朝帰り
朝――。
ジェシカの部屋を後にしたカーヴェルは、名残惜しさを振り切るようにそっと彼女の額にキスを落とし、転移魔法で自らの宿泊しているホテルの一室へと戻った。
「ふぅ……」
心の奥に柔らかな温もりを残したまま扉を開けた瞬間――
「…………」
そこに立っていたのは仁王立ちする二人の女性。
ロゼリアとフェリカ。
二人の表情は、雷鳴の前の空のように張り詰めていた。
「「――ちょっと旦那様。朝帰りって、どういうことでしょうか? 説明していただけますか?」」
声が揃った。双剣のように鋭い響き。
カーヴェルは思わず心の中で呻いた。
(……しまった。そういえば、二人も一緒に泊まっていたんだったな……!)
さっきまでの幸福な時間が一気に冷や汗に変わる。
どう言い訳する? 今ここでジェシカの名を出すわけにはいかない。話がややこしくなるどころか、間違いなく大惨事だ。
「じ、実はだな……あるものを取りに行っていて……それがなかなか見つからなかったんだ。」
必死にひねり出した言葉。しかしロゼリアの鋭い視線が容赦なく突き刺さる。
「“あるもの”って……女の部屋ですか?」
ぐさり、と胸に突き刺さる音がした。
目をそらした瞬間、フェリカがさらに追撃する。
「まさか……キスなんて、してませんよね?」
(ぐ……! 刺さる……!)
心臓に剣を突き立てられる感覚。
ロゼリアは畳みかける。
「私たちを放っておいて、他の女と“にゃんにゃん”なんて……してませんよね?」
(ぐさ、ぐさ、ぐさ……!)
追撃が心を容赦なく抉る。
そしてフェリカが冷ややかな声でとどめを放った。
「……まさか、ベッドで“いちゃいちゃ”なんて……してませんよね?」
――クリティカルヒット。
心臓が破裂しそうになるほどの衝撃。
カーヴェルは思わず背を向け、コソコソと荷物を探り始めた。そして苦し紛れに二つの小箱を取り出す。
「……開けてみるといい。」
不審げに見つめながらも、ロゼリアとフェリカはそれぞれの箱を開けた。
中には、月明かりのように澄み渡る大粒の光――10カラットのダイヤモンドリングが収められていた。
「……っ! きれい……!」
「すごい……!」
二人の瞳が一瞬で輝きに満たされる。
宝石の放つ光に魅了され、厳しい表情が夢見る少女のようにほころんでいく。
「結婚指輪だ。」
カーヴェルは低く、しかし真剣な声で告げた。
「この間の仕事の時たまたまダイヤを掘り当ててな、お前達に合うサイズにしてみた。更に魔力の消費を半分に抑える効果がある――受け取ってくれ。」
その瞬間、ロゼリアとフェリカは言葉を失い、次いで天へ昇るような歓喜をあらわにした。
「……旦那様、ごめんなさい!」
「誤解してしまいました……こんなに私たちのことを思ってくださっていたなんて……!」
「私たちを愛してくれるから、朝まで探してくださったんですよね!」
「……うれしい、うれしいです……!」
涙ぐみ、笑みながら抱きつく二人。
その光景を前にして――カーヴェルの胸に広がるのは、安堵でも誇らしさでもなかった。
強烈な罪悪感だった。
(……違う。本当は……違うんだ……)
二人の幸せそうな瞳を前に、真実を言えるはずもない。
罪を背負ったまま、彼はその場に立ち尽くすしかなかった。




