8-1 年の瀬
日本という国は、かなり面白い。簡単に言えば和洋折衷、西洋文化から日本文化への切り替えがとにかく速いのだ。とくにこの師走は顕著で、メリークリスマスと祝ったらすぐに年越しの準備に入り、一週間後には蕎麦をすすっている。
クリスマスの雪もとっくに解けた一二月三〇日、大晦日。どこか色褪せたように見える駅前を、カナタは演劇部の仲間と、あと幼馴染と三人で歩いていた。
彼らは繁華街の雑居ビルにあるカラオケ店に入っていった。繁忙期料金で少し高くなっているが、良い練習場なのは他ならない。
「さー読み合わせよ」
彼らの手には、『超解釈シンデレラ!』と書かれた台本があった。作者は、宮崎カナメ元演劇部長。
なぜ、こうなったかというと………
**********
事の発端は、九月まで遡る。新学期早々、演劇部員たちに次の公演の台本が手渡された。それが『超解釈シンデレラ!』だ。名前の通り『超!』で『新解釈』、すなわち現代版シンデレラ。
「これが、今年の七王子市民文化コンクールの台本になる」
あらすじはこう。
臆病で冴えない高校生の進藤麗は、クラスメイトで高校生ナンバーワンホストの毒島神門のバースデーパーティーに招待された。特に理由は無い。だが、意地悪な継母と異母姉に邪魔されてしまう。そこに、クラスメイトのギャルイタコこと笛有摩子が現れ、今の麗とは一八〇度違う、破天荒な『L』を降霊させた。Lに流されるまま、麗はパーティーに乗り込むが……?
という、ミュージカル調のお話だ。大筋の流れは、原本のシンデレラと同じ。だが、これを初めてみた演劇部員たちは、総じて顔をしかめた。
「なんですか……これ」
「原作レイプ甚だしい……」
「ミュージカルかぁ」
「てかこれ何人でやるんですか?」
そう。この劇の一番の問題点は、最後に演劇部員が質問したように「人数」だ。台本の初めには、
・進藤麗 役:
・『L』 役:
・毒島神門 役:
・笛有摩子 役:
・継母 役:
・異母姉A 役:
・異母姉B 役:
・異母姉C 役:
・麗のイマジナリーフレンド(声) 役:
・神門の執事 役:
・その他モブ 二〇名強
これだけでも三〇人近くは必要になるわけだ。
「実は、これには深いワケがあってね」
カナメはそのワケと同じくらい、深く息を吸って、吐き、
「今回のコンクールで結果を出せなければ、我が七西中演劇部は、廃部……だそうだ」
「……え?」
「いや、正確には『失敗した時の廃部と引き換えに、予算をたっぷり出してくれる』って話だ」
――――なんつー賭けに出てくれてんねん。
奇しくも、部員たちの心は一つだった。
「あと、演劇部員以外にも役者とか裏方で手伝いが頼めるようになった。つまり! 『超解釈シンデレラ!』は七王子西中学校の全員で作り上げる劇! 目指せ打倒柳葉! というわけで、この『超解釈シンデレラ!』のオーディションを、二週間後に行います! それまで各自練習しておくこと!」
まあ、そういうことだ。
**********
カナタは、めちゃくちゃ練習した。授業と睡眠の時間以外、Classroomで共有された電子の台本をスマホやタブレットで見ながら、四六時中練習した。目標はただ一つ、原作シンデレラでは王子に当たる毒島神門役を掴むこと。
だが、荒牧スバルもまた、本気だった。職業役者としての矜持を見せてきた。
結果は惨敗。惜しくもカナタは『神門の執事』役に収まった。また、まだ、勝てないのか。相手は本物の実力者で、天と地ほど実力の差があると分かっているのに、負けたら悔しい。
てかガチ子役が無双するうちの状況どうにかならないのかな。
まあ仕方ない、結果は結果として割り切らないと、先に進めないからそうすることにした。三年生が引退して、自分たちが最上級生になって初めての今回の劇。責任は言わずもがな重大だ。
一、二曲歌って、読み合わせ練習に入る。
今いるのは、『進藤麗/L』こと冬雪チハヤ、『毒島神門』こと荒牧スバル、『神門の執事』こと春晴カナタ、の三人だ。主役二人がいるとなれば、主要シーンはあらかた練習できる。
「じゃあ行こう」
カナタが手を叩き、第一場、学校の教室のシーンがスタートした。
その隣の部屋に、三人はいた。
「えーっ!? キイチくんも、大阪出身なん?!」
コーラとメロンソーダとミネラルウォーターが並ぶ机を囲み、小鳥遊キイチ、鞍馬シブキ、春晴マキナの三人は談笑していた。歌う合間に、出身地の話に花が咲いたのだ。
「まぁ、三歳までですけど」
「三歳まででも、大阪に生まれて住んだんやから、それはもう大阪出身やろ! いやー、仲間ができて嬉しいなぁ。うちのクラスみーんな東京人でなぁ……」
「そう……ちなみに、春晴さんはどこ出身? 東京?」
「私? 私はシラ………」
まずい。この世界に、この国に『シラ王国』なんて地名は存在しなかった。
「「シラ?」」
「シラ……川郷。白川郷」
以前勉強した『世界遺産』なる集合の一つを、咄嗟に答えてみた。だがなんとも言えない空気が流れる。流石に誤魔化せなかったか。
「……へぇーっ。白川郷って、普通に人住んどるんやな」
キイチがスマホでファクトをチェックしたが、
「確かに、住んでる人居るな」
危機は乗り越えた。口が裂けても、この二人には『異世界出身です』なんて、言えるわけがない。
**********
同じ頃、
「本当に、行っちゃうの?」
玄関で、サユコは心配の表情を浮かべていた。
「そうだ、ワタシは、旅に出る」
刃那伊地タカトは、春晴家から旅立とうとしていた。二ヶ月半前、タカトはもう一人の自分に諭され、誰が善で誰が悪かを見誤っていたことを知った。魂が生きた何万年の過去を思い出した。それから春晴家と同居し、人間の優しさを知った。虚無に生きた時間を取り戻したくて、広い世界を見たくて、彼は旅に出るのだ。
「せめて……カナタたちが帰ってきてからじゃダメなの?」
「あの二人には、もう、話をつけてある」
「そう……」
そこに、タイチも降りてきた。
「おー。もう行っちまうのか」
「じきに、な」
タイチは何を言おうか、と頭を軽く掻き。
「まあ……アレだ。気が済むまでブラブラして来い。そんで、いつでも帰って来い」
まるで、もう一人の息子にでも言うようだった。実際、彼はその認識でいる。
「分かった。では、また。『良いお年を』」
「おう」
「いってらっしゃい」
彼は玄関を出て、一度も振り返らず、春晴家を後にした。




