第10話 スズリの丸焼き
(0▽0)『――で、もう一戦することになったと』
(U∧U)『別にいいんじゃないですか。本人達が納得するまで戦えば……』
翌日の昼過ぎ。久々原リンキは土師方メトラと再び刃を交えることとなった。
場所は同じ中央棟の地下第2アリーナ。荘厳にして白亜の空間。前日よりもさらに多くの観衆が詰めかけている。どうやら他の寮にも話が伝わったらしい。
「さあ決着をつけてやるぞメトラァ!!」
スズリが吼える。実は昨日の時点で既に決着はついているのだが。
「黙れスズリ。さっさと開始位置に戻れ」
メトラが諭すように言う。理由もなくメトラに噛みつこうとするスズリを引き戻すリンキ。薄々感じてはいたが、どうもスズリはメトラのことがあまり好きではないらしい。渋々引き下がるスズリに、恐る恐る尋ねてみる。
「ねえ、なんでそんなにメトラさんのことが嫌いなの……?」
「別に。メトラが嫌いなんじゃない。レイディアント社が気に入らないだけ」
「八つ当たりじゃ……」
「それはそう」
(0▽0)『それでは改めて皆様! 土師方メトラ VS 久々原リンキのやり直し決闘ですってよ!』
(U∧U)『解説はワタクシ、玉柏アルゴ。実況は味野モニでお送りします』
お馴染みの声がスピーカーから流れる。
(U∧U)『なお、今回は久々原サイドに加勢が入るとのことで』
(0▽0)『紹介するよ! アライアンス寮、カエリクス工房所属ぅ――』
スポットライトの光が集まる。
(>▽<)『――【鋼鉄の堕天使】、鉄スズリぃぃいいッッ!!』
「「うおおおおおおおおおお」」「「スズリ――――ッ!!」」「「出しゃばんなああああ!!」」「「いいぞおおおお」」「「スっこんでろおおおお!」」
歓声と罵倒。会場の空気が震える。
彼女の参戦については賛否両論のようだが、とりあえず拳を突き上げ声に応えるスズリ。
「邪知暴虐のメトラは私が叩き潰スッ!!」
(U∧U)『使用機は、いつものエンジェルモデル・アルマロス。スペックは……まあ一般的なエンジェルモデルの範囲内といったところ』
(0▽0)『2対1だけど、久々原リンキと鉄スズリに勝ち目はありそう?』
(U∧U)『ショートソードとエンジェルモデルを束ねたところで、ブレイカー型のドラグーンモデルには遠く及ばないかと』
(0▽0)『厳しいかぁー』
(U∧U)『彼らが数的有利を100%活かせない限りは……』
だがそんな前評判もスズリには関係ない。
「負けるわけないんだよなあ2倍だぞ2倍!!」
意気揚々とリンキの隣で腕組み仁王立ち。態度だけはどこまでも頼もしいのが、鉄スズリという女である。
「さっさと始めるぞメトラァ!!」
(0▽0)『これより、土師方メトラ対久々原リンキ・鉄スズリの非公式戦を開始します!』
(U∧U)『時間制限30分。移動制限はフィールド準拠。フィールドは【Moneta-Argenteorum】。勝利条件は【相手の無力化】』
(0▽0)『さあ! MGPATRAスタンバイ!!』
― ―― ―――――
_ブ_ゥ_ン_
暗転。一瞬の無感覚時間を経て、仮想現実が展開する。
――――― ―― ―
「みず……!?」
水没都市。
林立するビル。格子状に走る道路。そして脛まで浸かるほどの水。汚染された海水はもはや生命の揺り籠ではなく、錆びた鉄のような匂いだけが漂う。
かつて【銀座】の名で知られた地域。周囲を高規格道路で囲まれた小さなエリア。中規模の高層建築がひしめき合い、大通りの両脇には、街灯と枯れた樹木が整然と並ぶ。
もともと海抜の低いこの地域は、海面上昇により海水が流入し、路面がほぼ全て水面下に没した。また商業中心のエリアであったこともあり、旧東京市の生存区域から除外され、防壁もシェルタードームも建設されなかった。
元はと言えば埋め立て地であり、江戸時代には全周を海と水路に囲まれた区画であった。その後水路だった土地は高速道路に転用されたという経緯がある。全周を障壁に囲まれたこの地は、西暦末期の戦時においては防衛拠点としての役割を担うこととなり、以来、度々戦闘の舞台となってきた。
潮風と海水、そして度重なる戦闘に晒され、建物の損傷が進み、既に崩壊しているビルも見られる。
吹き付ける風に水面が波立つ。煌めく水面の下で横断歩道の縞模様が揺れる。
魔法少女システムを見に纏った姿のリンキとスズリは、交差点の中央に立ち、周囲を見渡す。通りに面したショーウインドウはほとんど割れており、海水が遠慮なく無人の店内へ流れ込んでいる。壁面には生々しい弾痕が穿たれており、リンキは故郷の廃校舎のことを思い出した。
「スズリ……向こうに」
そして、水に沈む大通りの先に【敵】の姿を視認。
「うん見えてる」
遠くからでも分かる。深い紅の鎧装。天を衝く角。長大な二股の槍。
2ブロック先。距離にして250メートル。
獅子の像と時計台を左右に侍らせ、交差点の中央に佇む土師方メトラの――ドラグーンモデル・スプライトブレイカーの威圧的な存在感。
まだ動く気配はない。リンキ達に先手を譲るつもりか。
「探す手間が省けたなァ!!」
「どうする逃げる……?」
「論外。さあメトラを叩きのめしに行くぞリンキ!」
スズリが戦闘魔法杖を振り威勢よく言う。銃剣の切先が*ピシャッ*水面を撫でる。
「でもどうやって……」
リンキが怯えた声で応える。
試合が始まって、敵の姿を捉えたはいいものの、リンキには勝算がないのだ。前日に手ひどく負かされたばかり。メトラの戦闘スタイルが分かったところで、対応するための具体的なプランはゼロ。
「どうやってって、そりゃあ全力で魔術をブチ込むんだよ。昨日のユートの話聞いてた?」
・・◇・・
昨晩のことである。
メトラに再戦の約束をとりつけたスズリとリンキは、乙多見の工房へ戻って作戦会議を開いた。作戦会議という名の、リンキのための初心者向け魔法戦闘入門講座だが。以下、乙多見がリンキに垂れた講釈の一部始終である。
