夜行址細径
「なぜだっ。なぜこうなった?」
姓は税、名は命。
秦州王・穂泉煎の股肱の臣であり、州龍牙代として、四千人大隊を率いる大将であったが、今、彼は混乱の極にある。
「税命様。因州の奴等、橋を燃やしていきましたっ。」
「舟だっ、なんでもいい、漁船でいい。さっさと調達しろ。まず穂泉煎様の分をっ。」
夜陰。眼前には坡州と庇州の州境を成す河水、墳上河が陰鬱に横たわっている。斥候に言われるまでもない。焼け焦げた匂い、水面に浮かぶ夥しい数の真っ黒な木片、三日月の下に、同盟国がした非情な仕打ちは明白であった。
「なぜだ。」
程なくまた、背後から敵襲が有ろう。切迫し、絶望的な状況である。それでも税命はいま起こっている出来事を振り返ろうとした。あまりに突然で、状況を受け入れるにはすべてが急過ぎたのである。
税命は濃い眉を寄せ、眉間に深い皺を刻んだ。
――――――――――――――――――――――――――――
眞暦1807年6月。
税命たち秦州軍は州王・穂泉煎のもとに、坡州東部の大城、坦陸を囲んでいた。攻城側は秦州軍の他、同盟国の因州王美獣や、美獣の援軍である大渤帝国軍も参画し、号して十二万の大軍であった。曇天の下、坦陸城外の黄土を、整然と埋め尽くしている。対する籠城側、坡東豪族の壘渋はすでに劣勢、城内の戦闘員はもはや一万を切っているだろう、とささやかれていた。
「程なく坦陸は落ちますな。」
税命は城壁を遠望しながら、笑っていた。
秦州軍は坦陸城から東に五kmほど離れた岩山、赤處山を中心に陣取っている。此度の戦役で秦州軍の役割は後詰であり、坦陸北東の起伏ある地帯に控えていたのである。渤方軍、因州軍は、城と秦州軍の間に駐屯している。渤方軍はもっとも城に近い平地に、因州軍はその北東三kmの丘陵である皺馬丘に、それぞれ展開していた。
州王の穂泉煎は神経質に口ひげを整えながら、税命の発言に応じた。
「当たり前だ。渤因秦がこれ程の大軍で包囲しとるのだ。それよりも、その後、わが秦州がどうなるかの方が問題よ。」
目の下のクマが、一層青黒さを増している。税命はあわてて笑いを引っ込め、太い眉根を寄せた。
(確かに。あの椅子を造らされて八箇月、我が穂家は、秦州は、どんどん呑み込まれている。)
誰に呑まれているかといえば、因州王・美獣をおいて他に無い。齢五十六の秦州王・穂泉煎にとって、この八箇月の心労は激烈であった。
「それは。あ、しかし、佑聯様がいる限り大丈夫でしょう。」
「ふん。どうだか。今頃、州王座に座って遊んどるのではないか。」
これはいよいよ笑い事ではないな。
税命は咄嗟に周りを見渡した。幸い数人の近衛しかいなかった。
「穂泉煎様。声をお落としください。」
「む。すまぬ。そうじゃな。」
「しかし、ま。お妃にはその様な兆候が見られますか。」
そう問うと、穂泉煎は自嘲気味に笑った。
「情けないのう。美人で若い妃を貰ったと浮かれていた自分が恥ずかしいわ。やはり美獣の妹よ。寝室に刺客を引き込んだも同然だ。」
気づかなかった。
斐界随一の名家であり、家史の長さは皇帝家をはるかに凌駕する因州王美家。昨年十一月に佑聯が穂家へ嫁いで来た時、その姫君にしては腰が低く、家柄を鼻にかけないしとやかな態度が、その意外性の反動もあって秦州では歓迎されたものである。
美獣が穂泉煎の王座の後ろに自分の座席を造らせた際も、新妻は心を砕き、穂家家中で丁寧に兄の行動について説明した。
この十一月に美獣は因州王に就いたばかりだったが、同じ州王の、いや在位歴では段違いに長い秦州王・穂泉煎を組み敷き、監視も始めたのである。
