秋夕、村の少年
「よお。明日の洛劇行くやろが?」
槐円耳は、向こうから歩いてくる友人の松腱に大声で声をかける。
「あったり前だ。昆茫や賞も行くってよ。」
「え?昆芒も?」
二人の少年は、村の道を跳ぶように駆けて、ぶつからんばかりに出会った。
林州北部の杏四思村に、秋は深まっている。道の脇にポツポツと植えてある銀杏は黄色く色づいている。夕方も近づき、村人の影も長い。
槐円耳は少年らしい細くて黒い腕で、ばしばしと友人の肩をたたく。
「腱。本当やろうな。昆芒は来るんやな。」
対して太り肉の少年、松腱は、足元にバタバタと絡んでくる放し飼いの鶏を蹴散らしながら、手荒に槐円耳の手を払いのける。
「いってえな。本当だ。賞のやつに直接聞いたんや。間違いねえ。」
紅葉は、村を囲む山々に広がっている。銀杏の他、楓、楢。紅や黄色に彩られている。
風が吹いた。
村の銀杏は、乾いた音を立てて一斉に葉を落とし、遠く山の紅葉樹も、さながら紅い吹雪の如く落葉を吹き散らしている。
「おい、円耳。昆芒が帰ってくるからってまた悪さすんなや。」
通りがかった餅屋のおやじが、天秤棒を担ぎ直しつつ、茶化してくる。
「へへ。まあ、期待しておいてつかぁさい。」
「程々がええで。槐撒の奴がまた村役人に怒られっぞ。」
そう言って餅屋は松腱に片目をつぶって見せると、天秤棒を揺らして歩き去った。
「あの餅屋が一番楽しみにしてるんじゃねえか?おっとと。」
松腱の足元に今度は野良猫がまとわりついてきた。
槐円耳はにこにこと笑っているが、声は一段、落した。さっきの餅屋の助言も確かに道理、この往来も夕方は村人がなかなか多い。父のことを想うと胸がチクリと痛んだ。
「そうみたいやな。しかし、ま、遠く都を出て斐界を巡る旅芸人さんを盛り上げてやろう、ってんだ。俺らは案外、役に立ってんじゃねえのか。去年だって俺らの合いの手を聞いて、演者は笑っとったぞ。」
「確かに。お、そうだ。」
松腱は仕方なしに猫を抱き上げて、喉をごろごろ言わせながら、顔を輝かせる。
「今年は銅鑼を用意してある。俺とお前、昆芒と賞の分で、ちゃんと四個あるぜ。」
「本当か!そんなら、一層騒ぎ易く。。」
また秋風が吹いて、槐円耳の言葉の尻をかき消す。銀杏は黄色い葉を飛ばし、その一葉が松腱に抱かれる猫の顔に張りついた。
猫はひどく慌てて「ふにゃにゃにゃ!」と前脚で葉をはたき落とし、
「痛てててて」
不興になったか、鋭い爪を立てて松腱の腕を踏み切り、道に降りて走り去った。
「しかし槐円耳、またウチの親父にお前の親父が怒られるんじゃないか?」
「しゃあないやろ。鍛冶屋が村役人に従うのは、この杏四思村においては道理だ。今年も、鍛冶屋の馬鹿息子が村役人の御曹司を悪い遊びに誘って、洛劇に乱入した、と。それでいいやんか。」
道の脇にまばらに建つあばら家たち。炊煙が上がり、粥の炊ける匂いが二人の鼻腔をくすぐった。
「腹減ったなあ。」
村の奥、高台の上に、木立を従えた少し大きい家がある。これが、村役人の家柄である松腱宅なのだが、ひび割れた石壁も補修できず、ボロの具合は村人と大差はない。
松腱宅の外壁一面が、西日で金色に照らされていた。
槐円耳は意味もなくその場で跳び、ドン、と着地すると、
「よし!各々帰宅し、夕飯をかっこんだら、十八時半、森の舞台に集合や。」
両拳を握りしめて、言い放った。
「諾。洛劇開始の時刻に合わせるんやな。事前調練で闇の中でも活動できるようにしとかないと。」
松腱はもともと赤らんでいる顔を紅潮させ、鼻を膨らませる。
「じゃあ、俺は賞を、槐円耳は昆芒を迎えに行くとしよう。。。あわわ!」
突然、二人の間に、真っ白な中型犬が駆け込んできた。
「ウウウ!ワン!ガオウ!」
いや、犬は二人の間に割って入ったのだが、すぐ首を捻って松腱の方に吠え掛かった。
「痛てっ。やばい、こいつ噛みやがる!」
「腱っ。お前、獣に好かれ過ぎだ。じゃ、あとで!」
袖に食いさがる猛犬に翻弄される朋友を見捨て、槐円耳は夕焼けの田舎道を駈け出す。
西の空は黄金色で、縁辺が薄暗い紫、雲はその二色を混合させて筋となり、幾本も天蓋を走る。
「銅鑼、忘れんなよお」
「ワン!ワン!」
服をびりびりに噛みちぎられている松腱は槐円耳の言に答える余裕はなく、楽しげに松腱を虐める犬の方が、槐円耳の呼びかけに応えた。
山は茜色に染まっていた。
やがて、西の峰々に陽は沈む。その時、小さな村は闇に包まれる。
(早く家で飯を食おう。そして森に行くんや。)
早く、早く。
眞暦1818年10月。
林州の一村は長閑な一日に幕を下ろそうとしていた。
まだ、元気な少年たちはいるが。
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林州