「リンキ。何故君が勝てないかというと、すぐに魔力切れに陥ってしまうからだ。確かに魔法少女システムのコアは無尽蔵に魔力を生み出すが、かといって魔力を垂れ流していいわけじゃない。魔力というのは貯めて使うモノだからね」
「はあ」
「イメージしてほしい。コアは蛇口で、そこから魔力という水がチョロチョロと出ている様を」
「ちょろちょろ」
「君のショートソードの出力なら『チョロチョロ』というのが相応しい。恩寵値が最低ラインぎりぎりなせいで、定格出力の100kRzも出せてないからね。でも、魔術を使って戦うには、攻撃にも防御にも沢山の魔力をつぎ込む必要がある。ではどうすればいいのか。貯めるんだ。魔力を。キャパシタに」
「貯める」
「その通り。一度に大量の水が必要なら、少しずつしか水が出ない蛇口でも、バケツでも水槽でもいいが、とにかく一度水を貯めてから一気にどばーっと流せばいいだろう? 魔力でも同じことで、コアの出力が弱くても、十分な容量のキャパシタに十分な量の魔力を貯めれば、それなりのパワーを発揮できる」
「どばー……」
「分かりにくかったかな? お金と同じと思ってくれてもいい。少ない稼ぎで高い買い物をするなら、貯めるしかない。……いや、お金は借りられるが魔力は前借できないから、ちょっと違うかもしれないが……。とにかく、時間を稼ぐんだ。時間で魔力を稼ぐ。そして、隙を見て特大の一撃を撃ち込めば、君にも勝機はあるぞリンキ」
・・◇・・
A-MGSG1ショートソードに搭載されたキャパシタの容量は500kRzh。つまり500kRzの出力で1時間分の魔力を貯められることになる。このうち丁度半分の250kRzhは防御専用の主キャパシタであり、バリアコーティングとインナーストラクチャーの維持に優先的に使われる。そして残りの250kRzhを担う副キャパシタが、機動・攻撃で消費する魔力を供給することになる。防御のための独立したキャパシタが設けられているのは、使用者の安全を優先するという設計思想からであり、ビギナー向け魔法少女モデルゆえの特徴といえる。
「リンキはまだ魔術を撃ったことないよね」
「魔術って、火の玉を飛ばしたり?」
「イマドキそんな効率悪いことするわけないでしょ」
「そうなの……?」
「そういうもの。私は火属性得意だけど、使えるシーンなんてほぼないし」
「へぇぇ」
「とりあえず、今のうちに撃ち方を教えとく。術式名をコールしたら自動で術式がストレージから戦闘魔法杖にロードされるから、あとはトリガーを引くだけ! コールは略称でも可!」
「コールして、ひく」
「ただし、術式の発動に必要な魔力がないと不発になるから、それだけ気を付けて」
「わかった」
魔術の使用それ自体には特別な才能を要しない。これが魔法少女システムの最大の特徴であり意義である。複雑な呪文や動作なしで、誰でもトリガーを引くだけで魔術を発動できるのだ。十分な魔力さえあれば。
「メトラがその気になれば、こんな街ごと叩き潰してくるぞリンキぃ!」
「知ってる!」
「だからヤられる前に行く!」
「も、もしダメだったら?」
「その時はその時で考える!」
「えぇ……」
「いくぞ! カエリクス工房、 アドヴァンス!!」
スズリが駆け出す。力強いステップに水飛沫が舞う。
目標はメトラただ一人。脇目も振らず大通りを突き進む。
(0▽0)『さあスズリが先に行ったァ!』
(U∧U)『いつもの調子ですね』
作戦はこうだ。まずスズリが先陣を切り、機動力を活かしてメトラの気を引く。その隙にリンキは敵の背後をとり、隙を見て全力で魔術攻撃を撃ち込むという算段。スズリが時間を稼いでいる間に、どこまで魔力をチャージできるかが勝敗のカギとなる。
スズリを見送りながら、リンキは手近な建物の柱の陰に身を隠す。
筋力強化魔術パワーアシストによる猛烈な脚力で、水の抵抗をものともせず驀進するスズリ。加速疾走。地を蹴るごとに広がる波紋が、彗星の尾のように後に続く。
「速攻でブチ殺してやるぞレイディアントォオオッ!!」
私怨を叫びながら迫りくる小さな堕天使。鬼気迫る怒号がビルの谷間に鳴り響く。
それを見て、メトラが動いた。
≫ベギィンッ!!≪
メトラが手近な道路標識の白いポールを片手でへし折る。
槍投げのモーションでポール構える。無謀にも正面から突進してくるスズリを相手に、わざわざ魔術を使うまでもないと判断したか。
「ふんッッ」
投擲。右腕が唸る。
風を裂いて飛来するポール。
スズリは左腕のバリスティックシールドで受ける。
#ガァアンッッ#;/"
衝撃。火花が散る。理想的な避弾経始。極めて浅い角度でポールを弾き飛ばす。スズリは止まらない。
「舐めるなよメトラァ!!」
一方の弾かれたポールは、そのままの勢いで後方へすっ飛び、
#ツガンッ!!# リンキが身を隠した柱に突き刺さる。
「ひぅ!?」思わず声が漏れる。
(U∧U)『今のは牽制ですね』
(0▽0)『二人同時にとは横着ぅ!』
「投棄ッ!!」
スズリが躊躇なくシールドを分離。用済みの荷重を振り払うように盾を投げ捨てる。戦闘魔法杖のトリガーに指がかかる。
それに応じるようにメトラが長杖を構える。先の一撃で警告は済ませたとばかりに、攻撃姿勢に移る。
「ヤバい来る!」
思わずリンキが警告を発する。防御の備えのないスズリに超重の一撃が降り降ろされれば、どう考えても無事では済まない。このまま魔術的強重力で地に押し付けられて圧殺されるだろう。
しかしスズリは防御姿勢をとらない。
「止めれるもんなら――ッ」
";#スダンッッ#;"
跳躍。
「止めてみなァ!!!!」
しなやかな脚が強く水面を蹴り、身軽な体を空中へ押し上げる。
靴底から水滴の尾を引きながら、街灯、看板、ビルの壁面を次々と踏み台に、トントンと高く高く昇ってゆく。眼前にそびえ立つ、地上39.39メートルの時計台を目指して。
