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第四の魔女フカチ ノ マジョ

その魔女を見た者はいない。

 たくさんの絵が飾られた応接間。そこに、ユナは居ました。

 そこは歴代の魔女の肖像画が飾られています。

 ユナが見ているのは、自分の肖像画でした。

 といっても、それは魔女になった年の、赤子の頃の絵です。

 その絵だけが、唯一ユナの知る己の姿でした。

 ユナが絵を見ていると、床を拭く若い侍女が、ユナの体をすり抜けました。

 一通り掃除を終えて、侍女は文句を言います。

「まったく、こんな所掃除してなんになるわけ。

 魔女には綺麗だろうが、きたなかろうが、関係ないじゃない。

 どうせ、空気みたいなもんなんだし」

 侍女には、ユナの姿が見えません。ユナがここに居ることにも気づけません。

 ユナから、ここに居ることを伝える術もありません。

 ユナは、当たり前のその事実に少しだけ落ち込みました。

「ようやく会えたな、不可知の魔女。

 まったく、こんな内陸に住みやがって。移動が大変だったぞ」

 誰かの声がします。ユナの知らない言葉なので、彼女には理解できません。

 もう一人別の誰かが、その言葉を訳して、ようやくユナは理解しました。

 その声が、自分に掛けられた声だということに。

「えっ……」

 ユナは驚いて、応接間の入り口を見ます。

 そこに二人の魔女が居ました。


 世界に八つある大陸の一つ、オーエン大陸。

 ユナは、オーエン大陸を守る神と契約し、魔女となります。

 オーエン大陸の神が魔女を必要としていた理由は、ただ一つ。自らの力を人間達に示し、信仰を得るためです。

 信仰が無くなれば、神はその力を無くしてしまうからです。

 ユナが授かったのは、力ではなく呪いでした。

 何にも干渉されない代わりに、何にも干渉することができない呪いです。

 誰も彼女の姿が見えず、触れられず、ユナの声や動く音も届きません。

 ユナもまた、誰にも触れることができません。だから、ユナは常に孤独です。

 最初は、呪いではなく力でした。

 オーエン大陸の魔女は、不可知の力を自由に操ることができたのです。

 魔女が望めば、誰でも魔女の姿が見えるし、喋れるし、触れることができたのです。

 それが呪いになったのは、ユナの何代も前の魔女が殺されかけたことによります。

 以来オーエン大陸の神は魔女の死を極端に恐れ、魔女に常に力を行使することを強いました。

 そうすれば、魔女が殺されることはありません。オーエン大陸の神は、その力と大陸を永久に守ることが出来ます。

 こうしてオーエン大陸の魔女は、不可知の魔女となったのです。

 唯一の慈悲は、他人を知る前に魔女にするということ。

 他人を知ってから魔女になったのでは、きっと幸せだった頃の記憶に押しつぶされてしまうに違いないですから。

 初めから孤独であれば、孤独が辛いということを感じることもないのです。


 オーエン大陸、魔女の屋敷の応接間。

 ユナの前に二人の魔女が居ました。

 二人はそれぞれ、イザベル、クロエと名乗ります。

 彼女達の前には、淹れたてのコーヒーが置かれていました。

 かなり上等な豆を使って、山から引いた水を使った美味しいコーヒーです。

 置かれているお菓子もこの辺りで一番高価なものとなります。侍女が、二人の魔女の機嫌を損ねぬようにした結果です。

「貴方方は――」

 私の姿が見えるのですか、ユナのその言葉をクロエが遮ります。

 クロエは、お菓子を豪快かつ美味しそうに頬張りながら、言います。

「貴様は、どうせ今頃自分の居場所がばれたのを驚いているんだろう。

 教えてやろう。俺は、探知の魔女だ。

 貴様も一応体はあるからな。居場所はすぐに察知できる。

 動作も多少は分かるから、返事は頷くか首を振るかでしろ」

 クロエの言葉をイザベルは、訳します。

 よく見ると、イザベルの視線が明らかにユナから外れています。

 クロエだけが、正確にユナの居る場所を見ていました。

 ユナは、初めて他人とコミュニケーションをとります。

 その嬉しさに、涙が一筋頬を伝いました。

 クロエはそれに気付かず、本題へと入ります。

 イザベルは時折お菓子を食べながら、通訳に徹します。

「実は、少々面倒くさいことになっていてな。貴様は、オブリビオン大陸の魔女を知っているか?」

 ユナは、首を横に振ります。

