4-4 グランエコール★七西中
七王子西中学校の、三階の隅っこにある調理室。そこに、カナタたちの所属する二年三組はいた。
エプロンを装備した面々の前に、家庭科教師が現れた。
「では、本日は予告していた通り、調理実習を行います。何をつくってもらうかは、この抽選ボックスで決めます」
教卓に置かれたのは、「?」が大きく描かれた赤い箱だった。
その中に家庭科教師は手を突っ込んでまさぐる。
そうして取り出された紙に、書かれていたものは……
「フレンチのコース料理を、本日は作ってもらいます」
その時、一人の生徒が疑問を胸にして手を挙げた。
「先生、フレンチは教科書に載ってません」
「レシピはこちらで用意してあるので、大丈夫ですよ」
続いて別の生徒が声を上げる。
「そもそも、カリキュラムだとパスタじゃないんですか? 兄貴がそう・・・」
「黙らっしゃぁい!! では、班ごとに別れて、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザート、の五種類をそれぞれ作ってもらいます。ほら、班の代表は早くレシピ表を取りにくる。どれをやるかは早い者勝ちですよ!」
「……では、行ってきます」
カナタたちの班は、班長でもあるマサルが代表して取りに行った。
「班長ありがと~」
そうしてカナタたちの班が作ることになったのは……
「なるほど肉料理か。『鶏もも肉のコンフィ』ね」
「さあ、作ろうぜ」
「俺材料取ってくる」
「私はフライパン取ってくる。柴谷さんも一緒に行こ」
「Sure.」
「俺たちは待ってよっか」
「ですね……」
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調理器具一式の用意は完了し、いざ調理スタート。
「えーとまず、『ジャガイモを四等分して、皮をむき、塩ゆでします』」
レシピ表を確認したカナタは包丁を握った。
「これ、後の行程見た感じ、ポテトサラダ的なのをつくるのか」
「ぽいな。付け合わせか」
「うん。『柔らかくすりつぶし、牛乳を加え、なめらかになったら塩コショウで味を整えます』絶対ドンピシャ」
「えーっと次は、『本来ならここで味つけの行程が入りますが、時間がかかるのでカットとします』だって」
「端折られちゃった」
「……長いなら仕方ないですよ」
「で、『味をつけておいた鶏肉を、熱したフライパンでパリッと焼きます』……」
アカネは、味付けの調味料に漬け込まれた鶏肉をパックから取り出し、皮面を下にして焼き始める。調理台の周りには、オリーブオイルとハーブの香ばしい匂いも漂い始めた。
「これは美味しくなる匂いだな」
「だね~」
「でもさ、俺たち、もうやること無くね?」
「確かに」
「ここは私に任せて、みんなは他の班の偵察にでも行ってきたら?」
「マジ? ありがてぇー」
「あ、僕は残ります。偵察の気分でもないので……」
「そ。じゃあ三人で行こっか」
「「おー」」
本来なら、他の班のところに行くのは咎められるところだが、幸運なことに家庭科教師は席を外していた。これをチャンスとばかりに、カナタ、エイタ、ビスケの三人は出発した。
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「二班と一班は一緒に魚やってんのか」
初めに訪ねたのは、クラス随一の熱血漢、寿イオリの所属する二班と、この日の休みが三人も出た一班の合同調理台だった。
「そうだな。『白身魚のムニエル』だ」
フライパンを振っているイオリの言葉を横目に、ビスケは調理台に置いてあったレモンを手に取った。
「レモン使うのか」
「そいつは添える用なんだとさ。別で調味用にレモン汁は用意されてるがな」
「ふーん」
「てか、イオリって料理出来たんだ。全然そんなふうには見えないけど」
「所謂シングルファザー家庭でな。父は家に滅多に帰って来ん。だからこうして、いつもやってんだ」
「――――そうなんだ」
「まー見たし、俺らは次行くわ」
「おう。そっちも頑張れよ」
「それは佐藤さんに言ってやれー!」
三人は、次の班へと旅立った。
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次に訪れたのは、サラダを担当する三班だった。
「なーに作ってんの?」
「おお藤木。びっくりした。今は『ニース風サラダ』ってやつを作ってる」
「写真見ても分かるけど、具だくさんなのいいね」
「だろ。ニースの人たちに感謝だな」
「ニースって地名かよ。物知りだな~」
「いや、レシピ表の裏に書いてあっただけだから」
