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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第三章 協会と教会

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第三十八話 首都アーバリ

「「…………」」


 ランスで起こった痛ましい事件。

 その後処理を全て憲兵に投げた鴉頭と赤頭巾は、既に街を出て首都アーバリに向かっていた。

 そもそもランスは経由地であって、元々の目的地は情報屋アンゲルの待つアーバリである。

 

 ランスにたった一日だけとはいえ滞在したのは、飽くまで鐘鳴らしが殺されて獣まで出たからに過ぎない。

 まさか騎士教会などという新勢力まで現れるとは思っていないし、更にその狙いが赤頭巾だというのだから彼女の護衛を兼ねる鴉頭にとってはいい迷惑であった。


 もはや赤頭巾が故郷を追われた単なる哀れな村娘だとは鴉頭も考えていないが、いったい水面下で何が起こっているのか。

 結局ゴードン家やバケツ被りの一連も獣の女王という情報以外何も分かっていない。

 鴉頭としては癪だが、アンゲルの情報網に頼りたいというのが本音だった。


 思考を巡らせる鴉頭の足取りこそ淀みないが、未だオンジューの死を上手く消化できていない赤頭巾は黙ったまま彼の後に付いて行く。

 因みに鴉頭は赤頭巾から話しかけない限りほぼ雑談などしないので、当然ながら黙っていた。鴉頭は寡黙な狩人なのである。


 赤頭巾の心情とは裏腹に、澄み渡る晴天と吹き抜ける風が二人の背を押していた。



「おい、着いたぞ」

「……はい」


 いつものように到着を告げる鴉頭に、新天地に辿り着いたところで気持ちの晴れない赤頭巾は素っ気ない返事をする。


 フラウニース共和国の首都アーバリ。

 大獣害の被害をプライセル公国によって守られたこの国は最も人口が多く、故にその規模も大きく管理が杜撰になりやすい。

 無論獣の被害はゼロではないが、首都を巨大な壁で囲うしかなかったベイルムと違ってアーバリは幾分か簡素な城壁のみで、関所の確認もほぼないらしくベイルムで見たような長蛇の列は何処にも見当たらなかった。

 鴉頭は律儀にも狩人専用の門に向かったが、そこに至ってはそもそも憲兵が駐在しておらず、顔パスを超えたフリーパスで関所の通過を果たす。

 だがそこもフラウニースらしいというのが鴉頭の感想だった。


 そして門を超えた先は、ランスにも似た煉瓦造りの建造物が並ぶ美しい街並みが広がっていた。

 しかしあの美しかったランスの裏にあった血生臭い真実を知った今では、寧ろ得体の知れないものとして赤頭巾の瞳には映るのであった。


 早速歩き出したベイルムよりも多い人の往来の中で、未だ黙りこくった赤頭巾に鴉頭が慰めるような声で問いかける。

 

「まずは情報屋と合流するが……ケーキ、食うか?」

「…………いらないです。ごめんなさい」

「要らないのなら別にいい」


 鴉頭の魅力的な提案を、しかし今は喉に物を通す気にならない赤頭巾はやんわりと断る。

 安っぽい機嫌取りをした自覚のある鴉頭もこれ以上の余計な干渉は逆効果と判断し、口を閉ざしてカフェテリアに向かった。


 背の高い鴉頭は目立つのか、狩人に恐れて人の波が割れたお陰で二人はすんなりと目的地の明るいカフェテリアに到着する。

 中を見れば、周りの高級そうなドレスを着た貴族に混じって草臥れた薄茶色(ベージュ)のローブを羽織っている黒い髪の女が、懸命にケーキを頬張る姿が鴉頭の目に入った。


 気落ちした赤頭巾に悪態を吐いても萎縮させるだけなので、鴉頭は敢えて何も言わないまま未だこちらに気付かないでケーキを食べるアンゲルの下へ近付く。


「悪い。遅くなった」

「ん?()いよ。んぐっ、こっちも来たばっか」

「……そうか」


 突然の鴉頭の声掛けに全く動じず、アンゲルはケーキを飲み込むと白々しい台詞を吐いた。

 情報を得るために先入りしていたアンゲルがアーバリに来たばかりな訳がないのだが、それをここで指摘したところで面倒が増えるだけだと理解している鴉頭も生返事で応える。


「それで?そっちは何か分かったの?」

「いや、少しややこしい事になった」

「ほーん、詳しく聞かせて貰おうじゃないの」

「お前もな」

「わぁーってるよ」


 腰掛ける鴉頭の後に倣って座ろうとする赤頭巾が露骨に落ち込んでいる事を華麗にガン無視したアンゲルは、鴉頭からケルンの町に出来事からランスに至るまでの仔細を聞くのであった。