 クロエはそれを確認して、説明します。その内容は、以下のようなものでした。

 オブリビオン大陸の魔女、通称殺戮の魔女が、現在殺戮を繰り返しています。

 その被害が自分達に及ばないよう、クロエは殺戮の魔女を止めるために動いているのです。

 クロエは、イザベルとアレッシオと同盟を組んで、三人で殺戮の魔女を倒そうとしていました。

 ちなみにアレッシオは、オブリビオン大陸の魔女と戦うための準備をしていて、近場の宿屋に居ます。

「問題は、戦いが終わった後にある。どちらが生き残っていてもそいつは俺の敵になる危険性が高い。

 俺さえ死ねば、このオーエン大陸以外の全ての大陸を手に入れることが出来るからな。

 世界征服できるのは、中々魅力的だろう」

 ユナにはその魅力が分かりませんが、過去にユナの先代が殺されかけた事を考えると、それに魅力を感じる人間が居てもおかしくありません。

「アレッシオは、そんな事しないわよ」

 イザベルが口を尖らせます。ユナは、イザベルの言葉を理解できませんでした。

 唯一理解したクロエはというと、イザベルを無視して続けます。

「残念ながら、俺は戦いには弱くてな。出来ることは、逃げることだけだ。

 それでは心許ない。そこで、俺は身の安全を確保したくてここに来た」

 そう言うと、クロエは右手を伸ばし、人差し指を立てました。

「俺は貴様と契約をしたい。昔からある魔女同士の契約で、内容はこうだ。

 その一、仮に貴様が俺を殺しても、大陸の所有権は探知の魔女のものとする。逆もまた同様とする」

 続けて、中指を立てます。

「その二、俺が死亡した場合、俺が持つディスカバリー大陸は、貴様のものとなる。

 これは他の魔女に殺された場合、老衰、どちらも含む。

 逆に貴様が死んだ場合は、俺がこの大陸を頂く」

 クロエは腕を下ろします。

「したがって、二人ともが死なない限り、二人の領地は第三者に奪われることはない。

 通常は第三の魔女をけしかけられて、領地を奪われる可能性があるが、俺達の場合その心配はない。

 貴様が不可知である限りお互いそれは出来んし、俺としては万一死んでも貴様が領地を荒らす心配はないから、安心できる。

 おまけに、俺は命を狙われる理由がなくなる。

 貴様としては、得することはあっても損はしないはずだ。

 どうだろう」

 ユナは即答します。思い切り首を横に振りました。

 つまり答えは、いいえ、です。

「な、なんでだ! 何が不満なんだ!」

 クロエが立ち上がり叫びます。

 ユナは、どう伝えるべきか悩みました。言葉を発してもクロエにはそれが聞こえないのですから。

「筆談してみたら?」

 イザベルがクロエに提案します。クロエは怪訝な顔をしました。

「ユナが指文字を書いて、クロエがその動きをなぞって、あたしがその文字を訳す」

「回りくどいな、それ」

 そう言いながらも、クロエはその提案に乗ります。

 イザベルは、ユナに指文字で断った理由を書くように言います。ユナは言われるがまま、文字を書きます。

 クロエはぎこちないながらもその動きを再現し、イザベルにユナの意思を伝えました。

「探知の魔女が居なくなったら、不可知の魔女は独りになってしまう。

 だから、私はその提案を飲めません……だってさ」

 それを聞いたクロエは、こう提案します。

「ならば、俺かお前が老衰で死ぬ場合に限り、死ぬ前に契約を解こう。

 魔女に殺された場合は、ディスカバリー大陸を貴様に譲る。

 これなら、俺が魔女に殺される可能性が減りつつ、かつ探知の魔女が未来永劫在り続ける可能性が高くなる。もう文句はないだろう」

 クロエは不敵に笑いました。

「はい」

 ユナは笑顔で頷きます。そして、二人は契約を交わしました。

「よし、じゃあ帰るか」

 クロエは用事を終えると、そそくさと帰ります。ユナは黙って、その後ろを付いて行きました。

 クロエはそんなユナに気づき、

「って、なんで付いてくるんだ」

 軽く振りかえり言いました。イザベルはそれを訳さず、

「いいじゃない。四人の方が楽しいわよ、きっと」

「四人たってこいつは……まぁ、いいか」

 クロエが、ユナに微笑みます。ユナもそれに微笑み返しました。

 こうして、ユナはクロエと共に旅立ちます。

 もうユナは独りではありません。

 探知の魔女が、不可知の魔女を知る限り。

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