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9話

「最後までちゃんと授業受けたらあの子は返します!」


 泡井(あわい)にそう言われてからどれくらい経っただろうか。

 反田(そりだ)はゆっくりと目を開けた。教室の時計を見ると四限の終了時刻から五分ほど経過していた。

 七時間目終了まで学校にいること、それがパゴスを解放する条件だと言われて時間を潰している最中だ。登校後ずっとから寝ていた訳じゃない。所々起きていた。釜平一高校では授業の始まりと終わりの挨拶はない。

 そのため、チャイムが鳴り教師が終わりを告げるだけで授業は終わりとなる。だから寝ている間に教師が入れ替わっているという状況がざらにある。


 すでに教室内は喋り声が蔓延している。

 反田は椅子を下げて立ち上がった。

 学校で昼食をとるときは基本外で食べる。やはり空の下の解放感は、室内にいればいるほど恋しくなる。そのため、天気がいい日はいつも日が当たる場所を厳選してそこで食事をしていた。

 おにぎりを取ろうとリュックを漁るが中は空だ。思い出した。今朝は泡井の暴走で昼食を用意する暇がなかったのだ。


 昼食をどうするか悩んだ結果、自販機でジュースを買うことにした。アパートまで戻って昼食を取る選択肢もあったが現状空腹感はない。飲み物だけで十分だ。

 教室を後にして玄関前の自販機でグレープジュースを買う。外に出ると解放感に包まれた。教室がどれほど退屈な場所か逆説的にわかる。


 向かう場所は決まっていた。校舎を出て右へ歩き、坂を上がったところに堤防がある。その堤防の先に川がある。そこの河川敷だ。特別綺麗な景色という訳じゃないが、どこにでもあるような自然を見ながら時間を潰すのは悪くない。


 校舎から堤防までは三百メートルほどだ。近いおかげですぐにたどり着いた。堤防から河川敷に繋がる階段、そこが反田の特等席だ。

 しかし、そこに着く前にとある異変に気が付く。

 特等席にすでに人影がある。去年は一度もこんなことはなかった。

 第一、昼食を外で取る生徒は反田を除いていない。それは今までの経験からわかっている。

 近づくと腰まである艶のある真っ黒い髪が目に映る。どこかで見たことのある後ろ姿だ。足を止めずに距離を詰めると、向こうも気配を感じたのか振り向いた。


「なぜここにいるんですか?」


 見覚えがあると思えば、隣の席の少女だ。階段に座り弁当を太ももの上に置いている。


「質問されるべきはお前だ。俺はいつもここで昼食を取る」


 少女は数秒様子を窺うように反田を睨むと、小さく息を吐いた。


「そうだったんですね。それじゃあ移動します」


 少女が弁当に蓋をかぶせようとする。


「その必要はない。ここで食え」


 蓋を持つ手が止まる。


「ここは俺の特等席だ。だが今日先にいたのはお前だ。ならばあいこだ」


 手が止まったまま探るような目つきで反田を見ている。

 反田は気にせず階段の右端に腰を下ろした。


「わかりました。ここで食べさせてもらいます」


 少女がもう一度箸を持った。反田もジュース缶のプルタブを開け口に運ぶ。甘すぎない味が口の中に広がる。

 左に視線をやると少女は黙々と飯を食べている。

 去年までは風の音と雑草が揺れる音、遠くで車が走る音だけが聞こえていた。

 だがこの瞬間は違う。隣で少女が食事をする音が耳に入ってくる。それと黒く長い髪が風で揺れるところを見ていると変な違和感を持ってしまった。だから話しかけることにした。


「なぜここで飯を食う?」


 その問いに少女は顔を上げずに答えた。


「どこで食事をするかは私の勝手です」


 その通りだが答えになっていない。


「勝手だ。だがここは俺の特等席だ。答えろ」

「あなたの特等席であることと私の食事の場所に関係はありません。それに特等席というのも理解できません。ここは公共の場です」


 こんなにも正論を言われるとは思っていなかった。反田は返答が面倒になって黙り、遠くを見ていた。 

 反対に少女はいつの間にか反田を見ている。輝いた眼ではなく、ゲテモノを見るかのような目でじっと見ていた。


「どうした」

「見たときからずっと思ってましたが変な人ですね」

「一原は変な奴だ」

「どうして今の流れで自分じゃないと思えるんですか? 去年まで中学校でなにを学んでいたんですか?」

「俺は去年も高校生だ」


 少女は視線を下に向け考える素振りを見せる。そして結論が出たのか、顔を上げて慎重に言葉を出した。


「……留年……ということですか?」

「ああ」


 反田が肯定すると、なぜか少女の表情はこれまでよりも柔らかくなっていた。


「どうやったら留年なんてするんですか?」

「留年は考えてするものじゃない。いつの間にかなっているものだ」

「格好よさげに言わないでください。一般的に恥ずかしいものですよ」

「そうか」

「毎日学校へは行っていたんですか?」

「行ってない」

「……どうして行かなかったんですか?」


 聞くかどうか迷ったのか、慎重に聞いてきた。


「気分だ。たまには行っていた」

「……それを世間ではサボりと定義しています」


 正論を言われた。だが学校へ行く気分じゃないときに学校へは行けない。反田にとってそれは仕方のないことなのだ。


「名前、聞いてもいいですか?」


 突然少女はそう言った。


反田煤九(そりだすすく)だ」


 名乗らない理由はない。反田は答えた。


「お前は」

音有二歩(ねありにほ)です」


 それから会話はなかった。反田はジュースを飲みながら頭を空にして、雲を眺めてなにかの形を連想していた。そうしているうちに缶の中が空になっていることに気づく。


「戻るんですか?」


 立ち上がると音有がそう言った。


「飲み終わった。戻る」


 歩き始めると後ろからさらに言葉を投げられる。


「昨日休んだ分の課題、いつ見せればいいですか?」


 そんなことを頼んでいたなと思い出した。次の授業中でいいだろう。


「五限目に見せろ」

「ダメです」


 即答だった。


「なんだと?」


 課題を見せることを承諾して、さらにいつ見せればいいかまで聞いてきたにもかかわらず、断ってくるなんて思っていなかった。


「なぜ授業中に別の課題に取り組むんですか?」

「効率よく時間を使うためだ」

「授業を真面目に受けないと中身が頭に入りませんよ。授業中別の課題を取り組むことを繰り返していたら結局追いつきません。それは効率がいいとは言いません。それに午前の授業ほとんど寝てましたよね? 寝てたら復習である課題ができないのは当たり前のことです。これからは起きて授業を受けてください。それから……」


 反田の本能が逃げろと言っていた。だから立ち上がり学校へと歩きだす。


「どこに行くんですか?」

「戻る」

「わかりました。それでは今日の放課後、図書室で待ってます」

「なぜそうなった」

「課題を見せてほしいと言ってきたのはそちらのはずです」


 音有二歩という人間に課題を頼んだことは間違いだった。言う通りにのこのこと放課後に図書室へ行けば、また止まらない説教をくらうことになるだろう。

 しかし、音有が言うように課題を見せることを要求したのは反田のほうだ。要求しておいて断るというのは反田のやり方ではない。自分からした約束は守る。反田にもこういう真面目さの片鱗が見えることだってある。


「そうか」


 今日のところは仕方がないから頷くことにした。


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