その後のピアディ~漂流先で意外な出会い~
「ぷぅ~♪」
大きな海の中、波の間を漂いながら、ピアディはご機嫌にお歌を歌っていた。
あまりにも弟子入りした魔王おばばのご指導が厳しかったので、おばばが目を話した隙によちよちと逃げて、ぴょんっと海の中に飛び込んできたのだ。
……そういえば、それからどれくらいの時間が経ったのだろう?
ピアディは海の中にいる限り無敵で安全だから、危機感がまったくない。
波間に揺蕩っていると海と一体化したような良い気持ちになって、時間や場所の感覚を忘れてしまうのだ。
海には美味しくて、ピアディの小さな身体とお口でも食べられる小魚さんやプランクトン、それに食べやすくてコクのある海藻などもたくさんある。食事もまったく困らなかった。
「ぷぅ~ぷぅっぷ~ぷぃ~♪」
歌いながら波間を漂っていると、ピアディから虹色キラキラを帯びたネオンイエローの魔力がばーんと噴き出してくる。
ピアディは進化した種族の中でも、歌聖という特殊なお役目を持つ。聖なる歌で世界を祝福し、清めていく大事なお仕事を日々担っているのだ。
とそこへ、通りかかった大きな船の甲板から声をかけられた。
「もし。もし、そこの愛らしい声のお方。あなたはだあれ?」
しっとり華やかな女の人の声だ。
ピアディは船を見上げた。
長い金髪の女性だ。目の色などは位置が高すぎてよくわからないが、黒い服を着ているのはわかる。
「その虹色を帯びた魔力。尊き高貴なお方とお見受け致す。我らの船にお招きしてもよいだろうか?」
女性の隣に、これまた黒い服を着た男がいる。こちらは落ち着いた、かなり年配の男性らしい雰囲気。
「ぷぅ(うむうむ。よきにはからえなのだ)」
甲板から縄に結ばれたカゴが降りてきたので、ピアディはぴょんっと海から飛び乗った。
カゴの中には柔らかい布が何重にも詰まっていて、こちらへの気遣いを感じる。蓋がないところも良い。――捕捉しようという意図がないことを示しているからだ。
そのまま引き上げられると、甲板で待っていたのは二人の男女だ。
どちらも黒い軍服姿だった。
ピアディに最初に声をかけてきた女性は、緩い癖毛の金髪。エメラルドのような鮮やかな緑色の瞳の、少し垂れ目の甘い顔立ちをした美女だ。
年齢は四十前後だろうか。背が高めでメリハリのある体型なこともあって、かなり若々しく見える。
「まあ。可愛らしいピンクのカエル……ちゃん?」
ピアディのようなウパルパを見たことがなかったようで首を傾げている。
男性のほうは、白髪の混じる黒髪と、黒目の中肉中背の老人だ。整った端正な顔立ちで、思慮深さが滲み出るような落ち着いた表情をしている。
何となく見覚えのある顔立ちだが……
(はて? どこで見たのだっけ?)
「ぷぅ(そなたたち、王や王妃の〝気〟を持っておるな。ふうふ?)」
老いた男性と、それよりだいぶ若い女性はお互いに顔を見合わせ、笑った。
「いいや、残念だが夫婦ではない。我らは義理の家族なのだよ」
「ぷぅ(そっかあ、なのだ~)」
よくわからないが、ピアディには興味のない話なので深くは突っ込まなかった。
「して、貴殿はこのような海でお一人、何をされておられるのか?」
「ぷぅ(われ、歌聖ピアディなり。母なる海を漂いながら海域をきれいきれいにしてるのだ)」
「歌聖、ですか?」
「ぷぅ(うむ。われ、サラマンダーの魚人なり。その幼体ウーパールーパー。進化した種族ぞ)」
それから、ぷぅぷぅと二人と会話して情報交換するところによると、彼ら二人は大陸の北西地域の王国の王族ということだった。
年配の男性のほうが元王様だという。王様業を一人娘に譲って引退してからずっと暇を持て余していたそうで、のんびり暮らすのに飽きて新しい仕事を始めたばかりとのこと。
彼が仕事で全世界を回るようになり、女性のほうは今回、たまたま別の用事があって途中まで同じ船に乗っているのだそうな。
二人はとても気の良い性格をしていた。ほどよくピアディを敬い立ててくれるので、つい調子に乗ってお世話してもらっているうちに陽が暮れてきた。
「ピィーッ!(ピアディ、見つけた! ダメだよ、ひとりで勝手に国外の海に出ちゃ!)」
「ピュイッ(ピアディ、またおとうたんとねえやにおこられるよ! おせっきょうナイトだよ!)」
太陽が水平線に沈む間際、遠くから夕陽を浴びてオレンジ色に明るく染まった大小二体のドラゴンがやってきた。
お空を飛んできたのは子守りの綿毛竜のユキノ君と、その子どもの雛竜六号だ。
「ぷぅ(しまった、見つかってしまったのだ)」
巨体のユキノ君は人間の大人サイズに身体の大きさを調整してから、小さな雛竜と一緒に船に降りてきた。
「ピュイッ?(あれ? テオドロスさまとセシリアさまだ。お国はどうしたんですか?)」
ユキノ君が黒い軍服の二人を見て首を傾げている。
「ぷぅ(ユキノたん、このふたりとしりあい?)」
「ピュア!(勇者君のご家族だよ!)」
ここでようやく種明かしとばかりに、二人は笑った。
「私が年の離れた兄で」
「あたくしが母です♪」
「ぷぅ?(なんと! 勇者君のご家族であったか!)」
言われてみれば、男性は勇者君と同じ黒髪黒目で顔立ちもそっくりだ。ということは勇者君の親戚のお兄さんともそっくり。
うたた寝して海を揺蕩っている間に、ピアディは国をいくつか越えた遠い海まで流されてきてしまったようだ。
「この海域からカーナ神国へは船で数日かかるが……。どうするね、歌聖殿。綿毛竜に乗って帰るかね?」
「ぷぅ(ううん。われ、おふねにのるのはじめてなのだ。このままバカンスをたのしみたいのだ)」
「そうか。ならばカーナ神国に寄り道するとしようか」
そうして数日かけて船の旅を楽しんでいるうちに、あっという間に西のカーナ神国の海域に到着だ。
先に戻って聖剣の聖者様に報告してくると言うユキノ君を甲板から皆で見送ろうとしたところ。
「ピュイッ(おや? 南西のほうからも船が来てるね)」
見たところ中規模の軍艦だ。船体にいくつか大砲が見える。
どうやら以前の王国時代のカーナ王国の船が帰還したもののようだが……
ピアディたちの乗る船がカーナ神国に到着しても、その船はずっと港の外に留まったままだった。
(なにかトラブルかなのだ?)
最初はちょっとだけ不思議な気分で気になっていたピアディ。
だがその後、聖剣の聖者様や聖女様に加えて、魔王おばばも加わったお説教包囲網から逃げているうちに、停留したままの船のことはすっかりぽんと頭から抜けてしまったのだった。
→聖女投稿に続く




