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うちの高校には食堂がない。だから必然的に購買が混み合う。
購買の売り場はごった返した生徒達で見えなかった。俺は仕方なくその人だかりの群れに入ろうとした瞬間、何かに肩を掴まれた。振り返るとそこには担任の姿があった……。
「……ちょっといいか青空」
「はい、何ですか……」
「ここで話すのもなんだ、ちょっとついてこい」
「えっ? 俺昼飯買わないと……」
「すぐ済む。いいからついてこい……」
担任は有無言わさず歩きだした。
俺は仕方なく担任の後を追った……。
「まあ、そこに座れ」
担任に案内されたのは誰もいない生活指導室だった……。
不意に俺の視線は包帯が巻かれた拳に向けられた。
俺は少しの間を置いて言われた通りに椅子に座った。俺が席に座ったのと同時に担任が向かい側の席に腰掛けた。
「青空。お前なんでここに呼ばれたかわかるか……」
担任の顔が強張っているのがわかる。
俺がクラスから疎外されていることには目もくれないくせしてこういう事には黙っていないのか……。
「……トイレの鏡ですか」
俺は声を絞りだした。
「ああ……。お前は一体何をしてるんだ! 学校の器物を壊して。 退学でもしたいのか、ああん?」
担任は高圧的な態度でまくし立てる。
「………………」
「何か言えよ」
「………………」
「何か言え!」
担任は椅子から立ち上がると同時に吠えた。
「…………ちっ、だんまりか。面倒ごとを増やしやがって。休みに入ったらお前の親と話すからな! それだけだ! もう行っていい!」
「…………」
俺は何も言わず立ち上がると視線を下げたまま生活指導室を出た。
終わった……。何もかも。
あの人達に迷惑をかけない為に俺は今まで堪えてきたのにたった一つの出来事だけで俺が保っていたものが崩壊する……。
父さんと母さんは一体どんな顔をするのだろうか……。
ふたりの悲しむ姿が目に浮かぶ。
目元から涙こぼれ落ちた……。
「……おい、だいち〜」
廊下を歩いていると後ろから声が掛かった。俺はゆっくりと振り返った……。
「え……。お前なんで泣いてんだよ。なんかあったのか?」
「いや、なんでも……」
振り返った先には井出朋也の姿があった。朋也の姿を見た途端、心が安堵したのか急に涙が溢れてくる。
「おい! 大丈夫かよホントに! もしかしてまたあいつらが何かやったのか?」
朋也が俺を本気で気にかけてくれているのがわかった。だが……。
「いや、違うんだ。担任にさ、さっき叱られて余りの勢いでちょっと泣けてきちゃって……」
朋也に本当のことは言わなかった。……いや、言えなかった。
「あ〜、わかるわ〜。あいつおっかね〜もんな。でももしあいつらがまた何かやってきたらちゃんと言えよ! 俺がまた加勢してやる!」
朋也は屈託ない笑みを俺に向けた。
「ありがとな……」
朋也の声を聞いて自然と笑顔になれた。
「じゃあまたな!」
朋也は軽く手を振り踵を返した。
あの時、朋也に相談した所為で朋也はあいつらに袋叩きにされた。それなのに、朋也は何事もなかったように俺に声を掛けてくれる。そんな奴に話せるわけ、ないじゃないか……。
朋也の背中を目で追う……。
そんな朋也の背中に俺はヒーローを重ねた──。