お魚さん王国が滅びるまで
そこから、戦争は終わったが世界の流れが変わった。
カーナ姫のような、複数の種族の掛け合わせで生まれた進化した種族が稀有な能力を持つと周知されるようになってきたのだ。
その研究のほうに誰もが夢中になって、戦争どころではなくなったというほうが正しい。
世界中からお魚さん王国のカーナ姫の元に、生態を研究させてくれと学者や魔法使いたちが殺到した。
しかし当然、カーナ姫もその夫の国王や王家も断った。
(カーナたんがダメと言うなら、それはほんとうにダメなやつ。そしたら不埒者どもが、甥っ子たんに目をつけはじめた)
そう、ピアディの兄王とカーナ姫がゆりかごで創った幼い王子にだ。
(もっとあの頃、そとのせかいを見ておけばよかったのだ。変なやつが甥っ子たんに近づいたのを、おにいたまやカーナたんに教えておけたら……)
外国から来たとある高名な魔道士が、王子の教育係となった。
だがその男は邪悪な心の持ち主だったのだ。
魔道士の男は王子にひそかに囁いた。
『王子。カーナ王妃の息子のあなたも、同じように巨大な龍に目覚める可能性があります。もしかしたらポセイドニアの偉大なる始祖ポセイドン大王を上回る英雄になられるやも』
ポセイドンはその頃すでに伝説になっていた、お魚さん王国をはるか昔に作った王様の名前だ。
魚人族は誰もがポセイドン様の子孫だと言われていた。
とても力の強い、この世界に海を作った神様レベルの進化した種族だったと伝わっている。
皆が憧れる、偉大な大王様だ。
そんな伝説の英雄への憧れを刺激されて、甥っ子王子は次第に、魔道士の甘い言葉に乗るようになってしまった。
「ぷぅ(まさか、甥っ子たんが謀反をおこすなんて)」
海へと続く階段の上から、ピアディは小さな小石を短い前脚で「ていっ」と弾いた。
ぽちゃん、と小石が夜の海に落ちていくのを、ウルトラマリンの大きな目で見つめていた。
その目は海を見ているようで、古い古い過去の記憶を見つめている。
ピアディの甥っ子は、ピアディの兄王を襲って深い傷を負わせた。王様の座を奪おうとしたのだ。
(たった一人の王子なのだから、そのまま普通に生きてるだけで次の王様になれたはずなのだ。甥っ子たん……なんで……)
実の父親を傷つけた甥っ子の次の標的は、母親のカーナ姫だ。
しかし、カーナ姫は寸前で逃げることができた。逃げて逃げて、遠い遠い故郷の竜人の国まで逃げ落ちた。
甥っ子は当然、カーナ姫を追う。
(カーナたんは甘いから、カーナたんだけなら甥っ子たんを許してしまったかも。……でも、竜人の王様はそうじゃなかった)
突然やってきて、カーナ姫を襲おうとした甥を、竜人の王様は返り討ちにしたという。
王様はカーナ姫の母親違いの兄だ。
(みんながいじめる竜人国で、たったひとり、カーナたんのお味方だった、竜人の王様)
ピアディはゆりかごの中にいた頃、兄嫁カーナ姫からこの竜人国の王様のことも聞いている。
誰もがカーナ姫を見下し、差別する竜人国で、兄の王様だけが妹のカーナ姫を庇っていた。
しかし庇いきれなかった。王様の立場も悪くなるからと、カーナ姫は兄王と何度も話し合った結果、魚人族のピアディの兄に嫁ぐことを決めたのだ。
それほど可愛がっていた妹姫を傷つけようとする者を、竜人国の王は許さなかった。
たとえ、それが妹の息子であり、自分と血の繋がった甥だとしても。
(かえりうちにされた甥っ子たんは、お魚さん王国まで逃げてきたのだ。けどカーナたんのおにいたまは追っかけてきた)
ここからの出来事は、神話やおとぎ話となって世界に残っている。
カーナ姫の息子は巨大なサラマンダーの魚人となって、竜の王様と七回お日様が昇り、沈むまで派手に戦いあった。
(甥っ子たんは間違いなくカーナたんの息子。カーナたんみたいな龍にはなれなかったけど、サラマンダーのまま巨大化できたのだ)
巨大な四つ足の魚人の化け物となってしまった甥っ子は、そのまま竜人の王様に討たれて、大地の底に沈むことになった。
けれど最後の悪あがきをした。
お魚さん王国の魚人の国民たちを丸呑みにしてしまったのだ。
その中には、大怪我をして王宮で治療中だったピアディの兄王もいた。
ゆりかごのピアディは、神官たちに守られて陸地の離宮に避難していたが、かえってそれが仇になった。
(われも離宮ごと、ゆりかごのまま甥っ子たんにぱっくん。あのまま海中神殿にいたら、もうちょっとで生まれたはずなのに)
その頃には白玉からピンクのサラマンダーに変化していて、いつ生まれてもおかしくないくらい成長していたピアディだ。
たくさんの魚人たちや建物を丸呑みした魚人の化け物は、竜人の王様にとどめを刺された。
そのまま大地の底に沈んで、やがてたくさんの恨みを抱えたまま、『邪悪な古代生物』と呼ばれる化石となった。
ピアディたち魚人族をすべて飲み込んだまま沈んだ場所こそが、今のカーナ神国の首都である。
甥っ子に飲み込まれた魚人たちは、大地の底に沈んでもまだしばらくは生きていた。
ゆりかごの中のピアディは彼らに守られることで、ゆりかごが壊れることもなく、そのまま冬眠することになった。
一人、また一人と魚人たちが命を失っていくのを感じながら、長い長い眠りについた。
そんなピアディが目覚めたのは、それから何十万年もたった現代、ほんの数ヶ月前のことだ。
『邪悪な古代生物の化石』となった甥っ子は、化石となった後も自分を殺した竜人の王への怒りや恨みを忘れなかった。
埋まった土地を邪気で穢す化石を、決死の覚悟で浄化してくれたのが、あの聖女様や聖剣の聖者様である。
ゆりかごの中のピアディは、甥っ子の強い無念が晴れたことでようやくこの世に生まれることができたのだった。
ただ、ピアディには気になっていることが一つだけあった。
ピアディが目覚めたとき、兄王の魂はすぐ近くにあった。
けれど、甥っ子に一緒に食べられてしまっていた、他のたくさんの魚人たちの魂はどこに行ってしまったのか?




