負け犬じゃねぇ
――死んだ。
そう確信し。
目を思いっきりつぶっていた。
だが、その時はいつまで経っても来ない。
そっと目を開けると目の前には大きな背中が見えた。
衣服は避け、露出した肌は汚れている。
鍛え上げられた広背筋が盛り上がっている。
ヒューイを守るようにして立っている人間、それはアキラだった。
アキラはレジュラのパンチを両手で受け止めていた。
「ほう? まだ動けるか」
感嘆の中に驚きがあった。
レジュラは僅かに笑みを浮かべるが、大してアキラは鉄面皮を貫く。
ヒューイは彼の横顔を見て、思う。
余裕がない。
アキラのこんな顔は初めて見た。
庇って貰ったという事実から、ヒューイは己の情けなさを呪う。
せめて邪魔をしないようにしないといけない。
そう思ったヒューイはすぐさまその場から離れた。
レジュラが力任せに腕を押す。
アキラは両手でレジュラの拳を抑えている。
だというのにアキラは押し負けていた。
そのまま弾かれて、アキラは僅かに後ずさる。
レジュラは姿勢を正し、アキラを見下ろす。
「鍛え上げられた肉体、見せる技術の片鱗、折れない心。
積み上げられた自信。恐れを見せない精神力。素晴らしい逸材だ。
若くして達人を超えた領域にいる。さながら磨き上げられたダイヤモンド。
だが、その程度だ。俺には届かない。足りない。圧倒的に足りない。
貴様には……飢えが足りない!」
レジュラが拳を握る。
ミシミシと骨がきしむ音が聞こえる。
彼の肉体には無駄な脂肪はなく、一切の甘えはない。
鍛え続け、戦い続け、勝ち続けた男の肉体だった。
「俺は常に飢えている。欲しい。何もかもが。
美味い食事、いい女、強い肉体、強い敵に勝つこと、王の地位。
そのすべては俺のものだ。常に欲し、常に求め、常に手にし続けた。
俺に、貴様が勝てるはずがない。
何もないことが当たり前だったからこそ、俺は飢え続けている。
貴様は、どうだ? わかるぞ。貴様は、大して不幸な生まれではないことがな!」
レジュラの雄叫びにアキラは顔を上げる。
全身に汗がにじんでいる。
打撲跡もあり、確実にダメージを負っていることがわかった。
「足りない、足りない、足りなぁぁぁいっ! 貴様では足りん!
もっと、もっとだ! もっと欲しい、もっと!」
「欲しい欲しいって、ガキみたいにうるせぇ奴だな」
アキラは冷静さを保ったまま、構える。
半身のまま両手をかざした構えがアキラのスタンダードな型だった。
だが今度は姿勢を変える。
片足を上げて、両拳を軽く握り、正面に向ける。
ムエタイのような構えに近いが、それ以上に足の位置が高い。
「来いよ。吐くくらい食らわせてやるよ」
「……いいだろう。この期に及びその胆力は見事。手加減なく殺してやろう」
レジュラはボクサーのように腋を締め、片手を顎近く、もう片方を正面に突き出す。
身体を上下に揺さぶり、そのままアキラに向かいステップ。
ジャブに見せた、左ストレート。
アキラの顔に向けて剛腕がうなる。
あんなものが当たれば人間の顔は吹き飛んでしまう。
その危機から、ヒューイは思わず叫んでいた。
「アキラさんっ!」
金属が擦過したような音。
共に情景が止まる。
アキラが死んでしまう。
そう思ったヒューイの考えは即座に翻る。
「なに……?」
ここまで動揺の欠片もなかったレジュラ。
彼の眉間に一本の皺が走る。
レジュラは左腕を開き、拳を弾かれたような姿勢になっていた。
対して。
アキラは何をしたのか。
彼は構えを維持している。
ヒューイには何が起こったのか見えなかった。
舌打ちをしつつ、レジュラは再び拳を繰り出す。
ガンと重い音と共に、再びレジュラの拳は跳ねる。
何度しても同じだった。
「な、何をしてるの?」
