24
俺は構えていたスティックを下ろした。
「朋也……」
「大地……なのか……」
疑心の目が俺を見つめていた。
そして朋也の隣にいたのは田中と仲のよかった遠藤舞の姿だった。
遠藤は身体を縮こませ怯えた表情を俺に向けている。
「あんた、本当に青空なの……」
「俺以外に誰がいるっていうんだよ……」
「化け物に決まってるじゃない! あんたが化け物じゃないって保証がどこにあるのよ!」
そうか……。朋也と遠藤は俺が化け物かどうかを疑っていたのか……。
遠藤は手に持っていたビニール袋から何かを取り出した。
「や、やめろよ遠藤!」
遠藤の行動に気づいた朋也は彼女を必死に止めようとしたが遠藤はそれを払い退けた。
震える手が何か黒い物を握っている。
容易に想像がついた。
彼女の持っていたそれはおそらく亡くなった自衛隊の人の所持品。
遠藤は俺に拳銃を向けた。
「さあ、言いなさいよ! あんたが化け物じゃないっていう理由を! 見せなさいよ証拠を!」
遠藤の目から涙が次々と流れだす。朋也の視線もゆっくり俺に向けられた。
「もしも俺が化け物だったら?」
「そんなのあたりまえでしょ! 撃つに決まってるじゃない!」
「じゃあ撃てよ……」
俺はもう人間じゃない。記憶を無くしたその日から人間であることを辞めさせられた。
ある意味、今の俺はあの化け物と似たような存在なのかもしれない。
「何言ってんだよ大地! 遠藤も落ち着けよ。もし、大地が化け物だったら今頃俺たちは殺されてるだろ? だから大地に銃なんか向けるなよ。な?」
遠藤は朋也の声を聞いて拳銃を地面に向けて下ろしていく。そして遠藤はそのまま床に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。
俺だけじゃないんだ。遠藤達も見てきたんだ。大勢の人達が、大切な人達が死んでいく所を。
「大丈夫だから、俺達は助かるから……。泣くなよ。な?」
朋也はしゃがみ込んで遠藤に寄り添った。
遠藤は朋也にうなづき返すと手の甲で涙を拭った。
俺は手にしたスティックのボタンを押し、スティックを元のサイズへと戻す。
「朋也ごめん。ありがとう……」
「なんであんなこと言ったんだよ……」
立ち上がった朋也は俺に思案顔を向けた。
「色々あったんだ。色々……」
「そっか……」
朋也は何かを察したのか俺の発した『色々』という言葉に何も触れることはなかった。
「朋也達はなんでこんな所に?」
「ああ……。ついさっきまで女の子と一緒だったんだ。でも目を離した隙にその女の子がいなくなって……。近くにこのコンビニがあったからもしかしたらと思ったんだ……」
「そうだったのか……。朋也、俺もその女の子を探すの手伝うよ。だから女の子を見つけて早く安全なところまで逃げよう」
「そう言ってもらえると助かる。……でもここら辺にはもう安全なところなんて無いだろ」
朋也の表情が次第に暗くなっていく。
「それがあるみたいなんだ。この近くに軍事基地が……」
「それ、本当なのかよ? 六本木にあるのって昔、基地だった廃墟ぐらいだろ?」
「えっと……。俺を逃してくれた自衛隊の人がここに逃げろって教えてくれたんだ。だから信用はできると思うんだけど……」
綾乃から聞いた話をありのまま話しても朋也達が信じてくれるとは思えない。俺は咄嗟に嘘をついた。
「あんな子供なんてほっといて早く逃げよう? どうせもう助からないよ……」
会話の中に唐突に割り込んだ遠藤はそう言った。
自分の事しか考えていない遠藤の言葉に俺は強い憤りを感じた。
朋也は膝を折って遠藤に面を合わせる。
「俺もできることなら早く助かりたいんだ。だから遠藤の気持ちはすげぇよくわかる。自分の生命を大切に思うのは当然のことだから。でも生命に差なんてない。自分の生命も他人の生命もみんな平等でどの命も大切なんだよ。だからさ……。そんな悲しい言い方だけはするなよ……」
「…………」
遠藤は無言まま朋也のことを見つめている。
朋也の背中に視線が引き寄せられる。
やっぱり朋也はすごいよ……。
朋也が遠藤に抱いた思いは俺が彼女に抱いたものとは全くちがうもののように思える。そんな朋也に自分が憧れるヒーローの姿が重なった。
「わるい大地。先に遠藤を連れてその基地まで向かってくれ。俺も女の子を見つけたらすぐに向かうからさ……」
「はっ? なんだよそれ……」
俺は朋也が話したことを瞬時に理解できなかった。いや、したくなかった。
今、自分がどんな顔をしているのかわからない。ただ一つだけ言えることがあった。
「朋也を置いていけるわけなんてないだろう!」
「俺が言い出したことだからさ。巻き込むわけにはいかないだろ……」
困った様子を見せた朋也は俺にそう話した。
「自分だって生きたいって思ってるくせに……。何でそんなに他人の事を思うことができるのよ……」
遠藤が独り言のように呟く。
「俺はそんなにいい人間なんかじゃない。ただの偽善者なんだよ。もう後悔したくない……。それだけなんだ。だからごめん遠藤。大地と先に行ってくれ」
朋也は悲しい表情で優しく遠藤にそう告げた。
「もぅ……。一人で探すより三人で探した方が早いでしょ。だ・か・ら、私もあの子こと、探すわよ……」
「ありがとう……」
朋也の笑顔を見た瞬間、遠藤は朋也から顔を背けた。
「そうと決まったら善は急げだ。女の子を見つけて早く逃げようぜ」
朋也は遠藤の手をとり、彼女の身体を引き起こした──。
コンビニを出て歩き出した時のことだった。
視界の隅で何かが光った。
次の瞬間、目の前で爆発が巻き起こる。一瞬のうちに土煙を含んだ爆風が吹き付けた。
俺はその場にしゃがみ込み体勢を低くする。
爆散した煙が晴れ、視界が次第に開けてゆく。
見覚えがある黒い生物が視線の先に映った。それは円筒状の腕を持つ、ヘドロを纏った化け物だった。
辺りには飛び散った道路のアスファルト片や標識、歩道のガードパイプなどが散乱している。
後ろを振り返るとそこには倒れた朋也の姿があった。朋也の左足は変な方向に折れ曲がっていた。
「うぅ……、大地。遠藤を連れて逃げろ……」
痛みにもがき苦しみながら発した朋也の言葉。
遠藤は地面にヘタリ込み過呼吸を引き起こしている。
「うぅ……。早く……。 早くしろ大地!」
必死の形相で朋也は叫んだ。
朋也のその苦痛に歪む顔を見て死んでしまった大切な二人の姿が目に浮かぶ。
父さん……。
母さん……。
涙が次から次へと込み上げる。
もう嫌なんだ……。嫌なんだよ! 大切な人が殺されるなんて。
目を閉じた俺は胸の中心を握りしめた──。
『俺にチカラを貸してくれ……』
胸の奥が熱を帯びていく。
俺は化け物を見据えて立ち上がった。
「大地!? 何考えてんだよ! やめろぉぉぉ!」
朋也の悲痛な叫び声が背中に突き刺さる。
スラックスのポケットに入った《ドライブモディフィケーション》を左手に握り締めた──。
するといきなり脳内に黒い人影が浮かび、鮮明なモーション映像が流れた。
俺はその動作と同じようにポケットから取り出したデバイスを右の胸元まで運び、その背面を自分に向けた──。
『アースドライブッ!!』
俺は自分の胸に響かせるようにそう叫んだ──。