班員の男子が、そう言って裏面を見せてくれた。そこには、表に記載された料理のことが、一〇行近くに渡って語られていた。その中に、発祥の地のことも書かれていたのだ。
「マジじゃん。こんな丁寧なの、家庭科教師らしいわ」
「だな」
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続いては、スープを担当する四班だ。
「どんなスープなの?」
「『オニオングラタンスープ』ですって。玉ねぎを飴色になるまで炒めなきゃだから、骨が折れるわ……」
四班の女子生徒が、鍋をかき混ぜながら答えた。
「そりゃ大変だな」
「ってかちょっと、男子! 座ってないでまな板とか洗ってよ!」
しかし、そこに四班の男子生徒たちは居なかった。
驚いて調理室中を見回せば、カナタたちと同じように他の班に偵察に行っていた彼らも、すぐに見つけることができた。
「いつの間に……! ちょっと、手伝いなさいよ!」
彼女は、偵察に行った班員たちを連れ戻すべく、どこか怒気の籠ったような足音を響かせながら小走りで駆けだした。
「樟葉さん強ぇな」
「ちょっと分かる」
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最後に訪れたのは、デザートを担当する五班だ。
「おー、来たかお前ら。『クリームブリュレ』、一口味見してみてくれないか?」
「マジで? ありがとー!」
一つのカップに三つのスプーン、しかし誰かがブリュレを一口食べている。これをシェアしろと言うことだろうか。
そんなことも気にせず、三人はスプーンを手に取ってブリュレを口に運ぶ。
「ん~、濃厚」
「お前上手いな」
「美味いんだけど……」
そう含みを持たせて言ったビスケに続くように、カナタとエイタも、眉をハの字に曲げた。
「なんか、しょっぱくない?」
「だろ?! ちゃんと配られた砂糖をそのまま、分量通り使ったはずなのに、どうしてしょっぱくなっちゃうのさ!」
「もしかして……」
カナタは、砂糖が六人分の分量入れられた皿に指を突っ込み、それをペロと舐めた。
「甘くてしょっぱい……これ、砂糖と塩が混ざってる」
「えー! マジかよ」
カナタと同じようにエイタも舐めてみる。
「マジだ!」
「これ用意したの先生だよな。後で言っておこう」
「でも良かったんじゃない? まだ作ったのが一個でさ」
「「「それな」」」
「『全員スイーツ作り初めてだから、まずは一個作ってみよう』って提案してくれた須恵くんに感謝だわ」
須恵と呼ばれた男子生徒は、照れを隠しながら会釈をした。
その時、家庭科教師が束の間のトイレを終えて戻ってきた。
「げ。じゃあ俺ら戻るわ」
「じゃあこっちは"このこと"を言ってくる。先生ー!!」
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調理実習の時間は二時間である。 説明・準備に一五分、調理に三五分、休憩を一〇分挟み、再び調理に二五分、残りの二五分で食事と片付けだ。
今はその、食事の時間である。各班、それぞれが作ったものを食べ始めていた。
そしてそれは六班も例外ではない。
「――――給食前なのに、結構ガッツリ食べさせられるなぁ」
「一人一個じゃないだけまだよくね? コンフィでけーし、中途半端な時間にデザートだけ食わされる方が嫌だろ」
「ま確かに」
一方、家庭科教師は各班が作ったものを少しずつ貰い、採点も兼ねて食していた。
「ふむ、ふむふむ。皆さん! よくできていますね」
室内の何ヵ所かから、「ありがとーございまーす」のような声がちら、ほらと聞こえた。
「では、食べ終わり次第片付けになりますから、そこはちゃんとしてくださいね」
「はーい」と、一同はバラバラに返事をした。
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翌日、四時間目。カナタたちは教室で数学の授業を受けていた。
「では次の方程式の解を……春晴!」
「はい。エ・・・」
その時、校舎の奥の方から大きな破裂音がした。
「今のなに!?」
生徒たちは驚いて、何事かと廊下に出た。すると、奥の調理室からも生徒が続々と出てきた。
その内の一人を捕まえて、カナタは何があったのか尋ねた。
「きみ、冬雪さんの幼馴染みだよね?」
「うん。そうだけど、もしかしてチハヤが何かした?!」
「冬雪さんの天ぷらが……爆ぜた」
「わー……やったなぁ」
爆発(?)オチでした。
レシピ参考(鶏のコンフィ/日本ハム) https://www.nipponham.co.jp/recipes/genre/yoshoku/20662/




