第3話 転生 ②
『アバロンの聖樹の下に集う~魔法世界の王子様は御学友に恋をする』。通称まほプリ。
それはWeb小説じゃあなくて、ラノベよりもふた昔くらい前になるのか。ちょうど俺の母さん世代の女の子達の間で一世を風靡した恋愛ファンタジー小説。大人気で今でいうところのメディアミックス、コミック化TVアニメ化実写版TVドラマ化舞台化映画化──アニメ版と実写版がある──はもちろん、当時じゃまだ珍しかった女性向けの恋愛シミュレーションゲームにもなって、家庭用ゲーム機の女性ユーザーを激増させた。
クールジャパンを代表するよな作品で、十数ヵ国語(外国語ってたくさんあるんだね!)に翻訳されてて、各国で日本作品の売り上げ記録を更新。作者の名前は日本の総理大臣よりも知名度が高くてね『世界に影響を与えた百人』とかに選ばれたりもしていたらしい。
同じ世界観でシリーズ展開されていて、俺達世代でもジャンルは違えどオタクに分類される連中ならみんな知ってる。あれだよ、アメリカに黒い丸耳のネズミーとマーベルヒーローズが在るように、日本にはリボンの可愛い白仔猫ちゃんと電気鼠、まほプリが在る。
そんだけ世界に知られてるシリーズだから当然海賊版とゆーかパクりましたね?みたいなビミョーな作品が溢れてさ、取締りのためにインターポールが特別捜査チームを発足させたってニュースになってたっけ。
物語は魔法学園で出会った王太子アレクシスと男爵令嬢サリアのふたりが、数々の障害を乗り越え身分違いの恋を成就させるという恋愛モノの王道を威風堂々と歩み進める物語は定番中の定番で当然ハッピーエンドだ。
おっと。王道を、定番を、馬鹿にするなかれ。
金髪碧眼のイケメン王太子アレクシス(愛称はアレクだった)は当時の恋に恋するお年頃な女子の夢そのものだし、サリアのふわふわピンク髪に大きな苺色の瞳には三つの星が煌めいて女子の秘めた乙女心を爆燃させ、ついでに男子の萌えにも着火した。このヒロイン、女子向け恋愛小説の主人公としては珍しく巨乳設定だったのだ。やっぱ巨乳は正義だよなー。
おかわり、じゃないおわかりいただけただろうか。
この『まほプリ』は、物語こそ安定志向の王道安心定番路線を一ミリもずれずただひたすらに突っ走っているだけなのだが、キャラクターの設定造形が尖っていて特定の層にぶっ刺さるのだ。
良く言えば個性的、悪く言えば闇鍋的なごった煮のような(誉めてんだよ?)……。
兎に角、大ヒットした一作目に味をしめて、って言ったらなんだけど、アレクとサリアの孫世代の、こっちは恋愛よりも学園生活に焦点を当てて、そこに王位継承問題も絡めた二作目。一作目の当て馬キャラの恋愛事情とか、魔法学園設立に纏わる悲恋の物語とか。本の売れないこのご時世に国内版シリーズ累計発行部数が一億の大台に乗ったとか、二次創作界隈が盛況過ぎてGDPを二パーセントも押し上げたとか。
インターポールに『まほプリ』専属海賊版特別対策チームが発足したとかニュースでやってたっけ。
そんな超ユーメー恋愛ファンタジー小説の世界に転生してしまった。
しかも長期シリーズのどこにも名前すら出てこないモブキャラとして。
いや、モブならモブでもいいんだけども、魔法学園に入学するとなると、時と場合によっちゃあ物語本編に関わる主要キャラとの出逢いがあったりさ、絡みがあったりするかもしんないじゃん。
可能性ゼロじゃねーじゃん。
どうしよう。俺、いちおう全作読んだけど、いっちばんハマってた時期が小五の頃でさ。中学は架空戦記モノにハマったし、高校ではどっぷり異世界転生でチート、な作品中心に読み漁ってたからさぁ。
キャラも物語も細かく覚えてねーんだけど。いやアレクとサリアの第一作目は覚えてるよ。原作とアニメと舞台とじゃ展開が違うなー、アニメのオリジナルキャラも可愛いなー、とか。でも他はちょっと……。
どうしよう……。下手に主要キャラに関わって物語をトンでもない方向に進めてしまったら。
いや、どうしようって俺にはどうすることも出来ないんだけれども。
内心オロオロしつつも村での平穏な日々が過ぎ、、無事十二歳の誕生日を迎えた後の春、俺は魔法学園に入学した。
東の王国の東の端っこの村を出立するその日。
修道院のみんな、タウトさん、村長さん他村の人達総出。居合わせた行商の一行さんも、砦の軍人さんも非番の人中心に見送ってくれた。見送ってくれたはずだ、たぶん。
俺は……いや、ナタリーはこの時、前夜からずっと爆泣きしていて目も腫らしていてほとんど何も見えていなかったんだ。なんせ小さな村だからね、みんな家族みたいなもんなんだよ。好き嫌いとか仲の良し悪しは関係なくね。村はこれといった特産品も産業も無いし若者は仕事を求めて出てく一方。俺が産まれた頃からでも三割くらい人口が減ってるって話だった。俺も魔法学園を卒業した後は王都か他の大きな街で働くことが決まっている。この近くに勤め先になりそうな街は無いから、俺が村に戻って来ることはもう無いんじゃないかな。や、絶対ないね。
王国の端っこの村から魔法学園までは、国土を横断する必要がある俺のために、用意されたのは竜馬が牽く馬車、馬車でいいのか?竜車かな?馬車でいっか。二頭立ての馬車だ。
竜馬ってのは何て言うか……ファンタジーだと馬車牽く生き物って馬とかさ。翼のあるペガサスとかかな?って思うじゃん。魔法学園には空飛んでく訳だし。ホラ、俺って今世、平民だけど美少女だからさ、ペガサスの牽く馬車とかが似合うと思うんだよねー、平民だけど。それが竜馬って何?え、竜種?竜の種族って何?原作に竜なんていたっけ?