(U∧U)『まったく馬鹿と煙は』
(0▽0)『高いところが好きだねぇ!!』
地上戦において、むやみな大跳躍は基本的に悪手とされる。地から足が離れると機動性が失われ、空中では無防備となること。さらに着地点を予測されやすく、先回りされる危険があるからだ。
だがそんなことはお構いなしに、躊躇なく時計台の頂に上り詰める。
高みから下界を一瞥し、
そしてスズリは――――、
*トンッ*
――――宙に身を投げた。
(0▽0)『跳んだああ!』
巨大な時計の文字盤を背に、スズリの影が空を舞う。
そこはメトラの直上。
(0▽0)『真上ぇ!?』
(U∧U)『真上!』
跳躍の意図を悟る。
疑似重力魔術の効果を封じる絶好のポジション。
第一に、対象が宙にあり地面に接していないため、瞬間的には圧し潰す作用が全く働かない。
第二に、重力は鉛直方向にかかるため、相互の体が完全に衝突コースに入ることになる。
故に、メトラにしてみれば絶妙に重力魔術を撃ちにくい角度からの攻撃となる。リスクを顧みず敵の攻撃を封じる一手。
(0▽0)『マジカル入玉戦法だ!!』
(U∧U)『マジカル入玉戦法ですね』
スズリは戦闘魔法杖を両手で掴み、大きく振りかぶる。ステンレス鋼製の銃剣が太陽光に煌めき、その切先は眼下の敵をしっかりと捉える。
「グラムッッ!!」
迫真の術式名コール。システムが即応しロード。
【刺突魔術[Gramr]:高密度魔力刃で装甲を貫徹し急所を突く】
キャパシタ解放。蓄えた大量の魔力が、両手のユニバーサルコネクタを経由して戦闘魔法杖に供給され、さらにその先、銃剣の刀身へと流れ込む。エッジから溢れる魔力が細かな光の粒となって、刃のシルエットが禍々しく輝く。
対するメトラは、真上から落下してくる敵を迎え撃つべく、杖を天にかざす。
「……アトラスインパクト……」
低く落ち着いた声で術式を呼び出す。
【疑似重力魔術[ATLAS-IMPACT]:特定の範囲に強重力を生ぜしめる】
回避行動はとらない。両足は地を踏みしめている。あくまでも重力魔術で敵を叩き潰す構え。驚異的な勢いで魔力が充填される。
そしてスズリも受け身を取る素振りは見せない。刺し違えてでも、このまま捨て身の体当たりを決める覚悟だ。
「一蓮托生ォッ!!」
振りかざした輝く刃が、まさにメトラの頭蓋を砕かんと9.8m/s^2の加速度で迫る。
双方譲らず。垂直方向のチキンレース。観衆が固唾をのむ。
(0▽0)『くおぉ、ぶつかるぅ!!』
「退け」
メトラが杖を振り抜いた。
魔術発動。
瞬間的、巨大な疑似重力が襲い掛かるかかる。
>>#シュゴンッッッ#>>
スズリの体が、ビル壁面に叩きつけられた。
美しい御影石の外壁を粉砕。割れた窓ガラスが飛び散る。
リンキは己の目を疑った。
スズリはメトラめがけて垂直に自由落下していたはず。
しかし、
空中で落下軌道が急変したのだ。――――直角に。
(0▽0)『曲げたァ!?』
(U∧U)『こんな芸当できるんですね』
仕組みは単純。通常は鉛直方向に作用する疑似重力だが、メトラは直前でその角度を90度変更。魔術的重力の槌で横方向から殴りつけたのだ。
しかし、既に落下速度が乗った状態から、鋭角に近い軌道変更を強いるとなると、瞬間的に相当強烈な横方向ベクトルの加速度がかかったことになる。衝突時のダメージは、平均的なエンジェルモデルのインナーストラクチャー耐久限界強度を優に超えているはずだ。臓器や神経系に深刻な損傷があってもおかしくはない。
ビル内に叩き込まれたスズリ。壁に開いた大穴。その向こうにいるはずだが、反応がない。激突の衝撃で建物内の柱がへし折れているのが見える。細かな瓦礫がカラカラと零れ落ちる。
(0▽0)『おっとぉ! 鉄スズリ早くも行動不能かぁ!?』
(U∧U)『フルスイングでしたし、さすがに耐えられないですかね』
シンプルにして強烈。他を圧倒する絶対的なドラグーンモデルのパワー。己の肉体に龍の因子を受け容れるという代償を払うことでのみ得られる選ばれし力。その力が発揮される様を端的に見せつけられ、観衆は興奮に沸き立つ。
「威勢の割にはこの程度か」
メトラが杖をデフォルトポジションに戻して言う。軽蔑も憐憫も含まない、塵ほどの感情すら乗らない冷徹な声音。
観衆の声はリンキには届かない。しかし、当事者たるリンキが場の空気を一番リアルに感じている。
心拍が、まるで錘を失ったメトロノームのように暴れだし、平常心搔き乱す。あのスズリが瞬殺される様を目撃し、リンキは完全に怖気づいてしまった。精神が絶望に呑まれそうだ。
だが、
「待てョ……メトラぁ……!!」
絞り出すような声。大穴の縁を掴む手。
スズリだ。ビルの中から血まみれで這い出してくる。歯を食いしばり、動かない両足を引き摺って。
(0▽0)『うぉお生きてる!!』
(U∧U)『割と瀕死のように見えますが……』
(0▽0)『やはりカエリクスの魔法少女はしぶといぞ!』
片手で穴の外へと体を引き摺りながら、もう一方の手には戦闘魔法杖を握っている。その先端、銃剣の刃は未だ妖しい輝きを放つ。魔力粒子の輝きを。
そう、スズリが戦闘魔法杖にロードした魔術は、その魔力を撃ち込む機会を逸したため、エネルギーを魔法杖に集中させたままの発動待機状態となっているのだ。それはもうギッチギチに魔力を詰め込まれた状態で。
「こいつ……ヲ……ブチ込んでやらないと――」
「スズリぃ!?」
「――気が済マないんだよ……ッ!!」
額から流れる血で目は赤く染まり、衝突時の脊椎損傷のため脚は既に機能しない。それでもスズリは、執念と底無しの気力で戦闘魔法杖を構える。
【刺突魔術[Gramr]】は特別な魔術だ。邪悪な竜ファーヴニルを仕留めたという伝説上の剣の名を冠するこの術式は、まさにドラグーンモデルの装甲を貫通するためだけに設計された、カエリクス工房謹製の最終兵器である。
