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敗北

 白。

 白一色。

 その場所に、足を踏み入れると、後方の扉は消えた。


「な、なに、この場所」


 動揺するヒューイと、心の乱れなく周囲を見渡すアキラ。

 正面、奥の方に何かが見える。


「子供みたいだな」

「え? み、見えるんですか?」

「ああ。女の子供だ。遠くにいる。本を読んでるみたいだぜ」


 アキラに言われて見てみるが、点にしか見えない。

 ヒューイが首を傾げる中、アキラはさっさと先を進んだ。

 白い空間、道もなく、ただその場所があるだけ。

 点に向かい、二人は進む。

 次第に、点が大きくなる。

 すると、なるほど、確かに人のようだとヒューイは理解する。

 さらに近づく。

 すると、なるほど、確かに少女のようだとヒューイは感心する。

 さらに近づく。

 すると、なるほど、確かに少女は本を読んでいるようだとヒューイは認識する。

 少女はややパンクな恰好をしており、ミニスカートから伸びる足をぶらぶらと動かしている。

 椅子に座り、本を読んでいるようだ。

 彼女の正面に丸テーブルが一つ。その上には、本が何冊も積み上げられている。

 何冊も、という表現は曖昧だった。

 百冊ほどだ。おかげで遥か上空まで本が積まれている。

 どうやって積み重ねたのか、どうやって取るつもりなのか、という疑問がヒューイの脳裏をよぎる。


 さらに近づく。

 少女の顔が見える。彼女はどうやらかなり整った顔立ちをしているようだった。

 精緻を極めた人形のような、そんな神がかった精巧さがあった。

 先を進むアキラに続き、ヒューイは更に少女に近づく。

 彼女との距離が十メートルほどに縮まった時、変化は起きた。

 ヒューイは首を傾げようとしたが、動かなかった。

 首だけではなく、体中がまったく動かなくなっていたのだ。

 不思議に思い、力任せに四肢を振る。

 が、動かない。

 それはアキラも同じようで、身体が震えている。

 強引に動こうとしても身体は拘束されている。

 何に?

 ヒューイは正面に座る少女に視線を移した。

 彼女は、いつの間にか、こちらを横目で見ていた。


「てめぇが何かしてんだな?」


 アキラが不快そうに言った。

 ヒューイはまだ状況が呑み込めない。 

 なぜなら少女は椅子から動いていないし、ただ本を読んでいるだけだ。

 彼女が何かしているようには見えなかった。

 だが、少女は少し驚きながら本を閉じると、アキラ達と向き合うように体勢を変える。


「へぇ、話せるんだ?」


 少女の言葉に、疑問を持ったヒューイは口を開こうとした。

 だが、動かない。

 そうか。体が動かないのだから、口も動かないのも当然じゃないか。

 しかし、アキラは喋っていた。


「で? こりゃなんだ?」


 アキラは普通に会話をする。

 明らかに何かされている状況なのに、余裕がある態度だった。

 それが少女の不快感を促したようだった。

 彼女は眉根を寄せ、目を細めた。


「見たところ、近代科学程度の文明レベルの世界から来たみたいね。

 だったら教えてあげる。ミアは寛大だからね。

 簡単に言えば超能力よ。テレキネシス、念動力、聞いたことない?」

「……サイキッカーって奴か」


 アキラは驚きもなく、平然と回答する。

 正解と言いたげに、ミアと名乗った少女は頷いた。


「そゆこと。あたしはここの門番。

 で、定番だけど、ここを通りたければあたしを倒さないとダメよ。

 最近だと、無駄にでかいおっさんが来た時も同じように言ったはずだけど?」


 ヒューイはすぐに誰のことか思い当った。

 レジュラだ。

 彼がここに来た時、ミアと出会っていたのか?

 では同じように、超能力を見た?

 レジュラは超人域に行くべきではないと忠告していた。

 それだけ強大な相手がいるのだと。

 その相手がこの少女なのか。

 しかしヒューイは目の前にいる少女を見て、レジュラ以上の脅威を感じなかった。

 それが得体のしれない恐ろしさを感じた。


「あなた達、人域から来たんでしょ?