(州王の御心如何ばかりか。)
自尊心を折られ、軍役に曳き廻され、八箇月で穂泉煎の目の下のクマは倍化した。
(しかし。)
五km先の孤城、曇天下の坦陸を見ると別の思いも浮かぶ。こっちで良かった、という感情である。これからあの城は、我が連合軍十二万に蹂躙されるであろう。もし自分が籠城側だったら?と、考えるだけで総毛立つ。
美獣や大渤帝国にくっついていれば、この先も安心なのではないか。
となれば、州王には少々の屈辱は我慢して貰ったが良い。
「この戦いはいつまで続くのかのう。」
すぐにも落城しそうな坦陸の城郭を見やりながら、穂泉煎が小さく呟く。目の下はいよいよどす黒く、税命は堪らず目を逸らした。
「うーん。さすがにここからは十黄旗塔は見えませんな。」
税命は、主君の言葉が聞こえない振りをした。
のち始まった連合軍の軍議は、夜の帳が降りても続き、税命たちが皺馬丘の幕営をめくって、外に出たのは二十時を回った頃であった。
「困士甜は、坤斧の夜襲を迎撃して以来、すっかり一流武将の仲間入りですな。」
騎馬隊長の和群乏が、顔を赤らめて話す。
赤處山に着いた。この時点で二十一時に近い。
「おいおいお前、あんなのが好みか。俺にはあの角ばった顔はまったく受け入れられないが。まあ今夜、愛しの『方鬼娘』が夢に出てくるといいな?」
「へへっ。御言葉に甘えて今夜は就寝致します。それこそ城兵が夜襲をかけて参りましたら、軍議の通りの手筈にて馬蹄にかけますので、叩き起こして下さい。」
「うむ。窮鼠猫を噛む、とも言う。あと、軍議でまた、緊急時退路の確認があったな。」
「東方への退路ですね。地元では址細径というらしく、あまり良い道ではないので他を調べさせてました。ただどれも樵道だったり、かなりの迂回になるので、結局この小径しかないですな。まあ、今の城兵の突撃を受けて連合軍が敗走することはないでしょうから、ここまで心配する必要はないでしょうが。」
「いやいや、調査ご苦労であった。こちらは、夜襲に備え、坦陸城に向けて注意を集中しておく。ゆっくり休みたまえ。」
若いってのはいいなあ、と立ち去る和群乏の背に声をかけると、彼は振り向いて最敬礼で応えた。確か、二十二歳と言っていたか。
「だがわしもまだ、三十五だ。秦州龍牙代としては若い方だな。」
三日月が出ている。
坦陸は黒く、月夜の中に沈んでいた。日に日に城から生気が無くなっていくのが、感じられる。夜目にも皺馬丘の篝火と美獣の旗幟が夥しく、城との対比が両極端だった。
税命は自陣を見回り、夜番の兵卒達にもにこやかに話しかける。坦陸の方向、西南方向へ注意を払うよう言って、自分の宿営に入った。
二十三時。
「詳細不明!皺馬丘陥落!」
税命はうつらうつらしていたが、その報告に飛び起きた。報告というより絶叫であり、眼前の斥候の目が飛び出んばかりだった。
「詳細不明では分からん。それでは斥候の用を足さぬぞ。」
飛び起きた割には、落ち着いた声で斥候をたしなめる。意識して悠然と振舞っているのである。
しかし、そんな余裕はすぐ無くなった。
宿営から出ると、皺馬丘が燃えていた。
西北方2km先の皺馬丘は、全体が火炎で煌々と明るく、美獣の因州軍が南へ押し出され、丘を下っていくのが見えた。壘渋め、わざわざ北側に回り込んで夜襲したか。しかし城については厳重に監視しているから、どんなに小規模な出撃であっても、すぐ気づくはずである。
穣界最強と言われていた因州軍の敗走ぶりを見て、税命は動揺した。
「撤退の準備!下山し東方へ、美獣軍を先導する。だが号令下るまで待機っ。」