これをメトラに突き立てることができれば勝てる――。その確信があるからこそ、スズリは死力を尽くして立ち向かう。レイディアントを、ドラグーンモデルを、強い魔法少女を屠ることこそが、スズリの戦う意味なのだから。
「私が、倒す……お前らレイディアントも、ドラグーンモデルも、みんな私が倒してやる……ッ」
おぞましい怨嗟の声を吐きながら、スズリは上半身をビル外壁から乗り出し、再度攻撃を試みる。
「私の方が……強いと……ッ」
だが、
現実は冷酷である。
「執濃い」
メトラが杖を振るう。
//#_スシャン_#//
鋭い一陣の風が駆け抜け、
杖の軌跡の延長上、ビルに斜めの断裂が入る。
「弁えろ」
さらに振り下ろす。
;#ズゥンンッッ_
屋上の時計台が傾ぎ、
_ドドドォォォゴゥオオオオオオ!!!#:’。
崩落。
ビルの一角が、まるで砂の城のように崩れ落ちる。建物を構成していた巨大な建材が、次々とスズリを巻き込んで落ちていく。交差点を睥睨していた大きな時計台が、優美な佇まいを誇った鉄骨鉄筋コンクリート造ビルディングが、溶け落ちるように崩れていく。
舞いあがる粉塵。人工物の雪崩。
次々と巨大な鉄筋コンクリート塊が水面へと落ちる。轟音に震える大気。
唸るような衝撃と振動。幾筋もの水柱が上がり、大きな波が広がる。
「スズリィイ!!」
ほんの一息の間に、スズリの姿は崩壊するビルに呑み込まれ消えてしまった。
白い水煙と灰塵のベールの先、メトラは至近距離に降り注ぐ巨大な石塊にも動じることなく、ただ悠然と目前の瓦礫の山を見据えている。それはまるで敵に対してではなく、墓標を見つめるような、虚無の目で。装甲表面の水滴が日を浴びてチラリと光り、重力に沿って一筋に流れ落ちる。
僅か数秒、ビルの一角は、交差点を埋める程の歪な灰色の山と化した。かろうじて時計台の文字盤と針だけが判別できる。全てを飲み込むように、道路上に雪崩れ込んだ鉄とコンクリートの山だ。
「すズ………………」
あの中にスズリが埋まっている。それだけは確か。しかし、無事かどうかは定かではない――
否、否。ただの現実逃避だ。戦闘不能であることは明白。この状況で戦えるのは――、
「次はお前だ」メトラの目がそう告げる。
――そう。自分しかいない。
(0▽0)『この戦況かなり一方的かもだねぇ』
(U∧U)『数で上回る相手との戦い方は昔から変わりません。分断して各個撃破。裏を返せば、此方が数で勝る場合は、分断されないようにしなければなりません』
(0▽0)『つまり……シンプルな作戦ミス!』
メトラが瓦礫を踏みつけながら、リンキの方へ視線を向ける。
周囲に滞留する粉塵の幕を切り裂くように、杖を振り下段に構え、攻撃姿勢を取る。
(0▽0)『さあ! ひとり残された久々原リンキはどう出る!?』
(U∧U)『立ち向かっても、返り討ちに遭うだけですからね』
(0▽0)『ここは逃げの一手が正解かぁ!?』
リンキは逡巡する。
作戦は既に破綻した。自分はこれからどうすればいい。逃げるべきか、それとも瓦礫の下のスズリを助けに行くべきか。
逃げた場合――――時間切れまで持ちこたえられれば、敗北扱いにはならない。だが、メトラの攻撃範囲は想像を絶するほど広大だ。逃げ切れる保証はない。
では、スズリを助けに向かうか。それは戦場のセオリーに反する。犠牲が増えるだけだから。
教えてよ、ねえさん――――、
――「助けられる実力がないなら、たとえ仲間でも助けに行っちゃ駄目」――
そう。知っている。何度も言われたこと。
――「その人が死んでいるなら、なおさら行っちゃ駄目。それは絶対に罠だから」――
スズリがまだ動けるのか、自分にはわからない。でも、まだ生きていると信じたい。
――「でもね、もしリンキがやられたら、私は助けに行く」――
それはルール違反だよ。
――「リンキを撃った奴を、絶対に殴りとばしにいくから」――
分かった。
決めた。
もし、ただの少年兵だった頃なら、決して行かなかっただろう。
「僕は、もう無力じゃない――」
右手の戦闘魔法杖をギリリと強く握る。
「――魔法少女なんだ」
正直、どうしてスズリが自分のためにここまで体を張るのか、その理由は分からない。
でも、自分がスズリに対して恩があるのは確か。あのとき、命を救われたから。今、寮に留まれるよう尽くしてくれているから。だから自分はこの場に立っている。魔法少女になるための試練の場に。
この機会を捨てるわけにはいかない。そして、自分のためにメトラに立ち向かったスズリがやられたということは、
「……よくもスズリを――――」
自分には、たぶん、あれを殴りとばす権利がある。
「――――ブチ殺してやるぞ土師方メトラぁ!!」
力任せに地を蹴り駆け出す。リンキの意思に応じて、パワーアシストが後押しする。纏わりつく水をものともせず、高く水飛沫を上げながら前進する。
これが魔法の力。己の体に宿る超常の力を確かに感じる。強さを。自身を。可能性を。
「行くなリンキ!」観覧席で乙多見が叫ぶが、その声は届かない。
(0▽0)『ああっ、お馬鹿!』
(U∧U)『行ってしまいましたね』
この二百と数十メートルを駆け抜けて、温存した魔力で特大の一撃を敵に撃ち込むこと。それだけを考えて走る。
「勘違いするな久々原リンキィ! これは試験ではない」
視線の先、メトラが瓦礫の山の上から見下ろして言う。
「私の目的は、君の志をへし折ることだ。故に、できる限り惨い方法で君を殺す」
そう言い放つ目つきは、言葉に偽りがないことを示している。
「知ったことかァ!」
敵の言葉を聞いてはならない。決意が揺らないように。立ち止まってはならない。敵に辿り着くため。諦めてはならない。目的を達するため。
「動くなよォ!」
あと10メートル。足取りに淀みはない。このまま突っ込むだけ。
システムの術式スロットから攻撃術式を選択。魔力残量は発動条件を満たす。支障なし。
「ロード!
