【Scene02:不貞腐れの毒】
**The Echo(記憶の残響)**のロビー。
高い天井からステンドグラスの淡い橙が落ち、壁の情報モニターと拠点マップだけが静かに灯っている。火薬と甘い茶葉、タバコの匂いがうっすら混ざり、任務前の空気はいつもの“家”の温度だった。
「──任務の前に茶でも淹れようと思ってたんだけど」
ぼやきながら入ってきたレインの耳に、テーブルの上でカチ、カチ、と何かを打つ音が届く。
ローテーブルに片肘をついたウィステリアが、指に仕込んだ毒針でハンドナイフ・トリックを繰り返していた。
──トントントントン……
トントントントントン……
「……またやってる」
レインが眉をひそめたちょうどそのとき、カップを持ったクロノが入ってきて固まる。
「…いや、……普通にやばいだろ、それ」
「中毒起こしたらどうすんだよ……てかその毒、買ったばっかりのやつじゃ──」
背後から顔を出したヨルが小声でぼそっと呟き、レインは顔をしかめる。
ウィステリアはまるで気にせず、指の間を正確に抜いていく。
「……暇すぎる。どうせ任務まで時間あるし、練習。」
「いや、その“練習”の内容が問題なんだけどぉ!?」
「……ちょっとでもズレたら毒が指に刺さるよな。」
「クロノ、煽るな!」
ウィステリアは針をくるりと回し、ピタリと止めると、テーブルに立てたまま煙を吐いた。
「ほら、任務って言われたら血の巡りよくしておかないとさ……」
三人に沈黙が下りる。
「……せめて“普通のナイフ”から練習して欲しいんだけど?」
「……それ毒抜いてから言ってくれ。」
「……姉さんって、かっこいいけど、こわい……」
ほぼ同時に、レインが呆れながら問いかけ、クロノは諦めたように呟き、そしてヨルは怪物を見るような瞳でウィステリアを見つめた。
ウィステリアは毒針を指でくるくる回しながら、ふてくされたようにテーブルに背を預ける。
「……ヨル」
唐突に名前を呼ばれて、ヨルがビクッと反応する。
「え、なに、俺、今なんもしてな──」
「任務、一緒に行くってさ。グレイヴの命令」
「……あ、まじ?」
一瞬うれしそうに見えたヨルの顔が、ウィステリアの目線ひとつで凍りつく。
「ちょっと待って。なんで今、めっちゃ“嫌そう”だった?」
「“殺せない”あんたを連れてくの、正直荷が重い」
「ひどくない!? やる気はあるもん!」
「やる気で敵は打てない。少なくとも、今のあんたには“覚悟”が足りない」
ヨルが口を開きかけたそのとき、クロノがぼそっと呟く。
「まあ……その言葉を、毒針の手入れしながら言うあたりがウィステリアだな」
「いや、ほんとにな!!?」
レインが笑いながら茶を淹れに立つ中、ヨルはもはや涙目で叫んだ。
「……頑張るから……捨てないでよぉ……!」
ウィステリアは目を逸らし、わざとらしくため息を吐いた。
「……まったく、めんどくせぇ弟だな」
でも、その声はどこか、ちゃんと“連れて行く覚悟”を乗せていた。




