第7話 男のくせに魔法少女になろうという馬鹿野郎がいるらしいな
【前回までのあらすじ】
騙されて自爆攻撃をさせられたリンキは、ギリギリのところで魔法少女のスズリに命を救われたものの、そのまま拉致され、なぜか魔法少女を目指すことに。MGPATRAアライアンス寮で、スズリとの同室生活が始まる。
お昼時。アライアンス寮の1階にあるカフェテリア。高く白いヴォールト天井の下、ポルカドットのように整然と丸テーブルが並ぶ。
大時計の針は正午過ぎを指し、ランチを楽しむ寮生で賑わっている。他愛もないおしゃべりの声。ソースやブイヨンの香り。スズリとリンキは、寮生たちの華やかさを避けるようにホールの隅、窓際の席に陣取っていた。大きなガラス越しに降り注ぐ陽光が、純白のテーブルクロスを淡い檸檬色に染め上げる。スパゲティを絡めとったフォークの先端がキラリと光る。
ふんわりと立ち昇る湯気の向こう側で、スズリがモッツァレラとトマトを口いっぱいに頬張っている。まるでハムスターだ。
「ほ、ほいひい……!!」
「美味しいよね」
リンキは琥珀色の温かいスープをスプーンも使わず一息に飲み干す。マナーなど知ったことか。久しぶりの美味しい食事。昨晩も今朝も同じ調子で御馳走にがっついていた。
「ねえ」
「なに」
「ここにいる人たちって、みんな魔法少女の卵ってこと?」
「候補生もいるし、現役で戦ってる子もいる。色々」
「へぇ……」
リンキは少し怖気づいた。正直なところ、戦場を経験しているという点でなら自分にも多少のアドバンテージがあると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「MGPATRAは単なる魔法少女の学校じゃない。寮生の能力は実際、ほぼ世界最高水準だと思っていい」
「それはさすがに誇張じゃ」
「よく考えてみて」スズリはフォークを空になった皿の上に置きながら説明する。
「自軍の魔法少女を育成する企業にとっては、できるだけ資格者に実戦経験を積ませたいけど、かといって戦場では傷も負うし命を落とすリスクもある。でも、MGPATRAならお金さえ出せれば、安全に実戦同様の経験を積むことができる。それも最強クラスの魔法少女たちを相手に。だから、資金に余裕のある大企業所属の魔法少女資格者、しかも秘蔵の最高戦力みたいなヤツばっかり集まってるってわけ」
「ひぃぃ」
成り行きとはいえ、とんでもないところに来てしまったかもしれない。周りで楽しそうに食事をする寮生たちが、急に怪物か何かのように思えてくる。ついフォークを取り落としそうになった。
「まあ、新入りは基本的に負けて当たり前だから」
「勝てる気がしないよ……」
昨日は少しばかり軽率に「誰よりも強い魔法少女に」なんて言ってしまったリンキだったが、早くも後悔しつつあった。昔から後悔のスピードだけは誰にも負けない。誇れることではないのだが。
「それでも命を落とすわけじゃないんだし、リンキも経験積んでいけば私みたいに強く――――」
フォローしようとしたスズリの言葉は、突然の怒鳴り声で掻き消された。
>#バァンッ#<
暴力的に開け放たれる扉。
「男のくせに魔法少女になろうという馬鹿野郎がいるらしいなァッ!!」
空気が震える。賑わっていたカフェテリアが、瞬時に水を打ったように静まり返る。
そして全員の視線が一斉にホールの入口へ。
カフェテリアに踏み入ってくるのは長身の女。
スモーキーな桃色の癖毛を無造作に切ったような髪。意思の強そうな眼と吊り上がった眉が周囲の者を怯ませる。何より特徴的なのはその虹彩である。上側は紅玉で下半分は山吹色。上下異色の美しくも尋常ならざるもの。
スズリやリンキと同じアライアンス寮通常制服を着用。リボンタイは省略、ブラウスの第1ボタンも開放。ラフな着こなしでもスカートやブラウスに皺はない。足元はローファーだが、これも隅々まで丁寧に磨き込まれている。
「うぉ! 土師方メトラぁ!!」
企業連合体アライアンスで最大勢力を誇る超巨大企業レイディアント・インダストリ所属の魔法少女であり、このMGPATRAアライアンス寮において、寮長として君臨する者。
その名は土師方メトラ。
鬼のような眼光で周囲を威圧し、さながら砕氷船の如く人の群れをかき分け、一歩一歩、ホールの奥へと進んでくる。勲章や特別な印があるわけでもないが、その出立や振る舞い、そして寮生たちの態度が、メトラの立場を無言のうちに言い表している。その甲虫のように光る靴が寄木張りの床を踏むたび、皆が皆恐れをなして後ずさる。
