魔獣討伐
日の出前、王都の城壁上には勇者パーティーと第15師団を中心とした精鋭部隊が整然と配置されていた。
魔法部隊は壁の上から、各個撃破用の戦術配置を整え、一般兵たちは門を開け放ち、待機している。
ジェシカはカーヴェルに目を向ける。
「カーヴェル様、指揮をお任せしてよろしいですか?」
カーヴェルは静かに頷く。
「解った」
その一言に、ジェシカは微笑みながら答える。
「ありがとう。」
カーヴェルは、乗り気でなかったが 指揮を執る。「では、作戦を説明する。」
西側住民の避難は完了している。民間人の安全は確保された。
「勇者パーティーと精鋭騎士団は外側の壁に配置する。魔法部隊は壁上より攻撃。門は開け放ち、敵が入れば一般兵周りを固めて包囲、各個撃破だ。俺が全員には最強支援魔法をかける。そして俺が重力魔法を使う、それが戦闘開始の合図だ。」
ジェシカは眉をひそめる。
「ちょっと待ってください、我が軍は1万人以上です。それだけの人数に支援魔法を?」
カーヴェルは涼しい顔で笑った。
「ああ、できる。心配するな。」
ジェシカは改めて思った――なんて人を好きになってしまったのだろうと。
1時間後、全員の配置が完了する。空気が張り詰める中、カーヴェルは拡声器魔法で演説を始めた。
「よく来てくれた我が国の精鋭たち、君たちこそ英雄である! 敵は魔獣だ。降参する意思はない。ただやみくもに攻撃してくるだけだ。情けはかけるな! 祖国を守るため、命がけで戦え! 親兄弟、子供たちのために戦え! 我々が倒れれば、民衆が死ぬのだ! 君たちに私はいつもの能力の100倍を付与できる魔術を持っている。戦力は100万に匹敵する。勝利は約束された! 誰一人として欠けず、家族の元に帰るのだ!」
その言葉に、ジェシカは感動し、士気が最高潮に達するのを感じた。
「さすが、演説も見事だわ」と彼女は思わず呟く。
そして空が紫色に輝き、半円状に魔力が展開された瞬間、魔獣の大群が視界に飛び込む。
数は約2000、東から西へ、街を蹂躙しながら王都へ進軍してくる。
カーヴェルは手を広げ、魔力を解き放つ。
「全員、最強強化魔法を! 戦力を百倍に!」
瞬時に兵士、騎士団たちは異常なまでの力を得る。剣の速度、魔法の威力、防御力が飛躍的に増大し、まさに百万人の軍と化す。
「よし、行け!」
重力魔法が発動される。紫色の魔力半円が一気に広がり、門を突破してきた魔獣たちを押し潰した。
1匹、また1匹――魔獣は圧倒的な力の前に次々と倒される。
飛び散る血と破片、轟音と衝撃波が城壁を震わせる中、兵士たちは恐怖を知らず戦い続けた。
ジェシカは剣を握りしめ、百倍の力で魔獣を斬り伏せる。
「これが……カーヴェル様の力……!」
門から入り込もうとした巨大な魔獣も、空中からの魔法部隊の集中砲火であっという間に動きを封じられる。
アルトルは盾で仲間を守りつつ魔獣を押し返す。
アルファームの魔法は空を割き、複数の敵を一掃する。
つかさは光の矢を次々と放ち、追撃を確実にする。
1時間、2時間……魔獣は次第に減少し、数百匹単位で戦場から消えていった。
カーヴェルは重力魔法を調整し、逃げる魔獣も地面に押さえつける。
最後の数十匹が城壁前に立ちはだかる。
ジェシカと第15師団の団員たちは息を合わせ、魔法と剣で叩き伏せる。
「ここまで……!」
つかさが叫ぶと、仲間たちも声を合わせ、最後の一撃を加える。
そして戦場が静寂に包まれる。倒れた魔獣は数えるほど。民衆への被害はゼロ。兵士たちの疲労はあるものの、誰も命を落とさなかった。
カーヴェルは城壁の上で腕を組み、魔法でゆっくりと降下する。
「全員、無事か?」
ジェシカは剣を地面に突き立て、息を整えながら頷いた。
「はい、カーヴェル様! 誰一人欠けることなく、勝利しました!」
戦場に響く歓声。騎士たちの誇らしげな顔。
ジェシカは、目の前で微笑むカーヴェルを見つめ、心の奥で強く誓った。
――この人のために、私はどんな戦いも戦い抜く、と。
魔獣討伐戦の後、王都には凱旋パレードの準備が整った。第15師団を中心に勇者パーティー、冒険者たちも加わり、城門前には市民がぎっしり詰めかけていた。
ジェシカは副団長として誇らしげに胸を張る。しかし、視線は自然とカーヴェルへ向く。
カーヴェルは城門前の広場に立ち、英雄としての威厳を漂わせていた。戦場での無敵の姿とは違い、普段通りの穏やかな微笑みを浮かべ、国民を見渡す。
街の女性たちから黄色い声援が飛ぶ。
「カーヴェル様、抱いてください!」「キスしてください!」「一緒に戦いたいです!」
ジェシカは顔を赤くして眉をひそめる。
「まったく……」
ロゼリアとフェリカも腕組みしながら、明らかに不満げな表情だ。
「旦那様を狙うなんて……!」ロゼリアが小声で呟く。
「油断も隙もないんだから……」フェリカも同意する。
パレードが始まる。第15師団の騎士たちは堂々とした行進で市民たちの歓声を受ける。ジェシカはその中心で、剣を腰に携え、威厳を漂わせながら歩く。
王都の広場では、民衆が手に手に旗や花束を持ち、歓喜の声が響き渡る。
「我らの守護者!」「英雄カーヴェル様!」
カーヴェルは手を上げ、民衆に向かって軽く会釈する。その姿に女性たちの熱狂はますます高まる。
ジェシカは心の中で舌打ちする。
「この黄色い声援、どうにかならないのかしら……」
だが隣に立つつかさがにっこり笑っている。
「カーヴェル様は皆の希望だからね」
ジェシカはしばし言葉を失った。
広場の一角、王座の前に座る国王は眉をひそめ、静かにメモを取っていた。
「このカーヴェル、あまりに人気が爆発的だ……兵力だけでなく民心も握ってしまったか……」
危機感を抱く国王は、今後の動向を慎重に監視する必要があると考えた。
そこで、騎士団の団長ミーシャが国王に直談判する。
「国王陛下、カーヴェル様の行動は素晴らしい。我々騎士団と協力して頂くために、私が監視役を兼ねることをお許しください。」
国王は少し考えた後、頷く。
「よかろう。ミーシャ、君が彼の行動に目を光らせよ」
こうして、ミーシャはカーヴェルの監視役として任命される。
ジェシカは内心ほっとする。ミーシャなら安心できるし、カーヴェルに余計な危険が及ぶこともないだろう。
パレードは城壁から城内まで続き、民衆は手を振り、花を投げ、歓喜に溢れていた。勇者パーティーや第15師団の騎士たちは整列し、互いに笑顔を交わす。
ジェシカはパレードを終えた後、カーヴェルに目を向ける。
「カーヴェル様、今日も無事で何よりです」
カーヴェルは微笑みながら手を差し伸べ、ジェシカの手を軽く握った。
「君たちもよくやった。今日はゆっくり休め、明日からまた戦いは始まる」
ジェシカは胸の奥で小さく誓う――どんな困難が訪れようとも、カーヴェルと共に、そして国を守るために戦い続ける、と。




