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篇外雑記 1  〜 歴代王朝について(門東家小史)


お世話になっております。作者の適当館剛(てきとうかんつよし)でございます。


これまで当作をご覧下さった皆様、誠にありがとうございます。


本日現在、大陸編を二八作、陸島編を三作、計三十一作の短編を、掲載完了いたしました。


そして、二〇一五年八月二十一日に発表しました大陸編の第二八作「褐剣髯(かっけんぜん)起動」で、一方の雄である塊協半(かいきょうはん)が仲間たちと起ち上がりました。これ、私的には重要な場面、ちょっと一段落、丁度よいので、ここで一息入れさせて頂きたく存じます。


「一息」が、半月か、一ヶ月か分かりませんが、また同じようなペースで本篇の短編アップを再開する積りですので、その際は改めてご覧頂けると幸甚です。



なお。

この間、まったく更新しない訳ではなく、この斐界群史に関する雑記を掲載させて頂きます。


初投稿以来、ひどく独りよがりに、「斐界」という世界の歴史の断片を、書きなぐって参りました。実は、一応、とりあえず、背景のようなものがあります。雑駁な設定や、前史のようなものが、それなりにあるんです。中途半端に長い間、私の中で温めていた世界なので、自分でも忘れるほど、色々な諸々があるのです。これまで、そうしたもののご説明をきちんと致しておりませんでしたので、分かりにくい部分が多々あったかと存じます。大変失礼いたしました。


この機会にそれを、今更ながら、少しお話しできればと考えております。皆様の「なんだこりゃ」「訳分かんね」が、ちょっとでも何とかできたらという思いです。


ただしくどいようですが、私自身、忘れてた設定を思い出しながらの記事ですので、過不足があるかと存じます。そして私自身がお話しするのではなく、作中の人物にお話し頂く趣向でございます。そんなある意味ふざけたシロモノなので、お手すきの際に、冷やかし程度で、笑覧くださいませ。



まず最初のお題は歴代王朝です。


今本篇で描いている時代は大姚(とう)帝国の御世ですが、それまでにも複数の王朝がございました。今回この辺を「狂眼嫂(きょうがんそう)」門東衫(もんとうさん)さんにお話し頂こうと思います。かの「狡玉睨(こうぎょくげい)」妖天(ようてん)の懐刀、主君を超える策士ぶりを見せるお嫂(ねえ)さんです。一応、大姚帝国祭相(さいしょう)でもあらせられます。


それではよろしくお願いいたします。(あれ、ちょっと酒臭いですね)




――――――――――――――――――――――――――――




 キョウガンソウ?

 何?どんな字を書くのよ。「狂眼嫂」?どういう意味。そもそも私、この小説ではどういう描かれ方してるんだい。



>> 「嫋嫋酒家」  2015年8月4日発表

>> 「哄笑無残」  2015年8月18日発表



〜 閲覧中 〜





 何だいこれ、ひどくねえか。

 あたしこんな酔っ払い方しないわよ。そうか狂った眼をした嫂さん、で「狂眼嫂」か。なるほどね、って、ふざけんな。誰だ、言い始めたの。ぶっ殺す。目があっちゃこっちゃイっているような描写だけど、そんなこと出来るわけねえだろが。どんな眼球してんだい。


 しかし文中であたし、「恭流(きょうりゅう)王朝を引っ掻き回してやる」とか、口走っているねえ。これは、いいね。本当まさにその通りなんだ。あたしの生きている意味は、実はここなんだよね。


 そもそも我が門東家が歴史に登場するのは、門東蝕(もんとうしょく)様から。

 前の王朝、誡(かい)の終末に出てきた人で、まあ大姚帝国建国の一番の功労者だね。他の連中を見回してみても、段違いだね。大軍師だよ。


 眞暦(しんれき)1514年というから、えーと、今から282年前か。闔(こう)州の豪族・孟強鏡(もうきょうきょう)に仕える軍人だったんだけど、妖州を乗っ取った女樊(じょはん)公に鞍替えしてさ。その後は女樊公とその四男・女鬼(じょき)公にお仕えして、もう、大活躍よ。その頭のキレから「鬼針(きしん)」なんて言われてさ。長男・女爛(じょらん)にも媼疑(おうぎ)っていう、風采のあがらない謀士が付いていたけどね。結局、天下を獲ったのはこっち、女樊・女鬼・門東蝕の側だった。


 ただ、1530年になあ、ちょっと。

 まあ、それまで侍鶴(じかく)、億鷲(おくしゅう)という両堅城に立て籠もってた樊鬼両公が、この年一気に女爛に対して攻勢に転じるんだけど。えーと。はっきり言ってね。




 女問題よ。



 そう。門東蝕様は、女鬼公の不興を買って、結局首を斬られちゃったの。そりゃ、だめよねえ、主君と女がかち合っちゃったらねえ。侍鶴・億鷲両城は深山幽谷、山奥にあるんだけど、そんな所で主君と参謀が同じ田舎女に手を出すなんてねえ。ツイてないというかねえ。


 そんな感じで、門東蝕様は大姚帝国創生期の首脳でありながら、最期は不遇だったんだけど、それから160年ほど経ったころ、また我が門東家からは傑物が出るんだよね。まあ、乱世が門東家を呼ぶんだろ。


 眞暦1671年、時の女築帝が崩御されるにあたり、妾腹の弟・女恭(じょきょう)を退けて、我が門東叟(もんとうそう)様が皇太子の女歓(じょかん)公を皇帝に就けたのよ。退ける、っていうか追っ払うというか、蹴っ飛ばすというかね。そしたら女恭の奴、泳州漢翰(かんかん)府に独立して女歓帝に戦争吹っかけやがって。それで門東叟様が女歓帝の参謀に付き、対女恭戦で辣腕を振るわれた。

 だけど優位に進めながら、眞暦1682年に門東叟様が病死。この後、結局女恭が女歓帝を弑し、1694年に恭が帝位を簒奪しちまった。腹立つわ。


 御先祖の敵だもん、好きな訳ないでしょ。だから女恭の王統が、嫌いなんだよ。今の皇帝の女懿(じょい)だっけ、あいつも女恭の系統だな。もう、滅茶苦茶にしてやりてえ。


 はあ。すっきりした。じゃあね。

 ああ、酒が切れてきた。(退室)



――――――――――――――――――――――――――――





申し訳ありません。

肝心の歴代王朝の話が、ございませんでした。


門東女史にはよく此度の趣旨を申し上げ、次回改めて機会を頂きとう存じます。次は必ず、題名通りにお話しさせて頂きますので、しばらくお待ちくださいませ。





******************************



大陸全体図


挿絵(By みてみん)



附類平原  ※侍鶴城/億鷲城の位置を掲載しています


挿絵(By みてみん)



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