シューティングスタ――――ッ!!」
【攻撃魔術[ShootingStar]:充填された魔力の限りにおいて、着弾時に衝撃を生じせしめる非実態弾を射出する。】
瓦礫の山を駆け上りながら、戦闘魔法杖を構える。この魔術は魔力量に応じて威力が増す。出し惜しみは不要。副キャパシタの全魔力を迷わず投入。全身全霊を込めて目の前のメトラを消し飛ばしてやる。
敵まで約5メートル。この距離は外さない。絶対に中てる。
照準器の中にメトラのコアを捉え、
「吹ッッキ飛ベ!!!」
トリガーを引く。閃光が走る。
>>*コ゜ォァオッッ_ンバァンッッ!!!!*<<
至近距離。炸裂。
衝撃波が超音速で駆け抜ける。暴力的な空気の壁が全てを薙ぎ払う。
強大な風圧が海水を押しのけ、引き潮のように路面が露出。大波は白い飛沫を伴って両岸の建物に叩きつける。
瓦礫の山が大きく抉れ、いくつもの大きなコンクリート片が宙を舞う。
そしてリンキ自身も例外ではなく、衝撃に煽られ後方へ飛ばされ、
「うおああああああああ」
ゴツゴツとした瓦礫の斜面を転げ落ち、路面に背中を擦り付けて止まる。再び海水が押し寄せ、波がリンキの体に当たり砕け散る。そこへ次々と落下する瓦礫。その度に水飛沫が上がり大地が揺れる。
手応えはあった。直撃だ。これだけの破壊力。全ての魔力を注いだんだ。メトラにトドメを刺せなかったとしても、少なくとも彼方へ吹き飛ばした確信がある。
「やったか!?」
顔の海水を拭い、揺れる脳と霞む両目で確認する。
あの顔が、
獲物を見る、あのおぞましいメトラの笑顔がリンキを見下ろす。
「ナあ、――――この程度か?」
無傷。
直撃を受けたうえで、絶対的に無傷。
平然と元の場所に佇むメトラの姿を見て、リンキは言葉を失った。
「これが貴様の全力か久々原リンキィ!!」
足元の瓦礫の山が消し飛ばすほどの威力。その攻撃を無効化することすらせず、真正面から受けたうえで、メトラは一歩も退かなかった。ただ足場が吹き飛んだ。それだけ。
(0▽0)『効いてない! 効いてないぞー!!』
(U∧U)『冷静に考えて、メガリズール級を正面突破できるわけがないんですよ』
「くっそおおおおおおおあ」
予想外、というよりも、絶対的な性能差はこれ以上どうしようもない。メトラの纏うスプライトブレイカーのコア出力は3,000,000Rzを超え、俗にメガリズール級と呼ばれる部類に属する。たかだか100kRzの出力しか持たないショートソードとは文字通り桁が違うのだ。
しかし、諦めるという選択肢は250m後方に棄ててきた。
そして、リンキが無知ゆえに敵のバリアコーティングを抜く魔術徹甲ではなく、力学的な破壊に特化したキネティック系を選んだことで、予期せぬ成果があった。メトラの築いた瓦礫の山が、大きく掘り返されている。道を塞ぐように横たわっていた灰色の塊は、四方八方へ飛び散り、その跡にはクレーター状の穴。
「っは…………スズリ?!」
そう、スズリを――正確には瓦礫の隙間から突き出したスズリの腕を見つけたのだ。
メトラのすぐ傍。鉄骨とコンクリートの塊の下敷きになる形で、間違いなくスズリの左手が視認できる。
気付いた時には、既に駆け出していた。無意識のうちに。
ただ真っ直ぐに走る。生き埋めにされた相方を助け出すために。
それは即ち、再びメトラに向かって行くことになるが、気にしている場合ではない。無防備でも何でもいい。急げ。一刻も早くスズリを回収するんだ。
パワーアシストの力を借りてひた走る。瓦礫の破片を蹴り飛ばし、海水を押しのけて。
「リンキ。教えてやろう」
「黙れ!」
「敵前で遺体を回収しに行ってはならない。お前自身が死体になるだけだ」
「まだスズリは生きてる!」
大きな壁の残骸を跳び越え、スズリまであと数メートル。濁った海水に血が滲んでいるのが見える。
「学ばないなら、――はやり苦しんで死ネ」
その言葉を聞き流し、もしかしたら今のが最後通牒だったのかもしれないと、一抹の疑念が生じた直後、
「[Purgatorium]」
メトラが唱え、杖を振るう。
フッ、と
風ではない何かが吹き抜け、
「灰に還れ」
魔術発動。
##!!フュゴォオウッッ!!##
光。熱。
辺り一面に火焔が上がり、
空のブルーを眩いオレンジが覆う。
【範囲焼却魔術[Purgatorium]:周囲を焼き尽くす。】
メトラを中心に、半径数百メートルに及ぶ地上空間が瞬く間に燃え上がる。
オレンジの炎は温度を上げるごとに黄へ。空の蒼と対照的な禍々しさで、まるでフランベの如く街を一息に包み込む。足元一帯は浸水しているにも関わらず、その水自体が、また大気そのものが巨大な焔を噴き上げる。
「なッ!?」リンキは思わず立ち止まり、呆然。
無理もない。街ごと突然猛火に包まれたのだから、どこにも避けようがない。
(U∧U)『火属性魔術!!?』
(0▽0)『こぉ、れ、は、舐めプだあああああ!!』
観衆がざわめく。乙多見は苦い顔をしている。
火属性魔術とは、読んで字の如く【火】に関する魔術の総称である。
まず、魔力は制御されていない状況下では、直ちに光や熱に変化する性質を持つ。初期の軍用魔術では、この性質により魔力から生み出される莫大な熱を攻撃に利用しており、かつては基礎的な攻撃手段として広く使われてきた。
しかし、魔法技術の進歩によって、熱と光による攻撃は容易に防御可能となった。適切な断熱と遮光により、ほぼ完全に無力化することができる。また攻撃魔術も高度化し、そもそも効率の悪い火や熱に頼らない、より有効な魔術が数多く開発されてきた。それゆえ現在では、対魔法少女戦闘で火属性魔術が使用されることはほとんど稀になり、経験の浅い初心者や防御手段を持たない非魔法化戦力、そして無防備な民間人に対してのみ有効な攻撃手段に成り下がってしまった。つまり、火属性魔術を使われること自体が侮辱になり得るのだ。
