表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/120

一字閃、荒野の暴勇

 2mはあろうかという巨体の男が、長斧を振り回している。

 正確に突き、叩き、鎧を貫き、近づく兵は次々に絶命し、屍山を築いていた。見事な武術である。


 十七歳だと聞けば、みな驚くであろう。

 だが顔を見れば、まだ幼さが残っている。


 この少年、姓は(こん)、名は()という。


 親に連れられ奏同啄飯道(そうどうたくはんどう)に入ったが、その親が病死。体格を買われて、軍に加わった。所属は(しん)州東部支部で、その内の秀道(しゅうどう)という小鎮の守備隊に配属された。


 だが秀道は落ちた。


 眞暦(しんれき)1796年11月。秦州王:穂泉煎(すいせんせん)が派遣した千人程の軍の前に、先ほどあっけなく城門が破られてしまったのである。

 城壁の上で活躍していた坤斧は、「穎邑(えいゆう)まで落ちるぞお」という声とともに秀道鎮を見捨てて、雪崩を打って城から抜け出す味方を、蔑みながらも、一緒に城外に押し出されてしまった。


「くそっ、くそおっ」

 雄叫びをあげて長斧を回転させれば、敵は怯えて逃げ出す。逃げる敵は仕留めやすい。少し力を入れて突くと、大概斧先の大錐で串刺しに出来た。


 しかし坤斧のニキビ面は、深い悔恨に満ちていた。


 城を抜け出した軍勢は弱かった。

 敗残兵で、士気は最低、ただ早く逃げるよう指示された群れである。素人の集まりで統制も取れてない為、隠密行動すらできず、裏門から脱出した所を秦州王軍にあっさり見つかってしまう。坤斧にしてみれば、この王軍も正規兵と思えぬ弱さなのだが、これに追撃戦をやられて、秀道城外の荒野で啄飯軍は簡単に殺戮された。


 秦州王軍十数人が坤斧を取り囲んだ。

 首は動かさず目だけを回して百八十度観察し、中腰のままひらりと体を反転、再び百八十度観察し、同時に長斧を握り直した。


(くそお。ほぼ壊滅かよ。)


 戦場の随所で小戦闘が行われているものの、全滅まで左程時間はかからなそうだ。


 取り囲んだ十数人 ―数えれば十三人― が、にやにや笑いながら包囲の輪を狭めてくる。


「大立ち回りもここまでだ。見ただろう、啄飯の奴等は全滅だ。」


 包囲の歩兵達の隊長格が、美麗な戟をしごきながら言った。

 こう言えば坤斧が萎えると思ったのだろう。隊長格は先程の坤斧の武術を見て、まともにぶつかったら大きな被害が出るのが分かっている。ともすれば降伏するかもしれない。これほどの武芸があれば軍にも有用だ。


 だが坤斧の考えは、隊長格のまったく想像できないことだった。


穣河(じょうが)を渡ろう。)


 本能だった。理由はその時、なかった。

 この秀道の戦場から穣河まで、南に3~40kmある。否、それ以前に秦州正規軍の前に味方が壊滅しており、いや何よりも坤斧本人がいま、十三人の歩兵に囲まれているのである。


「ふふ。もう刃先はささらのようになってるぞ。全く切れぬそんな棒を持ってどうする・・

「うおおお!」


 隊長格の言葉を吹き飛ばすように、坤斧は天に向かって大音声、吠えた。

 十三人はびっくりして、そして瞬時に恐怖に支配され、動けなくなった。


 ボロボロになった長斧を中空にかかげると、次の瞬間、ぶん、と薙いだ。

 とたんに包囲の内、五人が顔なり、首なりをぶっ叩かれ、吹っ飛んだ。


 吹っ飛んだ五人に、隊長格も含む。

 その死体から戟を奪う。朱塗りの美麗なものだ。


 ボロボロの斧棒と、赤い戟を両手に、2mの巨体を高速で回転させながら、敵勢に突っ込む。

 坤斧が回る度に、秦州兵の甲冑が砕け、肉が、首が飛ぶ。


 この有様に逃げる秦州兵もいれば、勇敢に挑む兵もいたが、南進する坤斧の行く手にいる者はどちらも絶命した。たかが1人に!と叫ぶ武将が何人もいたが、いずれも死んだ。


 だがまだ九百人は残っている。


 密集隊形の一隊に切り込んだ際、額を真一文字に斬られた。が、寸前に体を引き、次の瞬間には踏み込んで、敵の脳天に斧棒を叩きつける。


 ぐしゃっ、という音が騒然としていた戦場を鎮めた。

 敵兵は兜ごと頭がひしゃげたのである。


 秦州軍は手を止めた。


 真一文字に額から血を流し、坤斧が睨めつけたのである。その形相は悪鬼か。斧棒と戟を持ち、屹立する姿は羅刹か。


 九百の軍勢は何かに憑かれたように、ざーっと南の方向へ道を開けた。





******************************





秦州

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