第九話『宇宙時代のアレ』
宇宙合金。地上では精製不可能なそれ。地球上では重力の影響で重い物と軽い物とは均一には混合しないが、宇宙のような重力がきわめて小さい環境下では重力の効果が少なく、比重の極端に異なる物質同士が均一に混合した合金が精製できる。
無重力状態では、水と油が混ざるという地上では有り得ない現象さえ発生するのだ。
これは僕の前世でも存在していた技術だ。
しかしコスト的には到底見合うものはできなかった。スペースシャトルの打ち上げが一回どれだけ掛かるのか知れば理由も理解してもらえるだろう。
より安価に宇宙と地球で物資のやり取りができる軌道エレベーターでも完成すれば別だが、戦闘機の装甲に宇宙金属など絶対に使う事などできなかった。
ありがとう魔術。ありがとう異世界。
僕は感動に震えていた。魔力という生命エネルギーを費やせば、簡単に無重力状態を生み出す事ができる。その結果、より軽く頑丈な金属が精製できるかもしれないのだ。
ひゃっほうっ!
「実際に精製を行うのはわたしですが」
「ごめんなさい」
僕の歓喜の理由、実験の内容を聞いたモモの第一声がこれでした。
このムーンボウは多数の資材を用意していたけど、どの合金とどの合金の組み合わせが一番理想に近いのか。
その組み合わせと実験は、ムーンボウの統合制御体であるモモが、彼女に従う自動機械を統率して行うことになる。その結果がどうなるかの結果が楽しみだ。
「シオン。それで貴方はどういった飛翔甲冑を作るおつもりで?」
「こんなの」
丸めていた設計図を差し出す。
モモはそれをしばらくじっと見ていたが……なんだかあきれたような目で僕を見てるぞぅ……?
「正気の沙汰ではありません」
「ひどい!」
渾身の設計を一言でばっさり切り捨てられて僕は思わず涙目になって叫んだ。
凄い苦労したのに?! そんな僕などあっさり無視してモモは言葉を続ける。
「少なくともこれだけの数の推進装置を設置……主推進装置に加えて、副推進装置が六つ。そのうえサブの癖に、平均的な飛翔甲冑の主推進装置並みの大推力……。
はっきり申し上げると魔力消費量が激しくてまともに扱えないでしょう。……天上人であるシオン以外は」
「流石にその辺の計算をしくじるほど馬鹿じゃないつもりだけど……」
うん、それは分かっている。
魔力総量が飛翔甲冑の稼働時間を決定する要素であるなら、僕は無補給のまま一週間は飛行し続けられることができる。
はっきりいってオーバースペックだ。
「こんな体に誰がした」
「わたしです」
「よくも……よくも……! よくもこんな素ん晴らしい体にしてくれたな! 最高だ!」
「何を言っているのですか」
そういえば異世界なので元ネタが分かってくれるわけがなかった。
「とりあえずその設計図、モモの視点から見ておかしいところはある?」
「……いえ。相当な代物である事は分かります」
よし、モモ先生のお墨付きは貰ったぞ。
あとは実際に試してみて、宇宙合金がどの程度軽く頑丈なものが出来るかどうかに掛かっている。
「それじゃ……ちょっと調べものをしてくるよ」
「……はい」
モモは小さく頷いた。
その様子に、僕は心の中で罪悪感が少し疼く。
いずれ来る別れを惜しんでか、モモは何かと僕に構いたがるようになった気がする。けれども僕には、通信手段の確立という命題が控えていた。
だが、通信に関して僕はモモに相談をしていない。
僕の兄に当たるデュナンナータ=サンシメオンを育てていた数百年昔から、僕が生まれるまでずっと彼女はこの天蓋領域で孤独な時間を過ごしてきた。
その寂しさに耐え切れず、僕を産むぐらいなのだから。
だけども、僕が地上に降りればまた一人ぼっち。そこに、通信手段を探していると伝えて……結局、期限までに見つけることが出来なかったら……一度希望を与えてから、絶望に落とすような残酷な真似になってしまう。
「……まったく」
焦りは覚える。モモは僕が次の誕生日を迎えるその日に、このムーンボウから巣立つことを命令している。そこが期限だ。そこを過ぎれば、モモは区切りとして僕を追い出すだろう。
僕がモモの愛玩物ではないと証明するために。
僕をずるずると手元に置き続けることは、いけないことだと信じるがゆえに。
僕も彼女の気持ちがよく分かるからこそ、宣告に従った。
子供のままでいられる時間はもう数ヶ月しかないのだ。
見つけなければ、なんとしても。
その孤独を癒すために。
けれども、焦りとは裏腹に時計の針は冷酷に期限間近である事を告げていた。
あれから更に数ヶ月。
おかしい。お誕生日とはもっとこう、待ち遠しいものではなかったろうか? 年に一度、両親から好きなプレゼントを買ってもらえる喜ばしい日じゃなかったのか?
今の僕の胸の中にあるのは焦りと後悔。もう十五歳の誕生日まで二週間近く。
五年間近くを過ごしたムーンボウから退出する時間が間近に迫っている。しかしこの天蓋領域と地上を繋ぐ電信は未だ確立されていない。
諦めろよ。通信は出来なくとも、成層圏へと気球を飛ばすプランは確実に実行できる。それでいいじゃないか。
ふと気を抜けばそんな弱気が耳の傍で囁いた。
けれども僕はそれを嫌だと思う。
僕は……現代っ子なのだ。手紙でやり取りなんて悠長な真似には慣れていない。愛しい人がいるならばすぐに声を聞きたいと思う、電話が当たり前の科学万能の世界の住人だったのだ。
肉声が聞きたいのだ。
「……兄さん、貴方もこんな気持ちを経験したのかな」
僕は部屋の中、一人呟いた。
僕の前にモモに育てられたという前の天上人、デュナン兄さん。
彼は五歳の時から十五歳までの十年間、モモに育てられたと聞いた。戦乱で疲弊しきった地上に平穏をもたらすために、だ。
……デュナン兄さんは結局、このムーンボウに帰ってくることはとうとうなかった。膨大な魔力を持つ天上人と言えども寿命は人と変わらないから、天寿を全うしただろう。
彼は死の間際、故郷に帰りたいと思っただろうか?
「それも……調べないと」
もし地上に降りたら、まずデュナン兄さんの足跡をたどってみよう。
モモの言うことが本当であるならば、彼は地上の平和の為に尽力した偉大な人物となったはず。どこかに記録があるかもしれない。
僕には使命がない。やるべき勤め、果たすべき仕事は自分で選んでいい。
デュナン兄さんは五歳から十年間をここで過ごした。故郷はこの天蓋領域。もし僕にしかできないような遺言を残していたら、それを成そう。そう心に決めた。
作者が一番好きなモ○ルスーツは○・Oです。
え? 誤字? いいえ、正しいですよ☆




