あくびを噛み殺し、目を擦って身を起こす。

 衣服を脱ぎ、綺麗にたたんで纏めておく。後でモモが回収して洗濯しやすいようにだ。

 たたんで綺麗に並べる作業の最中に僕は、不意に言葉にし難い寂しさを覚えた。

 僕は今日、此処を立つ。

 下手をすればもう二度と戻ってくることはできない。もちろん、地上に降りた後は全知全能を尽くして再び天蓋領域にまで上ってこられる船を作るつもりではあるけど、多分、簡単な事じゃないだろう。十年、二十年、相当の年数を覚悟しなければ。

 生まれて3年近くを過ごしたこの部屋ともお別れだ。


「ありがとう」


 誰かに話しかけた訳ではないけれど、感謝を告げて僕は居住まいをただし、立ち上がった。 

 やるべき準備は一週間前に概ね片付けている。

 僕は一人、このムーンボウの中を歩いて回り、最後の整理整頓を行っている。


「しかし我ながら随分書いた……」


 設計室の中に入って最後の確認をする。インクと紙の匂いがするそこ。戸棚にはファイルごとに綺麗に纏められた設計図がびっしりと陳列されていた。手元には索引も準備している。

 もし、僕が帰れなくなって。そして遠い将来、自力で天蓋領域に到達した人々はこの設計室に書き込まれた異世界の技術を見てどんな顔をするだろうか? 自分の眼で確かめられないのが残念だ。

 今度来るときは地上で作った友人を招きたいもんだ。そう思いこの五年もの間、世話になった部屋の扉を閉じた。

 


 準備をする。

 衣服の上下。下着。数日分の非常食はあるけども、大変に味気ないのでコレに頼るのは無しにしたい。

 魔術師の杖は『王国』時代の特注品だ。高地で採取された霊木を棒にして中心をくり抜き、中に鉄芯を詰めて頑丈に仕立ててある。その上から更になめした魔獣の皮を巻きつけている。魔術発動の補助として使ってもよし、敵を殴ってもよしの頑丈な一品だ。 

 腰には布で隠れるような位置にダガーを一つさげておく。

 ダガーは生活必需品だ。しとめた獲物の肉を切って口に運ぶ、髪を切ったりひげを剃ったり、周りの木々の茂みを切り払う、敵を殺す、などなど用途は様々。

 とはいえ敵の血糊の付いた刃でご飯は食べたくないので、食べるときはできればナイフかフォークが欲しいところだ。

 抜いてみれば、鋭く研ぎ澄まされた刀身があらわになる。

 今まで鍛錬で使っていた模擬剣とは違う、本物の刃だ。それに新しく飛翔甲冑(メイル)を作る際の鋳造した鋼の余りで作ったので、これも宇宙合金で出来ている。切れ味のわりに羽毛のように軽く扱いやすい。

 それから地図。モモの制御するムーンボウが大陸を横断する際に資料として成層圏から撮影したもので解像度の高い衛星写真が沢山乗っている。……文明が後退した世界で、地図はどの程度出回っているだろうか? それによってはこの地図も価値が相当変わってくるだろう。下手をすればこの地図欲しさに殺しに来る奴だっているかもしれない。

 財布には金貨と銀貨、銅貨がずっしり。貨幣の大まかな価値は教えてもらったものの、何せ五百年前の基準なので変わっている可能性も十分にありえた。とはいえ、五百年前の貨幣であるという事は骨董品としての価値も超一級品だから、きちんと物の真贋を見極められる商人に見せれば相応の価値で引き取ってくれるだろう。しかし、目立つことは間違いない。あんまり使いたくはないな。

 


