【Scene03:夜風と覚悟】
任務の時間が近づき、空は夜の色をさらに深めていた。
**The Echo(記憶の残響)**の裏手、出撃口へ続く通路。人の気配のないベンチに、ウィステリアは腰を下ろしていた。
毒針を仕込んだ指輪を弄びながら、足元に落ちた影へ視線を落とす。風が吹き、髪が小さく揺れた。
その横に、ばたばたと足音が近づく。
「姉さん!準備できたよ!」
ヨルが息を切らせて駆けてきた。
「装備、確認した。爆薬も持った。あと、クロノに言われた注意事項も──」
「……うるさい。全部確認してから来い」
ぴしゃりと冷たく返すウィステリア。
それでもヨルは立ち止まらない。
「俺、ほんとに、今回ちゃんとやるから」
「……」
「この前、姉さんが言ったろ?“覚悟が足りない”って。……だから、ちゃんと持ってくる」
ウィステリアはようやく視線を上げ、彼の瞳を見つめた。
「殺す覚悟なんて、簡単にできるもんじゃない」
「でも……姉さんの隣、歩くには必要だろ?」
しばらくの沈黙。
ウィステリアは、ふっと鼻で笑った。
「──だったら、ちゃんと生き残れ」
「……うん!」
ウィステリアはゆっくりと立ち上がる。
「行くぞ。……“足を引っ張ったら、殺す”」
「…怖いこと言うなぁ。」
「言わなきゃ、お前が気ぃ抜くからだ」
ふたりの背は並び、夜へと溶けていく。
その背中にはまだ、不安と未熟が混ざっていた。けれど、それでもきっと。
ウィステリアは“弟”を信じたふりをし、ヨルは“姉”に追いつこうとしていた。