「ほー、ランカーⅧに騎士教会……ねぇ。いやー波乱万丈だね!ちびっ子ちゃん!」

「茶化すな」

「にゃはは、茶化しでも入れないとやってられないよ。狩人しかも上位ランカーに、あやしー宗教団体まで出張ってるんだぜ?」


 鴉頭としてはこれ以上赤頭巾に余計な刺激を与えたくないが、アンゲルの言い分も理解できるのがつらいところだった。


「騎士教会については詳しいことは知らないのか?」

「私は狩人専門。生憎ゴシップは取り扱ってなくてさ。都市伝説だと思ってたよ」

「……では獣の女王は?」

「それが本丸だって話?初耳だらけだよ。情報屋としての自信なくすなぁ」


 鴉頭は露骨に肩を落とすアンゲルを冷ややかな目で見つつ、それも仕方が無いと自身を納得させる。

 獣の女王など噂だけでも世界に衝撃を与える情報だ。

 発生源不明の獣に眉唾とはいえ女王が現れたとなれば、狩人協会の、ひいては世界連合政府のメンツにかけて探さねばならない。

 それを一介の情報屋が知っている筈もないし、知っていたとしてこんな特ダネを黙っている筈もない。こういう時アンゲルは全力で吹っ掛けてくるという信頼が鴉頭にはあった。


情報屋(わたし)としては、ますますちびっ子ちゃんの素性が気になるケド」

「器についても知らないのか?」

「うーん、聞く限りじゃ女王の器なんじゃない?」

「おい」

「これはフザけてない。マジで言ってる」

「…………ちッ」


 鴉頭が頑として認めない可能性。

 即ち赤頭巾が女王の器であるという可能性を、アンゲルはいつになく真面目な様子で肯定する。

 これに関しては不確定な情報しかないが、何より獣たちに赤頭巾への殺意がない事が大きい。わざわざ女王となり得る存在の命を狙わないだろう。

 それは鴉頭も理解しているのか、舌打ちに留めてこれ以上の追求はしなかった。


「じゃ、次は私ね。ランカーⅣだけど……残念、分かりませんでしたー!」

「クビにしていいか?」

「わー!ごめんごめん!実際は見つけたんだけど、確認した時には既にもぬけの殻でさ。ダミーだったかも。ごめんね」

「いや、アイツが姿を現さないのは知っているが……これほどだとはな」


 バケツ被りや騎士教会から何の情報も得られなかったどころか、息巻いて任せろと豪語したケルンの事件も未解決だった鴉頭としてはアンゲルを責める気にはなれなかった。

 そんな事よりも、ランカーⅣが想定していた数倍も身を隠している事が意外だった。

 道理でランカーⅤが血眼になって探しても見つからないわけだ。


「で、何にも分からないままだけど……次はどうするの?」

「予定ではステイリアに向かう」

「はぇー、相変わらずリッチだね」

「いや俺は一銭も払ってない」

「……そりゃ狩人は嫌われるワケだ」


 次の目的地、ユナイド・ステイリア連邦の名前を聞いたアンゲルは、鴉頭の贅沢ぶりとその態度に舌を突き出して嫌悪感を表す。

 わざとらしい冗談だとは鴉頭も理解しているが、癪に障ったので半眼になって睨み返した。


「悪かったな。契約切るか?」

「にゃは、本気にすんなよ~。てか私もそのお金にあやかってるから無問題(モーマンタイ)!」

「それでいいのか……?」


 少し言い返した程度で開き直って手の平を返すアンゲルに鴉頭はドン引きながらも席を立つ。


「も、もう行くんですか……?」


 鴉頭の突然の起立に、今まで俯いて黙っていた赤頭巾も鴉頭に倣って立ち上がる。

 だが焦る赤頭巾を鴉頭は手で制した。


「いや、お前は座ってろ。俺は先に野暮用を済ませる」

「野暮用、ですか……?」

「えー、置いてっちゃうの?」


 言葉を濁して行き先を伝える鴉頭に赤頭巾は首を傾げて、アンゲルは意外そうに目を開く。

 そして二人の反応を無視して立ち上がった鴉頭はアンゲルに何やら耳打ちをすると、最後に彼女へ念押しした。


「じゃあ任せたぞ。アンゲル」

「はぁ……仕方ないなぁ。代わりにケーキ奢りね」

「いつも俺が払ってるだろうが……」

「か、鴉頭さん!私は……?」

「直ぐに戻るから、お前はコイツと一緒にケーキでも食ってろ」


 鴉頭はそれだけ言って赤頭巾の頭を撫でると、振り返らないで避ける人波に乗ってどこかへ行ってしまった。


(わ、私はどうすれば……?)