そしてリンキは魔法少女としては初心者中の初心者。メトラの思惑通り、纏わりつく炎に恐慌をきたし行動不能に陥っている。
「あわわあわああああ」
それでもショートソードのシステムは無能ではない。
<<high heat detected _ auto activation>>
【耐火魔術[Florianus]:火炎及び高温から身体を防護する。】
異常な熱を感知し、即座に断熱と冷却機能が自動発動。星状虹彩が耐閃光モードへ切り替わる。外気遮断。気管防護。酸素供給。主キャパシタの魔力が投入され、迅速に装着者の生命を保護する。
「耐えられる……ッ」
要はただの火。一時的なものであれば、これで十分凌ぐことができる。
だが、残念なことに炎が止む見込みはない。防御魔術で耐えているうちに安全圏へ脱するべきだが、街全体が炎に包まれている状況で、逃げ込める場所は見当たらない。
水面が白い泡で覆われる。海水が沸騰しているのだ。灼熱の水蒸気は上昇気流となって周囲から風を呼び、炎が渦を成して巨大な柱の如く立ち昇る。
灼熱に耐えかねた窓ガラスが次々と割れていく。一枚、一枚と砕けてはキラキラと炎の中に降り注ぐ。
ショートソードの主キャパシタ魔力残量を示す値がジリジリと削られていく。魔力が尽きた時点で、生きたまま焼かれることが確定する。
限られた時間をどう使うか。その判断が生死を分ける。
建物の中なら安全か? 屋上まで上がれば火から逃れられるか? それともメトラを倒せば、この火災は収まるのか? どこへ向かって走るのが正解だ?
――違う。違うぞ。重要なことを忘れている。今、この瞬間に焼かれているのは自分だけじゃない。
行く手を阻む青い炎。それに対する恐怖がスッと消えた。為すべきこと、やりたいことを思い出した。答えを。
たかが焼死への恐怖ごときで、簡単に仲間を諦めるような奴じゃない。行動でそれを証明するんだ。この身が多少焼けたとしても、スズリだけは回収する。そして屋上でも街の外へでも逃げればいい。
揺らめく炎の向こうで、スズリの腕は火あぶりにされ半ば焦げながらも、謎のしぶとさで耐えている。
「今行くよスズリ!!」
あと3メートルだ。すぐ目の前。
最後の数歩を一息に突破しようとした、
その時である。
>>#ズッドンッッッ#<<
「っうぐッ――」
強烈な垂直荷重がリンキの全身に襲い掛かる。
――メトラが重力魔術で追い打ちをかけている。ピンポイントでリンキをその場に縛り付けるために。
血液が重力に引かれ視界がブラックアウトする。インナーストラクチャーにより血圧が回復するまで0.4秒。
「ひれ伏せ。そのまま焼かれろ」
自身の重さに耐えられずガクッと膝を付く。撥ねた海水が瞬時に蒸発する。
「まっ……だッ」
重圧に抗い頭を上げる。あと3メートル先にスズリが、そしてその先には、冷たく見下ろすメトラの姿が、揺らめく炎の帳越しに見える。
まだ止まらない。
止まれない。
進まなければ。
進むのだ。
進むことができるのだから。
リンキの意志にショートソード応える。コアの出力が瞬間的に129kRzまで上がる。魔力残量の減少は止まらないが、パワーアシストとインナーストラクチャーが全力で偽りの重力に抗う。
「ッらアアアアアアアアアア!!」
ゆっくりと、しかし確実に。地を踏みしめ、立ち上がる。
前とは違う。
もう負けない。身を焦がす炎にも、地に縛り付けようとする重力にも。
顔を上げメトラを睨み返す。その胸元でコアが強く輝く。渦巻く炎に劣らない眩さで。
軋む脊椎を無視して、無理やり上体を持ち上げる。鈍い痛みが全身を襲うが耐える。
「僕は……ッ」
一歩。
「負けないッ!!」
もう一歩。
「だからッッ!!!」
さらに最後の一歩。
そして手を伸ばす。――動かないスズリの手へ。
触れる。
ジャリ。と、嫌な手触りが。肉の炭化した様を思い出す。
もしかしたら、もうとっくに焼け死んでいるのかもしれない。今までその可能性から目を背けていたが、一気に現実を叩きつけられる。
それでも構わずスズリの手を強く握る。炭と化した表面が割れて零れ落ちる。
「今、助けるよ……!」
本体を運び出すため、大きなコンクリート塊の下を覗き込む。目を閉じ、炎の中に力なく横たわるスズリの姿が目に入る。顔の片側は酷く焼け焦げ、瞼も癒着し開きそうにない。リンキは思わず言葉を失った。
「ス、、」
「もう魔力の反応がない。言っただろう。既に死んでいると」
メトラが淡々と告げる。
「スズリ……………………?」
思考が止まる。
要するに、
もう駄目だということ。
これで終わり、
<< Connected >>
――ではない。
<< [θερμοχωνεῖον] >>
突如、
覚えのない術式が強制的にロードされた。
大量の魔力が流れ込む。――リンキが握った、その小さな手を介して。
キャパシタの魔力残量が急激に回復。何かが起こっている。
バイパス回路確立。大容量仮想キャパシタ展開。魔術発動スタンバイ。全身に力が満ちる。
瞬間、リンキは直感的に悟る。
全てスズリの作為だと。
「(撃てリンキ)」
脳内に直接声が響く。スズリの声が。
「……わかった」
スズリの手を握ったまま、もう一方の手で戦闘魔法杖を構える。銃口を真っ直ぐにメトラへ向けて。
「おい、何を企んでいる」
メトラは訝しみ、杖を引き寄せ防御の構えをとる。先程とは訳が違い、不確定要素が多い。
「あとは僕が――」
リンキにとっても初めての感覚。死んだはずのスズリの腕から、術式情報や魔力が次々に送り込まれてくる。その勢いは凄まじく、繋いだ掌から光が零れるほど。
「お前まさかッ!?」
メトラが溢れ出る大量の魔力に気付くも、時すでに遅し。
「――僕がヤってやる!!」
高まる魔力の唸りを聴け。
気高きコアの輝きに刮目せよ。
いざ、必殺の、
「テルモ――――、
コォォォォオオオオオオオオネイオンッ!!」
魔術発動。
全ては瞬く間に。
【熱収束魔術[θερμοχωνεῖον]:全周の熱を束ね撃ち出す。】
