解決4 お別れしましょう
「そっか」
学校にて。次郎に別れの言葉を告げる。
すると次郎は、空を見上げてそう答えた。
次郎には、もうわかっていたようだ。
二人が、消えてしまう事が。
「少し、寂しくなるな」
「少しだけかよ。盛大に寂しがれよ」
「だってオレっち、もうかなりのベテラン幽霊だぜ? 出会いも別れも、それこそ星の数ほどあるし。や、星の数は言いすぎか?」
「間違いなく言いすぎだな。嘘、大げさ、紛らわしい。通報してやるぞ」
「誰にも俺を捕まえる事はできない。泣ける」
「自虐ネタはやめろ。ほんとに悲しいよ」
と、瀬奈が前に出た。
そうして、次郎に問いかける。
「……次郎さんは、まだここにいるの?」
踏み込みにくい話題。
今まで踏み込んでこなかった話題。
だが次郎は、なんでもない事かのように返してきた。
「ああ、オレっちは彼女が老衰で大往生したら一緒に逝くって決めてるんだ」
「へぇ。意外とロマンティスト……なのかな?」
「意外とって言うな。男はみんな、ロマンを求めてるんだよ。なぁ兄弟?」
「ああ。男はみんな、女体のロマンを追い求める大冒険家だ。そうだろアニキ」
「アホらし……どうして男って、なんでも馬鹿っぽく表現しちゃうのかしら」
「恥ずかしいからだ」
本当に。
心の内を素直にさらけ出すのは、恥ずかしい。
真顔でそう答えた次郎は、再び表情を冗談めかしたものに変えて続けた。
「会いたかった、お疲れ様! 苦労をかけて悪かった。子供を育ててくれて、ありがとう。そう言いたい。ハイタッチしたい」
「そうか。言えるといいな」
「言うんだよ。必ず」
「ああ、頑張れ」
拳をつき合わせる。
次郎には、ずいぶんと世話になった。
学生でもないのに、わざわざ学校まで様子を見に来てくれる。
もしかすると、女子中学生を見学に来ているだけかもしれないが。
「……普段からそうやってれば、少しはカッコイイって思えるのになぁ」
「俺達はいつでもカッコイイだろ。なぁアニキ?」
「ああ、オレっち達はいつでもカッコイイ!」
「……馬鹿」
少し、ふてくされたような表情。
だがその瞳には、涙が溢れていた。
やはり別れというのは、耐え難い。
「へい、ガール! 涙はよくないぜ。別れは笑顔で。ママンに教わらなかったのか?」
「泣いてない! 涙なんて流さないから。ってか次郎さん、たまに出るその喋り方なんなの? だれに教わったの?」
「秋斗だ」「俺だ」
「お前かぁ!」
首をガクガク揺すられる。
秋斗としては、悪い事をしたつもりなど無いのだが。
「っと。そろそろ時間じゃないか? 星を見に行くんだろう」
「お、そうだった」
「流星群は数時間降るから。時間なんて、あってないようなものだけど」
「その考えはよくないぜ、ガール。二人の時間はかけがえのないものだ。なら、最高の時間にしないと。お邪魔虫はここで退散するぜガール」
「……うん、そうだね。もう行かないと」
次郎と握手をする。
最初に秋斗。次に瀬奈。
それだけして、二人は次郎と距離をとった。
「じゃあな、二人とも」
「お別れだ、アニキ」
「ばいばい。今までありがとう、次郎さん」
「幸せを掴めよ、秋斗! 瀬奈!」
手を振り、二人を見送る。
二人の姿が見えなくなるまで、手を振り続ける。
やがて、手の動きを止めると。次郎は空を見上げたまま、固まった。
「ああ、いけねぇな。雨が降るかも知れない。星を見るなら、雨なんて降らしちゃなんねぇのに」
天を見る。
涙がこぼれないように。
二人の行く末を、見守るように。
「二人とも、楽しかったよ……本当に。別れってのは、いつになっても辛いな」
次郎は、学校に背を向けて立ち去った。
次郎がこの学校を再び訪れる事は、たぶん。きっと、無い。
◇◇◇
風が草を撫でる。
夜の草原。
二人はそこで横になり、寄り添っていた。
お互いの体を感じながら、夜空を見上げる。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、思いながら。
無数の星空。見渡す限りの星空。
ときおり、星が降ってくる。
それを見ていると、どうしようもなく涙がこぼれてくる。
時間が止まるはずも無いと。先に進んでいるんだと、思い知らされるから。
「進むのは、不幸じゃないよね」
耳元の囁き。
吐息があたって、こそばゆい。
「このまま、ずっとこうしていたいけど。でも、ずっと進まなかったら、こうして二人で空を見上げる事だって出来やしなかったから」
「そうだな。幸せは、進まないと手に入らないもんな」