竜騎士?だってありゃあばりばり戦闘職で、こんな長閑な辺境に平民の送迎になんか来ねえだろ?
うーん。原作は魔法学園内の物語が中心で、村から学園に向かう場面とかなかったよなー。『今日からわたしも魔法学園の生徒なんだわ、がんばらなくっちゃ(ふんす)』みたいなスタートなんだよ。
とにかく、ここにきて初めてファンタジー世界に合う生き物の登場だ。
ファンタジーな生物との初遭遇だ。村には前世と大差ない家畜しかいなかったからな。魔物も魔獣もいたけど俺は子供で討伐とか参加してないからな。
竜馬、竜馬ねぇ。前世だと歴史上の偉人にもいたけどね。
そんではじめましての竜馬。はっきり言ってペガサスとは全ッ然違う!
ペガサスみたいな四つ脚と違って、前足の代わりに巨大な蝙蝠の翼を持ち、地上では一対の脚で駆け、翼をはためかせて天空を翔る。竜の雑種の一種で、賢くて人懐こい。人の魔力との相性も良くて、魔法師団の基本的な騎獣なんだって。この世界、竜種てまるっとまとめてるけど竜の種族がそれはたくさんいて、日本画で見るよなうねうねした細長い体の竜も、ファンタジーRPGの常連などっぷり怪獣感たっぷりな竜も、どっちも竜で正解、なだけでなくたくさんの種類──形態とか能力とか──中には前世の知識と照らしても『え!これも竜!?』なのもいるんだよ。竜生九子っていうんだっけ?
まぁ竜馬は、顔は馬ってよりも某社製の麦酒のラベルの動物に似てるんだけど。馬感どこにもないんだけど。誰だよ、竜馬ってネーミングしたヤツ。馬知らねーんじゃねえの。
これで人懐こいとか無いわ。人懐こいからって可愛いと思えるかどうかは微妙。アナタ次第、ってとこかな。だって。
「これが竜馬……」
馬車に恐る恐る近付く。若干腰が引き気味なのは許してほしい。
車輌は前世の観光バスサイズ。もしかしたらひとまわりくらいデカいかも。車体にでん!と王家の紋章が付いている。
で、それに輪を掛けてデカいのが竜馬だ。
首を伸ばすと頭が車輌の上に出る。
それが二頭。白いのと黒いの。白いのの眼は紅玉、黒いのの眼は翡翠。
そいつが案内役の魔法士に連れられた俺をじっ、と視ている。
俺の足が止まった。
デカい。
……ちょびっと、いやかなり恐い。
恐いよ、てか恐がっていいよな?
だって俺、十二歳だよ?女子だよ?
「恐いのか」
魔法士が立ち止まった俺に聞く。いや、普通恐いだろ?
村には竜馬なんていねえんだよ。人生初竜馬だぜ?
俺は──ナタリーはちっこくてやせっぽっち。身長は測ったことないけど体感じゃ百三十センチあるかなしか。前世の俺が十歳の頃の身長だ。
恐る恐る頷く俺に、魔法士は黙って扉を開けた。
こいつもデカい男だよな。世紀末救世主的な肉体に文官の制服を着ているのがバグにしか見えない。
最も、三人居る護衛騎士はもうひとまわりデカかったけど。
「乗れ。悪食ではないと聞いているが、例外が無いとも言い切れない」
ひえぇ!それって俺、餌認定されてるかも、ってことですか?
勘弁して。
俺は慌てて、けどビビっててギクシャクした足取りで全然進まないのに業を煮やした、デッカい魔法士さんに襟首掴まれ馬車に積み込まれましたとさ。この村が始発らしくて百人入っても余裕そうな客室には俺ひとりボッチ。馭者と魔法士さんは専用の露台に居る。物心ついてからこっち、修道院の狭い居室で押し合い圧し合い暮らしていた身にはこのポツンと具合が不安を煽って仕方ないんですが。
幸い窓には幕が掛かっていて竜馬に覗き込まれる心配はない。
ないんだけど……俺は迷った末、最後尾の席に踞った。
このあと、王国内十ヵ所以上の街や村を巡って(どこも故郷の村と同じくらい辺鄙なトコだった)魔法学園に到着したのはこの日の午後だった。
ちなみにウチの村からだと他に寄らずに魔法学園に直行しても、馬だと三ヶ月かかるらしいよ?
竜馬速ぇえ。