第四十四話『そんな二つ名よりも』
首筋にしがみつくので精一杯だ。
ギュスターヴを助けた謎の魔兵は疾走する。
その太く強靭な両足が撓み、次の瞬間自分達は空中へと跳躍している。
それも飛猿の如く木々のしなりで宙を舞い、大木を足場に眩暈がするような三次元機動を見せる。
ぎいいいいぃぃぃ!!
魔兵どもはなおも追い縋る。
だが、謎の魔兵は一瞥すらせず、僅かな一言の詠唱と共に、目も眩むほどの業火を叩きつけて一蹴する。
爪を突きたてようとする魔兵に対しても、見惚れるほどに流暢な動きで対抗した。ナイフを受け、逸らし、流れるような動きで首筋に切っ先を叩き込んで駆け抜ける。足を止める一秒さえ惜しいといわんばかりの速度。
(……強いだけじゃねぇ、獣みたいな速さに加えて人間の技まで備えている!)
強い。
剣術では巧遅より拙速。しかし謎の魔兵の技は超巧速としか言いようがない。
その時、脳内に思念が響く。
『なんだ……なんだ貴様、なぜまだ死なない』
光獣といわれる何かを操る人間の声が響く。
ぞくりと背筋があわ立つ感覚。それは命の危機に瀕したが故の直感か。今何かに狙われつつあると告げていた。
その強制に近い念話に対し……ギュスターヴを背に負った謎の魔兵は言う。
『憑依を用いて光獣を制御しているのだろうが……わざわざ念話を用いて相手に話しかけるとは三流め。
……お前はわざわざ自分の位置をさらけ出してくれたのだ!』
『なにっ?! 念話への介入だと?! きさま一体?!』
その謎の魔兵は魔術を発動させる。
細く鋭く飛翔する炎の槍――ギュスターヴは目を剥いた。
「爆炎の蛇を増幅器もなく、マナ密度の薄い地上で……?!」
発される炎の蛇。それは本来才能に溢れた魔女が飛翔甲冑の助けと空中という高密度のマナがなければ発動さえ覚束ない強力無比のものだ。その爆炎はまっすぐな噴煙を噴き――遙か彼方の山間を目指して飛ぶ。
『ば、馬鹿なッ?! 今の念話を利用してわたしの位置を逆探知したというのかっ!』
「このまま逃げるぞっ!」
謎の魔兵は弾着の結果を確認もせず、そのまま疾走する。
だが次の瞬間、爆炎の蛇は空中で爆発した。
「はずれたのか?」
「……いや、光獣の邪視は見た瞬間に発動する。途中で撃墜されることは織り込み済みだ。それが証拠に、奴め。逆探知を恐れてもう話しかけてこんだろう?」
「そりゃありがたい……」
ギュスターヴは、耳から腐汁を注がれるようなあの不快な男の思念を感じなくて済むと知ると、せいせいした表情で謎の魔兵の言葉に頷いた。
……空間転移の魔術は難しい。
座標軸やらなにやらの細かな計算が必要で、ギュスターヴが知る限り最も優れた魔術の使い手であるシオン=クーカイでさえ『転移より空飛ぶほうが早いし簡単だ』と匙を投げるほど繊細な制御が必要という事らしい。
ならば……ギュスターヴを助けた上、足ならば一週間ほど、飛行機械でも半日はかかる道のりを、空間転移の魔術を用いてあっさり踏破したこの謎の魔兵はシオン以上の使い手という事になる。
ま、それはともかくと頭を下げる。
「どこのどちらさんかは分からんが……助けてくれて感謝する」
「感謝をするなら二つほど頼まれて欲しい」
「何なりと」
ギュスは即座に頷いた。自分のような異形にさえ誠実に約束を果たそうとする相手に、彼はおかしそうに笑う。口蓋から牙が覗いたせいで、恐ろしさは1.5倍といった様子だったが。
「一つは、わたしの事を誰にも話さないこと」
「承った」
「もう一つは……火蜥蜴の氏族に住むルコッチャという少女に、言伝を頼まれて欲しい」
「ルコッチャ?」
謎の魔兵の口から出た見知った名前に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「……知り合いだったか。意外と世間は狭いな」
「ああ。友人の嫁さんだよ」
「……結婚したのか」