強制冷却。
街中を占めていた火炎が、熱を奪われ即時に鎮火する。
水蒸気は微細な氷の粒となり、純白の濃霧が視界を覆う。
海水面が凍てつく。凝固時の膨張により*パギギィッ*氷表面に幾筋もの亀裂が走る。
一帯を席巻していた膨大な熱は、第二種魔力変換により吸い寄せられるようにリンキの手元へ。
火焔の轟きが消え、数サブミリ秒の静寂の後、
「くたばれッッ!!!」
奪った熱を一挙に放つ。
#ォゴゴオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!!#
銃口から光が走る。無制御魔力粒子ビーム。
殆どコントロールされていない裸の粒子が、暴力的な勢いで噴き出す。
ビームと呼ぶにはあまりにも無秩序。あたかも飽食の生物が無理に呑み込んだ魔力を吐き戻すかのように、又は抑えの利かない粒子たちを解き放つかの如く、無数の線の束が光の速度でメトラに喰らいつく。
銃口から弾き出された魔力は、即座に熱あるいは光となり、敵を焼き尽くさんと燃え上がる。
単なる燃焼とは比較にならない量のエネルギー。断熱術を貫通する強烈な輻射熱。無色、眩いばかりの白。むしろ白を超えた輝きそのもの。相対的に空が暗く見える程の。
空を引き裂く轟音。大気の悲鳴。熱風が吹き荒れる。
足元の氷は解ける間もなく蒸発し、乾いた路面が露出。アスファルトが融解、瓦礫類が赤熱しながらドロドロの地面に沈む。
メトラは耐えている。攻撃のための魔力を全て防御に回す。長杖を盾にして、真空断熱と冷却術そしてバリアコーティングの併用により全力で抗う。炎を扱う者が炎に屈するわけがない。ここで退いてはならない。
しかし限界がある。自らが放った火をまとめて叩き返されているのだ。魔術防御の基本、攻撃と同等の魔力を持たなければ相殺することはできない。広域に拡散したエネルギーを、ひと塊にして押しつけられている現状。自らの魔術が強力であるほど、さらに強力な攻撃となって撃ち返される皮肉。
「焼ァけ落ちロォォォオオオオ!!!」
「くッッッソォォォオオオオオオオオオオ」
(0▽0)『すごおおおおい!』
(U∧U)『うわ眩し……』
ついにメトラの杖が溶解。
攻撃を受け止め赤熱していた中間部がガラス細工のように折れ曲がると、魔術防御に綻びが生じる。瞬く間に両断され、熱に耐えきれず溶け落ちる。
同時にリンキの戦闘魔法杖が限界を迎える。魔力を使い果たし沈黙。銃口からトリガー付近にかけて醜く爛れ、撃ち出した魔力熱の凄まじさを物語っている。回路自体が負荷に耐えられず、これ以上実弾はおろか魔術を撃つこともできない。
(0▽0)『ねえ!今の何ですか!?』
(U∧U)『火属性魔術「テルモコーネイオン」とか「ヒートファンネル」とか呼ばれる術ですけど……実際に使う人がいたんですねぇ』
熱収束魔術[θερμοχωνεῖον]。それはかつて火属性魔術のひとつの到達点とも称えられた、非常に強力な魔術である。周囲に散らばる熱をかき集めて敵に叩きつけるという、発想自体は単純だが、自前で投入する魔力以上の威力を発揮できるという点で、格上相手に逆転を狙える理想的な一手である。難点は、第二種魔力変換という高難度技術を要することに加え、そもそも周囲に十分な熱がなければ意味がなく、有効に機能するシーンがかなり限定的であるということ。大体、火属性魔術の出番が少ない現在において、火に囲まれることを想定したこの術式に利用価値はない。そしてスズリがなぜ術式データを持っていたのかは謎である。
メトラの杖の残骸が瓦礫の上に落ちて転がる。防御を抜かれたということは、防御に使える魔力が尽きたことを意味する。
一方のリンキも、かき集めた魔力を全て撃ち尽くしてしまった。役目を終えた戦闘魔法杖をそっと手放す。
互いに敵の目を見据えたまま動かない。空気が張り詰める。
(0▽0)『双方魔力切れ! この状況、引き分けかー??』
(U∧U)『いえ、出力差の分だけスプライトブレイカーが有利です』
一般的に、キャパシタ容量の大きさが瞬発力・打撃力を、コア出力が継戦能力を表すと言われる。つまり、一度キャパシタの魔力を使い尽くした後に、どれだけ早く再充填できるかというスピードの話。スプライトブレイカーの定格出力は3,480kRz。対してリンキのショートソードはたった100kRz。こうして睨み合っている間にも、30倍以上の速度で魔力量の回復を許してしまうことになる。
メトラが先に動く。
右足を踏み込み、目にもとまらぬ速度で鋭い爪を揃えて突き出す。決着をつけるための、極めて単純な近接攻撃。
「クたばれッッ!!」
その先端はリンキの胸の中央、若葉色に輝くコアを捉える。
「くッ!?」
回避のバックステップ。間に合わない。神速の突きは薄いバリアコーティングを貫通し、コアを完全に破壊する。防護板が引き剥がされ、砕け散った水晶が舞う。ショートソードの魔法少女システムが完全沈黙。戦闘能力喪失。
(0▽0)『決まったァ!?』
(U∧U)『いや浅い!!』
そう、メトラの一撃はコアを砕いたが、リンキの心臓を逃した。又は敢えて外したのか。いずれにせよ命を奪い損ねた。それが最大のミス。
次の光景に、メトラが、リンキが、そして観衆の誰もが目を疑った。
>>#バメギィ#<<
スズリの体に重くのしかかっていた分厚いコンクリート板が、突如として4つに割れる。亀裂から#ズヴァッ#っと飛び出すスズリの右腕。
(0▽0)『ウワ生きてるゥ!?』
その手が握るのは戦闘魔法杖。――スズリの汎用戦闘魔法杖【NFR BW-7】。
リンキは一切の迷いなく、その戦闘魔法杖を掴み取る。墨色の優美なストック。先端には大型銃剣。刃が妖しく光るのは――――大量の魔力が充填されているから。
戦闘魔法杖を両手で構え、腰を落とし、
「トドメだああああああああああああああああ」
全身全霊を込めて敵を突き上げる!!