この時点では、頼れる因州軍と合しての形勢立て直しも視野に入っていた。
税命は馬を飛ばし、主君のもとに参ずる。穂泉煎はカタカタと歯を鳴らしていた。怖いのだろうか。それは税命も同じだが、さすがに州龍牙代という上位武官としては震えている訳にはいかない。
穂泉煎は税命の撤退の許可申請は二つ返事で承認したが、東方への退路設定には眉をひそめた。
「坦陸から墳上河までは丘陵地帯だが、崖に挟まれた細い一本道だ。危険ではないか。」
「址細径ですな。ですが北の穣河までは、四十km超有ります。支配衰えたりとはいえ、壘渋領を長距離移動するのは危険。これらの作戦は軍議でも再三確認された筈ですぞ。我が陣の方が東に寄っていますから、早く山を下りて渤因軍を墳上河まで先導しましょう。」
篝火に照らされているのに穂泉煎の顔は、青白い。そして力なくうなづいた。
そうしている間にも下山の準備は済んでおり、税命が号令のもと、秦州軍は全隊、陣を払った。二十四時過ぎには赤處山から下山が完了した。
しかしそこには、異常な渤因軍がいた。
赤處山の麓から東へ、なだらかな丘陵が連なっているが、そこを渤因の歩兵たちが尋常ではない速度で移動しているのである。
「走れ!走れぬ者は、おいていくからそこで死ね。嫌なら走れっ。」
三日月の下で燃える皺馬丘を背景に、隊長格とおぼしき人間が何人か、同じように絶叫している。隊列もなく、皆個々にバラバラで、足を引き摺っていたり、手足が無かったり、明らかに負傷している歩兵たちが、隊長格の先導に引き摺られ全速力で走っていた。そして何割かは走れなくなって倒れ、誰にも助けられず、言われた通りにおいて行かれた。片足で跳びながら必死に付いて来ていた兵卒が倒れ、後ろから来た者に勢いよく踏まれている。うああー、と言葉にならぬうめき声をあげながら走る兵も幾人もいた。
(夜襲を受けての敗走だから当然だ。しかし、かの坤斧将軍を撃破した美獣軍がここまで損傷し、そしてここまでの大混乱を来すだろうか。壘渋にそれほどの力が残っていただろうか。まさか坤斧がまだ死んでなかったか?)
税命は、精鋭として名高い渤因軍の惨状が信じられず、茫然と馬上にたたずんでいたが、
「走れっ。すぐ奴等は追って来るぞ。背中を襲われるぞっ。」
と、奔流のように敗走する渤因兵の中で、ひときわ大声を上げながら引率する小柄な武将を見つけた。税命は馬を降りて近習に預け、その武将に走り寄った。
「待たれよ。わしは秦州軍の税命じゃ。貴殿は磐周挿殿ではないか?」
武将は足を緩めず、全速力で走りながら税命を見た。
「ん。税命龍牙代ですか?これは。穎邑ではありがとうございました。」
この現場で咄嗟に丁重な対応をするとは、さすが因州美家の武将だが、その目付きは悪鬼の如く鋭いままで、税命も気圧された。近づいて分かったが、磐周挿は左手を潰されたらしく、肘から下が反対方向に曲がっていた。税命も走りながら問う。
「磐周挿殿。この度は大変なことになった。美獣殿や号炸蹉蹉殿はいかがされた。」
「ご心配、恐縮。二人とも無事で、先に東方へ落ちました。」
「夜襲は、後ろからだったか?北からか?壘渋の軍でしたか。」
「敵は不明。間違いなきは、当軍の大敗。申し訳ないが、ご覧の通りの状況。渤因とも混乱の極にあり。かく言う私も今、問答に応じる余裕なし。」
少し足が遅くなったのに気付いたのだろう、先に東方へ走る同胞たちの背中を確認した。
「今は、我が主、美獣からの撤退作戦指示を遂行中です。失礼ながら、任務に戻らせて頂く。」
磐周挿は再び足を速め、怒涛の敗軍を声を枯らして東方へ追い立てて行った。
