ウパルパ最強伝説の一歩!
愛らしさと強い自信が売りのウーパールーパー、ピアディを大いに嘆かせたもの。
それは、ステータスの『攻撃力ゼロ』だった。
攻撃しても傷を付けることができないという意味だ。
一応、サラマンダーらしくギザギザの歯があるので噛みつき攻撃は可能だが、この歯もまだまだ小さく頼りない。
痛みを与えることはできても噛み跡が軽く付くぐらい。噛みちぎるほどの力はなかった。
ところが詳しく調べてみたところ、装備品を装備することで多少は数値が上がることが判明した。
というのも、休日だったその日は、いつもお仕事で朝から出かけている鮭の人や聖女様たちも含めて全員が聖剣の聖者様のおうちにいて寛いでいた。
だがお昼の時間までは仕事を少し片付けるものが多かった。なのでピアディもお外に遊びに行くことはせず、お家の中を生まれて間もない雛竜と一緒によちよち歩いて暇つぶしをしていたのだ。
ふと覗いた厨房には、いつも美味しいごはんやおやつを用意してくれる料理番のオヤジさんが。ご機嫌に鼻歌を歌いながらお昼の下拵えをしていた。
この屋敷の厨房は、主の聖剣の聖者様自身が料理を嗜むこともあって、広めで設備も最新式のものが揃っている。
ぷぅっ、ピュイッとピアディと雛竜が声をかけると、ちょうど休憩の時間だったようでオヤジさんがおしゃべりに付き合ってくれたのだ。
「ピアディ君にベビー君か。どうしたんだい、厨房にご用かな?」
「ぷぅ(今日はおうち探検の日なのだ)」
「ピュイッ(なのだー)」
「そうかい、おうちで冒険の日なんだねえ」
「ぷぅ!」
「ピュイッ!」
多愛ないおしゃべりをしながらも、オヤジさんは食器類の手入れをするなどして手を動かしていた。
その中の一つにごく細い、木製や竹製の爪楊枝の詰まった箱があった。よく聖剣の聖者様たちのお酒のおつまみ用のオリーブの浅漬けや一口大のチーズなどに刺して提供されているやつだ。
「ぷぅ(おじじ、それわれにおひとつくださいなのだ)」
「えっ、爪楊枝を? 危ないんじゃないかい?」
「ぷぅ(この細さ、サイズ、なかなかよいのだ)」
「ピュイッ(よいのだー)」
それから爪楊枝を一本頂戴して、ピアディの短い前脚の小さなお手々でも何とか掴めることを確認して。
爪楊枝を掴んだままだと四つ足のピアディは歩けないので、雛竜に代わりに持ってもらって、再びよちよちと歩いて皆のところに向かった。
今日はお休みの日だから、皆が集まっているのはリビングだ。確か仕事の打ち合わせをしていると朝ごはんの席で言っていた。
「ぷぅ(むふ。むふふふふ)」
「ピュイ?(ピアディ、どうしたの? こっちおいでよ)」
そーっと扉の隙間からリビングへ入ると、綿毛竜のユキノ君に見つかってひょいっと雛竜と一緒にもふもふの前脚で捕捉され、テーブルにオン。
「まあ。ピアディちゃん、もふもふちゃん。お帰りなさい」
お話中だった聖女様が優しく出迎えてくれて、そして。
「ぷぅ!(みよ、われの武器をー!)」
皆の前に現れるなり、ピアディが短い前足で持ってみせたのは、木の切れっ端だ。いや、削られて先端が尖った、いわゆる〝爪楊枝〟である。
皆の視線が集まる。注目されてとても良い気分のピアディは、雛竜から受け取った爪楊枝をまるで勇者が持つ聖剣のように掲げてみせた。
本物の聖剣持ちの聖剣の聖者様や勇者君がここにはいるけれど、それはそれ、これはこれ。
「ぷぅ、ぷぅ!(えい、えい!)」
「えっ、い、痛ッ! 地味に痛いなこれ!?」
ちょうど一番近くにいた聖女様の彼氏の、腕時計を嵌めている手の甲をつんつん突っついてみた。
「どれどれ、鑑定してみようか。……こ、攻撃力1か……はは、ゼロから偉大な進歩だな、ピアディ」
「ぷぅ!」
鑑定スキル持ちの勇者君の鑑定でも、間違いのない結果が確認できた。
もうピアディは自信満々で自己肯定感マックスである。ゼロから1への進歩はとても大きい。何もないところから有を発生させることこそ、一番難しいのだから。
ところがどっこい。
「ちなみに僕の聖剣(魚切り包丁)は攻撃力100」
「ぷぅ?」
勇者君が肩提げの革の鞘から包丁を取り出して見せてきた。どこからどう見ても柳刃包丁だが、聖剣と同じ材料と製法で作られた逸品である。
「なお、私の大剣は280」