「今は婚約だがな、そのうち正式に式をあげるんじゃないかね」
今度は謎の魔兵が数秒ほど沈黙し――不意に視線を落とした。
「そうか……良かった。きちんと幸せに慣れたのならあの日の決断は間違っていなかったのだな」
声に喜びが滲んでいる。ギュスターヴはますますこの謎の魔兵が分からなくなった。
今まで魔兵とは殺戮しか知らないおぞましい怪物としか思わなかったのに、自分を助け、女の幸せに――喉を詰まらせ涙さえ流すのであった。
「で……ルコッチャになんて伝えれば良いんだ?」
ギュスターヴの問いかけに、謎の魔兵は首を横に振る。
「いや……別にもういいのだ。君の幸せを願うものがいると伝えて欲しかっただけだ。
だが、そうか……あんなに小さな女の子が結婚したのか……その夫は、良い人なのか?」
頷く。
「ああ。保障する。あいつは誰かのためなら利害や損得計算など捨て去って行動できる、優しい男だ」
「そうか……ならいい。本当に良かった……」
「というわけで、助けてもらったのは確かだが。その御仁は自分の事を話さないで欲しいと言ってたんでな」
「いや、いいよ。ギュスを助けて貰ったなら僕にとっても恩人だ」
僕こと、シオン=クーカイは頷いた。
友人の命の恩人にお礼ができないのは残念だけど、望まれていないなら仕方ない。
「しかし……俺も大概ひどい目にあったが、お前も大概ひどい目にあったみてぇだな」
「どっちも生きていたんだから、もういいけどね」
僕は未だ包帯が巻かれたままの掌をひらひらさせる。
窮地に追い込まれこそした。事実僕ら二人とも命を失ってもおかしくないところまで行った。
それでも死なずに済んだのはフェズン公の言っていた通り、天運があったのか、懸命に生き足掻いたからか。
「叔父さんっ」
「おう……メーコ。すまなかったな。お前が一番危ない目にあったのに、肝心な時に居られなくて」
「ええんよぉ叔父さん。……ほら上着脱いで、怪我の治療せな」
実際、僕もひどいが、ギュスターヴのほうの怪我もひどい。
衣服は泥と血で汚れ、細かな傷は体中数知れず。傷口からばい菌が入る可能性もあるから、と浄化の魔術を僕が行使し、更にメーコちゃんが殺菌用の液体を含ませた水で、ギュスの体を拭いていく。
「ギュス!」
そこに激しい声が響いた。
見れば――ドライゼンとその一党に監禁されて憔悴していたカルサさんが……弟であるギュスターヴの体中傷を負った姿を見て、わなわなと唇を震わせ、歩いてくる。その後ろから彼女の夫であるダナンさんが、ゆっくりとした足取りで追ってきた。
「……なんか、死にかけとったんやって?」
「ああ」
「正直な話言うとな、ウチもダーリンも拘束されてて……大変すぎてお前の事を薄情な事にすっかり忘れとった。……お前の顔を見て。なんだ、いつもどおり帰ってきたんやな、と思うたけど……実は危なかったんやなぁ」
「俺も危なかったが、姉さんほどじゃねぇよ」
ギュスターヴはそのまま立ち上がり……姉と、義兄であるダナンさんを抱き締めた。
「……無事でよかった。姉さん、義兄さん」
「……お前なぁ……なんで胴体着陸の名人なんて人を心配させる二つ名持ってるねん」
「だな。……カルサはいつも君の事を案じていたよ」
「叔父さん。……ほら。次はほーたい」
メーコちゃんがいつものふわふわした優しい笑顔を浮かべて。ギュスの服を引く。
そんな穏やかな家族の様子を一歩引いたところから見守りながら……僕は歩き出す。
進む先は僕のザスモーが鎮座する格納庫。ヘッドセットを手に取り、言う。
「モモ。モモ。聞こえている?」
『どうしたのですか? シオン。このような夜更けに』
「光獣という名前に聞き覚えはある?」
思い出すのは、先ほどギュスターヴが言っていた、『レーザーウェポン』を示すらしい名前。
モモは少しの沈黙の後で答えた
『詳しく聞かせてください、シオン』