秦州も連合軍の一つである。
しかし、今の磐周挿の言葉から、美獣がそう認めていないのが分かった。大渤帝国と因州美家の蜜月の歴史は長く、とても敵わない。それは仕方ないが、といって同盟国である秦州軍に対する配慮が全く無いのは明らかにおかしい。撤退開始にあたっては、秦州軍に使いを派してその旨を伝えなければならない。
税命は首をかしげながら秦州軍を率いていたが、各部隊からの報告で逃亡者が続出している旨が報告される。二kmほど進軍すると、徐々に丘陵の起伏が激しくなり、段丘崖が闇の中、ほの白い岩肌を所々さらしはじめる。渤因の敗兵は秦州軍を差し置いてその波打つ丘陵を次々に超えていく。多くの影法師が、崖に沿って東方の闇へ吸い込まれていく。
馬蹄がしたと思ったら、
「税命様。」
と、騎馬隊長の和群乏が近づいてきた。
「おお。和隊長。騎馬隊の離脱はないか」
「申し訳ありません、一割ほど逃げました。なお、斥候から、皺馬丘の周辺にいる謎の師団が進発する気配との報です。知らせに戻ったのは一人、他の斥候は皆んな殺された模様。」
「ぐぬ。」
「この先、墳上河までは址細径を通りますよね。」
「左様。いま渤因軍が全速力で東の闇に駆け込んで行くから、おそらく中で渋滞しておる。」
「我ら騎馬隊はここに残り、敵勢を迎撃します。龍牙代は先に進んで穂泉煎様を秦州にお届けください。」
「分かった。そうさせて貰う。殿は困難だが、おそらく数は我らの方が多いだろう。撃退できるはずだ。だから和群乏、貴殿も必ず生きて帰ってこいよ。」
「はっ。」
税命はその後、真っ先に隘路に足を踏み入れたが、実際に隘路の入り口から数十mも行けば、渤因兵が詰まっていた。この道は横に一、二人づつしか行軍できない。そして両側は切り立った崖だ。
「穂泉煎様は道に入れたか。そうか。だが、まだわが軍のほとんど外におろう。渤因軍よ、早く進め。早く。」
時刻は1時を回ったか。税命は暗い隘路で馬上、鞍をしこたま拳で殴った。
しばらくして、西から大きな喚声があがった。
ついに、和群乏たち秦州殿軍が襲われたのであろう。
「和群乏、すまぬ。」
ああは言ったが、殿軍は全滅するだろう。あの美獣の本軍を追い落とした奇襲隊だ。おそらく和群乏では勝てまい。
二時近くなってもだらだらと隘路を進軍していたが、頭上でざっ、と気配がした。仰ぎ見ると黒い影が崖上に並んでいた。
「うわああっ。」
人の頭大の石や、松明が無数に降ってきた。
立錐の余地なく渋滞する、崖下の隘路である。
蛇尾の如く伸びきった秦州軍は、突如現れた影の軍団にとっては動かない的でしかない。
輜重はだいぶ赤處山に捨ててきたものの、これからの逃避行に備えて少し引いてきたが、これに松明が延焼し、火の手が上がった。
その直後、崖上の軍団はまたざっと音を立てた。
「火矢だっ。」
税命のそんな叫びはむなしく、秦州兵たちの悲鳴にかき消された。
夜空はにわかに昼間の如く、飛来する数多の火矢で明るくなり、小径は引火した兵たちであふれた。死地にあって秦州の大軍はなすすべなく、ばたばたと数を減らしていく。
址細径の先、東方には渤因の敗軍がまだ詰まっているのだろうか。
そして址細径の入り口、西方ではまだ和群乏たちが謎の夜襲軍と戦っているだろうか。
もはや前後のことは何も分からぬ。ただ阿鼻叫喚の隘路を進むしかない。いつしか火は消え、崖下に転がる死体を踏み越え、税命はようやく址細径を抜けた。
そしてそこに、先行していたはずの渤因軍はすでにおらず、橋が焼き落とされた墳上河が横たわるのみであった。
