タイムマシンでやり直そう
会社員のS氏は、父親を恨んでいた。
昔、父親が友人の借金の連帯保証人になったせいで、彼は借金まみれなのである。
毎日あくせくと働いても、借金は減らず、一生働き続けるしかない人生。
そんな生活に嫌気が差していたある日。
彼の元に一通の手紙が届く。
『ヘブンヘブン島で新しい人生を』
赤い文字で書かれた題名に目が留まり、何気なく内容を眺めていると、彼は次第に目を大きく見開き、最後には満面の笑みを浮かべた。
『個人費用0円』
『プール付き豪邸と大規模農場を譲渡』
『日本でのあらゆる社会的状況は無効になります』
それは、借金地獄から抜け出し、新しい人生を掴むための切符である。
彼は、手紙の最後に書かれていた番号に、早速電話しようとした。
ところが、受話器を握った手を誰かが掴んだ。
見てみると、そこには銀色の奇妙な服装をした青年が立っていた。
「その手紙は甘い罠です。絶対に電話を掛けてはいけません」
と、妙に訛った日本語で話す青年。
「どういうことだ? お前は何者だ、なぜ俺の家にいる?」
「落ち着いてください。私はあなたの子供です」
「俺は独身だ。子供なんかいる訳ないだろう」
「違います。二十年後のあなたの子供です。過去を変えるため、このタイムマシンでこの時代まで来ました」
脇にあった銀色に光る巨大な円筒形の装置を指差すと、青年は二十年後の生活の惨状を語った。
「……全ては、この電話一本で始まったのです。この電話を掛けさえしなければ、父さんは最果ての島で強制労働させられることもなく、私の生活もこんな酷いものにはならなかったはずなのです」
青年の話は妙な説得力があり、S氏も半信半疑ながら信じることにした。
「つまり、俺が電話を掛けなければいいんだな」
「その通りです」
「よし、わかった。『俺は絶対に電話しない!』」
そう言い終わると、青年の姿はスッパリと消えた。
夢でも見たのかと思ったが、残された円筒形のタイムマシンを見て、現実であったことを知った。
「それにしても、タイムマシンとは、未来の技術はすごいのだな」
装置を見上げながら一人呟くS氏は、あることを思いつく。
「待てよ、このタイムマシンを使えば親父が連帯保証人になるのを止められるんじゃないか?」
言うが早いか、彼はタイムマシンに飛び込む。
操作板は非常に簡素な作りで、ダイヤルを回すだけで簡単に時を飛べた。
「三十年前に!」
ぐにゃりと風景が曲がったと思うと、周りの景色が一変する。
三十年前の彼の家である。
差し押さえられる前のこの家は由緒ある日本家屋であり、今彼が住んでいるアパートとは雲泥の差である。
その居間には、今まさに友人に「連帯保証人になってくれ」と頼まれている父親がいた。
障子を勢いよく開けて入ると、大声で父親の友人を追い出した。
「出てけ! この貧乏神め! お前なんて二度と来るな!!」
今までの恨みを込めた剣幕に、父親が対応できずにいる間に、友人は恐れをなして家を飛び出て行ってしまった。
やっと状況を呑み込み、父親は声を荒げる。
「お前は誰だ!? 私の友人になんてことを言うのだ!? だいたい、お前は何者だ!?」
「父さん、久しぶりです。俺は三十年後の未来から、過去を変える為に来たあなたの息子です」
S氏は、父親が連帯保証人になることで起きた未来での悲劇を臨場感たっぷりに話した。
「なるほど、いわれてみれば、お前の顔はどことなく私の息子に似ているなあ」
父親は納得したようで、S氏は安堵した。
「それじゃあ、父さん、連帯保証人にはならないと誓ってください」
「誓うのか、分かった。『私は連帯保証人にはならない』」
父親がそういった瞬間、S氏の視界は暗転した。
目を開くと、そこは薄汚いアパートではなく、三十年前の家を立て直した大きくて豪華な館であった。
寝ているベットは天蓋付きで、ふかふかとしている。
側には、妻らしき美しい女性もおり、彼は思わず笑みをこぼした。
「上手くいったみたいだ」
「タイムマシンとは、三十年後の世界は技術が進んでおるのだなあ」
残された円筒形の装置を見上げながら、K氏はあることを思いつく。
「待てよ、このタイムマシンを使えば、ご先祖様の都落ちを防げるのではないか? あの日に行って、通る道を変えるだけでいいのだ。そうすれば、大将軍にだってなれるかも知らん」
言うが早いか、彼はタイムマシンに乗り込んだ。
円筒形の装置は、シュッという短い空気の音とともに消えた。
「なるほど、この商談が危険だったとは。我が娘が十年後からやってきて止めてくれなければ大損する所だった」
円筒形の装置を見上げながら呟く男は、あることを思いつく。
「そうだ、この装置で五十年前のバベルに行って、あの塔の計画を止めたらどうだろう。そうすれば、こんな混乱した世界にはならなかったはずだ」
言うが早いか、男は装置に乗り込み、五十年前に飛び立った。
「危なかったわ。私の孫が未来から来てくれなかったら、干ばつで大変なことになるところだったわ」
雨乞いの儀式を行う息子たちを眺めながら、女は呟く。
「それにしても、この魔法はすごいわね……」
納屋に仕舞われた円筒形の魔法具を見て、あることを思いつく。
「そうだわ、あの大洪水の前に戻って、神様が怒ってしまわないようにしたらどうかしら。ノア様も一人ぼっちというのは寂しかったでしょうし」
言うが早いか、女は魔法具に入り、大洪水の前に飛び立った。
「イヴさん、イヴさん、あの果実を食べてごらんなさい。美味しいですよ」
木に巻きついた一匹の大蛇が、女をそそのかす。
「でも、ヘビさん、神様があの木の実は食べちゃいけないって……」
「一個ぐらい大丈夫ですよ。さあ、アダムさんも」
「確かに。一個くらいいいじゃないか、イヴ」
「それもそうかしらね」
二人が果実に手を伸ばした時だった。
「決して食べてはいけません」
二人の手を掴む者がいた。
いるはずのない三人目の人間だった。
「あら、あなたは誰かしら?」
イヴの質問にその人間は、未来から来たと答え、果実を食べたことでエデンの園を追放されてしまったことを話した。
「……だから、その果実は絶対に食べてはいけない」
「ここから追放されるのは嫌だわ」
「ああ、僕もだよ、イヴ」
二人は顔を見合わせ、声をそろえて言った。
「僕たちは、『この果実を絶対に食べない』」
途端に三人目は消え、二人は永遠の幸せを得ることになった。
面白くないのは、蛇である。
「アダムも、イヴも食べないなんて誓いやがって……」
ズルズルと地面を這っていると、見たこともない円筒形の物体にぶつかった。
「うん? これは何だ?」
「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」
生まれかけの世界で、神が自分を模して人間を作ろうとしていた。
「待ってくださいな」
そこに、銀に輝く円筒形の物体が現れた。
「神様、人間は作っちゃいけませんぜ」
現れた蛇は人間の悪さをでっち上げて語った。
「……なるほど、お前の言い分はよくわかった。『人間は作らない』でおこう」
神の言葉とともに、蛇は消えた。
「蛇が嘘をついているのはわかっていたが……人間自身にこう言われてはな……」
銀の円筒の上部を見ながら、神はため息をついた。
『神様へ、このタイムマシンが貴方の元に届いたのならば、人間を作ることはやめてください。 遠い遠い未来の人間より』