「一体、なにが? レジュラ様の攻撃が当たっていない?」
「あの男、何かしているの?」
女達の間に動揺が走る。
あまりの速度に誰も状況を理解していない。
レジュラは拳を繰り出す。
だが弾かれる。それが繰り返される。
その光景を数度見て、ようやくヒューイは現状を理解した。
アキラが何をしたのかを。
「こ、拳を蹴ってるぅぅっぅっ!?」
思わず叫んでしまった。
あまりに無茶苦茶な行動に、混乱してしまう。
恐らく、レジュラの膂力に対抗するために足を使ったのだろうが、その単純な思考を可能にさせる身体能力が異常だ。
腕より足の方が筋力が上だ。三倍近くの差があるとすれば、レジュラがいかに過剰な腕力を持とうが対応ができる。
しかし手と足ではあらゆる要素が違う。
足は地から離すという前提なので、転倒の危険性が高まる。
当然、腕の方が攻撃する速度は上だ。
蹴るには腰の回転、或いは体重移動が必要になるからだ。
駆動域を少しでも減らすために、アキラは足を上げるような構えを取ったということ。
当然、だからといって拳を蹴るなんて不可能だ。
拳は縦横無尽に攻撃ができるか、蹴りで拳を払うには軌道が制限される。
速度や軌道の不利がある。
だというのに、アキラはレジュラの手技をいなしている。
動体視力、胆力、脚力、柔軟性、そして予測力が必要になる。
常人にも達人にも不可能な動きだ。
相手は全世界人類上最強の人間であるのならば、なおのこと。
この男、尋常ではない。
「き、さま……ッ!」
レジュラに強い感情が生まれる。
それは怒り。
翻弄されているという事実が、王に不満を抱かせる。
しかしレジュラは、足技を使えないわけではない。
対処し、蹴りを出せばこう着状態は終わりを告げる。
だが。
それを王は許さない。
もし足技を出せば、逃げたことになる。
最強の最強であるはずなのに、突然やってきた男に負けることになる。
それではだめだ。
レジュラはむきになり、拳を振るい続ける。
共に鍛錬に次ぐ鍛錬により、体力は有り余っている。
故に疲労はまったくない。
速度は上がり、苛烈になる。
「ほら、どうした最強。もっと速度を上げろ」
「調子に乗るな、雑魚がっ!」
アキラの挑発に冷静さを欠いたレジュラは、憤りつつも腕を伸ばす。
激情を抱きつつも、さすがは最強。
攻撃のバリエーションは多い。
大ぶりの攻撃は一切なく、一つ一つの攻撃が即死級。
後方にいるヒューイに拳圧が届くほど。
空気がうなり、触れてもいないのに、周囲の壁や柱が削れ始める。
衝撃波。
それが生まれ始める。
しかし、アキラの表情は変わらない。
命を刈り取る攻防の中。
変化が起きる。
「こ、の、野郎、がっッ!」
アキラは、レジュラの攻撃を落とすだけだった。しかし次第に防御から攻撃へと転身。
速度は上がり、とどまることを知らず、蹴りはレジュラを襲う。
そして。
今度はレジュラが防御を余儀なくされる。
「ちっ!」
舌打ちと共に、上半身を揺さぶり、アキラの蹴りを避けるレジュラ。
だが、それも困難になっていく。
速度は尚も上がる。
ヒューイは何とかそれぞれの動向を視界に収めていたが、女達はすでに理解できていない。
「ほら、もっと上げるぜ」
息切れもなく、簡単にアキラは言う。
轟音、豪風の中、アキラの足だけが可視化できなくなる。
早い。早すぎる。
視界にとらえられない。
ヒューイは言葉を失う。
思考が止まった。
追いつめられたレジュラがついに、蹴り技を放った。
アキラの上段蹴りを掻い潜ると、かち上げる。
後ろ回し蹴りを放ったのだ。
が。
アキラは軽々とその蹴りを避け、瞬時にレジュラの右方へ移動。
「な」
呆気にとられたレジュラの顔面に向かい。
思いっきり握った拳を。
放つ。
ガアアアアアアアアアア!