 異世界から直接転移してきたわけじゃないなら、能力があるわけじゃないわよね。

 それとも間違って振り分けられたのかしら。

 いいえ、そうじゃないわね。あなた達はただの人間でしょ?」

「だったら?」

「テレキネシスを受けながら話せるのは大したものよ。

 けれど、それだけじゃダメね。この先は超人域。

 能力者達がいる世界。あたしみたいにね。だから、あたしはここでテストをしてるの。

 この先に入れる資格がある存在なのかをね。別に引き返してもいいけれど?」


 十二、三歳程度の少女が男二人を相手に、居丈高な態度だった。

 生意気と言えばそれまでだが、彼女には圧倒的な自信があるようにヒューイには感じた。

 実際、二人とも動けない。

 彼女の能力で。

 言動からかなり手加減している様子だった。

 なのに二人とも動けさえできない。

 だが。

 ヒューイは横目でアキラを見る。


「引き返すなんて選択肢はねぇな」


 アキラの言葉に、ミアは嘆息する。


「ここに来る人間はみんな同じことを言うわ。だって自分が最強だって思ってるんだもの。

 そりゃ、そうなるわよね。でも、その先も同じ。すぐに考えるを変えるわ」

「やってみな」


 ヒューイはアキラの横顔を見て、すぐに理解する。

 間違いない。

 この人、この状況でワクワクしてる。

 危ない雰囲気しかないのに、楽しんでるとか、なんなのこの人。

 そう思いつつも、望んで危険地帯に足を踏み入れた自分も同じようなものかとも思う。


「……そっちのも?」

「こいつは弱いからな。見学みたいなもんだ」

「そ、そう。変な人達ね。まあいいわ、どうせ二人とも帰ることになるんだし」


 そう言うと、ミアは右手を上げる。

 するとヒューイの身体が空中に持ち上がり、そのままスーッと後方へ移動した。

 地面にゆっくりと落ちると、拘束も解かれる。


「はっ!? あ、動ける」


 どうやらテストとやらはアキラだけ受けるようになったらしい。

 レジュラでも突破できなかったのに、ヒューイが突破できる道理もない。

 当然の帰結だが、どうも釈然としない。

 ヒューイは後方からアキラを見守ることしかできない。


「ルールは簡単。あたしにタッチすればあんたの勝ち。できなければあたしの勝ち」

「ガキをぶん殴る趣味はねぇし、それでいいぜ」


 一応アキラにも分別はあったのかと、ヒューイは安心した。

 アキラなら子供だろうが、老人だろうが、女性だろうが、平気で殴りそうだと思っていたが。

 いや、強い相手ならば、という条件付きではあるが。

 とにかく、真っ向から戦うような血みどろな状況にはならないようだ。

 少しだけほっとしたヒューイだった。

 が。

 ミシッ。

 ギリリ、と何かが引っ張られ、ねじられるような音がした。

 どこから聞こえるのかと、ヒューイはあたりを見回す。

 その原因はすぐに見つかる。

 アキラから聞こえていた。


「え? ど、どういうこと?」


 ヒューイはじっと二人の動向を観察する。

 ミアはアキラを見ているだけ。

 対して、アキラはその場で立っているだけ。

 いや、違う。

 アキラの身体が、先ほどよりも増して痙攣している。

 力に対抗する際、膂力を使うと、反動で筋肉が震える。

 その状況であるとするならば、アキラは何かに抗っているということになる。

 ミシッ。

 また聞こえた。

 アキラの肩が震える。


「頑張るわね。でも、ただの人間じゃ超能力に抗うのも限界があるわよ」

「これくらい、どうってことねぇな」


 アキラは笑みを作る。

 ミアは苛立ったように舌打ちをした。


「力がないただの人間のくせに、調子に乗ってんじゃないわよ!」


 ミアは右手を上げて、アキラに向ける。

 すると、圧倒的に力が増したことが傍目でもわかった。

 アキラの身体が見えない何かに引っ張られている。

 軋む音だけが空間に響き渡る。

 ここまでの相手は普通の人間だった。

 だがここからは別世界。

 レジュラの言った通り。

 化け物揃いの場所。

 いくらアキラが強くても、それは人間の中では、という前提だ。

 こんな規格外の能力を前にすれば、抗う術を持たない。

 どれだけ鍛えても、人間は人間。 

 肉体は鉄のように硬くはならない。

 人は弾丸のように早く動けたりはしない。

 超能力というものがどういうものかはまだわからないが、目の前で起こっている現象を見れば、人間が対抗できるものではないとわかる。

 無謀だったのだ。

 やはりレジュラの言った通り。

 超人域は、まさしく超人でなければ生きていけない。

 そんな場所だったのだ。


「アキラさんッッ!」


 ヒューイは思わず叫ぶ。

 と。

 ボキボキ、ゴキン。

 脳髄に響くような乾いた音が聞こえると。

 アキラは脱力した。

 空中に浮かび、だらりと四肢を伸ばしている。

 全身の骨が外れている。


「ア、キラ、さん……」


 あのアキラが。

 こんなあっけなく、負けた?

 信じられない。

 信じられるはずがない。 

 どんな敵を相手にしても圧倒的な力量差を見せつけて勝った。

 そのアキラが、こんな少女に負けるなんて。

 ヒューイは思わず、笑ってしまう。

 どんなに努力しても、才能があっても。

 勝てない。

 たった一つ、特別な能力を持っているというだけで。

 勝てないのだ。

 彼がどれだけ鍛錬を積み、どれだけ辛酸を舐め、どれだけ戦ってきたのか。

 そんなものは無為なのだ。

 ヒューイはその場に座り込み、呆然とアキラを見つめていた。

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