【刺突魔術[Gramr]:高密度魔力刃で装甲を貫徹し急所を突く】
メトラの右脇腹、鱗状の装甲板を突き破る。あれだけ硬かったバリアコーティングを、特殊魔力刃がいとも簡単に貫く。
全身の筋肉を駆使して刃を肉にねじ込む。切先は肋骨の間隙から肺を貫通し、刃渡り200mmの銃剣が心臓へ到達。
銃身ごと90度捻り、そして引き抜く。傷口が血を噴く。
喉の奥からも肺から漏れた血液が溢れ出し、口の両端から二筋の赤い線が流れると同時に、ゴポリと喉が鳴る。滴る鮮血が深紅の鎧を伝う。
やがてメトラはリンキを睨みつけたまま、一言も発さず膝から崩れ落ちるように倒れ伏した。
観衆も乙多見も、リンキ本人すらも言葉を失っていた。
(0▽0)『………け……………』
(U∧U)『――決着です』
(0▽0)『決着ぅぅぅうううううううううッ!!』
試合終了が宣言され、勝敗が決した。
(0▽0)『勝者ぁ、久々原リンキ!!!!』
・・◇・・
「今までで一番キツい死んだふりだった。正直死ぬかと思った」
「さっさと死んでおけば楽だったろうに」
「オ、負け惜しみかぁ!?」
「言っておくが、お前は負け判定だからなスズリ」
試合後。スズリとメトラが熾烈な感想戦を繰り広げる脇で、リンキは精神力を使い果たして床にへたり込んでいた。実感がないが、確かに自分は、あの土師方メトラに勝ったのだ。
叩き潰され、生きたまま焼かれながらも、根性で死んだふりを続けたスズリ、そして意地でもスズリを助けようとしたリンキの行動が奇跡的に噛み合い、結果として遥かに格上のスプライトブレイカーを撃破することができた。
「なんというか、死ぬほどキツかったけどさ、リンキを信じて待ってよかった」
「作戦通りということか」
「別に。そこまで用意周到じゃない」
「では何故。無計画な自己犠牲は美徳ではないぞ」
「たぶんユマならそうした、から」
「……そうか」
メトラはスズリの頭をくしゃりと撫でる。そしてリンキの方へ歩み寄ると、ポケットから黄金色に輝く小さなモノを取り出し、差し出した。
「受け取れ」
「これ……」
「多少無鉄砲な部分があるが、動きや判断力を総合的に勘案し、魔法少女としての素質が認められる。これを――――アライアンス徽章を着けるに値する」
手を伸ばすが、指先が震えてうまく掴めない。
「まったく。世話の焼ける奴だ」
そう言いながらメトラは、リンキのベストの襟に徽章を取り付ける。細い指と慣れた手つき。揺れる髪からほんのりと甘い香り。
「さあ、これで君も我々の仲間だ。それから――」
そのまま耳元に唇を寄せ、囁くように
「――気付いているだろうが、スズリは石蓮寺ユマの不在をお前で埋めようとしている。仲良くしてやってくれ」
「……しゃくれんじゆま……?」
「さあ! 改めて我々の新しい仲間、カエリクス工房の久々原リンキだ。よろしく頼む」
メトラが声を張り上げ、集まった寮生達にリンキを紹介。その声は僅かに誇らしげだった。
「失望させるなよ」
「と、当然です」
・・◇・・
「ところで、乙多見殿」
「なんだいメトラ」
「スズリに下された処分について伺いたいのだが」
「カミゴーリアの件かい? 既に知っているだろう。無期限外出禁止とORDERコードの剥奪ということで、正式に決定しているよ」
ORDERコードは、アライアンス所属の魔法少女としての公式資格を証明する個人記号である。これがなければ戦場に出ることが認められず、さらに敵味方識別の対象外となるため、事実上、魔法少女としての地位を失うことになる。スズリはカミゴーリアにおける無許可魔術行使のため処分を受けている。
「私が聞いた限りでは、カミゴーリアでは人的・物的被害は全く出ていない。外出禁止はともかく、ORDERコードの剥奪は重すぎるのではないかと」
「――何が言いたいのかな? メトラ」
「処分の件、乙多見殿が裏で手を回したのでは?」
「……ふふ。ノーコメントだよ」
「一体なぜ。スズリのためにならないのでは」
「私はね、メトラ。常にスズリの幸せを願っているよ」