それは獣の咆哮かそれとも打撃音かわからない。
聞いたことのない音声と共に、レジュラは拭き飛んだ。
地面をゴロゴロと転がり、二度三度跳ねて、壁にぶつかると、跳ね返る。
そのまま正面に倒れ、さらに転がるとようやく止まった。
が。
レジュラは即座に起き上がる。
足取りは軽快ではないが、まだ動ける。
その反射的な、いや動物的な行動にも、アキラはすぐに対応する。
吹き飛んだレジュラを追うように疾走していたのだ。
必然、起きたレジュラの正面にアキラは到達。
「よう」
軽口と共にアキラの頭突きがレジュラの額に落ちる。
レジュラの頭が床に突き刺さった。
あまりの衝撃に下半身が上空へと跳ねる。
そのまま前方へ一回転したが、レジュラは反射的に両手で地面を掴む。
逆立ち状態から飛び上がり、前方宙返りしつつアキラへ腕を伸ばす。
無駄。
無為だ。
その行動をアキラは無慈悲に対処。
レジュラの腕を掴むと、強引に引っ張り、後方へと放り投げる。
空中で態勢を整えたレジュラは、歯噛みしつつアキラをにらむ。
レジュラの全身からは血が溢れだしている。
アキラの猛攻は続く。
レジュラが床に着地したと同時に、跳躍。
だがその跳躍は地面すれすれに留まり、即座に落ち、床を滑った。
裏拳で床を殴ると、アキラの身体は寝そべったまま横方向に回転する。
空中で回転しつつ蹴りを放つ。
その回数、なんと十二回。
常人の域を軽く凌駕した連続蹴り。
その半分をしのぎ、半分を受けたレジュラは、地面に倒れ込む。
踵が彼を襲うが、それを本能的に避けた。
「アギィラアアアアァアァーーーーーーーーッッ!!!」
激昂したレジュラは大ぶりの攻撃。
当たるはずもなくアキラは華麗に避ける。
レジュラが繰り出した拳をギリギリで避ける。
だが、アキラの足がぐらつく。
その瞬間を見逃すはずもなく、レジュラは会心の右ストレートを放った。
直撃した。
だが。
アキラはレジュラの拳を片手で受け止めていた。
「な、んだと……き、貴様、ま、まさか」
アキラは嘆息する。
悲しげに目を伏せ。
そして言った。
「手加減。してたって気づかなかったか?」
レジュラは呆然とする。
レジュラはわなわなと震える。
レジュラは顔を紅潮させる。
レジュラは咆哮した。
「ブッコロゥゥウスゥゥウゥウゥッッーーー!!」
力任せに押し返そうとするレジュラだったが、アキラはその場から動かない。
体躯の差は歴然。
圧倒的にレジュラに有利だというのに。
アキラを動かすことさえレジュラにはできない。
「やめてくれ……これ以上、落胆したくねぇ」
アキラは憐憫の視線をレジュラに向ける。
そして。
全身の力を抜き、膝を曲げ、姿勢を低くする。
と、レジュラの懐に入る。
トン。
アキラの拳がレジュラの腹部に触れる。
瞬間。
「ガアアアアッ!!!?」
レジュラの巨体が吹き飛んだ。
静寂。
しばらくの合間を経て、レジュラの身体は地面に落ちる。
彼はまったく動かない。
レジュラの腹部分には拳の跡が残っていた。
しかし彼はまだ動く。
痙攣しながらも、立ち上がろうとしていた。
だが膝は立たず。
そのまま跪くことしかできない。
アキラはレジュラに近づく。
レジュラは咆哮する。
気合いのままに立ち上がると、拳を突き出す。
が。
そんな攻撃がアキラに当たるはずもなく。
華麗に回避されてしまう。
流れるようにアキラのパンチがレジュラの顔面に埋まる。
「ぶあっ!」
のけ反ったレジュラは、態勢を整えることもなく。
そのまま。
後方へ倒れ込んだ。
息を荒げ、立ち上がろうとするが身体は動かない。
アキラはそんなレジュラを見て、一言放つ。
「あんたの負けだ」
そんな端的な言葉に、レジュラの気勢は削がれた。
互いの間には大きな溝がある。
アキラには勝てない。
そう、レジュラは気づいてしまったのだ。
立ち上がる気力は失われ、大の字になって天井を見上げるレジュラ。
その心には、なぜか飢えはなかった。
だが疑問は浮かぶ。