いったい何事かと周囲がにわかにざわめき始める。メトラの目当ては明らかだ。彼女の視線は真っ直ぐにスズリ達の方を見据えている。
メトラから目を背けるように黙々とパスタを口に運んでいたリンキだったが、迫りくる危機を察知。慌ててスズリに目配せする。
(何かヤバいよスズリ……)
メトラの言葉から察するに、リンキの存在を問題視していることは容易に想像できる。今すぐにでも逃げ出したいところだが、既に退路は人垣とメトラによって塞がれている。
「私に任せて」
ウインクでそう言い残すと、スズリは颯爽と席を立ち、メトラの往く先を阻むように立ちはだかった。身長146cmのスズリに対してメトラは180cmを超える。古参の圧倒的存在感に負けじと下から睨みつけるスズリ、それを上から見下ろすメトラ。互いに目つきが悪いせいで、余計に空気がヒリつく。周りの寮生たちが固唾をのんで見守る。
「さすがに情報が早いなメトラァ!」
スズリの先制口撃。
「お前のところのカンパニーだと聞いたぞスズリ」メトラが応じる。
「いかにも」
思いの外あっさりと認めたスズリに、少し心外だったか僅かに表情を緩めるメトラ。だがすぐに態度を戻し、足元を指差しながら下命する。
「ここへ連れてきなァ! その馬鹿野郎を!!」
「…………」
メトラの恫喝まがいの命令を受け、スズリは口を硬く結んだままゆっくりと振り返る。
その視線の先には椅子の上、小動物のように怯えて縮こまるリンキ。
(え、え? なんでこっち見てるのさスズリ!?)
(覚悟を決めろリンキ)
*ガッ*
一切の予告なくスズリがリンキの襟首を掴んだ。
(な、なに!?)
その小さな体からは想像できないほど強い腕力でもって、椅子から引き下ろすようにリンキを起立させると、そのまま強引にメトラの目の前に突き出す。そして皮肉たっぷりに恭しく、
「コイツでございます、寮長」
(は、話が違う!! スズリぃ!?)
「あ、あの……そのぉ……」
蛇に睨まれた蛙。首筋伝う油汗を感じながら、リンキは恐る恐るメトラを上目遣いに見上げる。下から眺めるメトラは、まるで圧迫感の塊だ。巨きな胸のせいではない。まるで巨岩のように態度がソリッドなのだ。
そんなリンキを、メトラはじっくりねっとり舐め回すように眺め、一言。
「け、けっこう可愛いな……」
「少なくともメトラよりは可愛いぞ」
「あ゛?」
スズリの余計な一言に、一層空気が悪くなる。
「ふ――――む」
メトラは腰を屈め、リンキと同じ目線の高さで見つめる。耐えかねたリンキの目が泳ぎ始める。メトラの長い指がリンキの頬をつまむ。きめ細かな肌の感触を味わうように、こめかみから顎にかけて指先を滑らせてみる。リンキは心地悪さに思わず身をよじる。
「しかし、本当に男か?」
そう言うや否や、メトラは右手をリンキのスカートの中に突っ込み、
「はぇ!?」
即座にリンキの股間を探り当てると、力強く握りしめた。
「ウッ……」力なく床にへたりこむリンキ。
「な、何やってんだメトラぁ!」
スズリが慌てて間に割って入り、リンキをメトラから引き離す。
「事実確認だ」右手をワキワキして感触を反芻するメトラ。「確かに付いてるな」
「とにかく!」スズリが再びリンキの前に立つ。「うちのカンパニーには登録枠が残ってるし、手続きも終わってる。一体リンキの何が不満か!」
リンキも驚くほどの剣幕。どうしてスズリはそこまでして自分を庇ってくれるのか分からない。分からないが、今はスズリに頼るしかない。
「そんな単純な問題ではない」
メトラが立ち上がりながら、スズリを制するように肩に手を置き語り掛ける。が、スズリはすぐにその手を払いのけた。
「我が社の正式な決定だ。詳細は主任の乙多見ユートに問い合わせろ」
「スズリ、お前は何も分かっていない。そこの少年が魔法少女になれるとでも?」
「知ったような口をきくなメトラァ!」
一触即発。張り詰める空気。双方譲らずボルテージが上がってゆく。平和だったはずの昼のカフェテリアだが、2人とリンキを中心に半円形の人だかりが形成され、騒ぎはだんだんと大きくなる。
「調子に乗るなよ」
#ダンッ!!# メトラが拳で机を叩く。皿が跳ね、カトラリーがガチャンと音をたてる。周囲のざわめきがピタリと止む。
「とにかく、男にその制服を着る資格はない」
