潮干狩りと浜辺デュエルなのだ
夕方、陽が落ちきる前の涼しくなった浜辺でいざ潮干狩り。
もう麦わら帽子も必要ないので、ピアディは保護ジェルを軽く塗り直し、ルシウス君は汗拭き用のタオルを首元に巻いての出動だ。
料理人のオヤジさんはバケツ二つと、潮干狩り用の熊手を手にニコニコ顔だ。
「孫とお出かけするみたいで楽しいねえ」
やってきた再びの浜辺では、漁師や地元の人らしき人たちがまばらに潮干狩りしている。皆、考えることは同じようだ。
「ぷぅ!(む。あのへんがスイートスポットな気がするのだ!)」
ピン、とピアディの頭のアンテナが岩場近くの浜辺に反応した。
「ピ?(ピアディ、そのアンテナほんとうに使えたんだね)」
「ぷぅ(むふー。ただのオシャレではなかったのだ!)」
「よし、行ってみようか!」
ピアディが示した砂の辺りを熊手で軽く掘ってみると、出るわ出るわのアサリやハマグリ、マテ貝などの山だ。
「潮干狩りたのしい!」
すっかり童心に返っているルシウス君がエキサイトして、貝を掘り返しまくっている。
料理人のオヤジさんは、その貝をすかさず洗っては海水を入れたバケツで砂抜きに没頭だ。
一方のピアディはといえば。
「ぷぅ(ヤドカリたん。こんどこそ決着つけるのだ!)」
かつて引き分けに終わっていたヤドカリとの再戦真っ只中だった。
「ぷぅ(ハッ!? や、ヤドカリたん。前にあったときより、貝殻が大きくなってないかなのだ!?)」
そう、ヤドカリとは成長につれて貝殻を取り替えていく海の生き物だ。
以前はピアディより小さかったのに、今目の前にいるヤドカリはピアディより大きい。
それだけならまだしも、まさかの。
「ぷぅ!?(す、す、助っ人とは卑怯なのだー!?)」
現れたのは何とカニである。いわゆるイソガニだ。海辺など水辺ならわりとどこにでもいるカニさんである。ヤドカリより一回り小さいくらいだろうか?
ヤドカリもカニも、ハサミを持った海の生き物だ。
武器を持たず、攻撃力ゼロのピアディでは、柔らかしっとりの半透明ボディは傷だらけにされてしまうだろう。
「ぷぅう……」
そのまま、互いに一対二で睨み合っていると。
「ぷぅ?」
ヤドカリとカニが戦線離脱するではないか。
「ぷ、ぷぅ?」
しかも、ヤドカリは横歩きしかできないカニに寄り添っている。――エスコートしているのだ。
困惑するピアディをヤドカリが振り返った。何だか自慢するように笑いかけられた気がする。
「ぷぅ!?(や、ヤドカリたんに恋人がー!?)」
そう。ヤドカリはピアディとの再戦より、デートを優先したのだ。
「ぷぅー!(ヤドカリたん! われが勝ったら海のおたからのありかを教えてくれる約束はどうなったのだー!?)」
返事はなかった。ヤドカリとカニのカップルはどこかの岩場にしけ込んでしまったようだ。
夕陽がゆっくり沈んで少しずつ暗くなっていく浜辺で、ピアディは打ちひしがれた。
「ぷぅ……ぷぅ……(まけた……われ、なんだかとてもまけた気分……)」
ヤドカリに対戦の決着より恋人とのデートを優先されて、ピアディのプライドはズタズタだった。
ハッとなって周りを見ると、もう潮干狩りする人たちの姿はなく、代わりにお手々を繋いで浜辺を歩く微笑ましい家族連れやカップルたちの姿が増えていた。
皆、海の果てに沈む夕日を見に来たのだ。
「ぷぅ……(わ、われもっ、われだって、鮭の人や聖女様がいるもん! 勇者君だっているもんっ)」
「ピアー(ピアディ。いいかげんひとりに絞りなよー)」
「ぷぅー!(このさい、ユキノたんでもよいのだー!)」
「ピュイッ(ざんねん、ボクにはかわいいお嫁さんと子どもたちがいるので。アッ、二人がこっち来るね)」
見れば、ルシウス君とオヤジさんが貝でいっぱいになったバケツを持って、こちらに向かってくるところだった。
「ピアディー。そろそろ帰るよー」
だが、ルシウス君に持ち上げられそうになって、ピアディは必死で湿った砂に短い四肢でしがみついて抵抗した。ざりざり。
「ん? どうしたのピアディ」
「ぷぅ!(われ、このままではおうちに帰れぬ! おたから、おたからさがしで海にもぐるのだー!)」
「もう夜じゃない。明日にしなよ」
「ぷぅー!(やーだーなーのーだー!)」
ピアディの小さくて軽い身体でどれだけ抵抗したところで、ルシウス君にひょいっと持ち上げられればそれで終わりだ。
だが、掴まれながらも、ぐねぐねじたばたと暴れるピアディにルシウス君は困ったなあという顔になった。
「ピアディ。近いうち、僕のお師匠様が来るかもなんだ。水に潜っても苦しくない魔法を知ってる人なんだよ」
「ぷぅ?」
「魚人じゃない僕や他の皆でも海の中に潜れるようになったら、皆でお宝を探しに行こうよ」
「ぷぅ~(ええ~。でもそれだと分け前が減ってしまうのだ)」
「魔法オタクのヨシュアも付き合ってくれると思うよ。僕の甥っ子は大魔道士だからね」
「ぷぅ!?(鮭の人と、海のらんでぶー!)」
そう、あの麗しの宰相様はルシウス君、いや聖剣の聖者様の甥っ子。
そして、仕事できるイケメンかつ大魔道士様でもあるのだ。魔法使いのレアレア称号持ちなのだった。
それは良い、とても良い。
ぷふーと満足げに納得して、ピアディはバケツの中の貝をちょんちょん突っついては潮を吐かれて顔をびしょびしょに濡らしながら、おうちへ戻るのだった。