 鴉頭との会話をあれだけ避けておいて、居なくなった途端寂しさを覚えるのは虫の良い話だとは分かっているが、それでも急なアンゲルとの二人きりの状況に赤頭巾は内心で慌てふためく。

 そんな彼女を差し置いて、アンゲルは吞気にケーキのおかわりを頼んでいた。


「ちびっ子ちゃんはフルーツタルトで良かった?」

「あ、は、はい……」


 赤頭巾の態度など知る由もないアンゲルは飽くまで軽快に声を掛ける。

 それからケーキが届くまで沈黙が続き、ようやくケーキが届いてからはカチャカチャとフォークが食器をこする音だけが響き渡った。

 赤頭巾にとって余りにも気まずい空気の中、アンゲルはいつもと変わらない声音で、しかし神妙な表情で切り出す。


「私がちびっ子ちゃんに話す事はないんだけどさ」

「は、はい」

「鴉頭のやつに慰めてやってくれ、なんて頼まれちゃってね。自分にできないからってこっちに頼むなっつーの」

「あ、あはは……」


 アンゲルの歯に衣着せぬ物言いに赤頭巾は苦笑いをしながら誤魔化す。

 それを慰める相手に言ったらだめなのでは?などとは言う気にもならなかった。


「でも、それをアイツに言わせたのはちびっ子ちゃんだよ?」

「そ、れは」

「知ってると思うけど、鴉頭は普段あの態度のくせに根は馬鹿なくらい優しいからさ。十年も付き合ってる私から見ると、ちびっ子ちゃんの態度は面白くないな~って思うワケ」


 アンゲルの口調は相変わらず軽いものだったが、その言葉は赤頭巾を慰めるどころかむしろ責めるようなものだった。

 しかし真っ当な正論でもあり赤頭巾はアンゲルの言葉を否定できなかった。


 鴉頭はただ獣を殺しただけで、その後の紅騎士やオンジューはどちらも自ら命を絶っている。

 オンジューがランスで起こったことの元凶であることは他ならぬ彼自身も認めていたし、オンジューの死をいつまでも引きずっているのは赤頭巾のエゴでしかない。

 その感傷を鴉頭にまで求めるのは、それこそアンゲルの言う通り理不尽だ。


「わがままだって事は分かってるんです。でも、どうしても忘れられなくて……」

「飲み込んで、無かった事にすればいいんだよ」

「え?」

「記憶に蓋をするって言うのかな?見なかったことにして、時間が経ってから振り返ってみれば……あぁこの程度の事だったのかって笑えるようになるよ」


 自らの経験と照らし合わせながら喋っているのか、赤頭巾から焦点を外してアンゲルが滅多に表さない物憂げな表情で語る。


「それって、アンゲルさんの実体験なんですか?」

「…………さーね?あー、やっぱ忘れて。説教なんてらしくないことした」


 赤頭巾の言葉が図星だったのか、アンゲルは頭を掻きながら恥ずかしそうに目を逸らす。

 赤頭巾は失念していたがアンゲルは腐っても狩人専門の情報屋で、獣を追う立場から当然人の生き死にをよく目にしている筈だ。

 そんな彼女がそういった処世術を身につけていることは不思議でもなんでもなかった。


「いえ、ありがとうございます」

「そーいやちびっ子ちゃんはいくつだっけ?」

「え?十三ですけど……」

「ふーん……ま、その歳ならショック受けるのも分かるよ。……って言われたって鴉頭には言っといてね?」

「……ふふっ、はい!」


 いたずらっ子のように舌を出すアンゲルに毒気を抜かれた赤頭巾は、アーバリに訪れて初めて笑顔を作るのだった。



 鴉頭が席を外して数十分経ったころ。

 久しぶりの同性との会話という事もあってか、赤頭巾とアンゲルの会話は弾みに弾んでいた。


「いやぁ、ちびっ子ちゃんは本当に良い子だね!鴉頭のやつに付いていくなんて勿体ないよ」

「そ、そんな事ないですよぅ……」

「いやいやマジだぜ?貴族のメイドとかになれると思う」

「メイド…………なりたくないような……」


 いつかのギーセン村の出来事を思い出した赤頭巾は遠い目でアンゲルの提案を断る。

 あの綺麗なドレスは魅力的だが、結末がアレなのはごめんだ。


「うーん、ちびっ子ちゃんは鴉頭にフィルターかけてるフシがあるからなぁ。あ、アイツの失敗談聞く?」

「い、いいんですか?」

「フッ、モチのロンよ。鴉頭はね、私と初めて会った時――」

「おい」


 アンゲルがニヤケ面で鴉頭との馴れ初めを話そうとした所で、その鴉頭本人が影を差して会話を遮った。


「あり?終わったの?」

「そこまで時間のかかることでもない」

「あの、一つ聞きたかったんですけど、鴉頭さんは何を……?」


 ようやく戻ってきた鴉頭に、そもそも何故外していたのかという赤頭巾の当然の疑問を鴉頭――ではなく、アンゲルが答えた。


「ユナイド・ステイリア連邦は徒歩で行けない場所にあるからね。()()()()に乗って行くのさ」


 田舎者の赤頭巾が聞いたことのない言葉に、改めて彼女は首を傾げるのでった。


蛇足ですが鴉頭の失敗談というのは、初めてアンゲルに情報を売られた時にぼったくられた事と、それに気付かなかった事です。

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