有無を言わせず、アライアンス寮長としての判断を言い渡す。
「今すぐにそれを脱いで、寮から退去せよ」
その言葉に周囲が騒ぎたてる。「脱ぐの?」「ここで!?」「マジ!?」「脱がせ脱がせ!」「下着もか?」「全部でしょ?」「うおおおおおおあ」
徐々に状況が手に負えなくなる。マズい、このままでは本当にリンキが裸に剝かれてしまう。そう思ったスズリが反転攻勢に出る。
「待てメトラァ!!」
「何ぃ!?」
「異議申し立て事項が2点あるッ!!」
スズリが一歩進み出て、メトラのデカい胸の下から睨みつける。
「ひとつ! リンキの裸を拝めるのは同室の私だけだ。脱衣の件は撤回してもらう」
「別に此奴の裸が見たいわけじゃないぞ……」
「もうひとつ! リンキは既にMGPATRAに正規登録されている。それなら魔法少女に準じるものとして扱うべき」
「何が言いたい」
スズリは大きく息を吸うと、一拍の間をおいて言い放つ。
「そんなに追い出したければ、実力で捻じ伏せてみろ」
メトラ、しばしの黙考。
騒がしくしていたオーディエンスも黙り込む。
魔法少女の世界は実力が全てである。他者を圧倒する武力を持つからこそ、この社会の頂点に君臨し、世界を治める権力が認められる。そのことをメトラ自身もよく理解している。乱世における秩序を裏付けるのは、常に【強さ】である。
「――いいだろう。この私が直々に叩きのめせば、もはや異論あるまい」
その返事に満足したスズリは、静かに口角を上げると、
「それでいい。――――いいよなあリンキ!?」
随分と偉そうに啖呵を切っていたスズリだが、よくよく考えると、実際に戦うのは当事者たるリンキである。なんという無責任か。
「臨時で非公式戦を設定する。1時間の後、地下の第2アリーナへ来い」
「受けて立つ。――――受けて立つよなあリンキ!?」
振り返ってリンキの意思を確認するフリをするスズリ。フルフルと小さく首を横に振るリンキ。だがもう遅い。
「私が勝ったら、即刻荷物をまとめて寮から退去してもらうからな。覚悟しておけ」
有無を言わさぬ強い調子でそう言い残し、踵を返すと、メトラは再び群衆を割ってカフェテリアを後にする。
去り際に立ち止まり、背中越しにリンキに声を掛けた。
「逃げたければ逃げろ。そのまま二度と現れるな」
完全に怖気づき固まってしまっているリンキの背中を、スズリがバンバン叩く。
(ほら! 何か強そうなこと言い返して!)
「に、逃げるもんか……!」
「うおおおおおよく言ったッ!」「いい覚悟だぞ新入りィ!」「度胸だけは一人前だなァ!!」
再び沸き立つ野次馬たち。2人の決闘の件は、この後瞬く間にアライアンス寮全体に知れ渡ることとなる。
· · • • • ✤ • • • · ·
「どぉ―――――――するんだよスズリぃ!?」
自室に戻ったリンキは、早速情けない声でスズリに縋っていた。
「この寮に居る以上、メトラの承認なしでいるのは現実的じゃないし、早めに決着をつけといた方がいいと思ってェ」
「もっと穏便に済ませられなかったの!?」
「正直あそこまでメトラが頭にキてるとは思ってなくてェ」
悪びれる様子のないスズリと、失望して肩を落とすリンキ。
「メトラがこの寮を仕切ってるんだから、ここに居たければ覚悟決めて挑むしかない。いずれ衝突は避けられないんだし」
無知なリンキでも分かる。あの寮長は見るからに"猛者"。間違いなく何人も殺してきた側の人間だ。
「しょ……勝算は?」
「メトラは強いよ。私も勝てないんだし、私にすら勝てないリンキには無理」
「ソンナァ!?」
失望が絶望に変わる。
「落ち着いてって。私が無計画に決闘を吹っ掛けたとでも?」
正直、今のリンキにしてみればそうとしか思えない。だがスズリは不敵な笑みを浮かべる。
「メトラの示した条件は、『リンキが負けたら出ていく』。裏を返せば、必ずしもリンキがメトラを倒す必要はないってこと」
「つまり……?」
「倒せなくたっていい。メトラが諦めるまで粘ることができれば、実質リンキの勝ち」
なるほどスズリも無策ではなかった。かなり屁理屈くさいが、筋は通っている。
「そっか……そうかも?」そんな気がし始めるリンキ。
「ただ、今リンキが使えるモデルはあのショートソードしかない。恩寵値の関係で仕方ないけど、あれで戦えるかどうか」
「?? 僕はあの魔法少女システム動かせたけど、それじゃダメってこと?」
「多分だけど、あのクソ雑魚装備じゃ全然性能が足りない」