そして続いて址細径から生還する秦州兵は、ぱらぱらと数少なく、ほとんどが負傷していた。
馬から降りると一息つく間もなく、全身焼けただれた兵卒が一人、税命の前に跪いた。
「和群乏様より伝言。我が殿軍大敗。
敵は、筋骨隆々、狐目の武将が統率、数は二百程度なれど精強なり。
址細径とその周辺の杣道を伝い、早々にお味方を襲撃せん。杣道へ展開せる数は不明。
敵は壘渋でも、培梅でもなく、所属不明。」
言い終わると横倒しに倒れ、絶命した。
ここは、河原に段丘崖が迫り、それ程大きな空間ではない。だが、秦州兵で充満しているわけではない。もはや三百人を切っているかもしれない。いまの伝令のように瀕死の者も多いようで、これから更に人数は減るだろう。
目を転じると、穂泉煎が左右に支えられながら路傍の石に腰を下ろす所だった。黒々とした墳上河を、口を開けて見ている。
「穂泉煎様っ。ご無事でしたか!」
目に光が無い。顔の右半分にやけどを負って口髭は焦げ、右足を二カ所縛る包帯はかなりきつく、赤く染まり、矢傷の深さを物語る。
「あー。あー。」
秦州王穂泉煎は呆けたうめき声を何度も返した。
(駄目になられた。)
精神的に強い打撃を受けており、見たところ回復の見込みは無いように思えた。
踵を返し、河へ向かう。
「なぜだ」
濃い眉を寄せて、思い返してみても、結局肝心なことが分からなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
「舟が見つかりませんっ。」
「どの道、河は渡れぬのだっ。諦めずに探せ。」
絶望的な報告が次々と耳に入ると、右手が自然に自分の槍を取り上げていた。
空色に金装飾、朱の大きな房を垂らした豪奢なもので、夜陰でも見間違えない。
握る手に力が入る。
(州王と違い、私は武将なのだな。)
その時。
址細径から怒涛の馬蹄。
河に迫る断崖の上から、ざっ、と黒い影の音。
そしてそれらがあげる鬨の声。
腹の底に響く大喚声を聞き、
(穂泉煎様は、今の鬨を聞いただけで、心臓を止めたろう)
と感じた。州王が座っているであろう方角は、もう見なかった。
だが武人たる税命は、敵勢に負けぬ雄叫びをあげた。
それも自然に出たものであった。
空から飛来する無数の矢。
暗闇から続々と駆け出てくる悪鬼の如き騎馬兵。
皆、弓手も騎馬兵も黒い影の如く、それが何者なのかは和群乏の言う通り分からない。しかし税命はただ自らの鍛え上げた武術を披露し、一個の武人として活躍した。黒い影に向けて、槍を突出し、回し、叩きつけた。
だが、兵勢の差は歴然、程無く秦州の敗軍が黒い奇襲隊に呑み込まれる時がやってきた。
(三時頃になるかな)
宙空に浮かぶ三日月の位置を見るともなく感じながら、税命の槍筋はようやく鈍り始め、一瞬後にガッキ、と首に衝撃を感じた。
矢が首を貫いたのだった。
「誰だ?誰なんだっ。」
霞む視界に、百八十cm近いがっしりした体格の男が、一本の幟を掲げるのが見えた。
「か。塊?」
ふらつきながら考えたが、分からない。
「塊」と書かれた幟を持つ軍の所属は全く見当がつかなかったが、大勝利を確信して悠然とその幟を河原に突き立てる大柄な鎧武者が一廉の武将であることと、彼らがこの穣界で今後、一方の雄にならんことは明らかに分かった。それが分かったから良しとするか、一瞬そう考えて、どう、と河砂の上に倒れた。
三日月。
税命が見た最後の視界は、きれいな夜空だった。
秦州龍牙代の首は良い手柄となる。夜空が見えたのは一瞬で、直後、真の闇となり、無となった。
*****************************
坡州