「なぜだ……俺以上に飢えている人間などいない。なのに、どうして俺は、負けた……?」
アキラはレジュラの疑問に対して、目を伏せる。
「確かに俺はあんたの言うように大して不幸な生まれじゃねぇ。
まあ、せいぜい家族がいない程度だ。食い物に困るような生活でもなかったしな。
国も、かなり安全なところだった。あんたの方が飢えてただろうよ」
「ならば、なぜ……俺の方が飢え、鍛錬を続け、勝ち続けた! 格も上のはずだ」
「しいて言うなら、純粋さ、だな」
アキラの言葉にレジュラは眉をピクリと動かす。
「純粋さ、だと?」
「あんたは欲しがり過ぎた。飢えすぎたが故に、あらゆる欲求を満たそうとした。
手ごろなもんで渇きを癒しちまってたんだ。食欲、性欲、征服欲、名誉欲、エトセトラ。
あんたはすべてに中途半端だった。俺は強さだけを求めた。その差だろうさ」
食欲はあるがそれも強さの為ではある。
もしも食事をしない方が強くなれるならば、アキラは何も食べはしないだろう。
「……強さのみを……求めた……」
「そうだ。俺はただの平和な国に生まれた、ただの人間だよ。
ただ、強さに魅入られただけの、な」
レジュラは天井を見上げた。
その瞳には負の感情はなかった。
ただ。
笑った。
「かかかっ、ははっ、そうか、純粋さ、か。俺は、求めすぎたのか」
「本当に欲しいものがあるなら他のもんに気を取られちゃならねぇ。
女でも、物でも、力でも、何でも、そうだろ?」
「……そうか。そうかもしれんな」
レジュラは震えながらゆっくりと上半身を起こし、視線でアキラを射抜いた。
懐から何かを取り出すと、アキラに向かい差し出す。
「上層への鍵だ。おまえにやろう。そのためにここに来たんだろう?」
アキラはごちゃごちゃした装飾が施された鍵を手に取った。
「俺はここの門番、みたいなもんだ。上層……『超人域』に行こうとする馬鹿を止めるためのストッパーでもある」
「超人域、ね」
「一位になれば上層へ行ける。俺もその資格はあった。
だが、俺はここに留まることを決めた。アキラ、この先はおまえの想像以上の世界だ。
はっきり言おう。俺達が何をしても抗えない理不尽しかそこにはない」
レジュラは真剣なまなざしをアキラに向けた。
そこに悪意はなかった。
が。
「いいね、その方が燃える」
アキラは嬉しそうに笑う。
レジュラは嘆息するだけだった。
「止めても、無駄なようだな。だが、気をつけろ。ここまでとは次元が違う。
気を抜けば、一瞬で死ぬぞ」
「その忠告だけは受け取っておく。だけどよ、ここに留まるつもりはないぜ」
「……そうか。おまえは、そういう男なんだな」
レジュラの目には明確な羨望が浮かんだ。
アキラはレジュラに背を向け、肩手を上げる。
「精々、馬鹿な奴の引き留め役を続けてくれ。お人よし。さっきのも殺意がなかったぜ。演技の勉強くらいしとけ」
アキラが言うと、レジュラは鼻を鳴らす。
アキラは衣服についた埃を払い、身なりを整え、ヒューイの下へ戻った。
「何してんだ。終わったぜ」
「え? あ、は、はい」
呆然としていたヒューイは大荷物を抱えて起き上がる。
まるで何事もなかったかのようにアキラはすたすたと部屋の奥へと進んだ。
部屋の隅にいた女達は怯えていた。
しかし一人の女が、アキラ達に向かい叫んだ。
「そ、それ以上、進むのはやめた方がいいわ」
化粧の濃い美人だった。
二十代中盤くらいの年齢だろう。
肉体には無駄な脂肪はなく、鍛え上げられていることはわかった。
アキラは女を一瞥する。
「おまえに言われる筋合いはねぇな」
「あ、あんたじゃない。そ、そっちの子に言ってるの!」
指差されたヒューイは驚きに目を見開く。
「ぼ、僕……?」
「あんた、わかってるの? この先、そこの男以上の化け物が出てくるのよ。
あ、あたしも大して知らないけど……でも、レジュラ様でも躊躇した場所なのに、弱いあんたが行けば、必ず死ぬわ。
それをわかってるの? それとも、そこの男に守ってもらうつもり?
