楽園の香の使用には、ご注意を
「また、一人。差し出せ」
私は彼らに微笑むことなく冷やかに告げた。
「どういうことだ?」
「くそ、あんたが起きなければ!」
綺麗に関係に亀裂が起こっているわね。元々普段から仲の良い友人にも見えなかったし、こういう仕方が一番苦痛でしょう。
「お前ら、ガンマを、嘘だろ」
「うるさい!生きるためには誰かを差し出さなきゃいけなかったんだよ!アイツが死ぬのは当然だ!俺達より自分を優先したんだ!仕方ないだろ!」
「それはお前らも一緒だろうが!」
「うるさい!うるさい!うるさい!この女さえ居なければ、居なければぁぁぁぁ!」
男の一人が錯乱して飛び掛かってくる。
「はぁ見せしめも必要だったのかしらね」
私は魔力を練る。とそこでふと何かが抜け落ちてこれまでの事を振り返ると何故か熱くなっていた自分に気付いた。魔力を練る事をやめて、一呼吸した。
「一度ご覧になって見なさい。極上の甘い睡魔を」
使う予定だった。小瓶を懐から取り出す。
「神々も微睡む、楽園の香」
密封していた栓を外すと、仄かに立ち上っていく香りを吐息で彼らに向けて飛ばした。
私は魔法で部屋の気流を操作して、香りが自らを苦しめないように気を付けて使用した。女神になる前の、アムリタを手に入れるために何でもした時に比べれば、常に風上から風下に向けてでなければ使えなかった苦労は考えなくて良い分、些か楽であるわね。
「すぅ‥甘いにぉ‥え?」
呂律が回らないまま、なにも理解できぬまま錯乱した彼は倒れてしまった。だが、彼の表情はとても穏やかで気持ちの良いモノに見えた。何故なら、これは罰と言うに相応しくない罰であるから当然である。
「彼は幸せね」
「どういうことだ!これを見て幸せだと言えるのか!?」
「彼の表情はとても穏やかよ。このまま死ねるのだから、貴方達に比べれば幸せじゃないかしら」
私は瓶に栓をしつつ、換気を行った。
何も分からず困っている様子だし解説をしてあげましょう。
「楽園の香はね、一嗅ぎしてしまえば死ぬまで目覚めない睡魔の一種を閉じ込めた魅惑の香りなの。その代わりに見ている夢は全てが望むもの、何もかもが手に入り願いが叶う世界。簡単に言っちゃえば、ご都合主義の夢を永遠と見られるのよ。死ぬまでだけどね、何も食べない生活を続けてばいつの間にか夢も終わって死んでしまう。ご都合主義の良いところは、寝ている夢を見たが最後いつの間にか死んでしまうパターンね。本人さえも気付かないのだから」
「それのどこが幸せだと言えるのか!?理解できない!」
リーダー格らしい男が叫んだ。
彼には思慮が足りないと思う。
セリスの考えにもそうやって理解しようとしなかったのかもしれない。ここまで話が大きく革命だのと膨らんだのも、おそらく何も考えてこなかったからだろう。緻密に考えることのできる人間であれば、もっと平和な策を考えている。暴君のいる国じゃあるまいに、夢見勝ちな生き方しか知らないのだろう。
しかし、これも推察の域を出ない。
だが、これが正しいと私は思っている。何があろうとセリスは私の友達で彼女という人間をちゃんと見てきたこれまでの私が間違いないと言うのだから、正しいのだ。
「私が正しいと言えば、正しいのだ」
「くそ!」
あら、思わず声に出てしまっていたようでした。
それに堪らず男は崩れ落ちた。為す術の無い彼らに残されたのはこれから訪れる未知の恐怖と絶望に染められた視界だけだ。
「な、なら俺もそれで!」
眠った男と一緒に生き残った彼が物欲しそうに私に近づいてきたが、とても気持ち悪い顔だった。貴方みたいな顔が存在してると思うと気持ち悪くて仕方ないわ。その卑下した暗い瞳は素敵だけれどね。でも、それ以上近づかないでほしいわ。じゃないと、私・・・。
パァァン!
「私、手加減を忘れて全力でこの世から排除しちゃう」
男の体は血を流すことなく、その場から消滅した。
死んだの上位互換とも言える消滅とは、転生もその場に留まる行為も魂も天国も地獄も生まれ変わることさえないこの全てからの消失行為をこの場では指している。
「なにをしたんだ・・・」
「答えるわけないし、そういえば貴方私のお尻に気軽に触れたわね」
「ちがっ、あれは出来心で、本気じゃないから許してくれ・・・。本当に軽いボディータッチのつもりだった。君と話すためにキッカケがほしかったんだ!」
「ならボディータッチのお返しに会話をしましょうか。お客様、ご注文は何になさいますか?」




