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魔族語と文字について

「隊長、森で怪しい文字を見かけたと村長さんから報告を受けたのですが」


 ある日の聖騎士団の巡回にて、隊長であるミアルが隊員のサリアからそう伝えられる。どうやら立ち寄った集落の村長への聞き取りで、森で見かけた不審な文字について相談を受けたらしい。


 サリアは村長から受け取ったという紙を広げながら少し困ったように言う。

「うーん、これってたぶんですけど魔族語とかですよね。隊長ってたまにいる学者の先生からたしか魔族語を習ってましたし、なにが書いてあるか分かります?」

 これなんですけど、と渡された紙に書かれている文字をミアルはじっと眺める。

 村人が書き写したのだろう崩れた文字のため少しわかりにくいがミアルから見ても確かに魔族語の文字のように見える。


「たしかにこれは魔族語のようだな。ここは少し離れてはいるが北から流れてきた"はぐれ"の魔族かもしれん。明日この文字があったという森の調査をしたうえで対処可能かを判断し、難しそうなら上に報告しよう」

 王国北部に隣接している竜王国からは、しばしば下級の魔族同士の縄張り争いであったり部族の集落から何らかの理由で追放されたものなどが王国側に流れてくることがある。通称でそれらを"はぐれ"などとも呼ぶ。

 基本的にはそういった魔族については約定の対象としても竜王国の庇護としても外れているため、仮に対処しても竜王国が問題にしてくることはないが、はぐれの魔族は危険性も高く万が一ということもあるので報告はしておいた方がいいと判断する。

 今日はすでに少し日が落ちてきているため、村の近くで夜を明かしてから明日改めて森の確認を行うことを隊に指示する。


 ◇


 ひととおり隊の野営の準備が完了した後、ミアルはサリアに声をかけた。


「先ほどの件だが、いい機会だからサリアにも魔族語の基本的なところを教えよう。ただの落書きか魔族語かの判別ぐらいはできたほうがいいからな」

 そういいながらミアルは荷物の中から一冊の本をとりだす。

「これは簡易的な魔族語と王国共通語の対訳書だ。たまに隊に随伴している学者のサマルから出張の護衛の礼ということでもらった」

 そう言いながら最初のほうのページをぱらぱらとめくる。彼の師匠のエルフの先生が執筆した魔族語の入門書のひとつらしく、学者の間で流通はしているが買うとそれなりの値段がするらしい。


「私が教えてもらったのも基本的なことだけだが、まず人の言葉は何か概念があって、声に出せる言葉があって、それに対応する文字があるだろう?」

 たとえば剣については"けん"と発音し"剣"と書くよな、と説明する。

「しかし魔族語はそれとは少し違っている。そもそも魔族とひとくくりで言っても竜族や獣魔族などそれぞれの顔の形も出せる声も違うだろう。なのでまず概念があって、次に文字があって、音については種族ごとに対応する声が違うらしい」

 ミアルはひとつのページをサリアに見せる。そこには四角や三角のような記号と簡易的な絵や線のような文字が描かれていた。

「たとえばこの四角は『私・私たち・私の部族』という意味になる。魔族は個人での物の所有の意識があまりなく、個人と部族単位が同じような意味になるらしい。この三角は概ね上位者を表す。竜の顔が元とも言われるらしいが竜に限らず上の者ということだな。あとは食料や敵、水などは対応する絵のような文字があるし、この縦線は量を表すものだな。一本で単数、二本で複数、三本でたくさんとなる」

 それだけ聞くとだいぶざっくりとした言語だなとサリアは思う。そもそも文字だけではなんて発音するのかは決まらないというのも変に思えた。


「基本的には同じ種族内では声で意思疎通をし、魔族語の文字で書くのは上位者への貢ぎ物など種族を跨ぐやり取りの場合が多いらしい。あとは竜族の世話をしているような上位の魔族などはもっと複雑な文字を使っているようだ」

 まあそこまで行くと私たちが関わることはそうそうないだろうとミアルは言う。

「魔族語の文字は木の幹や石などに書かれることも多く、特に下級の魔族が使うような単純なものは四角、三角、縦線など爪や刃物で刻みやすい見かけのものがほとんどらしい。四角の『私』を表すものは差の判別が難しいが種族や部族により装飾があったりと特徴が違ったりもするとのことだ」


 ミアルはとりあえず魔族語かどうかの判別ができれば十分であとは専門家に任せればいいと言う。しばらく貸してやると本も渡された。

 サリアはぱらぱらと本をめくりつつなかなか難しいなと思いながら、たまにいるあの頼りなさそうな学者の先生も実は結構すごいひとだったのかも、と評価を改めたのであった。

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