スズリは数秒の間何か思案し、
「――――ユートに頼んでみよっか」
・→・→・→・→・→・→・→・
寮内の部屋の配置は少し特徴的で、寮生のための生活スペースに隣接して、魔法少女システムや各種装備の調整を行えるラボラトリが設置されている。これは基本的にカンパニー単位で割り当てられており、スズリの所属する【カエリクス工房】もその例に漏れず、2人の部屋に直結する形で、乙多見のラボが置かれていた。
「任せたまえ少年! やれるだけやってみようじゃないか」
スズリが事の成り行きを説明すると、乙多見は上機嫌でリンキのショートソードの調整を引き受けた。
乙多見ユートの肩書は【魔術技匠】。要するに魔法技術に関する上級エンジニアである。普段はスズリの駆るエンジェルモデルの整備を担っているが、乙多見ほどの技術者ともなれば当然エンジェルモデル以外の調整なんかも余裕で対応可能なのである。
「で、スズリのせいでメトラと決闘するハメになったと」
「私のせいじゃないし」
(スズリのせいなんだよなぁ……)
「まあいい。時間がない、最低限の工程で仕上げるぞ」
乙多見は車輪付きオフィスチェアに身を投げると、その勢いのままコロコロとラボの中を滑るように移動する。それはもうカーリングのストーンのように。
「率直に言って、君にあげたソードモデル・ショートソードはクソ雑魚だ。ショートソードが【ボーナスバルーン】なんて渾名で呼ばれていることを知っているかい? そう、戦場じゃあスコア稼ぎの風船並みに簡単に堕とされてしまうからねぇ。かといって全くの無能とは限らない。ショートソードの強みは、誰にでも簡単に扱えること、そして何より拡張性に優れていることだ。カスタマイズ次第で、いくらでも強力なモデルに化ける。この平々凡々な魔法少女システムを最高に最高な仕上がりにするのが、私たち技匠の役目ってワケ」
ペラペラと喋りながら、乙多見は流れ出る言葉と同じくらい滑らかな手さばきで、謎の機器類をせわしなく弄り回す。
「メトラの攻撃は射程も長いし、やたらパワフルだから、大大大前提として、それに耐える必要がある。だから、攻撃も機動も捨てて防御全振りでいくぞ」
「当たらなきゃいいんじゃあ?」
リンキは別にいい加減なことを言っている訳ではなく、スズリの射撃を全回避した実績に基づくものである。スズリも乙多見も、その回避能力の高さは認めている。リンキがスズリとの模擬戦で見せた、正確かつ迅速な射線の予測と無駄のない回避機動は、それ自体非常に価値ある技能である。しかし――、
「君の技量を軽視していないわけじゃない。ただ、」
「メトラの広域殲滅攻撃は、避けるとかそういう次元の話じゃないんよ」
スズリが何か恐ろしいモノでも思い出したような顔で言う。
「?」
リンキはいまいちピンと来ていない様子だったが、乙多見はそれを無視してショートソードのコア回路を弄り続ける。ソード規格の分厚い規格書ファイルとショートソードの仕様書を棚から引き出し、パラパラとめくっては、目の前の画面と見比べる。
「とにかく、メトラの攻撃下で1秒でも長く生き残ることに目的を絞る。ショートソードは分配器前置の複槽型だけど、いざとなれば即座に汎用側のキャパシタは塞いで魔力を全部防御に回せるようにする。ヤバいと思ったら、すぐに胸の前で腕をクロス! それで防御最優先に切り替わる。分かったね?」
「それじゃあ、攻撃は」
「さっき言った通り、メトラの攻撃をなんとかして凌ぎ切ることが大前提だからね。死んじゃったら元も子もない。君には是非ともMGPATRAに残ってもらいたい。だから、そう簡単に死なれちゃ困る。スズリだってそうだ。なあ?」
コクコクとうなずくスズリ。
「さあチューニング完了だ少年!! ショートソード・防御全振りスペシャル!!」
画面の中、リンキのソードモデルの小さな立体映像がくるくると回っている。正直、改造前との違いが分からないが、中身の回路を弄っただけで外見の違いはないので仕方ない。
「えぇ……、何このスペック……」
何か奇妙なモノでも目にしたかのようなスズリの表情。無理もない。攻撃能力も機動力も捨てて、持てるすべての力を防御に回しているのだから、おおよそ魔法少女に最も似つかわしくない性能に仕上がっている。
だが、すべてはリンキの残留のため。スズリの知略と乙多見の技術で、あの恐ろしい寮長・土師方メトラに立ち向かうのだ!