今まではそれでうまくいっても、ここからは違う。やめておきなさい」
それは女の忠告であり、親切心でもあった。
上層へ行けば、レジュラ以上の化け物がうようよといる。
それを知っているから止めた。
アキラならば、もしかしたら、という思いがその場にいる全員が思っていた。
だがヒューイにその力がない。
正論だった。
ヒューイは言葉に詰まる。
ヒューイはアキラを見上げる。
返ってきたものは、問いかけるような視線だけだった。
何を今さら。決まっている。
もう覚悟はできているのだ。
「ぼ、僕は……」
その時、ヒューイは気づいた。
あれだけの激戦の後なのに、アキラは涼しい顔をしている。
攻撃を何度も喰らったはず。
だが、終わってみれば楽勝で、傷もほとんどない。
汗もすでに引いており。
まるで。
軽くトレーニングをしたような。
アキラにとってはその程度のことだったのか。
その事実に気づくと、ヒューイの全身に鳥肌が立った。
この人は一体どこまで強いのか。
本当に人間なのか。
ヒューイは自分の感情がわからなかった。
高揚しているのか。
怯えているのか。
それとも憧れたのか。
何かはわからないが。
ヒューイはただ、こう思った。
この人のそばを離れてはいけない。
それは虎の威を借る狐のような心情ではなかった。
離れれば必ず後悔する。
この最強の男の人生を、見守ること。
それが自分にとってどれほどに大きな事柄なのか。
それを強く理解したのだ。
「僕は何があってもアキラさんと一緒にいる。そう決めたんだ」
「死ぬとわかっていても?」
「決めたから。だから、もう逃げない……逃げたくないんだ。
僕は弱い。弱いけど、逃げたらただの負け犬になるから」
女の問いに、ヒューイは即答する。
その覚悟を見た女は、嘆息し。
「そう……」
それだけを零して、沈黙した。
アキラは部屋の奥に進む。
ヒューイは女に一礼すると、アキラの背中を追った。
「あだっ!」
突然アキラが足を止めたせいで、ヒューイは岩のような背中に鼻をぶつける。
ヒューイは鼻をさすりつつアキラを見上げた。
すると、がしっと頭を掴まれた。
ヒューイは驚きながらアキラを見つめる。
「おまえは弱い」
「うっ、い、言われなくてもわかってますよぉ」
「だけどよ、もう負け犬じゃねぇ」
ガシガシと頭を撫でると、アキラは再び正面に向き直った。
その背中を見て。
なんだろう。
どうしてか。
とてつもなく、泣きたくなってきた。
鼻頭が熱いのは、きっと鼻を打ったせいだけじゃない。
ヒューイは俯いて、感情を誤魔化す。
こんな顔をアキラに見せたくはなかった。
だから俯いて、地面だけを見て、足を動かした。
アキラが進んだ先、部屋の奥には黒い扉があった。
それは異世界へ転移した時と同じような扉。
アキラは鍵を開けると逡巡もなく、扉を通った。
彼の背をヒューイは追う。
目的は違う。
だが、互いに迷いはなかった。
●ランキング
滞在域 :人域
滞在域序列 :1位
総合序列 :329,775位
モガミアキラ。
たった数日で全世界人類史上最強の人間となる。