 それらの旅立つための準備一式を纏めて大きく頑丈なトランクにぶち込んだ。

 トランクはそのまま降下ポットの中に納められていく。

 その中には僕が一から設計図を引き、この世界の技術と前世の世界の技術を詰め込んだ飛翔甲冑(メイル)がある。


「準備はできましたか、シオン

「うん」


 モモの言葉に頷いた。僕はもうじき空を飛ぶ。

 空を自分自身で飛ぶ、そんな前世からの憧れがもうじき叶うという喜びと。

 この世界に生を受けて五年間、ずっと生活してきた我が家から巣立つ事への寂しさと。

 喜びと寂しさと、気持ちの板ばさみの中、僕は言う。


「……ありがとう、有り触れた言葉だけどそれ以外に見つからない。

 ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます、シオン」


 モモは僕の手を取り、始めて見る静謐な笑顔を浮かべてそのまま抱き寄せた。

 僕の銀色の頭髪に彼女の細い指先が絡み、いとおしげに撫でてくる。くすぐったかったし、気恥ずかしくもあったけど、僕はぎゅっと彼女の体を抱きしめる。


 お母さん。


 なんだか気を抜くと、前みたいな恥ずかしすぎる言い間違いをしてしまいそうになる。

 いや、おかしくはないのか。僕は考え直した。

 この航空母艦ムーンボウの統合制御体が彼女で、そのムーンボウの培養槽で僕を産み、教育を施したのが彼女であるなら、お母さんという言葉がやっぱり一番相応しい気がする。


「貴方がいた年月は、とても楽しかったです」

「僕も、貴方の傍にいた時間はとても安らいでいたよ」


 僕らは身を離し、お互いの視線を交し合う。

 モモは、微笑んで言った。


「13歳の誕生日、成人、おめでとうございます」

「今まで僕の事を育ててくれてありがとう……母さん」


 気恥ずかしくて喉につっかえそうな言葉だったけど、意外なまでにすんなりと唇を通り抜けた。

 モモはその言葉に、少しだけ目を見開いた後……今まで一番嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「……誕生日プレゼント、ありがとう。僕もね、モモにプレゼントを作ったんだけど……正直始めて手がける代物できちんと動くか分からない。もし動かなかったら……倉庫の肥やしにでもしてくれればいい」


 気球を用いた手紙でのやり取りの手段は事前にモモに伝えている。けれども本命の通信手段である電信はまだ成功するか分からない。


「それじゃ……またね」


 僕は万感の思いを込めてそういった。

 さようならではない。もう一度ここに戻ってくる事を誓い、僕は背を向けた。


「待ってます」

 

 モモも、特に言葉数多く話そうとはしなかった。それは僕も同じだ。胸の中に溢れる気持ちは強すぎて、全てを語り尽くそうとするなら、時間が足りないだろう。

 そうだ。もう一度帰ってくる。その時、様々な事を話せばいいのだ――僕は降下ポットの中の暗闇の中で……ようやく自分に泣く事を許した。嗚咽の呻きを歯を食いしばってかみ殺す。来るべき離別の日が来た事への、悲しみとは違う言いようの無い寂しさ。

 故郷を離れて遠い異国の地へと旅立つ。そんな宿命(さだめ)を持った渡り鳥のような気持ちのまま、両手を伸ばす。

 がちゃん、と僕の飛翔甲冑(メイル)の腕部、脚部パーツが手足にしっかりとフィットする。背中に脊椎ユニットがかぶさり、肩を覆われていく。目元をバイザーが覆い、HMDヘッドマウントディスプレイのように様々な諸情報が表示されていく。

 降下ポットが、がこん、と重々しい音を響かせた。姿勢が変わり、頭が大地の方向、地上へと向いていくのを感じる。


 堕ちるのだ。

 

 かつて僕の前に地上へと降臨した前の天上人(ハイランダー)であるデュナン兄さんがそうであったように、堕ちていく。

 清浄で静謐な天蓋領域から、地上の恐らくは喧騒渦巻く戦乱の大地へと。

 僕の飛翔甲冑(メイル)のバイザーに表示される数字のカウント。地上への投下はもう秒読み段階になっている。


 あと20秒。


 素晴らしい船を作り、天蓋領域を飛ぶ僕の故郷ムーンボウへといずれ帰る。その際に、できれば友達も連れていきたいなぁ。

 それから兄であったデュナン兄さんの足跡を辿り、どのような人生を辿ったのかも調べてみたい。

 船を作るついでに、地上の技術だって学びたい。このムーンボウは古代先史文明の技術を完全に保存していたけど、地上人だって新しいアイデアや発見をしているかもしれない。

 それから冬の衣(ウィンターコート)のこともある。王国を滅ぼしたほどの規模はもうないけども、あれがあらゆる魔術、魔術機関を機能停止に陥れた、一つの文明を滅亡させた恐ろしいものであることも忘れてはいけない。地上に降りてこそ分かることもあるだろう。

 

 やりたい事は山ほどある。


 モモと分かれることは寂しくあるけども、僕には楽しみな事も山ほどある。

 ああもう、あと10秒。


「行ってきます」


 まるで自宅の玄関で靴を履いて、そして自分を見送る家族に挨拶するように、僕は有り触れた旅立ちの言葉を小さく呟いた。

 がこん、と重々しい音が鳴り響き、一瞬のふわりとした浮遊感が響く。



 さぁ行くぞ、大地よ。


発進(テイクオフ)

 ここまでお読みくださりありがとうございました。

 次から新章です。

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