「ぷぅ……」
こちらは勇者君の親戚のお兄さんだ。大剣士の資格持ちなので、いつでも取り出せる場所に武器を置いているのだ。
「そしてこちら、我らのルシウス様の聖剣はといえば」
「む? 出せば良いのか?」
勇者君に話を振られた聖剣の聖者様が、手の中に透明な魔法樹脂の両刃剣を創り出した。
虹色キラキラを帯びた明るいネオンブルーの魔力を満たしていくと、あっという間にお外のお空で輝いている昼間の太陽よりビカビカに明るく光る聖剣の出来上がりだ。
「ぷぅ!(まぶちいのだああ!)」
慌てて隣にいた雛竜のもふもふの胸元に顔を突っ込んで、強い光から逃げた。
ピアディを受け止めた小さな雛竜はまんざらでもなさそうな表情だ。まだ小さなもふもふの前足で、ピアディの半透明の身体をぽふぽふ宥めている。
「鑑定。……うーん、測定不可か。やはり」
「ピアディ様。更なる高みを目指していきましょう」
「ぷ、ぷぅう……」
鮭の人にとても優しい目で見つめられて撫で撫でされてしまった。これは、まだまだ頑張りましょうの顔だ。
「武器を持たせても危ないな。爪を補強するか」
横からぷにっとピアディを掴んだのは魔王おばばだ。
じーっと、聖剣の聖者様や鮭の人と同じ、 湖面の水色の瞳でピアディをひっくり返して、四本の足を一本ずつ見分している。
ピアディは魚人だからか、ふつうのウーパールーパーとは指の数などが少し違う。
前足と後ろ足それぞれに水かきがあるのは同じ。指の数は人間と同じで五本ずつだ。(本来のウーパールーパーは前足だけ四本指)
そして一般的なウーパールーパーにはない、薄皮のような小さな爪があった。
「ぷぅ?」
「少し先を尖らせた付け爪を作るか」
小さな小さなピアディの爪を、一個ずつおばばが魔法樹脂で補強しては形を整えていく。
それだけではなくさまざまな機能を考え考え、付与していった。
「うむ。ピアディ、試しにこれに攻撃してみよ」
「ぷぅ!」
言っておばばが示したのは、テーブルの上のカゴに入っていたココナッツの実だ。先日の強化合宿キャンプで毎日美味しくもぐもぐしていたあれと同じもの。
「ジューア様、なにを!?」
ぽいっとココナッツを放り投げた魔王おばばに、皆は肝を潰しかけた。
カゴに入っていたココナッツはピアディや雛竜の何倍も大きく、重いものなのだ。
それに表皮を剥かれたものとはいえ、ココナッツの実は大人の男でも素手で割るのは困難だ。聖剣の聖者様なら容易だが、勇者君や聖女様の彼氏だとまず無理だ。ナタでも使わない限りは。
そんなものを頭上に投げつけられたピアディは……
「ぷぅ!」
えいっ、とピアディは小さな前脚で放り投げられたココナッツを殴った。
いや、『殴る』などというほど強い動作では決してなかった。補強された爪で『さりっ』と表面をなぞったぐらいの動きだ。
「ぴ、ピアディちゃん……?」
「おいおい、嘘だろ……」
ぶしゃーっと飛び散る白い果肉と、ほんのり甘い大量の汁を浴びた保護者たちは戦慄した。
「ぷぅ!(フハハハハハ! すごいのだすごいのだ、われすごい!)」
「こ、攻撃力4000……!?」
鑑定スキル持ちの勇者君やその親戚のお兄さんが愕然としている。
何だこの暴走ウパルパは!?
いや、そんな高火力をほいほい付与してしまえる魔王おばばこそが恐ろしい!
聖剣の聖者様は思わず、姉の魔王おばばを見た。
「姉様」
「うむ。これで攻撃力ゼロ問題は解決」
おばばは腕組みして満足げだが、しかし弟の聖剣の聖者様の目はちょっと冷たい。
「姉様」
「……すまん。やりすぎた」
さすがのおばばも、弟のジト目に「やらかしてしまった」という顔になって多少反省の色を見せた。
見ればピアディはすっかり興奮しきって、荒ぶっている。
「ぷぅ!(フハハハハ! いける、いけるのだ、これならわれ最強めざせるかも!)」
「ピアー!(ピアディすごい! つよい! かっこいい!)」
「ぷぅ(ベビーよ、もっとわれをほめたたえるのだー!)」
「ピュッフー!(ピアディだいすきーけっこんしてー!)」
「ぷぅ?」
唐突な雛竜からのプロポーズにびっくりした隙を狙って、魔王おばばにぷにっと掴まれた。
そして、身体をひっくり返され、お手々全部の魔法樹脂を剥がされて元通りとなってしまった……