「生まれ変わりなんて、あるかどうかもわからないけど。けど、幽霊がいるんだし。生まれ変わりも、あってもいいよね。ううん、きっとある」
「ああ、間違いない」
空へと手を伸ばす。
拳を握るが、とうぜん星には手が届かない。
この場で見上げているだけでは、届かない。
でも、いつか。
前に進み続ければ、手が届くかもしれない。
そう思えた。
と、天に掲げた腕に手が添えられる。
瀬奈の手だ。
秋斗のものと比べると、細くて綺麗で。愛おしい。
横目で見ると、月明かりに照らされた瀬奈の笑顔が目に入った。
「願いは、かなうよ」
支えられた手に力が篭る。
瀬奈に支えられたなら、どんなものでも掴み取れそうだ。
「二人で願えば。だって今日は、こんなにも星が流れているんだから」
「……星に願いを、か」
古来より、星は願いの象徴だ。とくに流れ星は。
突然やってきて、願いを叶えてくれる。
神様の気まぐれだと信じられてきた。
いまなら、その話を信じてもいいと。そう思える。
「あー、ゴホン」
声の調子を整える。
星に願いを。彼女に愛を、誓うために。
「生まれ変わったら、まぁ。なんだ」
言葉に詰まる。
言葉が出てこない。
かっこわるいが、仕方ない。
感情が溢れすぎて、何から言葉にしていいのかわからない。
「……言いたい事があるなら、さっさと言いなさいよ気持ち悪い」
「お前な。俺が頑張って一世一代の名ゼリフをきめようとしてるのにその応援はないだろ」
「いや、名ゼリフじゃなくていいし。素直な言葉が聞きたいだけだし」
「お前が言うか」
「言うよ。今日ぐらいは私だって、素直になるもん」
「へぇー、へぇー、へぇー」
「うわ、むかつく」
普段どおりのやりとりをしたせいか、調子が出てきた。
ようやく、言いたい事が言葉へと変わってくれる。
かっこよくは、ないかもしれないけれど。
「俺は、瀬奈が好きだ」
まず、最初に一番大事な事を。
これを忘れてしまってはいけない。
「俺は、瀬奈が一緒でないと嫌だ」
次に、自分の希望を。
これも、忘れてしまってはいけない。
「だから、たとえどんな困難があろうと。絶対に見つけ出して、隣にいてもらう」
そして、自分の決意を。
忘れる事など許されない。果たされない事など、あってはならない。
「だから、待ってて欲しい」
最後に、瀬奈への言葉を。
口にして、そうしてキスをする。
互いに目を閉じ、互いを求めて貪りあう。
唇を離し、震える瞳で互いを見つめ合い。
やがて、瀬奈の唇が動いた。
秋斗の告白に対する答えを告げるために。
「嫌」
……。
「え、ちょ。はぁぁぁぁぁ!? お前、今の話の流れで拒否るの? おかしくね? ええーっ?」
秋斗は身もだえし、混乱し、取り乱した。
だが瀬奈は秋斗の体をぎゅっと抱きしめ、こう告げる。
「何言ってんの。待ってるだけとか、性に会わないっての。だから」
体を離し、手を銃の形に。
そして、秋斗の胸を目掛けてバンと撃つ仕草。
「私が先に、あんたを見つけてやる。そんでもって、私に惚れさせる。ずーっと一緒にいさせて下さいって、もう一回懇願させてやるんだから」
「ああん? いや、どっちかっつうと懇願してきたのってお前の方じゃね?」
「そうだっけ?」
「そうだろ」
「いや秋斗の方がきっと私の事を好き。愛してる」
「瀬奈の方こそ、ドン引きするぐらい俺の事好きだろ」
「いや、引かなくていいでしょ」
言葉は途切れる事なく続いていく。
やがて、どちらともなく吹きだし、腹を抱えて笑い始める。
最後の最後まで、ずいぶんと、自分達らしい。
こういう星の下に生まれてきたのかもしれない。
ひとしきり笑いあったあと、二人は拳をつき合わせた。
「なら、勝負だな」
「ええ、勝負よ」
「俺に惚れさせてやる」
「私に惚れさせてやる」
「俺が勝つ」
「私が勝つ」
昔から。
こうやって、二人で競い合うように馬鹿をやらかした。
いつまでたっても。体は成長しても、性根ってものは変わらないらしい。
本当に、楽しくて。幸せな日々だった。
「またね」
「またな」
そう言って。
最後に、唇を重ね合わせる。
絡めあった指先の感蝕。
寄り添った体の感蝕。
それらが、少しずつ消えていく。
意識が拡散し。空へと消えていく。
腕を失い。足を失い。体を失い。
そうして、最後に残った唇の感蝕も失って。
目を閉じたまま、天に祈りを捧げる。
ずっと、一緒にいたかった。
もっと、触れ合っていたかった。
もっと、寄り添っていたかった。
でもその願いはお預けだ。
だが、必ず叶えよう。叶ったあかつきには、好きなだけいちゃいちゃしよう。
だから、その悲願を達成するために。
いったん、お別れだ。
また会う、その日まで。




